ティム・ヘンマンとアンディー・マレーの使命 その4

2012年07月16日 | テニス
 前回(→こちら)の続き。

 2012年のウィンブルドン決勝は、ロジャー・フェデラーと地元アンディー・マレーが相対することとなったが、試合の方は、二人の力が存分に出た打ち合いとなる。

 第1セットはフェデラーが固くなったのかミスが目立ち、マレーが取ったが、第2セットは一瞬のスキをついて、フェデラーが取り返す。

 雨の中断のあと、屋根を閉めて再開した第3セットからも激戦は続いたが、ここから少しずつ、少しずつではあるが、フェデラーがペースを握っていく。

 それはおそらく、経験の差であろうか。全力で、これが最後とぶつかってくるマレーに対して、ウィンブルドン決勝の舞台が8回目という元王者は絶対的に、その戦い方を知っていた。

 ミスが出たり、微妙なジャッジや圧倒的なアウェーの空気でプレーが乱されそうになっても、気持ちをコントロールし、勢いで勝るマレーを予測や組立のうまさでかわしていく。

 力では互角だったが、強引ともいえる回りこんでのフォアハンドでプレッシャーをかけることをはじめとし、ネットダッシュからのドライブボレー、角度のあるドロップショットなど、「手駒の多さ」ではやはりまだフェデラーに一日の長があった。

 マレーもベストを尽くしたが、結果としては4-6・7-5・6-3・6-4でフェデラーが勝利。ウィリアム・レンショー、ピート・サンプラスと並んで、これが7回目(!)の優勝。

 また、世界ランキングも1位に返り咲き、ピート・サンプラスの持つ更新不可能と思われていた通算1位在位記録(286週)にも並んだ。

 スコアは競っているが、それでも全体的に「フェデラー乗り」の戦いに見えたのは、やはり王者の貫禄か。あらためて、ロジャー・フェデラーの偉大さを再認識させられた試合であった。チャンピオンの復活だ。 

 一方、敗れたマレーは、試合後のインタビューで声を詰まらせた。

 母国の期待を一身に背負おい、そして決勝戦もファーストセットを見た限りではチャンスはあっただけに、なんともくやしいであろう。

 涙をこらえきれないマレーは、インタビュアーに「無理しなくてもいいですよ」と言われながらも、それを飲みこんでマイクを取った。しぼりだすように、後押ししてくれたファンや家族、コーチにガールフレンドに感謝の言葉を贈る。

 「大変なことではあるけれど、またチャレンジします」

 健気に語った彼に大きな拍手が。マレーの家族とガールフレンドが泣いていた。スタンドの人たちも、抱き合って泣いていた。

 結果は残念だが、ウィンブルドン決勝で、ロジャー・フェデラー相手にこれだけのテニスを見せた男を、いったいだれが責められようか。

 だが、インタビューなかばにぽろっともらした一言は、彼のそんなきれいごとでは押さえられない、痛切な胸の内を静かに明かしてしまうこととなる。

 「またがんばります」と言った後、小さくこうもつぶやいたのだ、

 「でもそれは、簡単なことじゃないんだ……」。

 簡単なことじゃない。本来ならそんな士気をくじくようなことは言うべきではないのだろうが、それでも口にするのを止められなかった。なんだろう、かける言葉もない。

 でもアンディー、君はたしかに負けたかもしれない。

 それでも君はイギリス人のウィンブルドン決勝進出という、この74年間だれもができなかったことを成し遂げたんだ。これはすごいことじゃないか。だから胸を張っていい。

 残念であったが、月並みではあるけど君の力を持ってすれば、まだまだチャンスはある。今年はオリンピックもあるし、次はUSオープンも残っている。挽回の舞台はそろっている。

 そこで勝てば、今日の落胆などおぎなってお釣りがくるくらいだ。

 簡単ではないが、そして根拠もないけど、あえて言いたい。

 君なら、できるよ。

 そしてあらためて、ロジャー・フェデラーは強かった。「時代は終わった」とか「もう引退か」と聞かれることにうんざりしていただろう彼は、2年の苦しい期間を経てここにあざやかによみがえった。

 マッチポイントが決まった瞬間のすぐにも泣き出しそうな、子供のようなあの目は、すでに6回もカップを掲げたことのある男のそれには見えなかった。

 この大会、あなたは「強すぎたころのロジャー・フェデラー」にほとんどに戻っていた。今回は敵役だったけど、そのテニスは優雅で華麗で、そして力強い。

 もう一度言うが、やっぱり今でも偉大なチャンピオンだ。

 長い2年間だった。

 優勝おめでとう。



 ■おまけ 2012年ウィンブルドン決勝の映像は【→こちら




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする