小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

緊急告発! (株)パスモは即座にPASMO事業を中止せよ

2008-08-31 00:50:43 | Weblog
 まず私が株式会社パスモ(以下パスモと記す)が発行している、犯罪的としか言いようのない金融商品によって受けた損害の経緯を明らかにしよう。
 8月19日、私はフィットネスクラブで財布を盗難された。盗難された財布の中には記名式PASMOカードを入れていた。記名式PASMOは私鉄各駅の券売機で購入できる無記名式カードと異なり、記名本人しか使えないことになっており、チャージ残高が2000円を切った時点で、記名式PASMOを発行した私鉄の系列クレジット会社が発行したクレジットカードから原則3000円が自動的にチャージされる仕組みになっている。確かに便利な仕組みと言えなくはない。
 ただしその便利さは、PASMOを紛失したり、盗まれたりしないことが前提で、万一紛失したり盗まれたりした途端、とんでもない犯罪誘発機能に変質するのである。
 私が3月中旬、私の住居の最寄り駅の構内で記名式PASMOの勧誘をしていたクレジット会社の営業社員から説明を受けた内容は次の3点である。
① クレジットカードとオートチャージ機能付きのPASMOを同時に申し込めばなにがしかのポイント(その私鉄系のデパートやスーパーで現金同様に使用できる金額の付与)が貰える。
② オートチャージの機能が付いているので、いちいち券売機で現金チャージする面倒くさいことをしなくてもよい。
③ 従来のパスネットは私鉄でしか使えなかったが、PASMOはJRでも使える。
 実はPASMOにはもう一つのメリットがあって、財布や定期入れの中に入れたまま改札機の読み取り部にタッチすればいいのだが、その説明がなかったため、かなりの期間私はPASMOを財布から出して読み取り部にタッチしていた。そのことはクレジット会社の説明責任を問うほどのことではない。問題はPASMOがより便利になったパスネットとは決定的に違う、という危険性を説明しなかったことである。だがその責任はクレジット会社にあるのか、それともPASMOという極めてリスキーで不正使用を防止する機能がゼロの、実質的に金融機能を持った商品を発売しながら、クレジット会社に説明責任を果たす義務を求めなかったパスモにあるのか、それはPASMOの金融商品としての機能を管轄する経済産業省(列車の運賃支払い機能は国土交通省の管轄)の判断に任せるしかないが、私は全責任はパスモが負うべきだと考える。ただしPASMOの発行を行っている電鉄会社及びその電鉄系のクレジット会社もPASMOの危険性を熟知しながら自己の利益のためにPASMOのリスク説明を意図的にしてこなかったことがはっきりしたので、この2社もパスモの共同正犯である。その理由は後で詳しく述べる。
 さて券売機で購入する無記名式PASMOは07年3月18日からサービスが開始されていたが、私が申し込んだカードは、まずクレジットカードは4月5日に発行され(これは確認済み)、PASMOは申し込んでから約1ヶ月後ごろに発行されたという(これは大手私鉄の駅員の証言)。
 その後、これも私の責任だが、今回フィットネスクラブで盗難にあう以前に財布を紛失したことがある。。たぶんどこかで落としたか、どこかの店で買い物をした後財布からお金を出して支払いをしたあと、財布をそのままレジの前に残して立ち去り、レジ係の店員もそれに気づかず次の客がちゃっかりいただいたのかもしれないと思うのだが、その辺の記憶が定かでないため、泣き寝入りするしかなかった。幸いだったのは財布に少額の金しか入れていず、この時はPASMOを不正使用されることもなかった。ただ何枚かのクレジットカードも財布に入れていたためクレジット会社に連絡し、使用停止を伝えて再発行を申し込んだが、クレジット会社によっては再発行手数料525円がかかると言われ、「ではカードの使用停止だけお願いします。再発行はしていただかなくても結構です」と言い、事実上そのクレジットカードの解約をしたことがある。それ以降、クレジットカードの再発行手数料がかかるカードは財布に入れないようにしている。基本的に電鉄系のクレジットカードは私が調べた限りではすべて再発行手数料がかかるようで、電鉄系カードはその電鉄系デパートやスーパーで買い物をする目的がない日は財布に入れないようにしたほうがリスク回避につながる。