小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

案の定、小田急電鉄は引き延ばし作戦に出た

2009-05-17 16:03:22 | Weblog
 ちょっとこのところ雑用に追いまくられ、お約束した15日の第1回口頭弁論の結果をご報告するのが遅れて申し訳ありません。
 結果から言うと被告訴訟代理人の弁護士が当日裁判所に提出したのは私(原告)が5月1日付で作成した「訴えの追加的変更の申立書」に対する反論(答弁書)ではなく「準備書面(1)」と題した反論の予告編のようなものに過ぎなかった。
 具体的に被告訴訟代理人の弁護士が提出した「準備書面(1)」での主張(?)らしき表現は、理由は一切述べず「概ね認める」「否認する」「不知」「争う」の四つの言葉だけであった。裁判官もあきれて「答弁書はいつ出すのか」と被告訴訟代理人を詰問し、「6月5日までに出してください」と期限を切ったため被告訴訟代理人はあわてて「あの、8日まで時間をいただけませんか」と哀願、裁判官が「では裁判所に届いたらすぐ副本(原本は裁判官が持つ)を原告に郵送します」と言ったのに対し、書記官が「あの原告には郵送ではなくFAXですぐ送ったほうが…」と裁判官にアドバイス、裁判官も受け入れて「では副本は次回の期日6月19日午前10時10分から行う口頭弁論の場で原告に渡すことにします」と述べ、それで閉廷となった。
 以上が5月15日の口頭弁論のすべてで、これ以上付け加えることは何もない。私と被告訴訟代理人の間での丁々発止のやり取りを期待されていた方には申し訳ないが、次回の報告をご期待いただくしかない。

5月15日 いよいよ出陣 大企業小田急電鉄との対決が始まった

2009-05-15 06:04:26 | Weblog
 私が小田急電鉄を相手取って少額訴訟を起こしたのが3月14日。川崎簡易裁判所で公判が開かれたのが4月14日。被告訴訟代理人の弁護士が1回の審議で判決が下される少額訴訟では不利と考え、地裁での本訴を望んだため、今日横浜地裁川崎支部で第1回目の口頭弁論が行われることになった。すでにブログで数回にわたりPASMO告発の記事を書いてきたのでブログ読者は記名オートチャージ式PASMOの問題点はご存じだと思うので、いまさら同じ主張を繰り返すつもりはない。
 とりあえずご報告しておくことは被告が少額訴訟で提出した答弁書の要点と、それに対する私(原告)の反論(準備書面)及び本訴で新たに付け加えた訴訟(これが私が小田急電鉄を相手取って起こした訴訟の本来の目的)の全文を公表する。なお被告の少額訴訟の目的に対する答弁書の全文を公表しないのは全文を私のパソコンに入れていないからにすぎない。私にとって不利な被告の主張を省くようなことは一切しないことをお約束する。なお本訴で新たにつき加えた訴訟に対する答弁書はいまだに被告は提出していない。

『少額訴訟で提出した被告の答弁書の要点』
①(私がこの件について調査・ブログ記事作成などに要した額として請求した20万円について)否認する。20万円の根拠が不明である上、そもそも、PASMOサービスの問題点を調査し、ブログに記載することは、原告が自らの意思で行っていることであり、損害が生じているとは言えないから、不法行為は成立しない。
②PASMOについてかなりの字数を割いて説明しているが、この説明文を転記することはまったく無意味(すでに4月30日に投稿した私のブログ記事『小田急電鉄はとうとう墓穴を掘った』で詳細に分析して「嘘」であることを証明済みだからである。
③私(原告)の請求額について①紛失手続きが完了するまでの間に第3者によって利用され、オートチャージされたとする3000円と、②紛失したPASMOの残額844円、③紛失したデポジット500円、④原告が手違いにより二重払いした4806円の計9150円について、次の理由で否認する(調査・ブログ記事作成費用と称する20万円についてはすでに①で主張したことの繰り返しであるから割愛する)
ア ①の3000円については、原告が自らの過失でPASMOを紛失したことが原因である。そこで原告の主張(ブログ記事『緊急告発!(株)パスモは即座にPASMO事業を中止せよ』)を基に反論を加える。
イ 原告は、紛失手続きが完了するまでは第三者が不正に利用できること及び不正使用された場合の補償がないことの説明を受けなかったとして、被告の説明義務違反を主張しているように思われる。しかしPASMOサービスは何ら利用者に損害を与える商品ではなく、紛失時の補償がないことも不合理なことではない。(略)したがって、被告に上記内容を説明する義務はない。(ウ以下はあまり重要な問題ではないので割愛する)
 なお原告は、口座引き落としがなされたことについて、訴外三井住友銀行に抗議を行い、同社から9150円の支払いを受けている。これにより原告の主張を前提としても、①から④のすべての損害は賠償されたと言える。

『この答弁書に対する私の反論(準備書面)』(この文書は私のパソコンに残してあるので全文を貼り付ける)
平成21年(少コ)第18号 損害賠償請求事件
原 告 小 林 紀 興
被 告 小田急電鉄株式会社
準 備 書 面
平成21年4月13日

