前回(→こちら)に続いて、河江肖剰『ピラミッド・タウンを発掘する』の話。
ピラミッド製作者が住んでいた「ピラミッド・タウン」を発見した河江さんをふくむ調査隊は、そこで「パンを焼くかまど」を手に入れることとなる。
これさえわかれば、当時の労働者の「食事などの待遇」がある程度把握できて、
「ピラミッドの労働者は《奴隷》なのか、それとも公共事業に従事する《肉体労働者》なのか」
という大きな謎の解明につながるというのだ。
ピラミッド建設における作業員といえば、私などは世界史の授業や、マンガ『北斗の拳』をはじめとした物語のイメージで、
「ピラミッドは奴隷が作った」
漠然と信じていたものだが、これには、
「労働者は絶対的な権力を持つ支配者に搾取されていてほしい」
という、戦後の左翼教育的な発想というか、「願望」の名残が強いせいだからとか。
ついでにいえば、「ピラミッド=公共事業」説も、やはり戦後の高度経済成長における日本人から出た考え方らしい。
どうも、人間の発想というのは時代や流行や思いこみに流されやすいようで、フラットな視点を保つのは大変なよう。
今の視点から見れば、「なんやそれ」と、あきれる人もいるかもしれないが、なあに、今のわれわれだって未来には同じ程度のあつかいになるはずである。
ともかくも、ピラミッド・メイカーは「奴隷」か「労働者」か。
当時の「パン」を再現してみた結果、これが結構ボリュームがあった。
他の文献や壁画などに残った食料のデータなどを見ても、どうも石を切ったり運んだりしていた労働者は、仕事こそキツかったが、それに足るだけの満足いく食料はあたえられていたようなのだ。
これにより、
「ピラミッドを作った人」=「奴隷じゃなくて肉体労働者」
という説がかなり有力になったわけだ。
もちもん、これで決定ではないが、少なくともわれわれがイメージする「飲まず食わずで死ぬまで働く」的なものではなかった。
なーるほどー、歴史ってこうやって解明していくんやー!
この地道な論理の構築には、本当に感心してしまった。
古代エジプト人が、あの重い石をひとつずつコツコツと積み上げたように、現代の発掘チームは地味なデータと実験から、仮説を積み上げる。
なんてカッコイイ! これぞまさに、ロジックの勝利。まるで名探偵の仕事やないですか。
私はミスヲタで、子供のころからホームズやポアロにあこがれていたけど、推理小説の登場人物になるには、現代なら考古学者を目指すべきだったか!
逆にいえば、世間の人が「ピラミッドパワー」とかに走りがちなのも、ちょっと理解できるような気もする話だ。
だって、あの巨大遺跡の神秘に迫ろうと思ったら、金と手間をかけて、気の遠くなるような地味な作業にキュウキュウとして、それを集めた資料をもとに論理を駆使して説を組み立てていかなければならない。
しかもそれが、ときにはすべて無駄になる、あるいは
「わかったけど、地味で退屈で、テンションだだ下がり」
という可能性も恐れなければならない。
なんといっても本書のオープニングが、まさに河江さんの『仮説』が見事にご破算になって、
「ああー! マジかああああああ!」
頭をかきむしるところから始まるのだ。そりゃ大変ですわ。
これが疑似科学なら、
「宇宙人のしわざです」
の一言ですむし、理解も早いし、たぶん本ももっと売れる(笑)。
人は、地味な調査と論理よりも、わかりやすいおもしろさを求めるものなのですね。
だが、そんな外野の心配もなんのその。河江さんのチームは今日もコツコツ発掘調査を進める。
その安易に流れない姿勢が、ホントにシブい! ピラミッドのことが学べるだけでなく、発掘チームのメンバーたちの誠実なスタンスにも好感が持てる、とってもオススメな一冊です。