その分例えば家電量販店などでかなりの高額商品をクレジットカードで購入する場合、私は自分の財布に入れている再発行手数料がかからないカードを使うことになるから、再発行手数料を取るカードは結果的にビジネスチャンスを逃がすことになる。そうしたことも承知で電鉄系カード会社は再発行手数料を取ることで自らビジネスチャンスを放棄しているのだろうから私がとやかく言うべきことではない。だから私はPASMOのオートチャージ用の大手私鉄系のクレジットカードは財布に入れていなかった。偶然といえば偶然だが、こうした私のリスク回避策からパスモの、豊田商事に匹敵するするといっても過言でない悪質な商法がすべて明らかになったのである。
 すでに書いたが、PASMOは単にパスネットをより便利にした列車運賃の自動支払い機能だけを持ったカードではなかった。そのことを私が知ったのは財布を盗難された8月19日である。その当日PASMOを発行した駅に盗難届を出した時、実はPASMOは「電子マネー」だったことを初めて知ったのだ。つまりPASMOにチャージされている残高金額の範囲で、PASMOの残高金額を読み取れる装置を備えたコンビニや自動販売機で、本人確認をされずPASMOで何でも買えるのだ。しかもチャージ残高が2000円を切った時点で、PASMOで駅の改札を通過した途端3000円が自動チャージされ、そのチャージ金額の限界は1日2万円という大金だということも初めて知らされた。
 ではその自動チャージをストップできる方法があるのか、というと、それがまったくないのである。
 実際に私が財布の盗難にあった日の。損害を最小限にとどめるためにとった行動を時系列で明らかにする。ここで私が盗難にあった時点では私はPASMOが実は「電子マネー」であって、しかもクレジットカードのように紛失した(あるいは盗難された)時点から2ヶ月以内にクレジット会社に連絡すれば、その間にカードが不正使用されたとしても損害はクレジット会社が補償してくれるようなリスク防止策が全くとられていないということを、一切どこからも(パスモからもクレジット会社からも)知らされていなかったことをハッキリしておく。
 私がその日(8月19日)とった行動を時系列で明らかにする。
① まず財布に入れていた3枚のクレジットカードの発行会社に被害にあったことを伝え、カードの使用停止と再発行を依頼した。 
② 財布に入れていなかったため手元にあったPASMOオートチャージ用の電鉄系クレジット会社に電話してPASMOが盗難にあったことと、クレジットカードは無事であることを伝えた。PASMOを盗難されたことで何か不利なことが生じるのではないかという予感がしたからである。しかし、クレジット会社の社員は私が大変なリスクにさらされていることを一切教えてくれず、その電鉄の最寄り駅に届けて再発行の手続きをとるように、と言ってくれただけだった。
③ クレジット会社社員のアドバイスによりPASMOについては何のリスクもないと判断し、交番に行って被害届を出し、最後にその電鉄の駅に行ってPASMOの使用停止の手続きを取った。その時はじめて実はPASMOが「電子マネー」で、PASMOにチャージされている金額の範囲でコンビニなどで現金と同様に物品が買えるという事実を知った。びっくりした私はいまPASMOにチャージされている残高を調べてほしいと頼んだが、明日にならないとわからないと言われ、腑に落ちないまま帰宅した。
④ 翌日(20日)駅から電話があり、現在のチャージ残高が840円であることを知った。私が盗難にあう前のチャージ残高はわからなかったので、いくら不正使用されたのか知りたいと思い、PASMOの使用履歴を調べてほしいと頼んだが、PASMOの再発行の手続きを取らないと調べられないと言われ、釈然としないまま、再発行の手続きを保留にすることにした。なお再発行には1000円かかるということだった(カード代500円+再発行手数料500円)。