川崎簡易裁判所C係少 御中
原 告 小 林 紀 興

被告訴訟代理人が提出した答弁書のすべてを否定する。その理由を述べる。

1 答弁書第2項2においてPASMOを紛失したことを被告に届け出た事実を認めながら、被告が適切な行動をとらなかったことにより損害が拡大したことに触れていない。原告が被告に届け出た時被告が原告に指示したことは「最寄りの小田急の駅に届け出てください」ということだけだった。実際には小田急の駅でなくてもIC取扱事業者(他の私鉄やバス営業所)に届けてもよかった。ちなみに私が住んでいる虹ヶ丘団地の隣にはかなり大規模な東急のバス営業所があり、そこに届けていれば損害はかなり回避されたはずである。さらに言えば被告はクレジットカードのOPカードを発行していて私の記名オートチャージ式PASMOに内蔵されているICチップに記録されている情報をすべて知っており、被告が株式会社パスモに届けて直ちにPASMOの使用停止処置をとることも可能だった。なお株式会社パスモは被告が主導して設立しており、現に株式会社パスモは被告の本社事務所内にある。
2 答弁書第2項3で「被告に何ら故意・過失、権利侵害行為、損害との相当因果関係がないから、不法行為は成立しない」と主張しているが、すでに述べたように「不法行為」とまでは言えないかもしれないが、被告が原告にとって最も被害が拡大する方法を指示した責任は免れえないと考える。また原告が請求した20万円の根拠は、原告はジャーナリストであり、私の雑誌や週刊誌の原稿料は400字8000円が相場である。しかしブログは被告が主張した通り「原告が自らの意思で行っていること」であるため、半額の400字4000円を損害額として請求した。被告が適切な処置をとっていれば長時間の労力を要するブログを書く必要もなく、また被告が三井住友銀行柿生支店から引き落とした9150円を原告に返済していればブログで告発する必要も、少額訴訟を起こす必要もなかった。また20万円の損害賠償の理由として書いた「この件について調査・ブログ記事作成などに要した額」との記載が法律家から見て不適当というのであれば請求目的を「慰謝料」としてもよい。
3 答弁書第3項1(2)で、PASMOが「電子マネーとして使用できる」とし、その根拠を「乙1」に求めている。しかし私が新百合ヶ丘駅頭で小田急エージェンシーが行なったキャンペーン活動で記名オートチャージ式PASMOとセットになったOPカードの購入を申し込んだときは(たぶん平成20年の3月中旬と記憶している)営業マンからそのような説明は一切受けていない。実際私鉄各駅でキャンペーン活動が行われた結果、記名オートチャージ式PASMOの発行がかなり遅れ、私の記憶によれば3月末か4月初め頃だったはずだ。PASMOが発行されるまでは当然のことだがPASMOが電子マネーとして使える店は1件もなく、営業マンが電子マネーの説明を怠ったのはやむを得ないことだった。現に2008年10月28日付でFAXした私の質問状に対し、小田急電鉄株式会社経営政策本部カード戦略部部長の大石隆雄氏は「新百合ヶ丘駅頭で実施しておりました入会キャンペーンは弊社発行の『OPクレジットカード』と『PASMOオートチャージサービス』のご入会キャンペーンでございましたので、PASMOの電子マネー機能に関するご案内は積極的には行っておりませんでした」と回答している。被告訴訟代理人はその文書(甲の5)をあえて無視したのか、あるいは理解できなかったのか。いずれにしても「乙1」の『PASMOご利用案内』はPASMOが発行されて2ヶ月も後の2008年6月であり、「乙1」を根拠にして原告の主張に抗弁することはできないことぐらい、法律家なら基礎的知識としてわきまえておくべきである。
4 答弁書「第3 被告の主張」はすべて記名オートチャージ式PASMOが購入者(原告もその一人)のもとに初めて届いた4月前後から2ヶ月もたってから発行された「乙1」すなわち『PASMOご利用案内』に基づいて行われている。つまり「乙1」を根拠とした主張は全く無効であり、そのことは法律の知識がなくても中学生レベルの常識があれば十分理解できることである。ただしこの項目の中で主張した「原告が自らの過失でPASMOを紛失した」(答弁書4ページ)とする「原告の過失」とは何だったのか、その根拠を明らかにすることを求める。根拠もなしに原告を誹謗したことに関し、被告訴訟代理人の上田栄治氏と坂井雄介氏の二人に対し、それぞれ10万円の名誉棄損による賠償を求める。
 さらに同項目の中で「なお、原告は、口座引き落としがなされたことについて、訴外三井住友銀行に抗議を行い、同社から9150円の支払いを受けている。これにより、原告の主張を前提としても①から④のすべての損害は賠償されたと言える」との主張は全くの事実無根である。原告が三井住友銀行柿生支店の足立嘉昭支店長(当時)に厳しく抗議し、足立支店長自ら小田急電鉄に返金を要求したことは事実だが、原告が三井住友銀行から9150円の支払いを受けたことはまったくない。何を根拠に被告訴訟代理人がそのような事実無根の主張をしたのかは原告も訴外三井住友銀行も理解に苦しむところだが、もし根拠があっての主張なら証拠を明らかにすることを要求する。証拠を示せない場合、虚偽の主張を行って原告を苦しめた行為に対し二人の被告訴訟代理人にそれぞれ10万円の慰謝料を請求する。

 以上述べたごとく被告訴訟代理人は根拠としてはならない「乙1」(『PASMOご利用案内』)に記載されたパスモ社の説明や免責事項のみを根拠にした主張で原告に対抗しようとしている。すでに述べたように『PASMOご利用案内』は記名オートチャージ式PASMOが発売された2ヶ月後に発行されたものであり、記名オートチャージ式PASMOを購入した人たちにも送付していない。従って同パンフレットに記載された、購入者にとって不利な条項は一切無効と判断するのが合理的である。もちろん購入者がキャンペーン活動を行っていた営業マン(営業活動を行っていたのは小田急エージェンシー)が、利便性だけでなくリスクも正確に説明していたのなら原告も今回のような訴訟は起こしていない。実際には原告がキャンペーン活動を行っていた営業マンに「もし落としたり盗まれたりしたらどうなるか」と質問した時に営業マンから受けた回答は「オートチャージはクレジットのOPカードから引き落とされるので、当然クレジット補償が付いていますから安全です」というものだった。ただ私がPASMOを紛失したのは5カ月もたってからだったので、営業マンの名前も顔も覚えていない。だからこの事実をブログに書けなかっただけである。

