小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

総選挙を考える③ 「アベノミクス」が総選挙の争点になったホントウの理由。

2014-11-27 07:37:08 | Weblog
 前回の続き(アベノミクスの詳細検証)は次回に延ばす。
 やはり安倍総理は「国民に選択肢がない解散・総選挙」の強行で、かえって苦境に立たされることになった。私が18日に投稿したブログの最後に書いた通り、解散に踏み切ったことを「早まった」と後悔しているかもしれない。
 そもそも今回の解散は、安倍総理が海外から永田町に吹き込んだ「解散風」によって、後戻りができなくなってしまったためである。もともと安倍総理は消費税増税の引き延ばしを争点にしたいと考えていた。だから解散表明に際しても「3党合意で国民に約束した消費税増税という国民生活に大きな影響を与える問題は、総選挙で国民の民意を問うべきだ」と主張していた。つまり消費税増税問題を争点にすることで、安倍政権の権力基盤をより強固にすることが当初の安倍総理の狙いだった。
 が、その思惑が完全に外れた。まずどの野党も「消費税増税は国民に約束した通り来年10月に行うべきだ」などとは主張しなかったからである。また国民も来年10月の消費税増税に反対する意見が多数を占めていることも、メディアの世論調査によって明らかになってしまった。確かに消費税増税について安倍総理が設置した有識者会議45人のうち30人は、社会福祉の財源確保のために痛みを伴っても消費税は当初の予定通り増税すべきだという見解を出したが、有識者会議が出した結論にメディアもあまり関心を示さなかった。
 朝日新聞が社説で社会福祉政策を後退させないためにも、一時的には国民が痛みを受けても来年10月に消費税を増税すべきだと主張したこともあった(11月3日)。が、10日ほど経って、読者の投稿欄「声」に「大学講師」なる人物の社説批判の「投稿」を掲載し、その批判に応じるような形をとって増税強行主張をなし崩し的に転換しだした。一時、朝日新聞は慰安婦報道問題については、バッカじゃないかと言いたくなるほど批判投稿を掲載していた。読者におもねるためのジェスチャー以外の何物でもないと思ってはいたが、その程度のことに目くじらを立てることもないので、ブログでは何も書かなかったが、社説に対する批判投稿を10日も経ってから、あえて「声」欄に掲載して社説の主張を転換することは、メディアとしては通常ありえない。私は「投稿」そのものに疑問を持っている。はっきり言えば「社内投稿」ではないかと…。
 社内の権力抗争は一段落したと思っていたが、こうした混乱がその後も続いたということは、いまだに内部対立がくすぶっているためかもしれない。メディアの主張がくるくる変わるようでは読者が戸惑うかもしれないが、社内の意見対立が堂々と紙面に反映されるのは、かえって健全な姿と言えなくもない。
 メディアの主張はともかく、もし安倍総理が、有識者会議の多数を占めた増税を強行するというのであれば、野党がいっせいに「増税したら日本経済はさらに悪化する」と政府に反対して、「それなら国民に信を問おう」ということで「消費税解散」になっていたはずだ。つまり安倍総理が想定していた「与党=消費税増税の延期VS野党=消費税増税強行」という争点の目論見が完全に外れてしまったわけだ。挙句、解散の理由に困り、アベノミクスの継続という争点になりえない「争点」を無理やりでっち上げて解散に踏み切ったというのが今回の解散劇の真相だろう。
 が、よく考えてみると不思議な感じがしないでもない。安倍総理が海外に出かける直前から永田町では解散風がかすかに吹き始めていた。が、安倍総理の発言はその時点では「解散は一切考えていない」だった。APECからG20までの間、安倍総理の発言は少しずつ変化していった。
「消費税増税については7~9月のGDPの数値を見てから12月に判断する」
「私は一度も解散について発言したことはない」
「民主党政権の失敗は総選挙の際のマニフェストに消費税増税を書かず、民意を問うことなく消費税増税をやろうとしたことにある」
「消費税増税を延期するとしたら、国民生活に重大な影響を及ぼすことになるから、民意を問う必要があるだろう」(※自民党政権時代の竹下内閣による消費税導入、橋下内閣による5%増税も選挙で公約していなかったけど…。安倍さんは健忘症にかかってしまったのかな?)
 最後の発言は7~9月期のGDP数値発表を受けて18日に消費税増税延期を発表したときの安倍総理の発言で、この時点でメディアは解散必至と判断、与野党は一斉に選挙態勢に突入していった。安倍総理が帰国したのは17日の夜。当日の朝にはGDPの数値が公表され、マイナス1.6%(年率換算)という衝撃的な日本経済の現状が明らかにされていた。が、これもすでにブログで書いたように、この数値に衝撃を受けたエコノミストやメディアが頭が悪かっただけで、毎月の経済指標(消費動向や貿易収支)は内閣府や経産省が公表しており、7~9月期のGDPがマイナスになることはすでに想定されていなければおかしかった。現にその後の10月の消費動向や貿易収支はとっくに公表されており、日本経済回復の見通しはまったく暗い。
 また25日にはまだ11月中というのに政府が11月の月例経済報告を発表し「消費は依然として足踏み状態、消費者マインドが低下」と、アベノミクスによる景気回復が順調に進んでいないことを明らかにした。
 日銀をはじめ、数字の裏付けなく景気は回復基調にあると言い続けているが、数字は一貫して消費税8%増税後の消費低迷を証明しており、年末商戦の時期に入っても一向に上向きに転じる様相は見えない。飲食店の書入れでもある忘年会も予約が例年に比べて低迷しているようだし、ファミレスの売り上げも停滞しているという。ただ株高で儲かった富裕層の高額商品購入だけは好調のようで、消費は完全に二極分解していると言ってよい。これは次回のブログに書く
予定だったが、ついでに書いてしまうと、アベノミクスがもたらした結果は消
費動向の二極分解だった。同様に産業界も円安メリットを享受した勝ち組と、円安デメリットの直撃を受けた負け組に二極分解した。私にとってショックだったのは、当然勝ち組と思っていた、日本企業で最初に世界的ブランドを確立したソニーが負け組に入っていたことだった。アベノミクスに対する評価は、単純な数字の表面的なあげつらいだけでは不十分だ。国民生活に関して言えば勝ち組は、勝ち組企業の株を持っていた人たちだけで、その人たちも衣食住の生活要素ではメリットは何も享受していない。
 それはともかく安倍総理としては、7~9月期のGDPがマイナス成長になることを見越したうえで、消費税増税問題を争点にして衆議院を解散し、増税延期を訴えて国民の支持を取り付けるというのが当初の作戦だった。が、朝日新聞が主張を転換したように、国民はすでに円安と4月の消費税増税に悲鳴を上げており、安倍総理が望んでいた「増税延期反対」の声は野党からまったく出なかった。
 そのため解散風が強まるにつれ、野党勢力から「大義なき解散」という批判が巻き起こった。国民も「何のための解散か」と疑問の声を上げ、メディアの多くも解散に批判的な主張を始めた。
 そもそも消費税増税は、3党合意に基づいて安倍政権が行った政策だ。その結果としての景気後退を前政権のせいにするという安倍総理の理屈には、だれも納得するわけがない。野党は、消費税増税の時期を争点にするというなら、まず国会で議論を尽くしたうえで、国会では決められなかったときに初めて国民の民意を問うのが筋だと主張し、メディアも同調した。結局安倍総理の「消費税増税延期を国民に問う」という争点づくりの目論見は砂上の楼閣のごとく崩壊し、解散のための新たな「争点」を作り出さざるを得なくなった。
 そうなると、来年4月以降に先延ばしした集団的自衛権行使のための国内関連法案改正や特定秘密保護法、原発再稼働や普天間基地の辺野古移設に対して示した沖縄県民の民意などが、総選挙の争点になってしまう可能性が生じる。その場合には、安倍政権としてはきわめて厳しい選挙になる可能性が生じる。窮地に立った安倍総理としては、今さら「解散は止めた」と翻意して党内の権力基盤を喪失するわけにはいかず、新たな「争点」を何が何でもでっち上げ「解散の大義」にする必要が生じた。そういう状況下で安倍総理が「選挙の争点」にするとしたら、消去法で考えると一つしか残らないことになる。

