小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

新学問の「和解学」はさまざまな紛争・対立を解決できるか

2023-05-30 07:05:18 | Weblog
先日、最近話題になりつつある新しい学問ジャンルの「和解学」について、日本の第1人者である浅野豊美氏(早稲田大学政治経済学術院教授)の講演拝聴と講演後の懇談会に参加する機会を得た。
「和解学」という学問ジャンルについては講演会の案内をいただくまでは全く知らなかったし、私のブログの読者の大半もご存じないと思う。だいいち、ネット検索しても「和解学」についての情報はたくさん出てくるが、ウィキペディアにはまだ取り上げられていない。それほどほっかほっかのニュージャンルの学問なのだ。
まず「和解学」が目指していることについて浅野氏の講演及びネットなどで公開されている氏の主張から要約する(ただし私の解釈による)。

●「和解学」とは何か
冷戦時代に興隆した「平和学」、冷戦後にアメリカで生まれた新しい学問体系の試みである「紛争解決学」を発展進化させ、東アジアで深刻化する歴史認識の問題や過去の様々な被害者とその人権や正義を念頭に置きつつ「和解」を可能にする社会的条件を探求することが和解学の目的である。
冷戦後、欧米の諸大学は紛争解決のための研究・教育プログラムに熱心に取り組んできたが、日本を含む東アジアでは紛争解決学が社会に根を張るまでには至っていない。とくに歴史学の影響が強い東アジアのナショナリズム研究・国際関係学・地域研究と結び、さらに思想史の知見によって、その結び付きを体系化しようとしている点で、和解学創成は冷戦後にふさわしい学問である。
とくに近年はウクライナ戦争や米中間の緊張激化など世界はますます混乱の渦に入りつつある。こうした事態は、冷戦後の世界が前提としてきた「経済的に豊かになることで民主的な政治体制への移行が生じる」という期待が安易なものでしかなかったことを意味する。
各国の国益優先のナショナリズムが蔓延しつつある国際社会において、「力」による妥協の産物である見せかけの「政府間和解」ではなく、「人権と正義」に基づく「市民的和解」(すでに一部では成立している)が「国民的和解」へと発展するか、それは「人権と正義」についての共通認識と価値観の共有が欠かせない。
政府の外交によってつくりだされた妥協としての「政府間和解」によることなく、国民を意識しつつ市民としても対話することが不可欠な時代に我々は生きている。そこに和解学が国際社会に根を下ろすことの重要性がある。

●日本政府の「和解」政策の基本は「橋渡し」だが、実行不可能な理由
ここからは「和解学」についての私なりの問題提起をしたい。
まず「和解」が必要になるのは、そこに紛争や対立があるからだという認識が前提になる。そして紛争や対立の内容によっては和解の在り方、道筋も当然異なる。
大まかに分類すれば紛争・対立には「思想的要素」(宗教、価値観、政治体制【民主主義or専制主義】など)と「利害的要素」(家族間の相続・財産分与など、企業間競争、国家間の領有権争い、大国同士の覇権争いなど)の二つに分けられる。そして和解の方法や手段もどういう対立が原因かによって異なる。
たとえば家族間の相続、離婚による財産分与などは争う双方に感情的対立が根底にあるため話し合いではなかなか決着がつかず、裁判官の裁量にゆだねざるをえなくなるケースが少なくない。
国家間の利害対立や紛争は最終的には「力」(軍事的または経済的)が最後にはものをいう。外交による「政府間和解」の問題を妥協の産物として「人権と正義に基づく「国民的和解」に昇華させようというのが浅野氏たち和解学者の研究テーマのようだ。領有権争いや国境線争いなどの国際紛争は国連憲章は「話し合いによる平和的解決」を原則としており、それが不可能な場合は国際司法裁判所での司法の判断を定めてはいるが、当事国の双方が同意しない限り裁判は行われないという欠陥がある。
その場合、国連総会での決議を求めるという方法もあるが、国連安保理には米・英・仏・ロ・中5か国(第2次世界大戦の戦勝国)が常任理事国として君臨し拒否権を有している。そのため国連安保理には国際紛争解決のための非軍事的および軍事的なあらゆる措置をとる権能を与えられているが、安保理決議によって紛争を解決することはほとんどありえない。現にウクライナ戦争の解決に関して国連は機能停止状態に陥っている。解決するための決議や提案に対してロシアがことごとく拒否権を行使しているからだ。
また核不拡散条約は常任理事以外の国の核開発・製造・保有・実験・行使を認めていないが、常任理事国にはそういう制約が一切ない。せいぜい「核軍縮」が制裁なき要望として盛り込まれてはいるが、気休めにすぎない。
つい最近行われた広島サミットでも、日本政府は「核保有国と非保有国の橋渡しをする」ことを核廃絶のために日本が果たす役割としているが、橋渡しをしようにも橋げた1本すら作れない状況だ。橋渡しを実効性のあるものにするためには中立的立場であることが求められるが、日本はアメリカの属国あるいは代理国であるため(少なくとも国際社会からはそうみなされている)、アメリカと対立する国の核政策に対する説得力は皆無にならざるを得ない。橋渡ししようにも橋げた1本作れないのはそのためだ。広島サミットでは共同声明の中でロシアに対して核兵器の使用に反対する旨が盛り込まれたが、もしウクライナがウクライナ国内だけでなくロシア領にも戦線を拡大した場合、抑止力としてロシアが核を使うことへの制裁は不可能だ。
前回のブログでも書いたが、米中覇権争いについても、日本にとっては経済活動に関しては中国とアメリカは同等の位置づけにある。日本の対外貿易も中国とアメリカが突出している。もし万一米中間の紛争が軍事衝突にまで至った場合、どちらが勝利を収めるにせよ米中ともに大きな打撃を受ける。日本は地政学的に米中間の橋渡しができる最高の環境にあるが、日本の外交政策がアメリカの言いなりになっている間は中国にとって日本は敵国扱いになる。インドの八方美人的外交から日本も学ぶべきだろう。

