錦織圭もあこがれたモロッコの天才 ヒシャム・アラジ

2014年03月17日 | テニス

 ヒシャムアラジのテニスは、まさに天才型のそれだった。

 スポーツの世界には、ときおり、目に見えて才気をほとばしらせる選手がいる。

 彼らは普通なら、100万回練習してもできないようなプレーをいとも簡単に、それこそ口笛でも吹きながら、あざやかにこなしてしまうことによって、我々凡人に感嘆絶望の、ため息をもらさせる。

 テニスでいえば、一番わかりやすいのはジョンマッケンローであろう。

 あの天才的としか表現できない、繊細なボレーは、

 

 「フェザータッチ」

 

 と呼ばれ、まさに彼しか披露することが、できないものであった。

 他にもアンドレアガシロジャーフェデラーなど、神に愛されていたとしか思えないような、すばらしいショットを打つ選手は多くいるが、その中から、個人的な見立てで、一人輝く才を持った選手を選べと言われれば、彼らを押しのけてこの男になるかもしれない。

 それがモロッコヒシャム・アラジ

 カリムアラミユーネス・エルアイナウイらとともに、モロッコのテニスを引っぱってきたエースである。

 身長は175センチと、テニス選手としては相当に恵まれない体型であったが、それをカバーするだけのフットワークと、なによりムチのようにしなる腕と、強靱な肉体を持っていた。

 特に、その形のよい筋肉は見事なもの。

 インターバルで、彼が着がえのためシャツを脱ぐと、見事な形の腹筋に、客席から歓声が上がるほどであった。

 毎試合のように、それを披露するところから見て、本人もかなり自覚があったらしい。

 華麗なラケットジャグリングでも客席を沸かせる彼は、まるで少年のようなベビーフェイスも相まって、2歳から過ごしているフランスで、特に人気者であった。

 アラジのテニスは、とにかく美しかった。

 ショットは一見やわらかい

 それは彼の動きとフォームが、流れるように進むからで、実際にそこから飛んでくるボールは、予想を裏切って鋭く伸びがある。

 その小さな体の、どこにそんなパワーがあるのかというような、ものすごいエースが、次々飛んでくる。

 それもこれも彼の、しなやかな筋肉のたまものであるが、特にクレーコートの上で躍動する姿は惚れ惚れさせられる。

 いつまでもプレーを見ていたい、と思わせるようなその芸術性は、グスタボクエルテンと双璧ではなかろうか。

 アラジのその才能が、もっとも発揮されたのが、1997年フレンチ・オープンであった。

 この年アラジは好調で、ローラン・ギャロスでも快進撃を見せベスト8に残る活躍。

 その4回戦で戦うこととなった、マルセロ・リオス戦は大会のベストマッチ、いやさ、これまでクレーコートの上で見たテニスの中で、もっとも、すばらしい試合だったかもしれない。

 リオスもまた、アラジと同じ「天才型」の選手。

 どちらも、身長175センチのサウスポーで、やはりスピードと、しなやかなスイングを武器とし、天才肌の選手にありがちな、ムラッ気も持つなど共通点の多い者同士。

 その戦いは、全身からほとばしる才とセンスが、真っ向からぶつかり合う好勝負となる。

 専門誌のレポートでも賞賛された、すばらしいゲーム。

 「金の取れるテニス」というのは、こういうパフォーマンスのことをいうのだろう、と感じ入ったものだ。

 そんな「魅せる男」アラジの試合を、私は生で観たことがある。

 それは1998年オーストラリアンオープンを観に、メルボルンまで出向いたときのこと。

 アラジは2回戦で、地元期待の若手マーク・フィリポーシスと相対した。

 スピードと柔軟性で戦う「」のアラジと、破壊力抜群のビッグサーブを、無差別爆撃のように打ちこんでくる「」のフィリポーシス。

 相反するかのようなプレースタイルのふたりが、灼熱のメルボルンで、ぶつかり合う。

 これが、おもしろく、ならないはずがない。

 私はこれこそ、前半戦屈指の好カードと見積もって、センターコートのチケットを手に、会場へ向かったのである。



 (続く【→こちら】)





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