 普段は月の上旬に世論調査を行うNHKが、22~24日にかけて通常の世論調査のほぼ倍の規模の調査を行った。内閣支持率は多少持ち直したようだが、肝心の総選挙には国民もソッポを向いていることが明らかになった。通常、解散直後の世論調査では選挙に対する関心はかなり高い数字が出るのだが(実際の投票率は下がるのが通例)、今回は「非常に関心がある」と答えた人はわずか23%でしかなく、前回総選挙のときに比べて17%も低下した。過去の例から見て今回の選挙の投票率は、下手をすると20%を下回る可能性すら出てきた。
 私は安倍総理の帰国翌日18日の早朝に投稿したブログでこう書いた。その夜、安倍総理は解散表明の記者会見をする予定になっていたが、では何を争点に総選挙を行えばいいのかも安倍総理の頭の中では、まだ暗中模索状態だったと思う。実際、この記者会見では安倍総理はすでに書いたように、いぜんとして消費税増税の延期を行うことについて国民の信を問うと主張していた。
 私のブログはメディアだけでなく内閣府や各政党本部の方たちも読んでいるから、ひょっとしたら私が18日の早朝に投稿したブログに安倍総理のブレーンが飛びついたのかもしれない。改めて、そのブログで予測したことを転記する。

 今日安倍総理は解散を宣言するようだ。「早まった」と後悔しているかもしれないが、ここまで来た解散風を止めることは総理にも出来まい。「争点なき選挙」と言われてきた12月総選挙だが、アベノミクスの総括が最大の争点になることは必至だ。野党間の立候補調整がうまくいけば大逆転もありうるが、野党が勝利しても所詮野合政権の再登場になるだけだ。アメリカと同様、何も決められない政治になることは必至だ。「争点は生じたが、選択肢がなくなった総選挙」と私は定義する。

 実際このブログを書いた時点(18日早朝)では、アベノミクスの「ア」の字も解散・総選挙の大義や争点として、永田町にもメディアにも登場していなかった。そもそも解散風自体が野党にとっては寝耳に水のように唐突に吹き出した風であり、安倍総理が解散表明を行った18日夕方の時点では、解散の意図や大義に対する疑問が噴出したくらいだ。民主党などは、その直前までは海江田代表が「解散するなら、いつでも受けて立つ」と胸を張っていたが、その空元気は「張子の虎」にすぎず、安倍総理が改選表明を行った瞬間困り果て「解散には大義がない」「消費税増税引き伸ばしで解散するというなら、まず3党で話し合うなり国会で議論するのが筋ではないか」と発言がまったく後ろ向きになってしまった。
 またメディアも翌19日の社説では朝日新聞は「消費税増税先送りを国民に問う解散」と位置付け、読売新聞は「消費税増税先送りとアベノミクスが争点」と位置付けていた。NHKに至っては21日22時50分配信のウェブサイトでも「最大の争点は消費税引き上げ延期を含む、安倍総理大臣が進める経済政策アベノミクスの継続の是非」とした。
 肝心の安倍総理が総選挙の争点を「アベノミクス継続の是非を問う」と明確にしたのは21日の国会解散宣言のときであり、この日を境に安倍総理は消費税増税問題については一切語らなくなった。ただ増税時期を18か月先延ばしにすることを閣議決定したことと、公明の強い要請を受けて増税時に軽減税率を導入することを明らかにしただけだ。以降安倍総理は野党に対して「アベノミクスに反対するなら対案を出せ」としか言わなくなった。総理によれば、この解散は「アベノミクス解散」だそうである。
 念のため、多くのメディアが誤解しているようだが、軽減税率は消費税増税時に必ず実行される。この問題で山口代表の顔を潰したら、20年以上にわたって構築してきた自公の蜜月関係は崩壊する。また軽減税率は、特定の食料品に限定され(おそらく米・麦・パン・麺類などの主食商品に限られ、外食でのこれら原料の加工品には軽減税率は適用されない)、さらに現行税率8%を引き下げることは意味していない。1%増の9%アップにとどめるという方法も理論的にはありうるが、そこまでせこいやり方はしないだろう。特定食料品については現行税率8%を継続するというのが軽減税率の落としどころになる。この予測は99.999…%当たる。
 それにしても、国民の目は冷たい。メディアの世論調査を見ても、今回の解散・総選挙について「解散する必要はない」という答えを70%以上の有権者が出している。「解散すべきだ」としたのは10%台にすぎない。私が総選挙の争点はアベノミクスに対する国民の審判になると予測しながら、一方で「選択肢がない選挙」と決めつけたことを、メディアの世論調査の結果が裏付けてくれることになった。野党の立候補調整もうまくいきそうにないし、今回の選挙は憲政史上最低の有効投票率(「有効」としたのは、今回の選挙では白紙投票をするために足を運ぶ有権者がかなりいるのではないかと思っているからだ)を記録する可能性もある。
 今ごろになって民主党などはアベノミクスが失敗だったという結果解釈だけでは戦えないと考えて対案作りを始めたが、いまのところ具体的政策なしの「中間層の所得増加」という主張にとどまるようだ。ホンモノの対案作りは現在の社会保障制度の抜本的見直しから始めないと不可能なのだが。が、それは既成政党にはとうてい不可能。投票所に足を運ぶ高齢者からはおそらく猛反発を食うし、政治に絶望している若者層の支持をどれだけ集められるかの保証もないからだ。私は何のしがらみもないから、このシリーズの最後に日本の選択肢はこれしかないという、アベノミクスに対する対案を提起するつもりだが…。

 実はこのブログ原稿は25日に書いた。雨が降り、冬のような寒さになったので外出予定を見合わせたためだ。その原本に26日早朝に手を入れている。今朝
(26日)のNHKのニュースで知ったのだが、OECD(経済協力開発機構)が
日本時間25日の深夜に、世界経済の今後の見通しを公表したようだ。その見通しによると日本の来年の経済成長率は消費税率増税延期効果を踏まえてもプラス0.8%の緩やかな回復にとどまるとして下方修正した。OECDは日本の今年のGDP伸び率を半年前にはプラス1.2%と予測していたが、プラス0.4%に下方修正した。実際には日本の10~12月のGDPもマイナス成長になると思われるから、この下方修正でも達成できるかどうか危うい。1~3月の増税前の駆け込み需要によるGDPの伸びが、なんとか下支えして通年でのマイナス成長にはならないとは思うが、アベノミクスは崖っぷちに立っていると言ってもいいだろう。
 なおOECDは、私がこのブログ・シリーズの最後に書く予定でいた「日本の選択肢はこれしかない」とした「日本の社会保障制度の抜本的見直し」について、私より先に勧告した。結果的に私の提言はOECDの後追いになることになるが、私はOECDより具体的な方策を書く。が、私のような一個人が提言するより先にOECDという国際的に権威ある機関が勧告してくれたことで、「高齢者から猛反発を買うことは必至」のアベノミクスに対する具体的対案に、野党勢力が乗りやすくなるかもしれない。NHKオンラインから引用する。OECDの勧告とはこうだ。
「OECDは、消費税率の10%への引き上げの延期について、2020年度に『基礎的財政収支』を黒字化するという政府の財政健全化の目標を達成することは、より困難になると考えられ、高齢者向けの社会保障費の削減など大胆な措置をとる必要があると指摘しています」