⑤ その翌日(21日)、再発行手数料500円取られるくらいなら別の電鉄系でPASMOを新規発行すればカード代500円だけで済むし、その電鉄系のクレジットカードからのオートチャージ契約をすれば、カード代500円以上のサービスが得られるかもしれないと思い、某電鉄系クレジット会社に事情を話し、どんなサービスが得られるのか聞いたが、今は特別のサービスはしていないということだった。それでも再発行ではなく新規発行だからカード代500円だけですむということだったが、私が盗難にあったPASMOにチャージされている840円の残高は新規発行のPASMOに移行チャージすることはできないと言われた。しかもチャージ残高の840円は、PASMOを再発行しなければ戻してもらえないという説明も受け、だったらチャージ残高の840円は一体だれのものなのか、とパスモに対して初めて不信感を抱いた。このことがパスモの豊田商事に匹敵するくらいの悪徳商法を解き明かすきっかけになったのである。その悪徳商法を解明するため、駅で『PASMOご利用案内』なるパンフレットを入手し、PASMOのホームページでパスモがPASMOのリスクについてどれだけ情報開示しているか調べ始めた。
⑥ 実はこの間、私はPASMO問題にだけ没頭していたわけではなかった。少し前から預託金商法を野放しにしてきた政府の責任を追及するブログを書いていた。その記事『ネズミ講を禁止した政府はなぜ預託金商法を野放しにするのか』は25日に投稿したが、その続編『詐欺的預託金商法に手を貸した金融機関の罪』に取り掛かっていた。その最中の28日夕刻、盗難されたPASMOの電鉄の駅の主任からとんでもない電話がかかってきた。「小林さんが盗難届を出された時、小林さんのPASMOは明日午前0時までは使用停止できないという説明は受けましたか」と言うのである。 
当初私は主任が何を言っているのかわからなかった。だから「どういう意味ですか」と聞いた。すると驚くべき返答が返ってきた。「実はPASMOはクレジットカードなどと違って、使用停止処置が即座にはできないんです。だから盗難にあった日の翌日午前0時までは盗難届を出されて、駅でPASMOの使用停止処置をとってもその日のうちなら駅の改札で限度額2万円まではオートチャージできますし、チャージされた金はPASMOが電子マネーとして使えるコンビニなどで物品を買えるんです。すぐクレジット会社にオートチャージ停止を申し出ていただければなりませんでした。そのことを担当者がご説明しなかったことは大変申し訳なく思います」
⑦ 私は茫然とした。「そんなバカな」というのが、その時抱いた最初の疑問だった。私は電子マネーを使ったこともないし、ほとんど知識もない。そこでとりあえずウィキペディアで「電子マネー」を検索してみた。ウィキペディアの解説の重要の部分を引用する。「電子マネーの発達によって、従来は紙幣や貨幣、あるいは各種クレジットカードやプリペイドカード・キャッシュカードといった様々な物品を一元管理して、携帯性が向上することが期待されているほか、決済の迅速化・確実性の向上も期待されている。他にも認証手段の導入により、紛失時の経済的損失の防止や個人認証手段としての利用、または既存のクレジットカードが持つ社会信用度(クレジット)照明手段など、様々な利便性も指摘される」こうした電子マネーの信頼性・利便性を100%否定してしまったのが電子マネーとしてのPASMOだった。PASMOが生み出した社会的損失は、PASMOの不正使用によって経済的損害を蒙った私のような個人の問題では済まない。私がこの事実を明らかにすることで電子マネーそのものの信頼性が根本的に失われ、セキュリティ問題が完全に解決できるまで少なくとも電子マネーの普及は10年は遅れることになるだろう。パスモとパスモの事業に加担した電鉄会社、電鉄系クレジット会社の罪は重い
⑧ そこでパスモと同社に加担した電鉄会社や電鉄系クレジット会社の消費者無視の悪徳商法を告発し、関係省庁やマスコミ、各政党に通告すべく、私のPASMOが不正使用されてからの経緯をブログで公表することに決めたのが30日の午後3時ごろ。で、私がPASMOとクレジットカードを同時に申し込んだ日を知るため、クレジット会社に電話したとき電話口に出た同社社員は、それまで何人ものクレジット会社社員と話をしてきたが、おそらく社内で一番PASMOのオートチャージの仕組みを熟知している社員だった。その人からまた驚くべき話を聞かされた。その社員の説明によるとクレジット会社のコンピュータとパスモのコンピュータはつながっていず、クレジット会社が私のクレジットカードの使用を停止してもPASMOのオートチャージを止めることはできないという信じがたいような説明を受けた。つまりいかなるセキュリティ対策もPASMOにはないという事実が明らかになったのである。その社員が言うには「だから私どもとしては駅に行って再発行の手続きを取ってくださいとしか言えないんです。当社にはあなたのPASMOの不正使用を止めるいかなる手段もないんです」。もはや何をか言わんや、である。

