君は泉鏡花の本名と元のキラキラ(?)ペンネームを知りたくないかい?

2015年11月15日 | 
 泉鏡花の元々のペンネームは、ぶっ飛んでいた。
 
 昨今、子供に奇抜な名前をつける、キラキラネームなるものが流行っている。
 
 こういう風潮に「いかがなものか」と眉をしかめる人もいるが、作家や漫画家のペンネームや、素人でもネット上のハンドルネームなど、あまり人のことを言えないケースも多い。
 
 ここで注目したいのは、作家の泉鏡花
 
 鏡花といえば『高野聖』『歌行燈』といった作品と同時に、日本文学史上もっとも風雅なペンネームでも知られている。
 
 泉に「鏡の花」とは、これまたなんとも貴族的であり、なにやらちょっとばかし、カッコつけすぎではないのか。
 
 なんて、イヤごとのひとつも、いいたくもなるわけだが、実はこの泉先生の本名というのが、
 
 「泉鏡太郎
 
 でありまして、これまた筆名に負けずおとらず、カッコイイのであった。
 
 泉鏡太郎。本格推理の名探偵みたい。
 
 そういや、古今の探偵小説に出てくる名探偵も、キラキラネームっぽい人多いよなあ。
 
 巫弓彦とか、亜愛一郎とか、星影龍三とか。
 
 そんな鏡太郎先生、本名もペンネームも超かっこよくて、『高野聖』とか作品名もまたスカしたシロモノ。
 
 なんとも生意気だが、そんな名前的には完全無欠の「勝ち組」である先生も、苦労された時代もあるらしい。
 
 かつての文学者といえば、名のあるえらい先生に弟子入りするというのが、デビューへの道であった。
 
 夏目漱石に師事した内田百閒芥川龍之介のように、師匠の元で学んで、目をかけていただいて、同人誌などを経由して世に出るというのが、その王道。
 
 我らが鏡太郎先生も、やはり当時の大御所の門をたたいた。
 
 その人とは尾崎紅葉
 
 『金色夜叉』で有名な文壇の大スターである。
 
 そんな尾崎に才能を認められた鏡太郎先生は、その後大活躍することになるのだが、その前に大事なのはペンネームを決めること。
 
 な名前で世に出てしまって、笑いものになっては目も当てられないし、有名人と名前が、かぶってしまうというのも困りものだ。
 
 そこで尾崎師匠が弟子のため、いい名前を送ることにした。
 
 かつての刑事ドラマでは七曲暑のボスが、「今日からおまえは【ジーパン】だ」といったふうに、
 
 
 「ラガー」
 
 「マカロニ」
 
 「マイコン」
 
 
 などナイスな刑事ネームをつけていたが、ここで師匠が鏡先生につけた名前というのがこれ。
 
 「畠芋之助
 
 読み方は「はたけ いものすけ」。
 
 なんと、尾崎師匠は「泉鏡太郎」というカッケー名前に変えて、これを名乗れと命令したのである。
 
 なんでも、
 
 
 「田舎から出てきて、その土のにおいのする名前がいいだろう」
 
 
 みたいな理由らしく、その理念はたしかに美しいが、その結果が、
 
 「畠芋之助
 
 はないだろう、は。
 
 いや、芋はおいしいけど、これは一昔前は「イモ娘」とか、アカ抜けない人をに見る表現であったのだ。
 
 それを弟子につけるとは、なんちゅうセンスなのか。
 
 自分は「紅葉(こうよう)」なんて、カッコつけてるくせに。
 
 これには文芸評論家の渡部直巳氏も、
 
 
 

 「野良くさい駆け出しですという自己卑下か、師匠・尾崎紅葉による残酷な諧ぎゃくか?」
 

 
 
 あきれておられたが、私もはじめて知ったときは、椅子からずり落ちそうになったものだ。
 
 これが自虐ネタか、尾崎の「イジり」かはわからないが、自分だったら、
 
 「こ、これは後輩つぶしッスか……」
 
 そこを真剣に疑ったことだろう。
 
 それくらいのインパクトだ。ほとんどイジメだよ、畠芋之助は。
 
 文学好きの女の子と話していて、
 
 
 「いいよね、泉鏡花。あんな美しい日本語は他にないよ」
 
 「そうね、『外科室』は北村薫先生も絶賛されていたわ」
 
 
 なんてやりとりがあれば、「今日はいけそうな気がする」となるが、これが
 
 
 「いいよね、畠芋之助
 
 
 では、まったくダメそうだ。
 
 かくも、名前というのは大事なのである。
 
 幸いなことに、鏡太郎先生はその後「泉鏡花」としてブレイクし、見事日本文学史にその名前を残したが、これが「畠芋之助」のままだったらどうだったろう。
 
 ダメだったとはいわないけど、きっと文学史における「ブランド力」は、二割くらいだったのではなかろうか。
 
 みなさまも、ペンネームやハンドルネームをつけるときは、くれぐれも
 
 「この名前で、歴史の教科書に載る勇気があるのか」
 
 といったところに、注意されるのが吉であろう。
 
 
 
コメント (2)
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