 今朝また新たに追記する必要が生じた。昨日最高裁が前回の参院選は「違憲状態のもとで行われた」という判決を下したからだ。議員一人当たりの有権者数が最少の鳥取県と最多の北海道との1票格差が4.77倍だったからだ。
 私は長期連載ブログ『民主主義とは何かがいま問われている』でしつこく書いたが、民主主義という2000年以上の歴史を積み重ねてきた政治システムの最大の欠陥は「多数決原理にある」ことを指摘してきた。参院選についての最高裁の判決は1票の格差の原因は選挙区を都道府県単位にしていることから生じているとしている。この基本的考え方は前回の衆院選について最高裁がやはり「違憲状態」として1票の格差を2倍以内に収めることを求めたのと共通している。衆院選についてはその原因を一人別枠方式に求めたが、参院選については選挙区単位を都道府県にしていることに原因があるとした。
 二つの最高裁判決に共通しているのは、1票の格差は選挙区制度の欠陥から生じたとした点だ。が、1票の格差を完全になくすとなると、そうした選挙区を作ることが出来たとしても、「多数決原理」という民主主義システムの最大の欠陥がむき出しになるだけだ。政治は大都市中心の政策にならざるを得なくなるし、少子高齢化に歯止めがかからない状態の下では高齢者に対する社会福祉重視の政治になる。
 が、地方の民意も国政に反映させるべきだとして、自民党が党利党略ではなく地方票に重きを置く選挙制度を維持してきたというのなら、沖縄県知事選で示した沖縄県民の民意を、なぜ普天間基地解決政策に反映させようとしないのか。選挙の争点が、これほど鮮明だった選挙はおそらく国政・地方選挙を問わず、かつてなかったと言っても過言ではないと思う。政府の政策に従う地方の民意は尊重するが、政府に盾つく地方の民意は切り捨てるというなら、これは多数決原理の欠陥を補うための選挙制度ではなく、自民党の党利党略のための選挙制度ということが見え見えになる。有権者が今回の総選挙で示すべき民意は、「白紙投票」以外ないのかもしれない。
 沖縄県知事選直後には、メディアの主張が真っ二つに割れた。朝日新聞と毎日新聞は「普天間基地の辺野古移設は白紙に戻せ」と主張し、読売新聞と産経新聞は「粛々と移設計画を進めよ」と沖縄県民の民意切り捨てを主張した。日本経済新聞だけがあまり偏った主張を避けた。
 政府が、国の安全のためにやむを得ず地方の民意を切り捨てるというなら、「そうしていいか」ということを、それこそすべての日本国民の民意を問うべきだろう。そして本土の日本人が「そうしていい」という結論を出したら、沖縄県民は新たな道の選択をする権利が生じる。民族自決は国連憲章が最も重視している民族固有の権利だ。沖縄県は、アメリカのハワイ州と同じである。

 なお、最近メディアや政治ジャーナリストがやたらに「立ち位置」という言葉を使いだした。この言葉は私が今年になってから頻繁に使い出した言葉で、念のため私が持っている辞書(三省堂『広辞林』、小学館『現代国語例解辞典』、岩波書店『現代用語辞典』、講談社『正しい漢字表記と用語辞典』)を調べたが、どの辞書にも一切載っていない。ひょっとしたら私に著作権が生じるかもしれないと思ってネットで検索したら、残念でした。三省堂の『大辞林』第3版に載っていることが分かった。自分では苦労して作った言葉のつもりだったが、私には著作権は生じない。せめてメディアや政治ジャーナリストがどんどん流行らせて、今年は間に合わないが来年の「流行語大賞」にノミネートされるくらいになれば、と再来年のお年玉を願っている。(続く)
 

総選挙を考える② アベノミクスは砂上の楼閣だったかも…。

2014-11-24 07:54:51 | Weblog
 アベノミクスは成功だったのか、それとも失敗だったのか。
 安倍総理は当然だが、口が裂けても失敗だったとは言えない。今年4月の消費税増税後の消費の冷え込みは、増税前の駆け込み需要の反動もあり折り込み済みの結果ではあった。が、過去の経験から増税後の消費の冷え込みは3か月もあれば解消するというのが、安倍内閣だけでなくエコノミストも含めて大方の予想だった。
 が、2期目の7~9月期のGDPも年率換算でマイナス1.6%と予想(大方の予想はプラス2%だった)を大きく下回った。野党や一部のエコノミストは一斉に「アベノミクスは失敗だった」と攻撃を始めた。安倍総理が総選挙の争点を「アベノミクスに対する国民の信任を問う」とせざるを得なかったのもそのせいである。
 APECを皮切りにした海外歴訪中も、安倍総理は「アベノミクスは順調に推移している」と強調していた。が、本当にそうか。
 安倍総理が「道半ば」としながらもアベノミクスの成果として上げているのは、①輸出大企業の業績改善②株価の高騰③雇用の拡大④賃金の上昇、の4点である。
 では、なぜ消費税増税後のGDPが2期連続マイナス成長を示したのか、については答えようとしない。というより答えられない。
 内閣府は毎月、スーパーやデパートなどの消費動向の速報を出している。7~9月期のGDPどころか10月に入っても消費は回復していない。国内消費はGDPの約6割を占めており、内閣府は毎月、前月の消費動向の速報を明らかにしている。GDPのもう一つの大きな指標となる貿易統計も財務省が毎月、前月の貿易統計の速報を出しており、10月も赤字で28か月連続の赤字を記録した。もう少し正確に言うと輸出は2か月連続で黒字になったが、大幅輸入超によって赤字が続いた。ただ輸出が黒字になったからと言って手放しでは喜べない。急速な円安によって輸出数量が増えなくても、円換算での輸出金額が増加したというだけの話だからだ。
 そもそもアベノミクスとはなんだったのか。
 安倍政権が誕生したとき、国民が最大の期待を寄せたのが景気対策だった。アベノミクスとは「失われた20年」を取り戻し、国民の期待に応えて景気を回復するための経済政策だった。アベノミクスを考えるとき、この原点に立ち戻って検証する必要がある。
 アベノミクスは基本的にケインズ景気循環論の立場に立っている。具体的には ①雇用機会の創出→②国民所得の増加→③消費の増加(需要の拡大)→④生産力の増強(供給の拡大)→⑤雇用機会のさらなる創出……という循環だ。この景気循環論は、実は経済活動の国際化の急速な進展とともに合理性を失っていた。そのことにエコノミストたちが気付かなかったことが、アベノミクスが失敗した原因である。そのことを論理的に証明する。
 安倍総理はアベノミクスを成功させるために雇用機会を増やすことに最大のポイントを置いた。アメリカのニューディール政策のようなものと言っていいだろう。具体的にはアベノミクスの3本の矢の最初の2本である。

 まず安倍総理は日本の輸出企業(自動車や電気製品など)が国際競争力を失ったのは円高のためだと思った。そのため日銀総裁に同じような考え方をしていた黒田氏を据え、円安誘導のための金融政策を打ち出した。具体的には日銀が国債を無制限に買うことによって通貨供給量を増大させた。通貨の価値も一般の商品の価値と同様、需要と供給のバランスによって価値が変動する。円という日本の通貨を乱発すれば円の価値が下がって為替相場は「円安」に傾く。円安になれば日本製品の国際競争力が回復して、国際社会における日本製品への需要が増大する。需要が増えれば日本企業は供給を拡大する必要に迫られ生産力を増強する。日銀がばらまいた金は企業の設備投資に回り、さらに雇用の創出につながる……はずだった。
 が、何事もそう簡単には計算通りに行かないのは世の習いだ。なぜか日本企業の国際競争力は回復しなかった。輸出数量が、円安なのに一向に増えなかったからだ。本来なら円安メリットが大きいと思われていたソニーが、1円円安になると為替差損が20億円に上るということからも、日本の産業構造がバブル時代とは様変わりしていることに政府は気が付かなければならなかったのだが、そうした産業構造の変化を無視した金融政策がアベノミクスの第1の矢だった。アベノミクスの金融政策については次回のブログでさらに詳細に書く。

