不屈の男マイケル・チャン その4 1997全米オープン準決勝 対パトリック・ラフター戦

2013年09月02日 | テニス
 前回(→こちら)の続き。

 勝てばグランドスラムチャンピオン、そして初の世界ランキング1位が決まるUSオープン決勝。

 その人生最大ともいえる大一番に挑んだマイケルチャンだったが、結果は王者ピートサンプラスの前に敗退

 果敢なねばりを見せたものの、残念ながら試合中、一度もチャンが優勢な場面はなかったといっていい、明確に力の差を見せつけられた負け方だった。

 これには私のようなファンは、


 「もう2位でええんとちゃう? よくやったやん」


 そんな気分になったのも無理はなかろう。

 チャンは強かったが、サンプラスやボリスベッカーは、それをはっきりと上回っていた。

 世界1位になるには、チャンは彼らとくらべてはっきりと「足りない」感じがした。

 そんな落胆を感じさせたにもかかわらず、1997年もチャンの好調は持続した。

 年明けすぐのオーストラリアンオープンでも順調に勝ち上がり、ベスト4に。

 2年連続ファイナル進出に期待がかかったが、ここでスペインの伏兵カルロスモヤに敗れた。

 のちにフレンチオープンを制し、世界ナンバーワンにもなるモヤは、この大会では1回戦ベッカーを倒している。

 その勢いで決勝まで駈け上がり、現在ある「テニス王国スペイン」の先鞭を付けることとなった。

 後年のラファエルナダルの活躍は、この試合から生まれたともいえなくもない、なにげにテニス界のターニングポイントになった試合だった。

 が、このときのモヤはまだ、数いる有望若手スペイン選手の中の一人というあつかいで、この準決勝の勝利も「アップセット」といわれたものだ。

 私も観戦しながら、

 「マイケル、こんな知らんやつに負けるなよ!」


 天をあおいだが、反面「ま、これでもいいか」と考える自分がいた。

 なぜなら決勝で待ちかまえているのはまたもやピートサンプラスであったからだ。だとしたら、チャンには悪いがまた勝てないであろう。

 それだったら、準優勝でもベスト4でも変わらないではないか。

 いや、むしろ期待する気持ちをまた最大限に上げたところで落とされる、あのガッカリ感を味あわなくてすむ分、こっちの結果の方が気楽かも知れない。

 実際、モヤは決勝で


 「そんなんやったら、ベッカーとかに勝つなよ!」


 といいたくなるくらいに、あっさりとサンプラスに敗れている。

 チャンが出ていても、おそらくは同じようなものだったろう。

 そんな「すっぱい葡萄」とはちとちがうが、どこか似たような感じの複雑な負け惜しみをいいたくなるほど、このときの私は若干やさぐれていた。

 US決勝痛手は、チャン本人もそうだろうが、ファンにも大きかったのである。

 これもちとちがうが、2階ではしごをはずされるなら、最初から登らなければいい、みたいな。

 が、彼の精神力はヤワではなかった。

 すっかりあきらめモードの我々ファンを尻目に、本人は愚直にテニスコートを駆け抜け、虎視眈々とのチャンスを狙っていたのだ。

 メルボルンの敗退後もチャンは好調を持続。爆発力こそなかったものの、2位の座はもはや彼の固定位置だった。

 サンプラスがウィンブルドン優勝するなど、スキを見せなかったのではなかなか縮まらなかったが、それでも静かに、ピッタリと背中に付けていた。

 執念を見せて追走するチャンに、テニスの神様はもう一度、大きなチャンスを与えたもう事になる。

 それが97年USオープン

 第2シードのついたチャンは、昨年に引き続き、地力を発揮してトーナメントの山を登っていくき、順調にベスト8に入る。

 これには私をはじめ、チャンのファンは色めきだつこととなった。

 おいおい、これはやったんとちゃうの?

 まだ準々決勝なのに早いよと言うなかれ。これにはれっきとした理由があった。

 というのも、この大会は序盤から波乱含みであったのだ。

 優勝候補の一角である、エフゲニーカフェルニコフゴーランイバニセビッチが早期に敗退。

 また、上位陣にハードコートを本業にしないスペイン選手や、トーマスムスターグスタボクエルテン

 こういったクレーコーターが集まったこともあって、上位10シードで、ベスト8に残ったのはわずか2人だった。

 そして、最大の波乱は、ディフェンディングチャンピオン第1シードサンプラスが、4回戦で消えてしまったこと。

 目の上のたんこぶがまさかの敗退で、チャンに優勝の目が一気に出てきた。

 それも、シード勢の消えたベスト8の面々を見ると相当手厚い。

 その8人から、準々決勝では第15シードペトルコルダと、昨年度ウィンブルドンチャンピオンリカルドクライチェクの名前も消えた。

 そしてチャンは準々決勝で、トップ10シードの中でチャンと二人だけ残っていたマルセロリオス(第10シード)を、フルセットで振り切ってベスト4に進出。

 ここへ来て、「ひょっとして」が、「これは、決まったぞ」という確信にまで変わりつつあった。

 とうとう、チャンがUSオープン勝つ日がやってきたのだ。
 
 ベスト4のメンツを見れば、そう気が急くのもゆるしていただきたい。

 残る面々は、スウェーデンヨナスビョークマンイギリスグレッグルゼドスキー

 オーストラリアパトリックラフター、そしてマイケル・チャン。

 勝った! 勝った! もらったぞ。誰もがそう思った。

 たとえば、ビョークマンはダブルスでは押しも押されぬナンバーワンだったが、シングルスでは、ダブルスほどの大きな結果は残していない。

 ベスト8、ベスト4には残っても優勝する器の選手とは思われていない。

 ルゼドスキーははっきりいってサーブだけの選手だし、ラフターはのちに世界1位になる逸材だが、このときはまだ覚醒前

 グランドスラム優勝できる選手になるとは、まだ思われていなかった。少なくとも「今すぐ」というわけではなかったのだ。

 もちろん、それぞれに強敵だが、実績から見てチャンが頭ひとつ抜けている感じだ。

 普通にやれば、負けることはない相手ばかりである。

 唯一気になるところといえば、準決勝で当たっている最後シード選手のラフターだが、それでも第2シード第13シードでは格が違う。

 ポカさえなければ、間違うことはあるまい。

 そうして、いよいよグランドフィナーレのための助走が始まることとなる。

 あと2つだ。その最後の関門が、パトリック・ラフター。

 この年から「アーサーアッシュスタジアム」と名前を変えたセンターコートに、選手が入場した。

 (続く【→こちら】)




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