不屈の男マイケル・チャン その5 1997全米オープン準決勝 対パトリック・ラフター戦

2013年09月04日 | テニス
 前回(→こちら)の続き。

 1997年USオープンで、ベスト4まで勝ち上がったマイケルチャン

 越えられないであったピートサンプラス4回戦敗退し、残るシード選手は第13シードのパトリックラフターのみ。

 まさに千載一遇の大チャンスに、ファンはわきあがった。

 これはもう、どう考えてもチャンの優勝しかあり得ないではないか。

 もはや決まったも同然。あとはハンコを押すだけという状況の中、あえて最後の関門といえば、準決勝で当たっているラフターであった。 

 普通にやれば勝てる相手だが、油断は禁物だ。

 もちろん、周囲以上に本人がそう肝に銘じていたであろう、アーサーアッシュスタジアム事実上決勝戦といわれた試合が開始された。

 前半戦、試合はややラフターペースで進んでいた。

 彼は現在では絶滅危惧種といわれている、サービスボレーを基調にした選手。
 
 ステファンエドバーグの舞うような華麗さや、ボリスベッカーの押しこんでくるパワフルさこそ見受けられないが、実に基本に忠実な、見ていていかにもテニスらしいオールドタイプのプレーをするのだ。

 展開は当然、ラフターのサーブ&ボレーを、チャンがリターンで切り崩すということになるのだが、差はわずかなものの、少しずつラフター押しているように見える。

 最初はそれほど、気にはならなかった。チャンは勢いで戦う選手ではないし、長期戦も苦にしないタイプだ。

 多少スロースタートでも、最後は地力の差がものをいうにちがいない。

 と、特に心配することもなく見ていたのだが、徐々にゲームが進むにつれて、あれれ、これはおかしいのではないかという気になってきた。

 どうも、全体的に見てラフターの方がいいプレーでポイントを重ねている。

 チャンは受け身の戦いを強いられている。

 それも、スタート時はあくまで微差だったものが、ゲームが埋まってくるにつれて、少しずつ少しずつ開いていっているような気がする。

 そのまま、第1セットラフターの手に落ちた。

 それは、第2セットにはいるとハッキリと感じられるようになってきた。

 試合は目に見えて、ラフター優勢で進んでいたのだ。

 スピンのかかったキックサーブを打ちこみ、甘くなったレシーブを腰の入ったボレーで沈める。

 そこに、チャンはつけいるスキをなかなか見いだせない。

 あれ、あれれ、そうやっている間に、あっという間にラフターが2セットアップ

 ここへ来て、ハナから勝つつもりであったチャンとニューヨーク観客は、明らかな異変に気づかされることとなった。

 おいおい、このまま行くと終わるぞ。

 そう感じる理由は明確だった。

 この試合、チャンの調子が悪いわけでも、ラフターのショットがことさら爆発しているわけでもない

 ただ、二人とも持てる力を存分に出し、その上でラフターのテニスがチャンのそれを上回っているのだ。

 つまりは、テニスの内容自体


 「ラフターの方が強い


 そのことは、チャンに少なからずショックを与えたにちがいない。

 内容的にもスコア的にも劣勢を自覚したチャンは、第3セットから意識的にギアを上げてきた。

 このままのペースだと、逆転は難しいと見て、あえてで押すテニスにシフトチェンジを図ったのだ。

 その成果は、いくつかのポイントでハッキリと出た。

 勝利を意識して、ややラフターも固くなったこともあったのだろう、チャンのスーパーショットが炸裂し、地元の観客は大いに沸いていた。

 中でも目を見張ったのが、背面グラウンドスマッシュだった。

 果敢にに出るチャンに、ラフターは絶妙のロビングでそれをかわす。あわてて下がっていくチャン。

 なんとか追いつくも、そのロブはあまりにもピッタリとライン上に落ちるテクニカルなショット。

 いかなチャンでも、どうしようもないと思われたときに、ラフターにを向けたまま思いっきり上体をひねる

 そこから、なんとライン上ではずんでに逃げていくそのボールを、無理矢理スマッシュで返したのである。

 まさか、そんなところから返球してくるとは、誰だって思いはしない。

 よく、ロブを追いかけたあと、振り向く余裕がなくて背を向けたまま、股間を通して返球する「股抜きショット」というのはある。

 ロジャーフェデラーや日本の錦織圭がときおり見せるが、チャンの場合それを強引に振り向いてオーバーヘッドでスマッシュしたのである。

 見たこともないようなミラクルショットに、スタジアムの興奮は最高潮に。コートに呆然と立ちすくむラフター。

 まさに、「反撃のろし」という言葉がピッタリのスーパープレー

 さあ、ここから流れが変わるぞ、誰しもが、いや当のラフターでさえ



 「あそこから逆転されると覚悟した」



 と認めたほどである。


 (続く【→こちら】)





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