 次に第2の矢である大胆な財政出動による公共工事だが、これは確かに一定の成果を上げた。が、公共工事による雇用の拡大はいわゆる3K(きつい・汚い・棄権)と呼ばれる肉体労働者(現業・技能系)に偏っている。
 高度経済成長時代のはしりに「金の卵」と呼ばれる人たちがいた。中卒で地方から集団就職し、その後3Kと呼ばれるようになった現業・技能系の肉体労働者の卵たちだ。が、高度経済成長期を経て高学歴社会が日本にも訪れ、さらに少子化時代の到来によって親が子供の高等教育に力を入れることになった。その結果、現在高校進学率は97%を超え、大学進学率も50%を超えている。中学卒業予定者の高校受験は事実上の全員合格であり、高校卒業後の進路も短大や専門学校を含めると、進学希望者はやはり事実上の全員進学になっているだろう。そうした高学歴者が、かつての日本の中小企業の技能継承を担ってきた3Kの仕事にソッポを向くようになったのは、当然と言えば当然の結果だった。外国人の3K分野での雇用が拡大したのはその結果であり、政府も技能研修という名目で外国人の雇用を追認してきた。
 アベノミクスが始まる前は、企業はこうした3K分野の外国人技能研修生を低
賃金・長時間労働でこき使ってきた。そうした労働事情も、3K労働者に対する需給関係が生み出したと言える。が、アベノミクスによって公共事業が拡大して現業企業の外国人技能研修生の奪い合いが始まった。当然彼らの賃金は高騰し、外国人労働者の賃金上昇は必然的に3K分野で働かざるを得ない日本人フリーター族の賃金にも反映されるようになった。安倍総理が強調する「アベノミクスの成果」のひとつである賃金上昇の実態とはそういうことだということをメディアは理解していないようだ。
 安倍総理が今年の春闘に先駆けて、経済団体に社員の賃上げ要請をしたことについては私も一定の評価はしている。おそらく首相が経済団体に対し、労組の代理人のように賃上げ要請をしたことは、我が国憲政史上初めてのことではなかっただろうか。
 金融政策や財政出動による公共事業の拡大によって企業だけがいくら潤っても、企業の収益が従業員に還元されなければ、消費は復活しない。消費が復活しない限りアベノミクスのベースになっているケインズ景気循環は実現しない。が、結果的には大企業を中心としたベースアップの復活によっても景気は回復しなかった。円安誘導と消費税増税による物価上昇に、実質賃金のアップが追い付かず、逆に目減りしてしまったからだ。
 これは結果論ではない。当然円安と消費税増税による物価上昇は織り込み済みであり(アベノミクスとタッグを組んだ黒田日銀金融政策は消費税増税分を除いて2%の物価上昇を目的にしており、実質賃金のアップ率は5%以上にならなければ給与所得者の可処分所得は目減りすることくらい小学生でも理解できる話だ…小学生でも、とはちょっと言い過ぎか)、今年の春闘にベースアップ率から考えても、消費税増税直前の駆け込み需要の反動が3か月くらいで収まるわけがないことくらい、小学生は無理でも中学生なら理解できる話だろう。そもそもベースアップは労働基準法違反であり、それを黙認してきた政府も連合も、また厚労省のエリート公務員もアホばっかりか、と言わざるを得ない。この話も改めて書く。(続く)
 

総選挙を考える① 解散の大義はアベノミクスの継続のためか?

2014-11-21 07:54:47 | Weblog
 安倍総理は解散表明後の記者会見でこう述べた。「今回の選挙で自公が過半数を取れなければ、アベノミクスが国民から否定されたことを意味する。私は直ちに退陣する」と(18日)。つまり与党が過半数を獲得すればアベノミクスは国民から支持されたことになる、と言いたいようだ。
 その記者会見が行われた日の朝(つまり会見が行われる10時間ほど前)に私はブログでこう書いた。

 今日安倍総理は解散を宣言するようだ。「早まった」と後悔しているかもしれないが、ここまで来た解散風を止めることは総理にも出来まい。「争点なき選挙」と言われてきた12月総選挙だが、アベノミクスの総括が最大の争点になることは必至だ。野党間の立候補調整がうまくいけば大逆転もありうるが、野党が勝利しても所詮野合政権の再登場になるだけだ。アメリカと同様、何も決められない政治になることは必至だ。「争点は生じたが、選択肢がなくなった総選挙」と私は定義する。

 時間的余裕がなかったので、前回のブログの最後に上記の文章だけ書いた。多少、説明しておく必要があるかもしれない。すでにご理解されている方も少なくないとは思うが…。
 安倍総理が海外での主要会議に連続して出席している感に、永田町で解散風が唐突に吹き出した。政治評論家たちはこのときも「あとから解釈」に終始した。誰も年内解散の必然性を予測していなかったのだから「あとから解釈」にならざるを得ないのは当然だろう。かといって、私は予測していたなどと自慢するつもりは毛頭ない。私にとっても想定外だった。
 ただ、解散風が吹き出してから政治評論家やジャーナリストたちは一斉に「解散の大義はどこに?」と言った疑問をぶつけだした。野党もそうしたメディアのスタンスに同調し始めた。消費税増税を先延ばしするための解散、という見方もあったが、有識者会議の面々の多くは先延ばしに反対だったが、国民も野党も先延ばしを求めており、解散しても選挙の争点にはなりえない。だから「争点なき解散」であり、野党は「解散の大義はどこに」と声を張り上げた。
 通常、解散は失政や閣僚の不祥事が生じたときに野党側が与党を追及するための手段として「国民に信を問え」と迫る。与党が法案を成立させるためにあえて解散という伝家の宝刀を抜いたのは、小泉総理の「郵政解散」だけと言ってもいい。前の解散時も、与党・民主党の足並みの乱れを突いて自公が解散を迫り、野田総理が総選挙での敗北を承知の上で民自公の3党合意を取り付けたうえで解散し、支持率の高さによってではなく反自公勢力の四分五裂によってタナボタ的に大勝利を収めたのが安倍総裁率いる自民党だった。
 民自公の3党合意は大きく2点あった。一つは社会保障充実のための財源として消費税を2段階に分けて5%から10%まで引き上げること。もう一つは国民に痛みを強いる以上国会議員も痛みを分かち合うべきだとして定数の大幅削減を次期通常国会で実現すること。そのうち定数削減はいつの間にかどこかに吹き飛んでしまった。野田前総理は「だまされた私が悪いのか、だました方が悪いのか」と、血涙を絞る思いを国会でぶつけたが、勝ち誇った自公の前では犬の遠吠えほどの意味も持たなかった。
 その後最高裁でも、現在の小選挙区制は違憲状態にあるという判決が出た。単に倍率の問題だけでなく、最高裁は小選挙区制度に盛り込まれている47都道府県に割り当てられている一人別枠方式にもメスを入れた。異例の判決と言える。「民主主義とは何か」を最高裁が国民に問いかけた判決でもあった。
 確かに民主主義には多くの欠陥がある。その欠陥の最大要因は多数決主義にあることはだれでも分かっている。が、ほかによりベターな政治決定システムがないため、消去法として存続してきた政治システムだ。だが、国民全体からみると少数だが、地方の民意も国政に反映すべきだとして一人別枠方式が維持されてきた。地方に強いとされる自民党にとっての党利党略という要素を抜きにしても、一理ある議論ではある。
 が、そうであるならば、今回の沖縄知事選で普天間基地の、辺野古を含めた県内移設反対派の代表である翁長氏が、仲井眞前知事に10万票の大差をつけて勝利したことを政治はどう受け止めるのか。菅官房長官は普天間基地移設問題は「すでに過去のこと」と切って捨てた。肝心の沖縄県民の意思が明確に示されたのにである。この問題は再び触れる。
 いま衆参両院で自公与党は圧倒的多数を占めている。大概の法案は与党が衆参両院で強引に多数決に持ち込めば成立してしまう。解散して総選挙を行えば、安倍内閣の支持率が低下傾向に入っている状況では、かえって与党の議席数を減らす可能性も十分考えられた。
 さらに安倍総理は海外で記者団に対して、解散時期は17日に発表される7~9月期の実質GDP(国内総生産)の数字を見てから判断すると答え続けていた。総理の帰国当日の朝公表された数値は、対前期比マイナス0.4%(年率換算マイナス1.6%)だった。前期(4~6月)の数値がマイナス1.9%(年率換算マイナス7.3%)だったから、2期連続のマイナス成長になった。事前のエコノミストたちの予想はプラス2%前後だったから、専門家の予想をはるかに上回る景気の足踏み状態が明らかになった。
 私は18日に投稿したブログで、総理は「早まった」と後悔しているかもしれないが、と書いたが、安倍総理はおおよその数字をかなり前から内閣府から知らされていたのではないだろうか。実際内閣府は以前から、消費の回復が遅れていることについて何度もアドバルーンを上げていた。GDPの6割は国内消費が占めている。その国内消費が実質賃下げ(賃金上昇率が物価上昇率に追いつかない状況)によって消費税増税後3か月たっても回復基調に入っていず、しかも円安によっても輸出企業の輸出数量は増えていないことはとっくに明らかになっていた。7~9月期のGDPがエコノミストたちの楽観的予測を裏切るだろうことは、内閣府からかなり早い段階で総理の耳に入っていた可能性はある。
 そう考えると、野党の足並みがそろわない内に解散総選挙に打って出て、とりあえず議席数を減らしても与党が過半数を占めることで今後もアベノミクスを強引に進めるための解散と考えるのが自然だろう。
 安倍総理は解散記者会見でこうも述べていた。
「消費税増税という国民生活にかかわる大きな税制改革は民意を問うべきだ。民主政権はマニフェストにうたっていなかった消費税増税をやろうとして失敗した」
 それが解散の大義だという。が、自民党単独政権時代の竹下総裁も橋本総裁も、消費税導入や増税をマニフェストでうたって総選挙を戦ったことはない。しかも普天間基地移設問題について、沖縄県民の民意が明確に示された沖縄知事選については「すでに過去のこと」と考慮に値しないことを菅官房長官は表明している。だったら3党合意による消費税増税も、今さら民意を問う必要はないのではないか。安倍総理が主張する大義は、いかにもしらじらしいとしか思えない。消費税導入時期を明確にしたのも、有識者会議の6割が「消費税増税を先延ばしすべきではない」という結論を出したことで、やむを得ず増税時期を明確にすることで国民の支持を何とか取り付けようという下心が透けて見える。
 が、アベノミクスの継続で、本当に1年半の先延ばしで消費税増税が可能になるような景気回復が実現するのだろうか。安倍さんや安倍さんの経済政策のブレーンとされるエコノミストたちは、いまだにケインズの景気循環論が有効だと考えているようだが、日本の産業構造にはもはやケインズ理論が当てはまらない状態になっていることにそろそろ気づいてもいいのではないだろうか。
 アベノミクスの勘違いは次回解明したい。(続く)

