梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

特殊な開幕

2007年02月02日 | 芝居
数々の時代狂言の中でも、<大序>が上演されますのは、現在では『仮名手本忠臣蔵』くらいのものでしょう。『義経千本桜』の「仙洞御所」、『菅原伝授手習鑑』の「大内」も<大序>ですが、まず舞台にかかることはございません。
『仮名手本忠臣蔵』の<大序>は、大変儀式性が強いものでございます。幕が開いてから物語が始まるまでに、様々な<約束事>、古式にのっとったやり方がなされておりまして、本日はこれらをご紹介いたしたいと思います。
開幕前に行われる<口上人形>による、“狂言名題(題名)”、“役人替名(配役)”の口上のことは、また後日ご紹介いたします。ともあれ口上が済み、人形が幕の内に入りますと、柝の音がが二つ入り、<天王建ち下がり羽>という、太鼓と笛のみの鳴り物になります。この鳴り物にあわせ、定式幕は幕引きさんの一歩ずつゆっくりゆっくりとした歩みとともに引かれてゆきます。
幕があくまでに47回柝を打つのがならわしだそうですが、舞台の間口も大きく変わった今日、場合によっては回数に変動があると伺いました。今月はどうでしょうか、明日数を数えてみましょう。
さて鳴り物いっぱいに幕が開ききりましてもすぐには物語は始まりません。まず下手で鼓方さんによる<置き鼓>が演奏されます。ここで打たれる数は七・五・三の吉例。これがすむと竹本の浄瑠璃「嘉肴ありといえども食せざれば その味わいをしらずとは 国治まってよき武士の 忠も武勇も隠るるに…」の語りだし。この浄瑠璃の途中から、<東西声>が入りますが、これも、まず下手舞台裏で7声、続いて中央舞台裏で5声、最後に上手舞台袖で3声と、七・五・三の吉例となっているのでございます。
続く浄瑠璃「頃は暦応元年如月下旬…」から、やっと詞章も本題に入り、居並ぶ登場人物の紹介ともなる描写になりますが、開幕からこのくだりになるまで、舞台上の俳優は皆々人形の心持ちで、目を閉じ、首を前に軽く倒した形でじっとしております。そして足利直義、続いて高師直、桃井若狭之助、塩冶判官と、役の名前が語られたところで顔を上げ、血がかよった人間になるというわけですが、この顔をあげる時の間の取り方も、師直、若狭、判官の3人で、それぞれ七・五・三になるそうで、本当にいたるところに古式が伝わっておりますね。…我々名題下が勤めます大名、仕丁、名題さんが演じる雑式も人形身になりますが、この役々は浄瑠璃で名前を語られませんから、直義の「いかに師直」を受けての、師直の「ハァー」をきっかけに頭を上げることになっております。

開幕時の10分少々の間に、普段見られない演出がこれほど出てくるのですから、おのずと厳粛な雰囲気になるというものです。普段太平楽な私はなんともムズムズしてしまい(心が、ですよ)情けない限りですが、ひと月でどれだけ場慣れできますでしょうか。とりあえず、人形でいる間につぶっていた眼が、いつの間にか閉じっぱなしになっているということがないように!