 さらに被告が本訴への移行を望んだため、少額訴訟ではできなかった訴訟(小田急電鉄を告訴した本来の目的。私は少額訴訟で勝訴した場合、それを証拠として東京地裁に新しい告訴をする予定だった)を追加したいと、横浜地裁川崎支部の担当書記官に相談した。書記官は「そういう前例はありませんが、一応裁判官の判断を聞いてみます」と言ってくれた。そして裁判官が原告の主張に一貫性が認められるので一体審議するという前例のない決定をしてくれたため私は新しい告訴を奥菜うことにした。この訴状もパソコンに残してあるので全文を貼り付ける。
訴 え の 追 加 的 変 更 の 申 立 書
平成21年5月1日
小林紀興
横浜地方裁判所川崎支部民事部C係御中

事件番号:平成21年(ワ)第339号
事 件 名:損害賠償(一般)請求事件
原 告 :小林紀興
被 告 :小田急電鉄株式会社

請 求 の 趣 旨
1 被告は直ちに「記名オートチャージ型PASMO」の販売を停止せよ。
2 被告は直ちに、過去販売してきた「記名オートチャージ型PASMO」を回収し、紛失・盗難等によって損害を被った購入者に対しては損害額に法定金利を加えて支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請 求 の 原 因
訴状記載の請求の趣旨に以下の請求を追加する。

1 原告は小田急電鉄が「記名オートチャージ型PASMO」が発売される2ヶ月ほど前から「記名オートチャージ型PASMO」の予約販売を行ってきた。株式会社パスモは小田急電鉄が主導して設立し、各私鉄、バス会社などに働きかけてJRが先行販売していたSuicaに対抗するため私鉄連合(バス会社や東京都交通局、横浜市交通局なども含む)のカードを開発した。
2 被告は自らはリスクを一切負わず、紛失・盗難等によって利用者が被った損害のすべてを利用者に負わせるため、自らが発行したクレジットカードからの自動オートチャージを利用者に強制しながらクレジット補償はしないことを、「記名オートチャージ型PASMO」の発売から2ヶ月もたってから発行した『PASMOご利用案内』の約款に記載しながら、そのパンフレットを予約販売した利用者に送付せず、小田急電鉄の駅に置いただけで利用者に説明責任は果たしたと主張してきた。そのことは被告訴訟代理人が申し立てた「答弁書」で、原告が盗難にあっのち『PASMOご利用案内』を入手し初めて知ったことを根拠に「被告に非はない」と主張したことからも明らかである。
3 クレジット補償は一般的にクレジットカードを紛失・盗難等によってそのカードを取得した人が不正使用した場合、クレジット会社に紛失・盗難を届け出た日から60日以前以降に不正使用された金額はすべて補償されることになっている。たとえば私が紛失したクレジットカートを取得した人が記名本人の名前(クレジットカードにローマ字で刻印されている)を適当にクレジットカード売上表にサインしても、店の店員はカードの裏面に書かれているカードの真の所有者のサインと照合したりしない。さらに大手スーパーの食料品売り場のレジはカードを読み取り機に通すだけで決済してしまう。それはたとえ不正使用であってもカード会社から確実に売上金が入金されるからである。「それらのケースはカードの直接使用だから補償している」と被告は主張するかもしれないが、ではカードを不正に取得した人が通信販売に使用して、カード会社名と16桁の数字とカードに記名されている真の所有者の名を名乗り、「私の友人にXXIOのクラブセットとキャディバックを贈りたい」と電話で注文した場合、クレジット会社は「カードの直接使用ではないから補償しない」と主張できるだろうか。私は大手クレジット会社数社の「お客様相談センター」に電話で問い合わせたが、すべて「補償の対象になります」という答えが返ってきた。出あったら「オートチャージ型PASMO」を不正に取得し、不正にクレジットカードからオートチャージした場合に限って補償しないというのは明らかに違法行為である。
4 私が盗難にあった「オートチャージ型PASMO」について被告は「パスモ社のコンピュータと当社のコンピュータがつながっていず、オートチャージはいったんパスモ社のコンピュータから行われ、その後オートチャージされた金額が当社に請求されるため当社のクレジットカードから直接チャージされないのでクレジット補償の対象にならない」と主張するが、それならそのような重大情報は利用者にきちんと告知すべきである。その説明責任を果たしていない以上、利用者は私に限らず「オートチャージ型PASMO」は購入した電鉄会社が発行しているクレジットカードからオートチャージされていると信じざるを得ない。したがって被告の「補償適用外」という主張は成り立ちえないと断定せざるを得ない。
5 にもかかわらず、依然として被告はキャンペーン活動を行っている小田急エージェンシーの社員に「オートチャージ型PASMOはOPカードからチャージされるからクレジット補償が適用されるため安全です」と虚偽の説明をさせ利用者を騙している。したがって「訴訟の趣旨」に記した判決を下すことはまさに社会正義の実現に適うものである。

 なお被告訴訟代理人の弁護士はいまだこの「訴えの追加的変更の申立書」に対する答弁書を裁判所に提出していない。おそらく口頭弁論の場で提出する(答弁書を提出しないと原告の主張を全面的に認めたとみなされるからだ)。そういうケースの場合、敗訴を前提に時間稼ぎをするためというケースが多いようだ。


