〈『本統の賢治と本当の露』(鈴木守著、ツーワンライフ出版、定価(本体価格1,500円+税)〉
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ひょっとするとこの手紙の相手は、高瀬としたのは全集の誤りで、別の女性か。
と、『宮沢賢治の手紙』(米田利昭著、大修館書店、平成7年)の223pにおいて疑問を呈している。
そして実際、少なからぬ賢治研究家の論考等において、自身では裏付けを取ることも検証することもないままに、まさに断定調の「昭和4年露宛賢治書簡下書」を再生産をしているようにしか見えない論考等(〈註二十二〉)を私はしばしば目にする。確実に、「推定」が「断定」に変貌して独り歩きしているのである。
一方で唖然としてしまったのが、「旧校本年譜」の担当者である堀尾青史が、
そうなんです。年譜では出しにくい。今回は高瀬露さん宛ての手紙が出ました。ご当人が生きていられた間はご迷惑がかかるかもしれないということもありましたが、もう亡くなられたのでね。
〈『國文學 宮沢賢治2月号』(學燈社、昭和53年)177p〉
と境忠一との対談で語っていたことであり、天沢退二郞氏も、
おそらく昭和四年末のものとして組み入れられている高瀬露あての252a、252b、252cの三通および252cの下書とみられるもの十五点は、校本全集第十四巻で初めて活字化された。これは、高瀬の存命中その私的事情を慮って公表を憚られていたものである。〈『新修 宮沢賢治全集 第十六巻』(筑摩書房)415p〉
と述べていたことである。
当然これらのことから、何のことはない、『校本全集第十四巻』が「新発見の」と華々しく銘打った書簡下書252b及び252cではあったのだが、実は露の帰天を待って「新発見の」と嘯いて同巻は公にしたものであって「新発見」でも何でもなかった、という可能性があるということがおのずから導かれるからだ。だから中には、同巻は「死人に口なし」を悪用した、と詰る人だってあるかもしれない。先に私が「信じられないほどの重大な問題点・瑕疵がある」と述べたのはこのようなことを指していたのである。
そこで私は次のようなことを疑わざるを得ない。その内実は、高瀬露が昭和45年2月23日に帰天したのを見計らったようにして、同巻の担当者が「新発見」の書簡下書があったとにぎにぎしく形容し、露宛かどうかもはっきりしていない書簡下書を充分な裏付けも取らず、まして検証もせずに「本文としたものは、内容的に高瀬あてであることが判然としているが」とかたって、それまでは公的には明らかにされていなかった女性の名を突如「露」と安易に決めつけて公表してしまったのではないか、と。
しかも、タイミング的にはこの「新発見」が切っ掛けとなって〈露悪女伝説〉が全国に拡がってしまった事が否定できない。となれば、「新発見」と嘯いて安易に実名を活字にしてしまったこと、そし「推定」⑴~⑺を載せてしまったことの責めを同巻は負わなくてもよいのですか、と問われることはないのだろうか。
7.冤罪とも言える〈悪女・高瀬露〉の流布
まず少しく振り返ってみれば、これまでの「仮説検証型研究」等の結果、『宮澤賢治と三人の女性』における露に関する記述には捏造の「下根子桜訪問」を始めとして、悪意のある虚構や風聞程度のものも少なからずあることが判ったから、そこで語られている露は捏造された〈悪女・高瀬露〉であり、同書は露に関しては伝記などではなくて、悪意に満ちたゴシップ記事に過ぎなかったとするのが妥当だと分かった。
ところが、森は『宮澤賢治と三人の女性』の巻頭で、
宮沢賢治については、今までに数冊の傳記的著述はなされているが、やや完全とみられる「傳記」はない。今のところ、なかなか書かれる日も近く來そうもない。…(筆者略)…
この本は、宮沢賢治を知るためのみちの、一つのともしびである。つまり宮沢賢治と、もつともちかいかんけいにあつた妹とし子、宮沢賢治と結婚したかつた女性、宮沢賢治が結婚したかつた女性との三人について、傳記的にまとめて、考えてみたものである。
〈『宮澤賢治と三人の女性』(森荘已池著、人文書房)3p~〉
と述べているものだから、殆どの人が同書を「伝記」であると捉え、同書の記述内容を歴史的事実と信じ切り、そこで語られている〈悪女〉の存在も事実であったと思い込んだのであろう。しかも上田哲の指摘(115p)どおり、誰一人としてその検証もせず、裏付けも取らぬままにそれを「下敷」として、その拡大再生産等が繰り返され、「宮沢賢治と結婚したかつた女性」は〈悪女〉であったとなり、「宮沢賢治と結婚したかつた〈悪女〉」がいたとなり、次第に〈悪女伝説〉が出来上がっていったというのが実情と言えよう。
ただしここで注意せねばならぬことは、この「下敷」そのものには、〈露悪女伝説〉を全国に流布させた直接の責任は殆どないということである。そしてまた、「下敷」に基づいたその後の再生産も同様にである。それは、ある時期までは高瀬露という実名を誰一人として一切公には明らかにしていなかったからだ。せいぜい一部の人だけが内々に知っていた限定的〈露悪女伝説〉でしかなかった。巷間言われてきたことは、「宮沢賢治と結婚したかつた女性」がいてその人は〈悪女〉だったいうことに過ぎない。
ところが前述したように、『校本全集第十四巻』が「新発見」の書簡下書の宛先は高瀬露であると実名を初めて公表し、さらに「推定」⑴~⑺も活字にしてしまったから、「露は賢治にとってきわめて好ましくない女性であった」と一般読者等に受け止められてしまう公表の仕方になってしまった。そこでこの「公表」が切っ掛けとなって、それまで巷間言われてきた先程の「宮沢賢治と結婚したかつた〈悪女〉」が実はこの高瀬露だったのだと読者から決めつけられて、〈悪女・高瀬露〉が一瀉千里に全国に拡がってしまったという事を否定できない。しかもこの他の切っ掛けはどうも見当たらない。だからこれは問題となる。
それはまず、一連の書簡下書群が露宛のものであり、しかも、これらの下書に認められている内容が事実であったということを同巻は実証し切れていないからである。そして次が、件の「下敷」が事実であったということを同巻は(検証したと明言はしていないので)実証できたとは言えないからである。そしてもう一つ、このような段階で実名を公表すれば、それまで一部にしか知られていなかった〈露悪女伝説〉が一気に全国に広まってしまう虞があるということを事前に充分に検討していたとは言えないからである。まして〈悪女・高瀬露〉は人権に関わる重大事だから、「新発見」と銘打った上での実名の公表や、「推定」⑴~⑺の公表はことのほか慎重であらねばなかったはずだ。なぜなら、もし「下敷」で語られている〈悪女〉が事実でなかったならば、この「公表」はとんでもない人権侵害になり、冤罪に直結してしまうからだ。
そして「下敷」で語られている〈悪女〉を実際に検証してみたところ、本節の冒頭等で述べたように、それは事実ではなくて捏造であったということが判った。露は客観的な根拠が全くないのにも拘わらず理不尽なことに〈悪女〉の濡れ衣を着せられてしまった(〈註二十三〉)のだった。よって、現状の〈悪女・高瀬露〉の全国的
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〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
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