●民主主義体制下で「和解」は実現可能か
さて一番厄介なのは相容れない思想的対立である。国民感情や価値観はその国の支配的宗教に強く影響を受けており、しかも宗教は基本的に一枚岩かつ排他的で対立する宗教に対して寛容ではありえない。例えばキリスト教やユダヤ教とイスラム教は宗祖を共にアブラハムにしているが、彼らの対立は骨肉の争いさえ超えている。とくにイスラム教の排他性は他に例を見ないほどで、同じイスラム教徒の間でもシーア派とスンニ派、イスラム過激派は地域の支配的主導権を巡って血で血を洗う争いを続けている。イスラム教徒の辞書には「和解」を意味する言葉はないようだ。
そういう意味ではマルクス教を教義とする共産党も本質的には宗教組織と同じだ。教祖である志位委員長にちょっとでも逆らったら、たちまち「反党分子」として除名される。最近もかつては共産党幹部の一人だった松竹氏や鈴木氏が「党首(委員長)公選制」や「志位委員長辞任」を訴えた著書を上梓した途端、即除名処分になった。いちおう共産党は民主主義を否定はしていないが、肝心の党内民主主義は全くない。
ちなみに私はこのブログシリーズで22回にわたって「民主主義とは何かが今問われている」を書いてきたが、民主主義の基本原則は「多数主義原理」であり、それが最大の欠陥でもある。建て前としては「少数意見にも耳を傾ける」ことも重要視されているが、最終的に少数意見が採用されることはあり得ない。民主主義の原則に反するからだ。
民主主義という政治のシステムの基本は選挙制度にあるが、現在の日本の衆議院選挙制度である「小選挙区比例代表並立制」の下で1強多弱体制が強固に確立してしまった。
この選挙制度を採用したのは細川政権だが、細川氏は「政権交代可能な2大政党政治」の実現を目指すという大義名分を旗印にした。先進国で2大政党政治を実現しているのはアメリカとイギリスだが、アメリカでは上院は各州2議席制、下院は単純小選挙区制だ。イギリスも日本の衆院に当たる下院はやはり単純小選挙区制で、両国とも日本以上に弱小政党はたくさんあるが、国政には事実上参加できない選挙制度になっている。が、細川政権は寄り合い世帯の野合政権だったため、社会、公明、共産など弱小政党に配慮して比例代表並立制を取り入れてしまった。その結果、当時の弱小政党が国政政党として生き延びただけでなく、雨後のタケノコのように次々と弱小政党が誕生し、「政権交代可能な2大政党」どころか1強多弱の岩盤的政治状況が生まれてしまった。