佐高信が主宰する「社畜」企業『週刊金曜日』の実態 ②

2009-05-11 21:24:35 | Weblog


(以下佐高氏に対する批判の原文に戻る)
 いずれにせよ、水と油の連合と全労連を共闘させるにはこの程度のデータはジャーナリストの心得として調べておくべきでしょう。ただ「共闘」「共闘」とひたすら叫ぶだけだった佐高氏の発言に何の説得力もなかったのは当たり前といえば当たり前の話でした。
 ここまでは佐高氏の無能を証明しただけでしたが、氏は嘘までついています。高木氏(連合会長)とのインタビューの中で佐高氏はこう言っています。「私も経済誌の編集者として経営者をたくさん見てきましたが、昔は首切りというとまず経営者が自分の首を切っていましたよ」と。私は寡聞にして従業員の首切りの前に自分の首を切った経営者がいた(ホント?)ことをまったく知りませんが、佐高氏がそう断定する以上実例を示すべきでしょう。ジャーナリストが過去の事実について断定できるのは、その「事実」が周知の事柄であった場合だけです。ひょっとしたら私の無知のせいかと思い、朝日と読売にそういう「事実」があったのかどうかの確認を求めましたが、佐高氏の主張のウラは取れませんでした。もし佐高氏が経済誌の編集者として取材でそういう奇特な経営者がいたことを知りえたのなら、少なくとも周知の事実ではないのですから実例を出して「事実の証明」をすべきです。それどころか佐高氏によれば彼が編集者だった時代は経営者が従業員の首切りより先に自分の首を切ることが一般的であったかのような主張をしています。そうなるとひとりや二人の奇特な経営者がいたのかどうかなどという問題を通り越して、佐高氏のジャーナリストとしての資質と資格が問われることになります。つまり佐高氏は「昔の経営者はまず自分の首を切る立派な人ばかりだったが、今の経営者は違う」と言いたかったようで、それが彼の「辛口」の本性なのですね。
 さらに問題なのは、せっかく連合会長と全労連議長という日本の労働界を代表する二人とインタビューする機会を得ながら一番大切な質問を二人にぶつけなかったことです。それは「労働者が主張する権利の要求はすべて正当だと思っていますか?」というものです。もう私が何を言いたいのか賢明な『週刊金曜日』の編集委員の皆さんにはお分かりだと思います。そうです。社保庁の職員、大阪市役所の職員、UR都市機構の職員、雇用能力開発機構の職員、彼らも連合や全労連傘下の組合員です。その人たちがどういうことをしてきたか。そしてその人たちに対して労組やその上部団体である連合や全労連はどういう責任の取り方をしてきたのか。ほとんど実現不可能な「共闘」を呼びかけナベツネの真似事みたいなことをする前に、ジャーナリストにとっては「義務」とさえいえる批判をなぜしなかったのか。私がこの文書の冒頭で佐高氏の「辛口」は「商売道具」にすぎぬと書いたのはこうした確固たる根拠があったからです。
 これで佐高氏批判を終えますが、『週刊金曜日』が真のジャーナリズムを目指す存在であろうとするなら、この文書を同誌に掲載し、佐高氏に反論していただきたいと思います。

 それから約1週間後、私は『週刊金曜日』の編集長・北村肇氏を訪ねた。北村氏は会うなり「私は社会部の出身(筆者注・マスコミ界で絶対にあらゆる誘惑を受け付けず、汚染されない記者集団として知られているのが社会部とされている)で、『週刊金曜日』は私と佐高が代表者です」と胸を張った。そして「私の佐高批判の文書は編集委員全員(雨宮処凛・石坂啓・落合恵子・佐高信・筑紫哲也・本多勝一の6氏)にお渡ししてあり、編集委員の了解が得られれば必ずご希望に沿うようにします」と約束してくれた。
 さらに「佐高は実は大雑把なんです。小林さんのような緻密な思考力に欠けていることは事実です。佐高には多分反論できないでしょうね」とまで言った。その忌憚のない発言で私は北村氏を信用した。そしていま私の最大のテーマはマスコミを権力の座から引きずり落とし、真のジャーナリズムを日本に根付かせることだと伝えた。北村は「私もこれからマスコミ評論にもう少し力を入れていこうと思っています。その時期が来たら小林さんにもお願いしたいことがいっぱいあります」と言ってくれた。
 結局私の佐高批判は『週刊金曜日』に掲載されず、佐高氏からの直接の反論もなかった。だが、私がブログでマスコミ批判を始めたことは北村氏に伝え、投稿するつど北村氏には伝えてきた。そして決定的な瞬間が訪れた。昨年の6月24日、私は『小林紀興の社会保障制度改革論』というタイトルのブログ記事を投稿した。そして翌日北村氏に電話してそのことを伝えようとしたが、北村氏から「もう読みました。特に前半の税制改革論は素晴らしいと思います。読者の共感も得られると思います。いつも小林さんから電話をいただいて申し訳ありません。今度は私のほうから必ず電話します。小林さんの提言を『週刊金曜日』でどう扱わせていただくか、早急に編集会議に掛けます」と言ってくれた。
 が、1週間経っても2週間経っても北村氏からの電話はなかった。痺れを切らして北村氏に電話をかけたが「外出中」とのことだったので、「ではお帰りになったら電話をいただきたい。ただし、北村氏が佐高氏の社畜になられたのであれば結構です」と伝言を頼んで電話を切った。案の定、北村氏から電話はなかった。初めて北村氏に会ったとき、「私は社会部の出身」と胸を張り、「『週刊金曜日』は私と佐高が代表」と同格であると言った北村氏の実態がこの1件ではっきりした。
 そもそも「社畜」とは経営者の言いなりになって、自分の意思で行動することができなくなったサラリーマンを意味する造語で、佐高氏が流行らせたため、佐高氏の専売特許のように思われているが、この造語を考案したのは小説家の安土敏氏である。佐高氏はそのことを全く明らかにせず、あたかも自分が考案した造語のような厚かましい使い方をしてきたため、世間はすっかり佐高氏の造語と思い込んでしまったが、その佐高氏が『週刊金曜日』の社員(編集長でさえ)を「社畜」として扱っていることもこの1件で明らかになった。
 結論  佐高信氏はもはやジャーナリストでもなければ、会社に飼いならされた社員を「社畜」と呼ぶ資格もない傲慢な経営者にすぎない。                                                                                         