 ここまでが私が財布を盗まれ、PASMOの不正使用を止められなかった経緯である。ここからパスモの悪質ぶりを、同社がパンフレットとホームページで公開している情報はPASMO利用者に対してフェアであるかどうかを明らかにしよう。結論を先に述べれば、もはやパスモは解体し、PASMOの不正使用によって損害をこうむった利用者に、同社の全役員が私財のすべてを投じてでも弁済するしか社会が許さないだろう。
 まずこれまで述べてきたことだが、電子マネーとしてのPASMOにセキュリティ対策が全く施されていないことを箇条書き的に列記しておく。
① オートチャージ式PASMOは金融機関のキャッシュカードやクレジットカードと同じく記名式になっており、『PASMOご利用案内』(以下パンフレットと記す)の9ページに記名PASMOについて「記名人のみが利用できるPASMOです。紛失時には再発行できます」と説明され、その下には小文字で「購入時にお客さまのお名前・性別・生年月日・電話番号の登録が必要です」「紛失再発行には、手数料が必要です」と注意書きが明記されている。しかも駅員の説明によるとPASMOには金融機関のキャッシュカードのようにICチップが搭載されており(キャッシュカードのICチップはカード表面に搭載されているが、PASMOのICチップはカードの中に埋め込まれていて、当然不正使用を防ぐための個人情報が記録されているはずだが、実際には他人(私の場合は盗難者、つまり犯罪者)の不正使用を防止するためのセキュリティ対策は全くとられていない。しかも紛失・盗難の届けを駅に届けてもパスモのコンピュータは何十年か前の中古品のようで、即座にPASMOの使用(列車の運賃自動支払いおよび電子マネーとしてコンビニや自動販売機での物品購入)や改札機でのオートチャージを停止することはできない欠陥コンピュータであることも判明した。この重要なリスク情報はパンフレットやパスモのホームページのどこにも記載されていない。
② PASMOに多くの利便性があることは私も認める(ただし私がPASMOとオートチャージ用の電鉄系クレジットカードの発行を申し込んだときには、まだ電子マネーとして使える店や自動販売機がなかったからだと思うが、クレジット会社の社員から電子マネーとしての機能があるとの説明は受けていない。さらに電子マネーとして広く使用できるようになってからも、クレジット会社から送られてくる請求明細書にはいろいろな保険の勧誘パンフレットやツアー・物品販売のチラシは同封されているが、電子マネーとして広く利用されるようになったことの案内と、それに伴ってリスクも増大したが、リスク回避の手段は全く講じられていないことの注意義務はまったく果たされていなかった。ましてPASMO利用者の個人情報をすべて入手しているパスモからもそうした案内は一切なかった。これは完全に告知義務違反である。利用者一人一人にそうした案内をするにはコストがかかりすぎるというなら、駅の随所に大きなポスターを貼ってPASMOを財布に入れている人に危険性を告知すべきだった。だが、パスモには利用者のことを考慮する人(役員およびすべての社員)は一人もいないようだ。パスモは解体するしかないと、私が考えている最大の根拠である。パスモを社会的に評価できる健全な企業に立て直すには、利用者のほうに顔を向けた役員やかなりの権限を付与されている社員(部課長級)が最低でも数人はいないと無理だが、そういう人が皆無のパスモを健全化することは絶対に不可能である。
③ パンフレットにもホームページにも「PASMOの特徴」が書いてある。この個所でPASMOのメリットを強調するのは決して不正な行為ではない。どの会社も商品の「特徴」として強調するのはメリットだけでデメリットは別の個所に虫めがねを使わないと読めないような超小文字で記載するのが常套手段である。はっきり言えば商品の購入者や利用者にできれば知らせたくないことを、意図的に、購入者や利用者が読む気がしないような超小文字でしかも極めて難解な文章で記載している。そうした行為は、例えばソフトバンクの携帯電話の広告やNTTの番号案内の社員が相手先に直接つなぐサービスの手数料の案内を十分していなかったということで、公取委から摘発されたことは周知の事実である。また生保や損保の、加入者に不利になる可能性についての告知をパンフレットには明記せず、だれも読まないような約款に超小文字で難解な文章で記載してきたことも問題になり、今では加入者にとって不利になる可能性がある重大な情報はパンフレットで、しかもかなり強調して記載するようになった。そうした社会的風潮を私も重視し、パスモのパンフレットは31~42ページにわたって超小文字かつ難解な文章で約款を載せているが、この約款に記載されているかもしれないPASMO利用者へのリスク告知は一切無視することにした(実際私は同社約款には一切目を通していないから約款でリスク告知をしているかどうかも知らない)。
そうした前提でパスモが強調した「PASMOの特徴」の5つを検証する(パスモのパンフレット3ページに記載。なおホームページで紹介されている「PASMOの特徴」もほぼ同一である(ホームページでは6つの特徴が紹介されているが、パンフレットに記載された5つの特徴のうち一つを二つに分けただけで実質的には同一である)。問題なのは同社が強調した「PASMOの特徴」の二つに重大なウソが書かれていることである(ウソは告知義務違反ではない。故意の虚偽情報を利用者に伝えた詐欺行為である。当然告知義務違反どころではない重大犯罪である)。が、フェアに検証するためパスモが強調した5つの「特徴」を一応列記しておこう。