朝日新聞社が12月5日新体制に移行する。④ 解散の争点は明確になったが…。

2014-11-18 10:27:52 | Weblog
 今日で朝日問題については一応終了にする。また新たな問題が明るみにでたときは別だが…。
 朝日新聞社は14日、臨時取締役会を開き、12月5日に臨時株主総会を開催して新役員体制を決定することにした。木村社長は取締役も退任して特別顧問に就任、後任には平取締役の渡辺雅隆氏が大抜擢されることになった。が、この人事で「一件落着」にしていいのだろうか。
 実は朝日新聞は、吉田調書に基づいたとした記事の中でこう述べている個所がある。

 28時間以上にわたり吉田を聴取した政府事故調すなわち政府が、このような時間帯(※後述)に命令違反の離脱行動があったのを知りながら、報告書でまったく言及していないのは不可解だ。

 この朝日新聞の記事が正しければ、朝日新聞社の第3者機関の検証作業はまったく手抜かりだったと言えよう。そして第3者機関は、朝日新聞のこの記事について何の検証もしていない。この記事が正しければ、第一所員の9割、約650人の第二への退避(移動?)は、少なくとも所長の指示を待たず、あるいは所長の指示に従わず、自分たちの判断で第二に退避したことになる。記事の表現が「命令違反」としたのが厳しすぎたとしても、トップ以下関係役員たちが総退陣するほどの「記事の誤り」とは言えない。では、朝日新聞の記事にある「このような時間帯」に何があったのか。吉田調書にはない、朝日新聞記者独自の取材に基づく検証記事によると、こうだ。
 なお、朝日新聞が他メディアに先駆けて入手したという吉田調書について朝日新聞は「吉田氏は事故について報道機関にほとんど語らないまま2013年7月に死去した。調書も非公開とされ、政府内にひっそり埋もれていた」と書いている。つまり以下の朝日新聞の「スクープ記事」は吉田氏に対する取材ではなく、別ルートでつかんだ事実だったのか、それとも記者の頭の中で創られたフィクションだったのか。

 午前6時30分、吉田はテレビ会議システムのマイクに向かって告げた。「いったん退避してからパラメーターを確認する」。各種計器の数値を見たいというのだ。
 続いて32分、社長の清水正孝が「最低限の人間を除き退避すること」と命じた。清水は、つい1時間ほど前に東電本社に乗り込んできた首相の管直人に、「撤退したら東電はつぶれる」とやり込められたばかりだ。
 33分、吉田は清水の命令を受け、緊急時対策室にいる各班長に対し、この場
に残す人間を指名するよう求めた。
 34分、緊急時対策室内の放射線量について「変化がない」とのアナウンスがあった。
 格納容器上部、ドライウェルの圧力が残っているということは、格納容器が壊れたことと明らかに矛盾する。それよりなにより、緊急時対策室の放射線量がまったく上がっていないことをどう評価するか…。
 吉田は午前6時42分に命令を下した。
「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後、本部で異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」
 格納容器破壊は起きていないだろうが、念のため現場の放射線量を測ってみる。安全が確認されるまで、最低限残す所員以外は福島第一原発の構内の放射線量が低いエリアで待つ。安全が確認され次第戻って作業を再開するように。これが吉田の決断であり、命令だった。
 放射線量が測られた。免震重要棟周辺で午前7時14分時点で毎時5ミリシーベルトだった。まだ3号機が爆発する前の3月13日午後2時すぎと同程度だった。吉田の近場への退避命令は、的確な指示だったことになる。
 ところがそのころ、免震重要棟の前に用意されていたバスに乗り込んだ650人は、吉田の命令に反して、福島第一原発近辺の放射線量の低いところではなく、10km南の福島第二原発を目指していた。その中にはGMクラス、すなわち部課長級の幹部社員の一部も入っていた。
 一部とはいえ、GMまでもが福島第二原発に行ってしまったことには吉田も驚いた。
 吉田は部下が福島第二原発に行く方が正しいと思ったことに一定の理解を示すが、放射線量の推移、2号機の白煙や湯気の出現状況とを重ね合せると、所員が大挙して所長の命令に反して福島第二原発に撤退し、ほとんど作業という作業ができなかったときに、福島第一原発に本当の危機的事象が起きた可能性がある。
 28時間以上にわたり吉田を聴取した政府事故調すなわち政府が、このような時間帯に命令違反の離脱行動があったのを知りながら、報告書でまったく言及していないのは不可解だ。(※このくだりはすでに書いた)
 東電によると、福島第二原発に退いた所員が戻ってくるのはお昼ごろになってからだという。吉田を含む69人が逃げなかったというのは事実だとして、4基同時の多重災害にその69人でどこまできちんと対応できたのだろうか。政府事故調も東電もほとんど情報を出さないため不明だ。
 この日、2011年3月15日は、福島第一原発の北西、福島県浪江町、飯館村方向に今回の事故で陸上部分としては最高濃度となる放射性物質をまき散らし、
多くの避難民を生んだ日なのにである。