佐高信が主宰する「社畜」企業『週刊金曜日』の実態 ①

2009-05-11 21:15:34 | Weblog
 もうかなり古い話だが、ないがしろにできないことなのでブログで公表することにした。佐高信氏が主宰する週刊誌『週刊金曜日』の問題である。
 あらかじめお断りしておくが、私は定期的講読者ではない。企業の広告は一切載せないという方針のため薄っぺらい週刊誌が500円もするので、私の住居に近い公立図書館で時々読む程度である。その図書館の職員の話では週刊誌としては文春、新潮に次ぐ人気だそうである(ただし現代やポストは置いていない)。それは結構なことだが、一体佐高信という男はどういうジャーナリスト精神を持っているのか、極めて疑問に思わざるを得ないインタビュー記事を掲載したことがある。佐高氏はかなり前、『文芸春秋』で「日本には本物のジャーナリストは3人しかいない。自分と内橋克人と(高校か大学かの)恩師がその3人だ」と自負したことがある。ただ私が異様に感じたのは学校の教師をジャーナリストとして規定したことと、当時内橋氏は佐高氏を可愛がっており、ヨイショするのが目的だったという感じを受けたことだった。また両氏の対談集が本になったこともある。そうした過去を考えると佐高氏が『週刊金曜日』を立ち上げるに際し、編集委員に内橋氏の名が入っていないことにも異様さを私は感じた。佐高氏が内橋氏に依頼しなかったのか、それとも内橋氏が佐高氏の依頼を断ったのか。もしそうだったら内橋氏が最近の佐高氏のジャーナリストとしての姿勢を問題視するようになった可能性が高い。
そのことはそれほど重大な問題ではないので、これ以上の詮索はしないが、「辛口」評論家を自負している佐高氏の姿勢に疑問を持たざるを得ないインタビューだったので、かなり前の記事ではあるが、ブログで佐高氏の姿勢を問題として取り上げることにした。そのためにも現役時代の私のジャーナリストとしてのスタンスを明らかにしておきたい。私のジャーナリズム論は、改めて朝日新聞の主筆(新聞社における主筆は社長と同格)になった船橋洋一氏が2007年7月25日の朝刊1面に発表した「ジャーナリズム再興論」の検証を通じて明らかにすることをお約束する。