★ 電車もバスもタッチするだけで。(定期入れから出さずに。PASMOを駅の改札機やバスの読み取り部にタッチするだけでご利用いただけます)
★ のりこしも、改札機の自動生産でスムースに。(チャージしてあれば、定期券ののりこし運賃も、改札機にタッチするだけで自動的に清算できます。精算機で精算する必要はありません)
★ お財布代わりに使えて、お買い物も便利。(下記マーク{省略}のあるお店や自動販売機でもご利用いただけます)
★ 紛失の際もご心配なく。(万一紛失しても再発行できるので、安心です。もよりの駅やバス営業所にお申し出ください。
★ カードを繰り返し使うから、環境にもやさしい。(チャージしたり定期券を継続購入したりすれば、同じ1枚のカードを繰り返し使えます)

 もう賢明な、このブログの読者はパスモが主張する「特徴」すなわちPASMOのメリットが、利用者にとってのメリットではなく、事業者すなわちパスモと鉄道会社、オートチャージをする電鉄系クレジット会社にとってのメリットでしかなく、事業者メリットのあくなき追求のためには利用者の犠牲もやむなしという判断が最初から事業者3者の合意のもとになされていた(実はPASMOの危険性については電鉄会社もクレジット会社も熟知していたことを私は既に確認している)ことから、PASMO利用者を食い物にしてきたのはパスモだけでなく、電鉄会社も電鉄系クレジット会社も共同正犯なのである。
 もう賢明な読者はしつこいと思われるかもしれないが、パスモが強調した5つの「特徴」のうち3番目と4番目がPASMOの最大の問題であることを最後にもう一度再確認しておく。
 まず3番目。「お財布代わりに使えて、お買い物にも便利」という事業者にとってのメリットは、PASMO利用者の全く知らされていない巨大なリスクの上に生じていることは、すでに書いた私が受けた被害で明らかである。私が盗まれたPASMOは駅に盗難にあったことを届け、使用停止処置を取ってもらったにもかかわらず、実際にオートチャージが不可能になるのも、またチャージされた金で物品を購入できなくなるのも翌日の午前0時からで、それまではPASMOの紛失・盗難届が出されていてもPASMOの不正使用はストップできないのである。電子マネーは最近携帯電話などいろいろな形で普及しつつあるが、電子マネーのチャージはその所有者しか知らない暗証番号を使わないとできないのが一般的である。もし携帯電話を拾った人が暗証番号など知らなくても自由にチャージ出来たりしたら社会的に大問題になる。PASMOはまさにそういう性質の電子マネーなのだ。不特定多数の第3者が全く自由に、ただ駅の改札を通過するだけでチャージでき、しかもPASMOに内蔵されているICチップに記録されている真の所有者の確認も受けずに本物の現金と同様に使えてしまうのである。こんな危険極まりない電子マネーを経済産業省はなぜ認可したのか不思議だ。
 次が4番目の「紛失の際もご心配なく」という虚偽記載である。最近大手スーパーはクレジットカードで支払いをする時、一定の金額まではノーチェックでOKになっている。クレジットカードの場合はすでに書いたが紛失あるいは盗難の届けをクレジット会社にすれば、過去2ヶ月間に不正使用された金額はすべて補償されることになっている。だからスーパーも一定の金額までの支払いについてはノーチェックでクレジットカードの利用を認めているのである。ところがPASMOの場合、紛失あるいは盗難によって第3者が不正使用しても、一切補償がない。それなのに「紛失の際もご心配なく」と、いけしゃあしゃあとウソをついているのである。これは船場吉兆などの賞味期限偽造をはるかに上回る悪質極まりない虚偽記載である。なぜか。船場吉兆が売った賞味期限切れの食品は、船場吉兆の料理長がいつまでだったら間違いなく腐ったり食中毒を起こしたりはしないという絶対の自信を持って賞味期限を改ざんしていた。だから賞味期限切れの船場吉兆の食品で食中毒を起こしたといったケースは一つもない。それでも船場吉兆は、客が食べ残した料理を使い回ししていたことも発覚し、廃業に追い込まれた。その船場吉兆のケースに比べ、パスモはPASMOが不正使用されないためのセキュリティ策も一切整備せず、クレジットカードのように不正使用された時の補償もせず、「紛失の際もご心配なく」と謳ったのである。船場吉兆とどっちが悪質か、もはやこれ以上多言の必要はあるまい(了)

 

 
 

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ネズミ講を禁止した政府はなぜ預託金商法を野放しにするのか

2008-08-25 21:27:50 | Weblog
 まずネズミ講とはどういう事業(?)なのか、インターネット上の百科事典「ウィキペディア」の解説を引用させてもらう。

  無限連鎖講(むげんれんさこう)とは、金品を払う参加者が無限に増加す
るという前提において、二人以上の倍率で増加する下位会員から徴収した金品を、上位会員に分配することで、その上位会員が自ら払った金品を上回る配当を受け取ることを目的にした団体のことである。人口が有限である以上、無制限に成長する事が絶対的に有り得ないため、日本では無限連鎖講の防止に関する法律で禁止されている。

親会員から子・孫会員へと会員が無制限に、ねずみ算的に増殖していくシステムから、一般的にはネズミ講と呼ばれる。特定商取引に関する法律第33条で定義される販売形態に沿った連鎖販売は違法とは言えず、その意味ではネズミ講とは呼べない。また、マルチ商法、マルチまがい商法についても侮蔑的にネズミ講と呼ぶことがあるが、法的には一概に無限連鎖講とは言えない。

 もともとネズミ講が社会的問題になり、マスコミも話題にするようになったのは、1967年に熊本で発足したねずみ講組織「天下一家の会」が急速に日本全国に広がり、71年には発足者が所得税法違反で摘発され、それが契機になって「天下一家の会」の成長がストップ、被害者が続出したことを重く見た政府が78年に「無限連鎖講の防止に関する法律」を制定し、ネズミ講を違法にした。
 ここであらかじめお断りしておくが、私はネズミ講やマルチ商法・マルチまがい商法を弁護しようなどという考えはまったく持っていない。それどころかこうした事業(?)によって被害を受けた人の数や被害額の大きさを考えるとこのような悪質な事業(?)によって大儲けした事業者(?)に対する現在の刑罰は軽すぎるとさえ思っている。このような悪質な事業(?)の犠牲者の大半は判断力や理解力が衰えた老齢者であることを考えても、そうした人を食い物にした犯罪者には二度と社会復帰が不可能になるくらいの重罰をもって臨まなければネズミ講やマルチ商法・マルチまがい商法を根絶することはできないだろうとすら考えている。
 実際、重罰化によって犯罪が激減したケースがある。このテーマと少しずれるが、重罰化による犯罪抑止効果が決して小さくない例で検証してみよう。