 吉田調書にはまったく触れられていないと朝日新聞自身が認めている、この記事はいったい事実だったのか。もし事実だとしたら、第二原発に「退避」したとされる650人が、吉田氏の命令に違反したかどうかではなく、かなり善意に解釈したとしても「所長の命令を待たずに自分たちの判断」で第二に行ったことを意味する。もしそうだったとしたならば、東電の危機管理体制、東電社員の職業倫理感はまったくゼロだったと言わざるを得ない。
 韓国で生じた大型旅客船(フェリー)のセウォル号転覆事件を想起してもらいたい。この事件は、300人以上の犠牲者を出したというだけでなく、船長が乗客の安全を図ることなく、船長服を脱いで真っ先に船から逃げ出したことが裁判で問われた。検察は「未必の故意」による殺人罪で起訴したが、裁判官は「未必の故意」を認めず殺人罪の適用を見送った。
 未必の故意とは、明確な犯意(たとえば殺意)がなかったとしても、こういう行動をとればどういう結果が生じるかの予測ができる人が、そういう自覚を持っていながら行うべきではない行動を行ったケースに該当する刑法上の概念である。
 韓国の裁判について私はどうのこうのと言うつもりはないが、福島原発事故の場合、所員の9割が吉田氏の命令に違反したかどうかではなく、自分の判断で第二に退避したとしたら、原発の所員である以上、明らかに「未必の故意」による職場放棄と言える。つまり水素爆発やメルトダウンによってどんな被害が生じるかの予測をしえなかったなどということは、原発に勤務する以上常識以前の問題であり、原発事故によって生じた被害に対する「未必の故意」による責任が問われるのは当然だろう。
 もちろん第一の所員であっても事務系の所員は構内でうろうろしているだけで邪魔になるから、自分の安全のためではなく構内から移動したほうがいいかもしれない。が、技術系の所員の場合は、こうした緊急時の場合、事故による被害の拡大を防ぐことが最大の義務であり、たとえば警察官が「犯罪者が武器を持っているから怖くて逃げた」などといったことが認められるだろうか。もし、そうしたケースで犯罪が拡大したら、逃げた警察官は結果に対する「未必の故意」の責任が当然問われる。
「命令違反」と決めつけたのは、朝日新聞の表現に多少の誇張があったかもしれないが、本当に650人が少なくとも「所長の指示を待たず」に第二に退避したとしたら、そういう職業倫理感の持ち主たちに原発再稼働を任せられるだろうか。
 九電の川内原発の再稼働が一応決まった。規制委が安全を確認したからだと
いう。九電から経済的援助が受けられる川内市は市議会で再稼働を認め、地元が再稼働を認めたということで鹿児島県も容認した。が、川内市に隣接している地域の住民は釈然としていないようだ。万一事故が起きた場合、被害は川内市内にはとどまらないからだ。
 私は日本のエネルギー事情から、原発抜きの日本経済も考えられないし国民生活も考えられないと今でも信じてはいる。が、御岳山の噴火をまったく予知できなかった日本の予知科学技術のレベルで、規制委の「安全宣言」をまともに信じることはできないと思うようになった。だからと言って反原発主義者に転向したわけではないが、早急に予知科学のレベルを高める必要があるだろう。
 朝日新聞の木村社長が急きょ引責辞任を表明した9月11日には、菅官房長官があの時期にはありえないネクタイ姿で記者会見を行って吉田調書の全文を公開することを明らかにした。木村社長の引責辞任表明は「政府と戦うのは止めた」という敗北宣言だろう。
 3月13日の所長や所員の行動についての克明な記事では、朝日新聞が「報告書でまったく言及していないのは不可解だ」としているが、その時間帯に本当はどういうことがあったのかを明らかにすることが、まずメディアとしての最大の責任の取り方だろう。そのことを回避するために「命令違反」という表現上の誤りにすべてをすり替えて「トカゲの頭切り」をして事態を収拾しようとするのであれば、朝日新聞はメディアとしては死んだ、と言わざるを得ない。

 今日安倍総理が解散を宣言するようだ。「早まった」と後悔しているかもしれないが、ここまで来た解散風を止めることは総理にも出来まい。「争点なき選挙」と言われてきた12月総選挙だが、アベノミクスの総括が最大の争点になることは必至だ。野党間の立候補調整がうまくいけば大逆転もありうるが、野党が勝利しても所詮野合政権の再登場になるだけだ。アメリカと同様、何も決められない政治になることは必至だ。「争点は生じたが、選択肢がなくなった総選挙」と私は定義する。

朝日新聞社・木村社長はなぜ早々と12月辞任を社員に明らかにしたのか。③

2014-11-14 08:05:44 | Weblog
 朝日新聞社の第3者機関「報道と人権委員会」は12日、朝日新聞の5月20日朝刊1面記事についての検証結果を発表した。朝日新聞によると第3者機関は記事について、「報道内容に重大な誤りがあった」「公正で正確な報道姿勢に欠けた」として、朝日新聞が記事を取り消したことを「妥当」と判断したということだ。朝日新聞によると、第3者機関は次の諸点(要点のみ転載)を指摘したという。

①1面記事「所長命令に違反 原発撤退」について、①「所長命令に違反」したと評価できる事実はなく、裏付け取材もなされていない②「撤退」という言葉が通常意味する行動もない。「命令違反」に「撤退」を重ねた見出しは否定的印象を強めている。
②吉田調書には、支持が的確に伝わらなかったことを「伝言ゲーム」に例えたほか、「よく考えれば2F〈福島第二原発)に行った方がはるかに正しいと思った〉という発言もあったが、記事には掲載しなかった。読者に公正で正確な情報を提供する使命にもとる。

 第3者機関の指摘はフェアではない。吉田調書によれば、事実はこうである。

吉田 私がまず思ったのは、そのときはまだドライウェル圧力はあったんです。ドライウェル圧力が残っていたから、普通で考えますと、ドライウェル圧力がまだ残っていて、サプチャンがゼロというのは考えられないんです。ただ、最悪、ドライウェルの圧力が全然信用できないとすると、サプチャンの圧力がゼロになっているということは、格納容器が破壊された可能性があるということで、ボンという音が何がしかの破壊をされたのかということで、確認は不十分だったんですが、それを前提に非常事態だと私は判断して、これまた退避命令を出して、運転にかかわる人間と補修(※原文は保修)の主要な人間だけ残して一回退避しろという命令を出した。
吉田 本当は私、2Fに聞けとは言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、、2Fに行ってしまいましたというんで、しようがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰って来てくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです。
吉田 いま、2号機があって、2号機が一番危ないわけでね。放射能というか、
放射線量。免震重要棟はその近くですから、ここから外れて、南側でも北側で
も、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクをしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです。マスク外して。

 吉田調書における吉田氏の発言は多少意味不明な部分(主語が不明)もあるが、はっきりしているのは吉田氏が最初に出した退避指示についての吉田氏自身の認識は「第二ではなく第一の近辺で線量の低いところでいったん待機しろ」ということである。「第二に行けとは言っていない」と明言している。これは事故発生直後における吉田氏の認識であり、動かし難い事実である。
 次に事故調の聞き取り時において、吉田氏の指示が的確であったかどうかについての吉田氏自身の思いは、調書の「読み方」にもよるが、やや意味不明である。その個所は「よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」をどう解釈するかである。
 この発言だけを見ると、「よく考えた」のも「はるかに正しいと思った」のも主語は吉田氏と考えるのが自然だが、2Fに退避した所員の判断を支持しているかのようにも受け取れないこともない。また、その言葉に続いて「いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです。マスクを外して」という発言がある。この部分は吉田氏が後日、自分の指示の過ちを認めた発言とはちょっと取りにくい。第二に退避した所員たちの判断について「こうだったのではないか」と推測しての説明ともとれる。とくに「面を外してあれしたんだと思うんです」というのは、第二に退避した所員の判断に対する推測と考えるのが妥当だろう。
 そう考えると、その前文のくだりにある「2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」という部分も、吉田氏の後から評価というより、退避した所員の判断についての吉田氏の推測と考えても、あながち大きな誤りとは言ない。現に吉田氏はこの個所以外に2Fに退避した所員の行動について正当化する発言はいっさいしていない。このわずかな、どうとでも取りうる吉田氏の発言だけを根拠にして「報道内容に重大な誤りがあった」と決めつけることには無理がある。また仮に「吉田調書の読み誤り」であったとしても、社長以下報道局長や編集局長までが責任をとらなければならないような類の問題ではない。
 これは第3者機関の重要な指摘だが、吉田調書にある「伝言ゲーム」についての発言を朝日新聞が無視したという問題だ。「伝言ゲーム」はご承知と思うが、何人かが一列になったり輪になったりして隣の人に「伝言」していくうちに最初の話と最後に聞いた人の話が食い違ってしまうという遊びである。このゲームをたとえとして吉田氏が話したということ自体が、自分の指示が正確に所員に伝わらなかったことを意味しており、吉田氏が所員に事故発生直後には第一にとどまるよう指示していたことを意味していると言って差し支えない。ただ吉田氏は調書の中で、なぜ「伝言ゲーム」が生じたのかについては何も話しておらず、聞き手もその点の追及はしていない。吉田氏はその点についてこう述べている。
「運転にかかわる人間と補修の主要な人間だけ残して一回退避しろという命令を出した」が、「2Fに行けとは言っていない…第一の近辺で所内に関わらず、線量の低いところに一回退避して次の指示を待てといったつもり」と。
 が、その指示が正確に所員に伝わらず、「伝言した人間は、運転手に、第二に行けという指示を出してしまった」というのが、ちょっと不自然だが、調書の正確な内容だ。私が「ちょっと不自然だが」と書いたのは、吉田氏が所員に待機指示を伝えるような相手なら、第一で相当な立場にある人間のはずで、その人が所員ではなくバスの運転手に「第二に行け」などという伝言ゲームのような間違った指示を出すことが果たしてありうるかということである。調書の聞き取り手は「そうなんですか。そうすると、所長の頭のなかでは、1F周辺の線量の低いところで、たとえば、バスならバスの中で」と吉田氏の「所内待機指示」を正確に理解しているのにだ…。
 問題は、吉田氏が本当のことを調書で述べていたとして、事故発生直後の「所内待機命令」がどうして「第二への退避指示」に変わってしまったのかの検証がまったくなされていないことだ。吉田氏が、結果として所長の指示に反して(※第二に退避した所員たちに命令違反の意識があったかどうかは現在も不明)取った退避行動についての「後から評価」は、朝日新聞の記事の間違いを何ら証明していない。だが、緊急事態発生の中で、9割の所員が第二に退避し、吉田氏を含め69人の所員が第一にとどまった(朝日新聞による)理由も、第3者機関は明らかにしていない。そういう事態がなぜ生じたのかの検証こそ必要だったのではないか。
 朝日新聞の問題のすり替えは、実は別の部分にある。(続く)

