梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

人形がご挨拶

2007年02月05日 | 芝居
先日お話しいたしました、「大序」の幕開きの柝の数ですが、私が心の中でカウントしたところによりますと、80回ほど打たれておりました。狂言作者の方にお話を伺いましたが、やはり大劇場ではとうてい47回の柝では幕を開けきることができないとのこと。本来は47回打つということは、心得事としてもちろん承知しているが、劇場機構に合わせた打ち方をしてこその柝なので、一般にも知られている口伝であるけれども、現実とは違っているということでした。国立小劇場や金丸座なら、実現できるかもしれませんね(あの道具が飾れるかは甚だ疑問ですが)。

さて、本日は「大序」に先立つ<口上>について。「大序」の開幕前、下座で<片シャギリ>が演奏され、それが終わると定式幕の中央部をめくり、緋毛氈で作られた段に座った裃姿の<口上人形>がお目見えします。このお人形さんが、上演される演目<狂言名題>、その配役<役人替名>を述べるという趣向。これも『仮名手本忠臣蔵』独特の演出ですが、これは歌舞伎の『仮名手本』でのみみられるもので、本行(文楽)にはございません。といいますのも、この演目が歌舞伎にうつされてから、主演者による様々な趣向がこらされてきたなかで、初代の尾上菊五郎さんが、由良之助・勘平・戸無瀬の3役を<兼ね>たさい、それをあらかじめ観客に触れるために考案された演出なのだそうで、それがそのまま伝わっているわけでございます。
人形は役者が操っておりますが、頭部(口も動く)と右手が動かせるようになっており、1人遣いです。裃には歌舞伎座の紋である<鳳凰>、黒の着付には『忠臣蔵』ゆかりの<丸に鷹の羽のぶっ違い>の紋がついております。

さて<口上>は、人形遣いとは別の役者が担当いたしますが、大変なのが<役人替名>の読み上げで、幹部俳優さんと名題俳優さんのお名前と演じるお役の名を述べていかなくてはなりませんから、けっこうな時間がかかります。幹部俳優さんの場合は、1日で演じるお役全てを申しますが、名題俳優さんは、複数役を演じていらっしゃる方でもどれかひと役となっております。
合間合間に入る「エヘン」の咳払いも、その場所、回数などに決まり事がありますそうで、口上役の方はなかなか気を遣われるようですね(もちろん言い間違いもできませんし…)。
とはいえ、お人形の顔を見ても分かります通り、けっして堅苦しいものではなく、どこかユーモラスな味わいがございますね。
終盤で見せるお決まりの仕草も、これからはじまる厳粛な舞台の前に、お客様の気持ちをホッとさせる役割りもあるのではないでしょうか。
ついでながら、この<口上>が始まるまで、緋毛氈の段の上に放置されている(ように見える)人形さんの姿が、なんとも情けなくて笑ってしまいます。たまに身体と頭がバラバラになっているときなど、特に…。