その実例は飲酒運転の激減をもたらした「危険運転致死罪」の新設である。
1999年11月に飲酒運転者のトラックが東名高速で乗用車に追突、乗用車は大破炎上して後部座席に乗っていた幼い姉妹が焼死した事件の裁判で、運転者に下された判決がたったの懲役4年だったことに世論が憤激、さらに翌2000年6月には神奈川県座間市で無免許の飲酒運転者が検問を突破して暴走、歩道に突っ込んで大学生二人を引き殺した事件もあって国家公安委員会が道交法の改正に着手、2001年11月、国会で「危険運転致死罪」が成立した。これに伴い刑法も改正され、飲酒などの危険運転で致傷させた場合の最高刑は15年、致死させた時は最高20年(併合加重は最高30年)と一気に重罰化が科せられることになった。その結果、2005年には飲酒運転に起因した死亡事故は10年前から半減、重罰化の効果が劇的に表れた。
 ただその「後遺症」も小さくなかった。飲酒運転者に被害者に対する殺意を認めることは法的に不可能で、仮に「未必の故意」(飲酒運転すれば重大な事故を起こす可能性を認識しながら飲酒運転をやめなかった)を認めたとしても、あらかじめ凶器を用意するなど殺意が明らかに認められる殺人者(特に殺人の目的が強盗や強姦など極めて悪質な場合)に対する刑罰が、殺意が認められない「事故殺人」より軽いということになると、刑法の整合性が問われることになる。
 私は読売と朝日の読者対応の社員に「最近の死刑判決の増大をどう思うか」と尋ねたことがあるが、両者とも「重大かつ悪質な犯罪に対して重罰を求める世論の影響が大きいのではないか」と全く同じ答えが返ってきた。新聞記者(元)の理解力や思考力とはその程度でしかないということだ。
 裁判官が世論におもねる判決を下すことは絶対にあり得ない。裁判官が一番重視するのは、刑法で決められている量刑の幅の中で、他の類似した事件に過去下され確定した判決との整合性をどう維持するかである。従来は強盗殺人や強姦殺人のような重大犯罪でも、初めての殺人だったり、殺したのが一人だけだった場合は「死刑」という最高刑が下されることはなかった。このような殺人のケースで下されるのは無期もしくは20年の有期刑が一般的であった。しかし「危険運転致死罪」の量刑の重さとの整合性を保つには、初めての殺人や一人だけの殺人でも、殺意が明白でかつ悪質な目的で行った殺人行為に対して、殺意が認められない飲酒運転者に下される判決より軽くするわけにはいかないという判断を裁判官がした結果が、重大犯罪に対する重罰化の傾向を生みだした最大の原因である。重大犯罪に対する重罰化の傾向は、決して世論におもねたからではない。そう考えるのが論理的考察に基づく必然的結論である。
 実際、刑法の幅の中で裁判官が判決で下す量刑との整合性を保つため2004年以降毎年のように重大犯罪に対する量刑の上限が引き上げられている。私はいずれ「死刑」に次ぐ最高の量刑として「終身刑」が設けられるだろうと考えている。
 でもそうした傾向は平和で安全な日本社会を構築していく上でやむを得ない過渡的手段だと私は考えている。死刑廃止論者の言い分にも一理あることは私も認めるが、危険運転致死罪が設けられて以降飲酒運転に起因する死亡事故が激減しただけでなく、郊外の主要道路に立地しているスナックの客が激減したことにも自動車を運転する人の意識が大きく改革された結果が表れている。
 危険運転致死罪の制定によって飲酒運転が激減したことからも、犯罪に対する刑法で定める量刑を重くすることは、間違いなく犯罪の抑止力になることは明らかである。現に中国人が起こす殺人事件が一時急増したのは、日本での犯罪は「割に合う」と思っている中国人が多いという事実はすでに明らかになっている。
刑法で定める量刑の基準は、犯罪を行った者への制裁か、犯罪を未然に防ぐための抑止力か、という議論は人類の歴史で常に平行線をたどって行われてきたが、私は「一罰百戒」すなわち抑止力を重視すべきだと思う。ということは、重罰化を支持する立場である。ただし、重罰化が犯罪の抑止力として大きな効果を発揮するには、危険運転致死罪が設けられた時のように、全マスコミおよび旅行代理店(海外も含む)に協力してもらい「こういう犯罪に対してはこんなに刑罰の量刑が重くなった」ということを、少なくとも小学校高学年以上の日本人と短期日の観光目的で来日する外国人を除く長期来日外国人すべて特に中国人に周知徹底させる必要がある。そのための政府広報予算は大幅に増やすことも必要だ。ただ重罰化さえしたらマスコミがこぞって大きく報道してくれるなどと期待してはいけない。危険運転致死罪の場合は、東名事故の国民に与えた衝撃が大きかったからマスコミも大々的に取り上げ、飲酒の習慣のある国民のあまねく知るところになり、飲酒に起因する事故が激減しただけでなく、飲酒運転自体が激減し、車を運転する人の飲酒量も大幅に減ったはずである(これは私の推測だが、警察庁は警視庁をはじめ各道府県警察本部を通じ、郊外型スナックなどの客の増減・客の飲酒量の変化・代行運転の増加傾向などを調査し、政府広報の予算を相当注ぎ込んでも飲酒運転に対する罪悪感を徹底的に国民に植え付けていく必要がある。
 