朝日新聞社・木村社長はなぜ早々と12月辞任を社員に明らかにしたのか。②

2014-11-12 08:25:40 | Weblog
 慰安婦報道について朝日新聞社の木村社長は、9月11日の記者会見で「吉田氏(※吉田清治のこと)に関する謝った記事を出したこと、訂正が遅きに失したことについてお詫び申し上げる」と述べた。
 そのうえで、朝日新聞の報道が国際社会に与えた影響については第3者委員会で検証し、検証結果は紙面で明らかにするとも述べた。
 何を寝ぼけたことを今さら言っているのか。
 吉田清治を「勇気ある告白者」として持ち上げたのは朝日新聞だけではない。読売新聞もNHKも含めてほとんどの大手メディアが当時は吉田を英雄視する報道をしていた。「誤った記事を出したこと」は朝日新聞だけではないので、ことさらに謝罪する必要はあるまい。
 謝罪するとしたら「訂正が遅きに失した」ことだが、誤報であることが分かった時点で直ちに訂正記事を出さなかったのはなぜか、の検証をすべきだろう。そして今になって記事の取り消しをすることになったのはどうしてか、の説明責任を果たすべきではないか。その肝心なことに関して朝日新聞はいまだ頬被りしている。メディアとしての在り方を問われる問題に頬被りしたままで読者の信頼を回復できると、朝日新聞は本当に考えているのか。
 前にブログで書いたが、戦時中、軍部に最も協力したメディアは朝日新聞だったようだ。「公職追放者」でネット検索したところ、緒方竹虎氏をはじめ朝日新聞社出身の政治家はかなり公職追放されていることが分かった。読売新聞からも正力松太郎氏が公職追放されているが、朝日新聞社の関係者が圧倒的に多い。が、GHQは戦争協力者に対しては徹底的に公職追放や財閥解体、軍需産業の解体などの制裁を行ったが、肝心の最大の戦争協力者だったメディアに対する弾圧や制裁は加えなかった。GHQが対日占領政策を成功させるためには、メディアの協力が絶対に必要だったからだ。
 その結果、メディアは敗戦を契機に立ち位置を180度転換した。転換しなければ、GHQから潰されかねなかったからだ。実際、戦時中の「鬼畜米英」の立ち位置を変えないメディアがあったら、そのメディアはGHQによって、たちどころに潰されていただろう。そうやってすべてのメディアは立ち位置を「鬼畜米英」から「親米英」に転換した。いくら戦争に負けたからと言って、そう簡単に立ち位置を転換したメディアは日本以外にあるだろうか。先の大戦における同盟国ドイツのナチス政権に協力したドイツ・メディアはどういう運命をたどったのか、また親ナチス・メディアは立ち位置を変えることによって生き延びることが出来たのか、そのことを誰かが検証してくれたらと思う。

 そして戦後のメディアの立ち位置は、それぞれに変化していく。私に言わせれば読売新聞・産経新聞と朝日新聞・毎日新聞の主張の対立も、所詮コップの中のケンカにすぎない。どのメディアも、敗戦によって自らの立ち位置をなぜ転換したのかの検証を避けてきたからだ。朝日新聞が、戦後一貫して“反戦・平和主義”をメディアとしてのシンボルマークのように掲げてきたのも、自らの後ろめたさの裏返しにすぎないとも言える。
 はっきり言えば、朝日新聞の誤報問題の原点はそこにある。
 朝日新聞が慰安婦報道についての検証をするのであれば、吉田清治のねつ造ノンフィクションを真に受けて美談扱いしたことを今さら読者に謝罪するよりも、他のメディアによれば朝日新聞が報じた16回に及ぶ慰安婦報道にねつ造した個所が有ったのか、無かったのかの検証をすべきだろう。
 おそらく、戦時中における日本軍兵士の「勇敢な行動」や「占領地における地元民への思いやり」などを報じた「美談」の数々にも、ねつ造記事が少なくなかったのではないかと私は思っている。メディアの名前を出すとまた問題になりかねないので書かないが、ある大メディアの担当者も「おそらく戦時中のねつ造記事は少なくなかったと思う」と言っている。私も今さら戦時中の記事についての検証をすべきだなどとは言わないが、少なくとも朝日新聞が慰安婦報道の記事を取り消すのであれば、一派ひとからげで「間違っていました」と頭を下げるのではなく、どの記事のどの部分がどう間違っており、なぜ間違った記事が活字になって世の中に出てしまったのか、そしてなぜ記事の取り消しが今ごろになったのかの検証をすべきだろう。
 さらに、朝日新聞の誤報が国際社会にどういう影響を与えたかの検証作業を第3者委員会に依頼するなどというのは、完全に問題のすり替えだったということを改めて明らかにして、第3者委員会も解散すべきだ。はっきり言って国連人権委員会のクマラスワミ報告も米下院議会決議も韓国のロビー活動の「勝利」によるものであり、韓国のロビー活動を支えたのは朝日新聞の誤報記事ではなく河野談話である。朝日新聞は自紙が国際社会の世論を動かすほどの力があるかのように考えているとしたら、とんでもない思い上がりもいいところだ。
 次は木村社長の引責辞任の最大の原因となった吉田調書問題について書く。この記事は誤報ではなく、ねつ造の疑いが濃いからだ。(続く)
 

朝日新聞社・木村社長はなぜ早々と12月辞任を社員に明らかにしたのか。①

2014-11-10 07:34:04 | Weblog
 朝日新聞社がまだ真実を何とかごまかそうとしている。朝日新聞によると、吉田調書に関する記事の間違いはこうだったという。

