<能義神社 のきじんじゃ>
「出雲四大神」の一柱である野城大神は、
唯一登場する『出雲国風土記』での扱いも少なく、
またこの神を祀る神社もほぼ見当たらないという、
何とも謎多き神様です。「出雲四大神」に数えられる
他の三柱(熊野大神・杵築大神・佐太大神)が、
長い時代に渡り立派な社と厚い信仰を
維持し続けている一方で、こと野城大神に関しては
その由緒さえほとんど残っておらず、
唯一の手掛かりである能義神社(のきじんじゃ)
を訪ねてみても、そこには「四大神」が
祀られていたとは思えないほど
質素な社が建っているだけでした。
ちなみに、現在の能義神社のご祭神は、
出雲国造の祖とされる天穂日命(アメノホヒ)で、
大祭時には出雲大社の宮司も参拝に訪れると聞きます。
境内には、アメノホヒの子孫である
野見宿祢(のみのすくね)を祀る野見社があることから、
もしかすると野見宿祢の「ノミ」というのは、
「のぎ」や「のき」とのつながりを
示す名称なのかもしれません。
野城大神を歴史の闇に追いやった
経緯はいかなるものだったのか……、
他の「出雲四大神」を考察する際に、
改めて取り上げられればと思います。