 余談が長くなった。本論に戻ろう。
 ネズミ講やマルチ商法・マルチまがい商法は確かに悪質なビジネス(?)ではある。そのことは私も否定しないし、検察や警察が摘発し、告訴に持ち込んだ場合、その悪質性を裁判官が認定したら、かなり重い量刑(懲役・禁固および罰金)を科すことができるよう刑法を改正すべきである(つまり割に合わない犯罪だという認識を犯罪者に植え付けることにより犯罪抑止の実をあげることを目的にするため)。
 だが、「天下一家の会」事件を契機に制定された「無限連鎖講の防止に関する法律」は、実は純論理的にはめちゃくちゃである。この法律の根拠とした理屈は「人口が有限である以上、無制限に成長する事が絶対的に有り得ない」(ウィキペディアによる解説)という誤った認識をベースにしているからだ。もし「天下一家の会」が、同一人物は1回しか入会できないという会則を制定していたなら、確かに有限な人口数を超える会員を獲得することは不可能で、無限に成長することはあり得ないという法的認識が成り立つが、そんなたぐいの会則を制定しているネズミ講やマルチ商法・マルチまがい商法はひとつもない。現にネズミ講やマルチ商法・マルチまがい商法に参加して大儲けした人も相当いて、そういう人の多くは改めて孫会員から再入会し、柳の下の2匹目のどじょうを狙い、それにも成功した人すらいる。つまり純論理的には無限連鎖講は人口が有限であっても成り立ちうるのである。したがってネズミ講やマルチ商法・マルチまがい商法を禁止するには純論理的には成り立たない屁理屈を根拠に新法(無限連鎖講の防止に関する法律)を無理やり作るのではなく、出資法の改正で取り締まるべきであった。

 ちなみに日本の経済犯罪に対する法的制裁は甘すぎる。はっきり言って日本は経済犯罪が割に合う珍しい先進国なのである。そのことを、朝日新聞の読者広報A氏に実例(アメリカの証取委SECはインサイダー取引を行って巨大な利益を上げた中堅証券会社ドレクセル証券にインサイダー取引で得た利益の3倍の制裁金を課し、ドレクセル証券は倒産に追い込まれたこと、一方日本では暴力団とつるんで東急電鉄の株価操作を行ったとされた野村証券は確実な証拠が見つからなかったという理由で不起訴になったが、大口取引の顧客だけを対象に損失補てんを行った事件は証拠もあり明白だったため、罰金が科せられたがその額はたったの500万円。ドレクセル証券に課せられた制裁金の1700分の1に過ぎなかったことなど)をあげて、日本の経済犯罪に対する法的制裁をもっと厳しくするよう朝日新聞は主張すべきだと申し上げたところ、ぜひ「声」欄に投稿してほしいと頼まれ、いったんは断ったものの電話を切る直前になって再びA氏から「それだけのご見識をお持ちなら、投稿するのはあなたの義務です」とまで言われ、やむを得ず承諾したことがある。
 が、当局が経済事犯について甘いのは証券不祥事だけではない。巨額脱税を摘発された米大手エネルギー会社エンロンは不正会計処理が発覚して破たんし、同社の監査を行った世界第2位だった監査法人アンサーアンダーセンもこの不正会計処理にかかわったため破たんに追い込まれた。
 談合に対してもアメリカは厳しい。談合した企業に対する制裁は州ごとに行われるため、一定の制裁基準があるわけではないようだが、ほとんどの場合、談合企業は破たんに追い込まれるようだ。
 個人の脱税も、アメリカでは全く割に合わない犯罪だ。脱税額は全額没収のうえ、脱税額に応じてかなりの制裁金が科せられる。これも州法で制裁金が異なるため一律には言えないが、平均して約5割の制裁金を請求されるようだ。ところが日本ではかなり悪質な脱税でも、脱税額の没収すらなく、重加算税を課せられてもせいぜい脱税額の7割程度を修正申告で納めればいい。つまり約3割は可処分所得として残るわけで、だから日本での脱税はやり得なのだ。日本が脱税天国と言われるゆえんである。
 私は数時間をかけ、米大使館や国税庁、所轄の税務署、証券等監視委員会、経済産業省などに電話でアメリカの経済犯罪に対する厳しい制裁を調べ、それをメモにしてA氏にFAXした。とても朝日新聞の読者投稿欄に載せられる文字数の制限(500字)に収まるはずがなく、私は私が提供した情報を朝日新聞がどう処理するつもりか、とりあえずA氏からの連絡を待っていた。が、A氏は私が調べパソコンで書いたメモを自分の机にしまいこんだまま放置してしまった。1カ月近くたってもA氏からの連絡がないため、やむを得ずA氏の上司に当たるK氏に事情を話し、私が電話で取材した以上の情報は朝日新聞が調べ、「日本は経済犯罪が割に合う唯一の先進国であることを検証し、経済犯罪に対する罰則の強化を主張してもらいたい」と申し上げた。翌日K氏から電話があり、A氏が自分の机にしまいこんでいた私のメモをA氏から取り上げ、経済部に渡したという報告を受けた。が、朝日新聞の経済部は日本の軽すぎる経済犯罪への制裁は妥当であると考えているようで、私の情報提供は完全に無視された。ひょっとすると、政府が経済犯罪に対する罰則を強化すると、朝日新聞が困った事態に追い込まれるからかもしれない。
 そういえば、朝日新聞も読売新聞もアメリカの公務員に課せられている極めて厳しい「10ドル規制」について報道したことがないのではないか。この10ドル規制は、公務員が10ドルを超える飲食や金品を受けたら即解雇、という日本では信じがたいルールなのだが、これを明らかにしてしまうと朝日新聞も読売新聞も記者のほとんどをクビにしなければならなくなってしまうことになる。クビになる可能性が少ないのは社会部と文化部の記者だけだからだ。あとは政治部にしろ経済部にしろ、スポーツ部の記者でさえ身に覚えがない記者は一人もいない。企業や公務員の不正行為を厳しく弾劾するのはいいが、まず自らの襟を正してからにしてほしい。