私が、活字離れがとめどもなく進行していく中で、この本が売れなかったらリタイアする覚悟で書いた32冊目の著書『西和彦の閃き 孫正義のバネ』(1998年3月、光文社発行)で「まえがき」と「あとがき」に私のジャーナリストとしてのスタンスを次のように明らかにした。
 まず「まえがき」ではこう書いた。「最後に、ジャーナリストとしての私の信条を述べておく。批判するときは愛情をもって、評価するときは批判精神をもって……」と。
 そして「あとがき」の冒頭ではこう書いた。「私は本書の執筆に際し、二人のアントレプレナーに対しここまで手厳しく迫るつもりは、当初はなかった。西も孫も私の取材に気持ちよく応じてくれた。ただ私のスタンスは、二人のアントレプレナーのほうにではなく、私の本を、お金を出して買い求めてくださるだろう読者のほうに向いていたというだけのことである」と。
 ついでに書いておくことがある。私は著書のゲラを必ず取材先にチェックしていただいてきた。ただし条件をつけさせていただいた。「チェックしていただくのはファクト、つまり私の誤解で事実と異なることを書いてしまった部分だけ訂正します。それ以外、特に私の主張は、誤解や錯覚によって行ったケース以外は絶対に変えませんので、貴殿の主張と異なっていても訂正はしません。ただ例外として私の主張に対する合理的な反論があれば、私の主張は変えませんが、貴殿の反論を追加記述します」と。
 実はこの姿勢がしばしば問題になった。この本の場合でいえば、私はかなり西氏に厳しく書いた。西氏が嫌いだったわけでもなく、西氏も私にビル・ゲイツ氏とけんか別れした原因とビル・ゲイツ氏が日本に来てアスキーとの提携の解消とマイクロソフトの日本法人を設立することを発表するための記者会見(私も出席していた)を行ったとき、西氏は隣の部屋でゲイツ氏の一方的な説明を聞いていてゲイツ氏をぶん殴るため会場に入ろうとしたのを、アスキーの会長だった郡司明郎氏が西氏の腕を掴んで必死に止めたという秘話を「誰にも明かしたことはないけど」と私にはじめて話してくれた。それほど好意的に取材に応じてくれた西氏に手厳しかったのは、西氏の経営姿勢が行き当たりばったりの思いつき経営だったことが取材によって得た私の論理的結論だったからだ。そのゲラを読んだ西氏からは「これで結構です」という返事をもらった。
 一方孫氏についてはかなり高く評価した。特に「孫」という韓国姓のままで日本国籍を取得するため数年がかりで市役所の戸籍係と交渉して来たが、つねに「孫」という姓の日本人がいないという理由で受け付けてもらえなかった。日本国籍を取りたければ日本人が持つ姓に変えろというのが役所の言い分だった。そういう状況の中で孫氏が日本女性と結婚することになり、婚姻届を出そうとしたが、やはり「孫」姓での婚姻届は受け付けてもらえず、妻が裁判所に「夫の姓で婚姻届を出したい」と訴え、勝訴した。その結果「孫」姓の日本人が初めてできた。孫氏はその結果を役所に申し立て、すでに「孫」姓の日本人がいると主張し、ついに姓を変えずに日本国籍を獲得した。その彼の姓に対するこだわりについて私はこう書いた。
「孫は、韓国姓へのこだわりを貫き通すことで、日本人としての誇りを自らの内に確立したかったのではないかと、私は推測する。彼のような人を同胞として持てたことを、われわれ日本人も誇りとすべきであろう」
 しかし私は孫氏の経営者としての問題点も二つ批判した。孫氏は自分の経営戦略(あるいは経営ポリシー)を「デジタル情報インフラの分野で世界一になること」と常々公言していた。そうであるならばおかしな事業展開が二つあった。一つはアメリカの増設メモリーボードの最大手企業だったキングストン・テクノロジーを1620億円という巨費を投じて買収したことだ。「この買収は孫さんのポリシーから外れているではないか」と私は指摘した。それに反論して孫氏はこう主張した。「パソコンが情報を提供するメディアだとすると、情報の容れ物に相当するのがメモリーボードで、その分野のナンバーワンがキングストンです。例えば出版の世界でいえば紙に相当するのがメモリー。つまりメモリーはデジタル情報のインフラの一つなんです」孫氏を取材したジャーナリストのすべてがこの非論理的説明をすっかり鵜呑みにしてきた。が、私はこんなこじつけにごまかされるほど馬鹿ではない。で、「キングストンはパソコンの周辺機器メーカーであり、それをあえてデジタル情報インフラと位置付けるなら、パソコン関連のビジネスはすべてデジタル情報インフラになるではないか」と主張した。このやり取りの結果、孫氏はついに本音を吐いた。「実はキングストンを買収した理由は三つあります。一つはJスカイBの創業赤字をどう埋めるか。おそらく2~3年はソフトバンクだけで100~200億円の赤字を覚悟しなければならない。その赤字を埋める収益源が必要でした。二つ目はソフトバンクはソフトだけを流通させてきたわけではなく、現在では売り上げの5割以上がハードになっていてその中心がメモリーボードなんです。だから、いずれはやりたいと思っていたんです。三つ目はキングストンの二人のオーナーとずっと付き合ってきて、彼らならそのまま経営を任せることができると判断しました」。 
 これがキングストン買収の本音だった。そこで私はこう書いた。「だがもしそうなら、キングストンはソフトバンク・グループにとってまったく異質な存在であり、もちろんグループ各社とのシナジー効果など望むべくもない。私はキングストン買収は単に孫個人の“ハードもやりたい”という、自らのストラテジーと反する個人的感傷によるマネーゲーム以外の何物でもない」と批判して「すぐにも手放すべきだ」と主張した。
 もう一つは、孫氏が“メディアの帝王”と呼ばれていたルパート・マードック氏と組んでCS放送局のJスカイBを設立しようとしていたことだ。もちろんJスカイBだけが日本でCS放送を計画していたのだったら成功する可能性が高いことは私も否定しなかった。しかし当時すでにパーフェクTVとディレクTVという二つのCS放送局が先行していて、そこにJスカイBが割り込んだら共倒れになることは必至であるという結論を、別の取材によって得ていたからだ。実は主要国に研究者を派遣してTV(地上波)や衛星放送(BSやCS)の状況を調査しているところが日本に一つだけある。東京・港区の愛宕山にあるNHK放送文化研究所である。そこを訪ね、マードック氏がメディア事業を展開しているアメリカ・イギリス・オーストラリア・香港の各研究者にマードックの事業状況について取材した。その結果、アメリカとイギリスでは大成功したが、オーストラリアはまあまあ、香港は大失敗していることが分かった。その中で日本でCS放送がどの程度根付く可能性があるかを考えるのに参考になるのはイギリスと香港のCS放送の状況であることが分かった。簡単に結論を言うと、イギリス政府はアメリカのような文化的退廃を嫌い、TV放送はエンターテイメント番組がほとんどなかった。イギリスに民放が誕生したのは敗戦国日本より2年もあとの、言うならメディア後進国だったのだ。そこにマードックがエンターテイメントを主力にしたCS放送を始めたため、イギリス人にとってはまさに干天に慈雨だった。つまり最初から成功が約束されていたようなものだった。が、それはイギリスの政界やメディア界に巨大な影響力を持っていたマードック氏だからCS放送を始めることができたのであって、マードック氏以外には不可能な事業だったのである。一方香港ではなぜ大失敗したか。香港には日本の首都圏のようにエンターテイメント主体の地上波が乱立し、食うか食われるかの競争をしており、マードック氏といえどもエンターテイメントを武器に乗り込んでも入り込む余地がなかったのである。この成功と失敗のケースを孫氏はまったく調査していなかった。彼がこの情報を得たのは私が渡したゲラによってであった。そのことは率直に孫氏も認めたが、私が出した結論「テレビ電波そのものが、地上波も含めていずれすべてがデジタル化されるのは間違いないだろうが、そうなってもCSの生き残りは極めて難しいと思う。孫は深手を負わないうちにCSから手を引いたほうがいい、と私は考えている」という結びの文について孫氏は必死に反論を試みた。孫の言い分は書き加えるが、その主張に対しての私の批判も書かせてもらう、と私は応じるしかなかった。私への説得が無理とわかった孫は最後に「私はこの事業に命をかけている。それをわかってほしい」と哀願してきた。私は「私もジャーナリストとして命をかけて書いている。命をかければ成功するなら、みんな成功する」と応じた。延々3時間かけた孫との論争はこれで終止符を打った。私は武士の情けとして孫の非論理的懇願は本に書き加えなかった。のちにソフトバンクの広報室長から「もう2度と小林さんの取材は受けない。そのつもりでいてくれ」と孫から言われたと聞かされた。そのことを今になってブログで明らかにしたのは携帯電話の番号ポータビリティが実現し、ソフトバンクが参入することが明らかになった時点で、私はソフトバンクが大躍進するだろうと思い、講談社に企画を持ち込み、編集会議で正式に企画が通ったことを副編集長(当時)の間渕隆氏から伝えられ、ソフトバンクの広報室副室長(当時)栃原且将氏に取材を申し入れた。栃原氏は講談社という日本最大の出版社から上梓されるということを大いに喜び取材を受け入れることを述べた。ただ私は孫との間で論争になった過去の事件を伝えておく必要があると思ったので、栃原氏にそのことを話した。数日後、栃原氏から電話があり、「本を読みましたが、小林さんがお書きになった通り、キングストンからもCS事業からも孫は手を引きましたし、全体的には高く評価していただいていますから孫もいつまでもこだわっていないと思います。で、孫に取材する前に携帯電話事業の実質的責任者であるソフトバンクBBの取締役副社長兼COOの宮内謙と常務取締役の宮川潤一の二人に取材して頂きたいのですが」と言われ、私も承諾して両氏に取材した。さらに栃原氏は講談社の間渕氏を表敬訪問したいと私に仲介を求めた。が、そこまでの時点から栃原氏との連絡が全く取れなくなった。代わりに広報室アソシエイトの中村仁氏が電話口に出て「栃原は外出中なので私が御用件を伺います」と言うので「ではお戻りになったら電話をもらいたい」と申し入れたが、栃原氏からの電話はなかった。そういうケースが何回か続き、結局孫氏が昔のことにいまだにこだわり、取材を拒否したと判断せざるを得なくなった。
こうしたケースの場合、私が告訴すれば間違いなく損害賠償の要求が認められるが、訴訟を起こすのも面倒くさく、孫氏の人間的体質の卑劣さを知ったことを、いつかチャンスがあったら公表することで孫氏の人間的体質を明らかにすべきだと思ってきた。佐高氏への批判が本来の目的であるこのブログ記事で、私のジャーナリストとしてのスタンスを明らかにする好材料として孫氏の私に対してとった行動を明らかにしたのはそういう意味もあったということである。
 