「命令違反で撤退」という表現に誤りがありました。

 この「表現の誤り」の責任をとって来月、朝日新聞社は臨時株主総会を開催して木村社長が引責辞任するという。
 ちょっと待ってよ、と言いたい。
 9月11日午後7時30分から木村社長が緊急記者会見を開いて事実上の引責辞任を表明したときには、理由をいろいろごちゃごちゃ言っていた。東電事故での福島第1原発の所員の9割、約650人が第2原発に移動した件については「社内の調査の結果、吉田調書を読み解く過程で評価を誤り、多くの東電社員がその場から逃げ出したような印象を与え、間違った記事だと判断した」と述べた(この木村発言は1字1句正確に文字化しただけ)。
 そのほかにも、慰安婦報道や池上彰氏の原稿掲載拒否問題なども言っていたから、多くのメディアが混乱した。とくに週刊文春や新潮が朝日新聞に対して「売国紙」キャンペーンを猛烈に始めた。故吉田清治のねつ造ノンフィクション『私の戦争犯罪』(1983年上梓)が、ねつ造つまりフィクションであることは彼自身が12年後の1995年に告白した。そんなことは彼が告白するまでもなく済州島が韓国最大の観光地であり、200人もの慰安婦を必要とするような大部隊を日本が駐留させていたということ自体ありえない話だと、なぜ吉田がねつ造ノンフィクションを発表した時点でメディアは疑問に思わなかったのか。
 吉田の『私の戦争犯罪』がねつ造であることが判明したのちも、朝日新聞が吉田の著作を根拠に旧日本軍批判を続けたというなら、朝日新聞が8月5,6の2日にわたって慰安婦報道の検証記事を掲載したことをきっかけに、メディアが朝日新聞批判を始めてもおかしくはないが、朝日新聞は誤報と分かって以降は慰安婦問題に関しては「黙して語らず」の姿勢を一貫してとってきた。
 吉田がねつ造ノンフィクションを発表したときは、朝日新聞だけでなくすべてのメディアが「勇気ある告白者」と吉田を持ち上げたし、日本のメディアはいつまで「戦後」を引きずり続けるのかと私は思っていた。読売新聞や産経新聞は誤報であることをいち早く明らかにしたが、それは朝日新聞と読売新聞や産経新聞の立ち位置が異なっていたからにすぎない。当時すでに朝日新聞や毎日新聞は「左寄り」、読売新聞と産経新聞は「右寄り」と見られており、慰安婦報道で改めてメディアの立ち位置が明らかになったというだけの話である。
 確かに朝日新聞自身による誤報の検証が遅きに失したというそしりは免れないだろう。
 が、誤報なんかは毎日のようにある。それをいちいち訂正し、そのたびに社長が責任をとっていたら、だれも新聞社の社長になどなれなくなる。8月5日は朝日新聞お客様オフィスにはまったく電話がつながらず、翌6日になってようやくつながったが、私が問題にしたのは「なぜ今ごろになって誤報の検証記事を掲載したのか。社内の権力闘争の表れか」ということだった。朝日新聞の担当者はこう答えた。
「内部に意見の対立がないメディアのほうが怖いんじゃないですか」
 私にとってはその一言で十分だった。ただ前に読売新聞読者センターとの問題があったので、その時点ではブログにお客様オフィスの対応は書かなかった。その後週刊文春が朝日新聞社内の内部抗争を記事にしたから、もう書いてもいいだろうと思って書くことにしただけだ。
 ただ恐るべき朝日新聞の傲慢さは、朝日新聞の慰安婦報道が国際社会にどんな影響を与えたかを第3者委員会で検証させるとしたことだ。木村社長が事実上の引責辞任を表明したとき、二つの第3者検証委員会を発足させ、検証結果を待って「身の処し方を決める」と明言した。
 一つは「吉田調書をなぜ読み誤ったか」であり、もう一つは「朝日新聞の慰安婦報道が国際社会にどのような影響を及ぼしたのか」である。その検証結果は、二つともまだ出ていない。なのに、木村社長は早々と12月の引責辞任を社内で明らかにした。なぜか。その説明責任を、木村社長は果たすつもりはないのか。(続く)

日銀・黒田総裁が放ったバズーカ砲が招くものは?

2014-11-05 07:55:07 | Weblog
 日銀・黒田総裁が放ったバズーカ砲が、「想定外」の結果を生んでいる。「想定外」と書いたのは、「想定内」の範囲を超えた急速な円安が国際為替市場で進みだしたからだ。
 事態を打開するための金融政策は、時には劇薬になる。それはかつてのバブル景気を退治した大蔵省(現財務省)の総量規制とタイミングを合わせた日銀・三重野総裁の金融引き締めが、その後の「失われた20年」を生み出す結果になったことからも証明されている。
 そもそも「インフレ=好景気」「デフレ=不景気」といった既成概念で経済政策を左右するという短絡思考そのものが、もはや時代遅れになっていることに気付かなければならない。
 安倍第2次内閣が成立したとき、まずぶち上げたのは「3本の矢」ではなく「デフレ脱却のための大胆な金融政策」と「景気刺激のための財政出動」の2本柱だった。「成長戦略」という3本目の矢が公にされたのはそのあとである。
 この時点で安倍総理がわが国経済の活性化のためにデフレ脱却が不可欠、とした判断はその時点では誰も批判していなかったし、デフレの原因が実力以上の円高にあると考えていたこともそれなりに合理性があったと私も思っている。
 が、すべて政策の妥当性は結果で判断される。日銀の金融緩和政策によって為替相場は1ドル=90円から110円前後に急速に円安に向かった。が、日本企業、特に輸出企業の国際競争力は円安効果によって回復したかというと、回復しなかった。はっきり言えば輸出量は拡大しなかったのだ。
 我が国輸出産業の代表格の自動車や電気製品の国際競争力は、為替操作によっては回復しなかったということが明らかになった。一般的には輸出企業とみられていたソニーなどは、円が1円安くなるごとに30億円の為替損失が生じることも明らかになった。ただ、ソニーのような例外を除いて輸出企業は史上空前の利益を計上している。輸出が伸びなくても、利益だけは増大する仕組みになっているからだ。
 簡単に説明しよう。1台1万ドルで売っていた輸出商品があったとしよう。1ドル=90円の円高時代には日本企業に入ってくるカネは1台について90万円だった。それが金融政策によって1ドル=110円になれば1台輸出するたびに日本企業に入ってくるカネは、何もしなくても110万円になる。これが円安効果による収益の増大と株高の実態だったのだ。
 円安誘導によって日本企業の輸出国際競争力が回復していれば、日本企業も生産の増大に向かうし、雇用も拡大する。設備投資も活発化し、経済の好循環が生じる。……安倍総理や黒田総裁はそう期待したのだろう。
「失われた20年」から何とか脱却したいという思いで、旧態依然としたケインズ経済政策にすがったのは、内閣成立時においては無理もなかったと私も思っ
ている。が、「政策の妥当性は結果によってのみ判定される」のである。意図がどうであろうと、政策の結果が期待を裏切ったならば、「政策そのものに間違いがあったのではないか」と考えるのが論理的であろう。
 安倍総理は予算委員会で「6~8月の賃金水準は上昇傾向にある。物価と収入のかい離は解消されつつある」と胸を張ったが、それはばらまき公共事業による現業労働者の賃金が上昇したためであって、高学歴若年層の雇用機会の増加を意味しているわけではない。
 
 むしろこれから心配なのは、輸出企業や金融機関にだぶついたカネが、いつ「バブル資金」に化けないかということだ。すでにアメリカではまたまた不動産を金融商品化した新バブル産業が生まれているようだ。アメリカも懲りない国だが、リーマン・ショックも含めて、これで3度目だ。
 だぶついた内部留保が社員の給与アップにつながれば内需の拡大につながるのだが、日本の企業は社員に対してそれほどやさしくはない。

メイナードさんの訃報に接して。

2014-11-04 14:26:47 | Weblog
 悲しい。とても悲しい。
 29歳の若さで自ら死を選んだブリタニー・メイナードさんのことである。
 メディアには「尊厳死」「安楽死」、さらには「自殺」という言葉さえ並んだ。
 そんな短絡的な言葉で、メイナードさんの死を語ることができるだろうか。愛する夫がいながら自ら「生きるために最後まで闘いぬくべきか」それとも「そういう“勇気”を持つこと自体が自分の生き様にふさわしくない」と思ったのか。
 私も70を超えて以降、自らの死に方についていろいろ考えるようになってきた。アルコールが入ると、「蜘蛛膜下や心臓まひなどの突然死が一番いいね」と同年配の友人たちとはしばしばそういう話になる。
 しかし、そう都合よくいかないことはだれでも分かっている。
 私自身は、人間の尊厳を失ってまで長生きはしたくないと思っているが、では「どういう状態になったら人間の尊厳を失ったことになるのか」…自分でも分からない。それに自分が人間としての尊厳を失う状態になったとき、そのことを自覚して自ら死を選べるのかどうか、たぶん不可能だとも思う。
 メイナードなん自身は医師に処方された毒物を飲む前にSNSの動画サイトでこう語った。
「さようなら、親愛なるすべての友人たちと愛する家族のみんな。今日、私は尊厳死を選びます」
 メイナードさんにとっての尊厳死とは、いったいなんだったのだろうか。これ以上、末期の脳腫瘍と闘い続けることは、自らの人間としての尊厳を失いかねない状態になると思ったのだろうか。それとも愛する人たちを、これ以上自分のために苦しませたくないと思ったのだろうか。
 生きる…ということの意味を改めて自分自身に突き付けられた思いがする。

しばらくぶりのブログだが、この間、いろいろ考えてきたことがいろいろある。あまり長文ではなく、読者の方たちと一緒に考えたいことをいろいろ書いていきたいと思う。