●自民党が分裂しなくなった理由
1強体制を築いた自民党だが、決して一枚岩ではない。自由党と民主党が合同して自民党が誕生して以降、権力の座を巡って激しい派閥争いを繰り広げてきた。過去には派閥抗争に敗れ党内で冷や飯を食わされて離党したグループもあったが(新自由クラブ、新生党、さきがけなど)、石破氏や河野氏のように冷や飯を食わされながらも離党せず捲土重来を期している大物議員も少なくない。
「大人の政党」になったと言えなくもないが、党内に「和解」の論理が根付いているからとも言えよう。
なぜ自民党には「和解」の論理が根付いているのか。「憲法改正」と「日米同盟最優先」という基本政策だけは全党員が共有しているからだ。
一方、かつて政権の座に就いた細川政権と民主党政権はどうだったのか。
細川政権は共産党のみ除く「オール野党」による野合政権だった。そこに共通する基本理念そのものがなかった。細川氏自身が閣内での根回しも何もせずに「消費税(当時5%)を廃止して福祉税7%を新設する」とぶち上げ、閣内で総スカンを食らい嫌気がさして総理の座を投げ出した。その後も総理の座をたらいまわしにした末に、何も決められずに衆院を解散して「自社さ」政権が誕生した。
「自社さ」政権の最大政党である自民党はあえて総理の座を社会党の村山氏に譲り、社会党に自衛隊を容認させることと引き換えに日本政府として初めて先の戦争に対する謝罪の念を「村山談話」として公にした。その結果、社会党は分裂弱体化していく。自民党の「和解」勝ちとも言えよう。
その後、自民党は細川政権の一翼を担っていた公明党と連携して自公連立政権を誕生させたが、リーマンショックで日本経済も大混乱に陥っていた2009年の総選挙で民主党が308議席という空前の議席数を獲得して政権の座に就いた。
民主党政権は野合政権だった細川政権とは異なりいちおう単独政党政権だったが、民主党自体が野合政党だった。つまり民主党政権は「野合政党政権」だったのである。
実は自民党自体も、先に述べたように一枚岩の政党ではなく野合政党と言えなくはない。そういう意味ではアメリカの共和党や民主党、イギリスの保守党や労働党もそれぞれ野合政党である。が、長い政党運営の歴史を経て野合政党ながら党内に「和解」の論理が根付いている。そのため党内での激しい主導権争いはあるものの、対立政党との政権をめぐる対立(国政選挙)では一致団結する。
が、日本の民主党政権は政党そのものの歴史も浅く、党内融和をいかに実現するかの「和解」の論理が構築されていなかった。民主党政権は東日本大震災という予期せぬ事態に見舞われたことは不幸ではあったが、野合政党のもろさで対策も立てられずに右往左往して内閣支持率が急落、最後は野田総理が自民・安倍総裁と国会で直談判して、消費税増税の3党合意と引き換えに衆院を解散、政権を自公に返してしまった。55年体制を経て「大人の政党」に成長した自民党と、大人になり切れない「子供の政党」のままだった民主党の差があらわれたとも言える。
民主党はこの失敗から「和解」の論理を学び、「大人の政党」への道を辛抱強く歩もうとはしなかった。党内融和どころか党内対立が激化し、四分五裂への道をたどる。
実は民主党の悲劇には選挙制度も大きく影響している。もし衆院議員の選挙制度がアメリカやイギリスのように単純小選挙区制だったら、「小異を捨て大同につく」大人の政党への道を歩まざるをえなかっただろう。が、比例代表制という弱小政党の国政参加への道が作られていたために「ガキの喧嘩」を繰り広げ、挙句の果てに訳の分からないような弱小政党まで雨後の筍のように出現し、1強多弱の政治状況が完成していく。

●「和解学」が目指すべき日韓関係の修復
いま浅野氏らが「和解学」の実戦的応用として取り組んでいる研究テーマの一つに「日韓関係」問題がある。
日韓関係修復のためには、過去の事実問題がどうのこうのという以前に、何が韓国の人々の反日意識を培ってしまったのかを私たち日本人が認識する必要がある。
日本は四方を海という自然の要塞に囲まれているため過去一度も他民族に征服されたり隷属させられたりしたことがない(2度にわたって元寇の襲来は受けたが、占領されたことも支配されたこともない)。先の大戦では敗北した結果、一時的に連合国(実態はアメリカ)に占領され、いまも対米従属的な状態から自立できていないが、それは日本が始めた無謀な戦争の結果という「負の意識」があるため、原爆投下という非人道的な米軍の行動にも抗議の声をあげられないという事実として表れている。
もし日韓併合の原因が、朝鮮による日本侵略戦争に端を発していたら、戦争に負けた結果として日本に併合されたという「負の意識」が韓国人の意識の根底に刻まれていただろう。
朝鮮は大陸とつながっており、つねに隣接する大国からの侵略のリスクにさらされてきた。そのため、中国や蒙古、ロシアなど、その時々の強国との関係を常に重視し、時には従属的姿勢に甘んじながら、いちおう独立を守り続けてきた。その独立国家としての矜持を踏みにじったのが日本であり、その原因は朝鮮にはない。日本に併合されていた期間に味わった彼らの屈辱感が韓国民の国民感情の根っこにあり、歴史認識の背景を形成している。そのことへの思いを、私たち日本人は認識することが「和解」への出発点になる。
徴用工問題や慰安婦問題についての私の考え方は2020年1月6日のブログ「日韓関係をここまで悪化させた張本人はだれか?」や同年8月6日のブログ「広島・長崎の原爆から75年。核のない世界をつくるために日本は何をしてきた?+日韓問題」で書いているのでこのブログでは省略するが、慰安婦問題にしろ徴用工問題にせよ、韓国の人たちの精神構造には韓国の歴史で唯一民族の誇りを失った併合時代の屈辱感が色濃く反映している。日本政府がそのことへの思いを致さない限りカネで一時的に解決しても、それで韓国の人々の怨念が歴史のかなたに消えるわけでは絶対にない。 

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