さて本論に戻ろう。私が孫氏の卑劣さをこの機会に書いたのは、佐高氏も孫氏に負けず劣らずの卑劣漢であることを証明するためであった。 
いま私が問題にしようとしていることは昨年の『週刊金曜日』1月11日号に掲載した連合と全労連のトップとのインタビュー記事である。この記事に対し私は痛烈な批判の文書を書き、編集部に送った。その全部を転記するのは消耗な作業になるし、私は佐高のようなチンピラをジャーナリストとして認めていないので要点のみを転記(あるいは要約)することにする。(以下『週刊金曜日』の編集部に送ったFAXの一部を転記する)

 さて辛口を商売道具(失礼!)にされている佐高氏のインタビューですが、連合と全労連の共闘を主張された意図がまったくわかりません。連合と全労連はその発足の経緯を考えればそれぞれバックの旧社会党系の総評の流れをくむ連合と共産党系の全労連は水と油の関係にあり、原爆反対の運動にしても労働者の「祭典」(と化した)メーデーでも同一歩調を取ることができない状況からして(共産党系の全労連は「民主連合戦線」を熱望している同党の意を受けて連合に秋波を送り続けていますが)共闘する可能性はたった一つのケースを除いて皆無と言っていいでしょう。佐高氏が、ナベツネが画策した(ナベツネは小沢が言いだしっぺだったと言っていますが)保守大連立(連合を抱え込んでいる民主党が革新政党でなく保守政党とみなされている奇妙さは置いておいても)に張り合って労働大連立を画策しようと考えているとしたら思い上りもいいところであり、氏の無知ぶりをさらけ出したインタビュー記事でありました。
 と批判しただけでは佐高氏は痛みも痒みも感じないでしょうから、私が考えた「共闘できるたった一つの可能性」を述べておかないと、私の批判もただの八つ当たりにすぎないことになります。その「共闘」の可能性とは(両労働組織の存立基盤から実現の可能性は極めて低いのですが)再賃制改革闘争です。全労連の坂内氏は今年最低賃金が平均14円(たった、ですよ)上がったことを全労連の闘争の成果と誇っていますが、私に言わせればこんな労働団体は解散したほうがいいのです。が、ワーキングプワーの実態を調べたこともない(はずです)佐高氏は、この坂内発言に対して何の批判もできませんでした。氏の「辛口」が真のジャーナリズム精神に基づいたものでないことがこの一事だけでも明らかです。

