拝啓 夏目漱石先生

自称「漱石先生の門下生(ただのファン)」による日記

‘I'm a winner so fuckin', what?’―DragonAshについて

2006-04-30 20:31:14 | 音楽
DragonAshのアルバム『Viva la Revolution』を聴きながら恐ろしいことに気づいた。えーと、ドラゴンアッシュのほぼ全ての楽曲の作詞作曲をつとめるボーカル降谷健治は1979年生まれ。このアルバムが出たのは99年…ハタチでこれ作ったんかい…!なんだこの才能、怖えーよ。今の自分と同い年だよ。ヒップホップやロックやパンクやメロコアを独自の手法で融合させ消化して日本に一大ヒップホップブームを巻き起こすきっかけとなったあのアルバム。あのアルバム以前はメロディー志向のこの国でラップパートのある曲が売れるなんて考えられなかったわけで。オレンジレンジやHY他、今売れまくってるバンドにダイレクトに影響を与え、さらには嵐やこの前見たばっかりのKAT-TUNなどのアイドル勢にも何かしらの影響を及ぼしたであろう、1999年の重大作の一つ『Viva la Revolution』。そっかー…降谷がこのアルバムの曲を書いたのはハタチの時かぁ…それにひきかえ今の自分は何やってんだろう。まあ比べること自体間違ってるけども、やっぱり凄すぎる。
自分が持っているドラゴンアッシュのアルバムは『Mustang!』『Buzz songs』『Viva la Revolution』『lily of da valey』『HARVEST』の5枚。どれも結構好きなアルバムだ、音は。でも、『Mustang!』『Buzz songs』『Viva la Revolution』の曲にのっかっている降谷による闘志溢れるメッセージが詰まった歌詞にはあまり思い入れは無い。若いだけに隙だらけだし浅いし…。ただ、何度も連発してしまうけどあの若さで堂々と「革命万歳!」と高らかに言えてしまう大物ぶりはやはり一目置いてしまう。荒削りだけど「陽はまたのぼりくりかえす」(『Buzz songs』)「Drags can't kill teens」「Freedom of expression」(『Viva la Revolution』)は名曲だと思う。ちなみにたまに間違えて「腸はまたのぼりくりかえす」と書く人がいる。エイリアンものの映画じゃないんだから(笑)。
大成功した一方で、あたかも「これぞヒップホップの決定版!」みたいな宣伝のされかたに違和感をもった本家ヒップホップ方面のアーティストから叩かれたり(「ラップが入ってればヒップホップなんて安易に言うな」みたいな批判)、「親の七光りだろ(父は古谷一行ちゃん)」と叩かれたり、日本ヒップホップ界の大物ユニット・キングギドラに「公開処刑」という曲(スゲー曲名だよな)の中で名指しで叩かれたりと、若いうちから歓声と罵声を同じぐらい浴びた稀有な人・降谷健治。それらを何とかすべて受け止め、今でも音楽活動を続ける姿は素直に尊敬してしまう。
そんなドラゴンアッシュの作品で一番好きなのが、2001年リリースの4th『lily of da valey』。遠慮一切なしのゴッシャリしたディストーションギターのループが耳に気持ちいい。もはやパンクとヒップホップの融合とかのん気に言ってられない。当時流行っていたリンプビズキットみたいな曲まであり。ベストトラックは「百合の咲く場所で」か。緊迫感のあるストイックなラップで始まり、サビで一気に曲調が盛り上がり、ブルーハーツ並みのテンションでパンクを響かせるというむちゃくちゃな構成が超好み。サビとそれ以外のテンションの落差はラルクの「Heaven's Drive」を彷彿とさせる。いや、落差はそれ以上かな。
そして歌詞の押韻が素敵。このアルバムで降谷の押韻のレベルが上がった感じ。このアルバムの中ではかなり穏やかな曲調で、アコギのフレーズと、そのフレーズを逆再生させたものをループさせる優しくシンプルな「My Friend's Anthem」の歌詞の一部を引用。

仲間達よ月日経ったって 片手に握ってた糧
もう片方の手には涙した 悔しさがあふれてはみ出した
あの頃を忘れてないんだぜ あの心は捨ててないんだぜ
一つだけ覚えておいてくれ 辛いなら大声で呼んでくれ

私はこの歌詞は韻文としては結構凄いと思うんだけど、本家ヒップホップの人や、詩に詳しい人から見たらどうなんだろう?普通?「あの頃を~」のくだりは全部母音一緒である。この部分が好きで何度も巻き戻して聴いていた。これを書いたのは彼が21歳の時か…。

…やれやれ…
(スヌーピーの4コマ漫画の4コマ目によくあるパターン)。




続・先生Yonda?

