みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

「聖女の如き高瀬露」(鈴木 守著)(本日は露の命日)

2022-02-23 10:00:00 | 「宮澤賢治」検証
 本日2月23日は高瀬露の命日である。

 客観的根拠もないままに、ある出版社の事情が大きな原因となって〈悪女〉の濡れ衣を着せられてしまい、これは人権問題だというのに、それが相変わらず等閑視されてる高瀬露のである。
 一方で、上田哲によれば、
 彼女は生涯一言の弁解もしなかった。この問題について口が重く、事実でないことが語り継がれている、とはっきり言ったほか、多くを語らなかった。
というし、私の知人のクリスチャンは、
 敬虔なクリスチャンであればあるほど弁解をしないものなのです。
と教えてくれる。

 そこで、 気高く、そしてストイックに生きた誇り高き高瀬露のことを知ってもらいたくて、この投稿をしますので是非ご覧いただきたい。  鈴木 守 
                                            
***************************************************************************************************************************

 まずは、この本『宮澤賢治と高瀬露』の出版の経緯を少し述べたい。
 実は、私は宮澤賢治の妹シゲの長男岩田純蔵教授の教え子である。その岩田先生が今から50年以上も前のことだが、
 賢治はあまりにも聖人・君子化され過ぎてしまって、実は私はいろいろなことを知っているのだがそのようなことはおいそれとは喋られなくなってしまった。
というような意味のことを私達に話したことがあった。しかも、当時私の最も尊敬する人物は他ならぬ宮澤賢治であり、その甥のこの一言がそれ以来ずっと気になっていた。そこで、15年程前に定年となってやっと時間的余裕が生じた私は少しずつ賢治のことを調べ始めた。すると、『新校本年譜』等において、常識的に考えればこれはおかしいという点がいくつか見つかる。それは例えば次のようなものである。
(1) 大正15年7月25日には、
 賢治も承諾の返事を出していたが、この日断わりの使いを出す。使者は下根子桜の家に寝泊りしていた千葉恭で午後六時ごろ講演会会場の仏教会館で白鳥省吾にその旨を伝える。
とあるからだ。もしこれが事実であったとするならば、「羅須地人協会時代」の賢治は「独居自炊」とは言い切れないことになるから通説とは違うことになる。
 そこで私なりに検証してみたならば、やはりそうだったということを実証できたので、平成23年に拙著『賢治と暮らした男―千葉恭を尋ねて―』を自費出版してそれを公にした。
(2) 大正15年12月2日には、
 セロを持ち上京するため花巻駅へゆく。みぞれの降る寒い日で、教え子の高橋(のち沢里と改姓)武治がひとり見送る。「今度はおれもしんけんだ、とにかくおれはやる。君もヴァイオリンを勉強していてくれ」といい、「風邪をひくといけないからもう帰ってくれ、おれはもう一人でいいのだ」といったが高橋は離れがたく冷たい腰かけによりそっていた。
とあり、その典拠は澤里武治のある証言だと『新校本年譜』は述べている。ところが、実はこの証言に従えば同年譜には致命的な欠陥が存在している。そこで、この欠陥を解消できる仮説を立ててみたところそれが検証できたので平成25年に拙著『羅須地人協会の真実―賢治昭和二年の上京―』にてそのことを公にした。
(3) かつての「賢治年譜」の昭和3年8月の記述、
八月、心身の疲勞を癒す暇もなく、氣候不順に依る稻作の不良を心痛し、風雨の中を徹宵東奔西走し、遂に風邪、やがて肋膜炎に罹り、歸宅して父母のもとに病臥す。
についてもやはりおかしいと私は感じたので、そのことに関して、平成25年に小冊子『羅須地人協会の終焉―その真実―』を自費出版してそのことを公にした。
(4) となれば、いわゆる「高瀬露悪女伝説」も然りで、これはおそらく捏造だろうと直感した私は、その検証をしてみたところやはりそれは捏造であり、その捏造された伝説を全国に流布させた責任は筑摩書房にあるということを実証できたので、それを「聖女の如き高瀬露」としてまとめ、平成27年に『宮澤賢治と高瀬露』(上田哲との共著)の中で公にした。

 その構成は次のような二部構成になっている。
  Ⅰ 「宮沢賢治伝」の再検証㈡ ―〈悪女〉にされた高瀬露―       上田 哲
  Ⅱ  聖女の如き高瀬露                       鈴木 守

 では、〝Ⅰ 「宮沢賢治伝」の再検証㈡ ―〈悪女〉にされた高瀬露―  〟についてである。

 ところが不思議なことに、上田哲の上掲論文が所収されている『七尾論叢 第11号』が所蔵されている図書館等は、私の調べた限りでは金沢大学付属図書館しかなく、一般市民が同論文を読むことは事実上困難である。

 そこで、この論文を多くの人々に読んでもらいたいと願って、上田哲のご遺族から同論文の転載許可をいただき、その旨を当時の同論叢の編集委員であった三浦庸男氏(当時、埼玉学園大学教授)にご報告したところ、もはや七尾短期大学は存在していなこともあり、転載は問題ないだろうという御判断を頂戴したので転載させていただいた次第である。

ちなみに、
【「宮沢賢治伝」の再検証㈡― <悪女>にされた高瀬露― の1頁目】は、

となっており、その最終頁の
【「「宮沢賢治伝」の再検証㈡― <悪女>にされた高瀬露―」の20頁目】は、

となっていてます(未完に終わっている)。

 なお、この続きを全てここに載せることが出来ませんので割愛させて頂く。ご覧になりたい方は末尾の【旧刊案内】『宮沢賢治と高瀬露―露は“聖女”だった 』に所収されている「Ⅱ「宮沢賢治伝」の再検証㈡―〈悪女〉にされた高瀬露―」にも当たりますので、こちらをご覧下さい。

 では、拙論の〝Ⅱ  聖女の如き高瀬露〟についてである。











































40







































































































































































































































             

 続きへ。
前へ 
〝常識が教えてくれる本当の宮澤賢治〟の目次へ。
 ”みちのくの山野草”のトップに戻る。

【新刊案内】『筑摩書房様へ公開質問状 「賢治年譜」等に異議あり』(鈴木 守著、ツーワンライフ出版、550円(税込み))

 当地(お住まいの地)の書店に申し込んで頂ければ、全国のどの書店でも取り寄せてくれますので、550円で購入できます。
 アマゾン等でも取り扱われております。

【旧刊案内】『宮沢賢治と高瀬露―露は〈聖女〉だった―』(「露草協会」、ツーワンライフ出版、価格(本体価格1,000円+税))
 
 なお、目次は下掲の通りです。

 岩手県内の書店やアマゾン等でも取り扱われております
 あるいは、葉書か電話にて、入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたします。到着後、その代金として当該金額分の切手を送って下さい(送料は無料)。
            〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守  ☎ 0198-24-9813

【旧刊案内】『本統の賢治と本当の露』(鈴木守著、ツーワンライフ出版、定価(本体価格1,500円+税)

 岩手県内の書店やアマゾン等でネット販売がなされおります。
 あるいは、葉書か電話にて、入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたします。到着後、その代金として当該金額分の切手を送って下さい(送料は無料)。
            〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守  ☎ 0198-24-9813

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 花巻城跡(2/18、マンサク) | トップ |  戦後の国語教科書における〈... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

「宮澤賢治」検証」カテゴリの最新記事