(以下要約)
 その1年ほど前、最低賃金制が大きな社会問題になっていた。当時の最低賃金の全国加重平均は673円だった。その額は生活保護者への支給基準よりかなり低いと、朝日新聞は社説で主張したほどだった(現在は最低賃金の全国加重平均は703円。東京や神奈川は766円)。そうした状況の中で2月25日のサンデープロジェクトに内閣府の大田弘子大臣(当時)が出演し、田原総一郎氏から「生活保護を受けている人への支給額は、もし働いて得た賃金とみなした場合、時給に換算するといくらになるか」と、格差問題の核心を突く質問を受けた。その質問に対する大田大臣の答えが、大臣失格と烙印を押されてもやむを得ないほどひどいものだった。大臣の答えはこうだった。「1日8時間、月22日働いたとして、時給に換算すると600円少々になります」
 だとしたら格差問題は生じていないはずである。田原氏が大臣をどこまで追い詰めるかと胸をわくわくさせたが、田原氏は「ああ、そうですか」と聞き流してしまった。田原氏もサンデープロジェクトのスタッフも格差の実態を全く調べず、核心に迫る質問をしながら大臣の無知を批判できなかったのである。
 で、私が田原氏に代わって大臣失格の検証をすることにした。まず大臣の主張に基づいて生活保護基準の計算をしてみる。
 22×8×600=10万5600円が生活保護基準ということになる。
 生活保護基準が一番高いのは東京や神奈川だが、最低賃金のように単純に計算できない。特殊なケースを除くと大きく分けて①食費等②光熱費等③住宅費の3つがあり、食費は年齢に応じて8段階に分けられ、光熱費は世帯の人数により支給基準が細かく決められ、11月から翌年3月までの5カ月間はやはり世帯の人数によって異なる冬期加算が支給され、住宅費も世帯の人数により3段階に分けられている。そこで働けるほぼ上限でかつ賃金も最低額に近い65歳の単身者という条件を設定して生活保護基準を東京を事例にして計算すると、こういう結果になる。
① 食費等   3万6100円
② 光熱費等  4万3430円(冬期加算は3000円)
③ 住宅費   5万3700円(この額以下の家賃の場合は実費)
この総額13万3230円(ただし冬期加算が支給される5カ月間は13万6230円になる)から年金などの収入を差し引いた額が実際に支給される生活保護費となる。一体大田大臣が田原氏の質問に答えた生活保護基準の10万5600円はどの国の話をしたのだろうか。せっかく格差問題の核心に迫れる質問をしながら、大臣のでたらめな返答を批判できなかった田原氏もジャーナリスト失格と断定せざるを得ない。
大田大臣の誤りはそれだけではない。彼女は民間出身(経済学者)の大臣だが、「1日8時間、月22時間」という労働者の勤務実態についての無知丸出しの条件設定をしたことである。まず大臣が1日8時間とした労働者の勤務実態は明らかに間違いである。零細小企業の場合は労働基準法を無視しているケースが多いが、通常の企業は午前9時から午後5時までを勤務時間と定めており、その8時間の中には1時間の有給の昼休みが含まれていて、実労働の時給を計算する場合は1日7時間を時給計算の基準にするのが合理的である。
さらに「月22日」という勤務日数の条件設定も明らかに誤りである。大臣が「月22日」とした根拠は、おそらく週休2日という条件を設定したうえで
 365÷12÷7×5=21.7(4捨5入で22)
という計算に基づいたのであろう。しかし一般の企業(零細企業や小商店を除く)は有給の年末年始と夏休みが10日前後あり(労基法では夏休みの有給化を義務付けてはいない)、今年(2009年)の場合土日以外の休日(祝日)が15日もある。さらに半年勤務すれば年に10日の有給休暇が生じ、毎年増え6年半後には最高限度20日になる。しかも消化できなかった有給休暇は翌年まで繰り越せる(退職時まで延々と繰り越せる会社もある)。一応年次有給休暇を10日と20日の間をとって15日としたうえで、ひと月の実労働時間は週休2日とすると
  365-(10+15+15)=325(日)÷12÷7×5=19.3(日)×7=135(時間)
 つまり役所や、零細企業などを除く一般の企業の職員・社員は月に20日も働いていないのである。それでも海外から「日本人は働きすぎ」と批判されるのは残業(サービス残業は数字として表面化していないので批判の対象になっていない)が多すぎるからである。この「働きすぎ」批判を受け厚労省も何とか残業時間を減らそうと年間労働時間の目標(実労働時間ではなく有給の昼休みや有給休暇も含めてのインチキ目標だが)を1800時間程度に納めようとしているが、なかなか難しいのが実情である。
 さていよいよ最も賃金が安いと考えられる65歳の単身生活保護者の保護基準は時給に換算するといくらになるかの計算をしてみよう。おそらくこのブログ記事を読んでくださっている方はその結果に目をむくだろう。
  13万3230円(生活保護基準)÷135(月間労働時間)=987円
さらに冬期加算が支給される5カ月間は 13万6230円÷135=1009円 となる。
最低賃金額が最も高い東京や神奈川での格差は987(1009)-766=221((243)円もある。これは時給の格差だから月間の格差は221(243)×135=2万9835(3万2805)円にもなる。格差の実態はそれだけにとどまらない。生活保護者は一切の税金や国民年金・国民健康保険が免除になる。唯一の例外は介護保険料で、これだけは免除されない。免除されないが、徴収された保険料は福祉事務所が支給額に上乗せするため実質的には免除されている。さらに東京の場合、都が運営している交通機関(都営地下鉄や都バス、都電)の無料パスが貰える。このメリットは生活保護者がどの程度これらの交通機関を利用するかによって得られる経済的利益が異なるので一概に数値化することはできないが、特に都バスは23区内のほとんどの地域に路線があり、このメリットは少なくない。
 さらに生活保護者にとって最も優遇されているのは医療の分野である。若い人は知らないだろうが、企業が加入している政府管掌や組合の健康保険に入っている人の医療費負担はかつては1割だった。その扶養家族は保険料の負担がなく医療費負担は3割だった。それが2割負担になり、今は3割負担になって自営業や無職(学生など)の人たちが加入する国民健康保険と同じになってしまった(ただし組合健保の場合、患者の負担額をある程度組合が還付していることが多い。本来その還付は所得として課税対象になるはずだが、源泉徴収している会社はないようだ)。
 一方医者の世界はかなり厳しい競争世界になっている。かつては医者(医師会に属する開業医)の収入に対する優遇税制によって、開業医は最も魅力のある職業になったため医者を目指す学生が急増し、開業医の世界はいま極めて厳しい競争世界になってしまった。そのうえ患者の負担が増えたため、高額な費用がかかる医療を開業医が避けるようになった。高額な医療費負担がかかるという評判がたつと患者がそのクリニックを避けるようになるからである。そうした状況に追い込まれた医者にとって生活保護者は最もおいしい患者になった。患者の医療費負担がないので、(あくまで保険医療の範囲内だが)どんどん高額な費用がかかる医療を行うようになったのだ。