梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

ひと言で伝わる立廻りの手順

2007年02月13日 | 芝居
勘平と10人の花四天との立廻りは、いわゆる<所作ダテ>とよばれるもので、『吉野山』と同じく、立廻りの手順はおおよそ昔からの手順が伝わっております。

曲は同じメロディを2回繰り返しますが、
「桜々と云う名に惚れて どっこいやらぬワ そりゃ何故に
所詮お手には入らぬが花よ そりゃこそ見たばかり それでは色にならぬぞえ」
と、
「桃か桃かと色香に惚れて どっこいやらぬワ そりゃ何故に
所詮ままにはならぬが風よ そりゃこそ他愛ない それでは色にならぬぞえ」

というように、歌詞は違えてありまして、これに合わせて、桜の<花枝>を持った花四天、そして時折伴内が勘平にからむわけですが、短い時間のなかで、トンボを返る箇所は比較的多いと思います。
今月、弟弟子の梅秋が勤めております<一人がかり>は、勘平を<返り越し>することから始まり、今月ですと最後は<後返り(バク転)>で終わるという、なかなかアクロバティックなパート(後返りでなく<三徳>のことが多いですが)で、誰でもできるというものではありません。お客様の反応も上々の見せ場ですが、このパートを、ちょうどそのとき語られている浄瑠璃の歌詞からとって<桃か桃か>と幕内では異称しています。
「◯◯さん、あなた<桃か桃か>できる?」なんてやりとりがなされるわけですが、立廻りを作ってゆくなかで、昔から手順がある程度決まっている箇所には、俗称がついていることが多うございまして、役者同士の符牒のように使われております。
例えば『吉野山』で<飛び越え狐>といえば、1人の花四天を返り越しするところ(やはり浄瑠璃の歌詞からきています)、<チリレン>といったら、静御前の笠と杖を持ったまま返り立ちするところ(チリレンはその時弾かれる三味線の節)。また『妹背山婦女庭訓・三笠山御殿』で、鱶七にからむ力者を、<チャチャラカ>といったり、『義経千本桜・大物浦』での、入江丹蔵にからむ武士を<丹カラ(丹蔵のカラミ、の略)>とも申します。また『京人形』のカラミは、みな大工道具を得物にしますから、それぞれの道具名を云えば、手順をいちいち説明するまでもなく、各々の役割はわかるのです。

たとえ異称がなくとも、昔からのやり方が伝わっている立廻りでしたら、若輩の私どもでもある程度は心得ておりますので、一から作り上げてゆく場合よりも、まとめるのは早いとは思います。しかし、昔から決まっているものだけに、細かいところに約束事があったり、形や動き方に先人方のご工夫が残されていたりと、かえって難しいことも多いのです。また、動きが決まっているからといって、踊りじみてもいけないということは、先輩からたびたび教えられました。本当に<兼ね合い>というものは難しゅうございますが、今月は勘平の後見として舞台におりますので、いつもよりかは客観的に、「落人」の立廻りを勉強できるかと思っております。

気がつけば本日<中日>。折り返しが来てしまいました。残り半分も、元気に勤められたらと思います。
写真は花道揚幕に行く階段下に保管されている<花枝>です。