2006-04-30 00:29:52 | 日記
ほんの二ヶ月半前とは思えないほどの初々しさが漂う初期の記事で私は「新潮文庫のYonda?マークを集めている」という事を書いた。狙うは文豪リストウォッチ。もちろん漱石先生のやつ。それを最近になって読んでくれて、「今でも集めてるなら新潮のマークあげるよ?」と言ってくれたとても素敵な人が現れた。なんでも彼は16枚も持っているらしい。そんなに貰ってもいいの?と思ったが彼曰く、「いいよ。時計見てみたいし」。…素敵だねぇ。
実はあの記事を書いてから殆ど増えていないYonda?マーク。一応本は読んでいるのだが、新潮文庫を読む機会は殆ど無かったのだ。授業の演習で使った漱石先生の『それから』は新潮文庫で、演習受けている人に声を掛ければマークすぐに集まるじゃん!」と思ったのだが、如何せん『それから』の演習が始まったのは去年の4月。記事を書いた今年の2月ごろの時点でブックカバーを保持している人など全然いなかった。あらゆる人曰く、「あー、どっか捨てちゃった。もっと早く言ってくれれば」。…まぁ…私も買ってすぐに「カバーうぜー」と思って捨てた気がする。その頃は集める気無かったからな…。結局5人の人からマークを貰い、それ以降は凍結。ちなみに「5人の人」の中には、その演習の授業を開講した某先生も含まれる。某先生に「えっと…あの…私新潮文庫のマーク集めてるんですけども、よろしければ先生の文庫についてるマーク頂けないでしょうか?」と言った私。「え…まあよろしいですけど…パンダお好きなんですか?」と答えた先生。「ええ…まあ(実際はパンダ目当てでなく先生の時計目当て)」。……思い出すだけで胃がコロコロする(つまりどうなんだよ)。しかし今回一気に新潮マークは16枚増え、友人達に貰った5枚+自分が持ってる13枚で計34枚。狙ってる文豪リストウォッチ漱石仕様は30枚…めでたくマークが集まった!素敵すぎ。届いたら、16枚も譲ってくれるという貴方に一番に見せにいくよ。で、色んな人に見せた後、部屋に飾るのだ。勇気が無いので「腕時計」として機能させることはできない。
さて、漱石先生のお姿がプリントされた時計を手にする日が近いということで、応募ハガキとパンフを引っ張り出してきた。そして応募方法を読んで驚いた。「商品の発送は、ご応募いただいてから約4ヶ月後になります」。………ハァ?よ、よんかげつごって。そんな、完全受注限定生産のコレクターズアイテムじゃあるまいし。それともあれですか、新潮社は奇特なパンダファン(及び文豪ファン)などに構ってるヒマなど無いほど忙しいってことですか。それと記入欄の注意事項で「文豪リストウォッチをご希望の場合は⑩~⑫の中から第二希望もご記入願います」。……ちょっとまって!なに「第二希望」って。私は漱石先生以外の腕時計なんて欲しくもなんともないぞ?ちなみに⑩夏目漱石⑪太宰治⑫川端康成…やだやだやだやだー!⑩以外いらないよ~。第二希望なんて選べないよ。一年ぐらいまでなら待つから、頼むから先生の腕時計をください…。

追記
昨日の記事を読み返すとまるで自分が嫌韓主義の人みたいだ。そうでもないよ。ある曲の歌詞を借りれば「辿ればそう 同じ遺伝子 輸血だって可能さ」。

追記2
「失礼ですが新潮としての証は?」
「パンダ?文豪?何のことです?」