梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

タラタラ~

2007年02月15日 | 芝居
『忠臣蔵』話も夜の部にうつりまして、「五段目」に参りましょう。
師匠が初役でお勤めになっている<定九郎>。皆様ご承知の通り、初代の中村仲蔵がそれまでの演出、拵えをガラリと変えて上演し、観客の喝采を浴びたという“伝説”が残るお役です。
厳密に申しますと、その時の仲蔵のやり方が、そっくりそのまま現在も踏襲されているわけではございませんようで、九代目の市川團十郎さんが、最後の練り上げをなすったと伺っております。

まあ、そんな能書きはさておきまして、弟子の立場としても、初めて定九郎の用事を勤めることになりまして、短い出番ながら小道具や仕掛けやら、準備するものが多いのに驚かされました。今日はそのなかから<血>の話を…。
定九郎の見せ場は、唯一最短の台詞『五十両』でもありましょうが、猪と見間違えて放たれた銃弾に倒れる死に様こそ、歌舞伎独特の美学が感じられる大きな見どころでしょう。
悶え苦しんだあげくに口からタラーッと垂れた血潮が、真っ白に塗られた太ももに落ち、ジワジワと広がってゆく。被虐美ともうしましょうか、残酷なのに美しい場面ですよね。
ここで使われる<血糊>ですが、出来合いのものもあるようですが、手作りで誂えることが多いです。多くは弟子の立場の者が作ることになりまして、今回も、不肖私が調合させて頂いております。調合というほどおおげさなものではございませんけれど、その原料はまず…、と書きたいのはヤマヤマですが、こういうものはやはり<企業秘密>でございますので、皆様のご想像におまかせいたします。ひと言申し述べれば、全て食べられるものでできております…。
今回定九郎の仕事をするにあたりましては、度々このお役をなすっていらしゃる幹部俳優さんのお弟子さんからお話をお聞きしておりまして、この血糊の作り方もそっくり教わったのですが、色合い、粘り具合など、師匠のやりよいように、そして客席から見た具合がよいように作るのは、なにぶん初めてのことでしたので、最初は手探りでしたが、中日も過ぎてようやくコツが掴めてきたかな? というところです。

それから、もう1カ所血が出てくるのが、定九郎が巻いている<腹巻き>。ハッキリ見せるものではないので、わかりづらいかもしれませんが、この腹巻きにも、銃弾で撃たれた傷から広がる血潮がついています。
こちらのほうは、あらかじめ衣裳方さんから腹巻きを借りて、舞台稽古の日までに、やはり弟子の手で着色されるのが通例。この血の色は、今回は舞台や映像用に調合された専用の血糊を使いましたが、場合によっては違う材料で仕上げることもあるそうです。また定九郎は出番も短いので問題はないのですが、演目によっては、長時間着用しているうちに汗がしみて色落ちする場合もあるので、撥水加工を施すこともあるのですよ。他の衣裳を汚さないための心がけですね。

明日は定九郎の拵えのことなど…。