 また話が横道にそれたので本論に戻す。
 とりあえずネズミ講こと無限連鎖講は、純論理的には、人口が有限であっても「無制限に成長する可能性」は否定できないことがご理解いただけたと思う。
 ところが、ネズミ講よりもっと悪質で、「詐欺」と断定しても過言ではない預託金商法が、何の規制も受けず堂々とまかり通っているのである。ゴルフ場やレジャークラブがその主なものだ。
 私の手元に茨城県の某ゴルフ場が平成3年(1991年)10月7日付で発行した会員証がある。この会員証の券面には「預り證」と記され、金壹千参百五拾萬圓という預り金額も明記されている。そして私の氏名がプリントされ、この「預り證」について疑問を挟む余地がない説明が印刷されている。その説明文を転記しよう。
  
  上記の金額を○○ゴルフ倶楽部正會員の預託金としてお預りいたしました。
1. この預託金は無利息とし本證發行から10年間据え置きといたします。
2. 會員資格の譲渡は、當倶楽部會則に基づく手續を要します。

 この表記からも明白なように私は○○ゴルフ倶楽部に1350万円を無利息で10年間は据え置きで預け、その代償として正会員としてプレーする権利を得たことになる。そして据え置き期間の10年が経てば、いつでもこの会員券と引き換えに1350万を返してもらえる権利も約束されている。そこで10年経つのを待って預託金の返還を請求したが、ゴルフ場の経営者は「返還できない」と拒否した。
 考えてみれば当然である。会員から集めた金はすべてだだっ広い土地の購入やヘアウェーとラフに植えた芝生、そして池やバンカー、グリーン、クラブハウス、売店などの施設の建設に使われてしまっており、会員に返す金など残っているわけがないからだ。ということは、ゴルフ場の経営者はもともと返せるはずがない100億円を超える大金を(バブル時代、立地条件にもよるが18ホールのゴルフ場の建設費は100~200億円かかると言われていた)「預託金(預託期間が来ればいつでも会員の求めに応じて預かった金は全額返すという性質の、いわば借金と同義の金)」の名目で集めたのである。
 もちろんゴルフ場を造った経営者に、会員からかなりの額の金を詐取しようという犯意があったわけではない。資産価値があったすべて(土地・株・絵画などの芸術品そしてゴルフの会員権など)はバブル景気の時代(通説では1986年12月~91年2月)には右肩上がりで価格上昇を続けた。だから○○ゴルフ場を造った経営者も、会員権の相場は今後も上がり続けるに違いないと信じていたことは間違いない。つまりこの経営者は会員から預かった「預託金」をよもや返さなければならないような事態が来るとは想像もしていなかったに違いない。現に私がこのゴルフ場の会員権を買った1991年10月は、すでにバブル景気は終わっていたのだが、社会的にはまだバブルの余韻が残っていて、朝日新聞は私が正会員の権利を「特別縁故」で買った数ヶ月後の社説で、このゴルフ場が正会員権を売り切った後で発行した平日会員権(預託金額900万円)が即日完売したことを報じ、朝日新聞の論説委員たちもまだバブル景気が続いていると考えていたのである。バブル景気が実は91年2月には終焉していたことが明らかになったのはずっと後で、だれの目にもバブルの崩壊が明白になったのは93年の半ばごろ以降であった。
 それも無理はなかった。日経平均株価はすでに89年の大納会でピークの38,915円を付けた後、90年初頭から早くも下落を始め、その年10月にはピーク時の半値になった。わずか9カ月で日経平均が半値に下落したことは、少なくとも戦後では初めてのことだった。しかし景気動向指数がピークを記録したのは、株価が半値になった90年10月であり、路線価がピークを迎えたのは何と92年中ごろだった。
 実は90年3月には大蔵省銀行局がいわゆる「総量規制」を全金融機関に通達し、地価の上昇に歯止めをかけようとしたのだが、地価はその後も上昇を続け2年数ヶ月後になってやっと上昇が止まったのである。そうした状況の中でゴルフ場の開発ブームが生じ、○○ゴルフ場も会員権を売り出した途端、あっという間に売り切れるという状況だった。
 実は私は○○ゴルフ場の経営者の友人だった。だから「特別縁故」の会員権も容易に入手できたのだが、このような幸運(と当時は思っていた)は、上場を目前にしたリクルートの未公開株を入手したのと同様の幸運、とだれもが思っていた時代でもあった。
 しかしバブルが崩壊した途端、ゴルフ会員権の資産価値も暴落した。その暴落は今でも続いている。なぜか。
 バブル景気が終焉した後、いわゆる「失われた10年」と呼ばれた大不況が日本経済を襲い、かつては優良企業と目されていた会社も日本型雇用形態として確立してきた「年功序列・終身雇用」という労使間の暗黙の契約を破棄して、なりふり構わぬリストラに走りだした。しかし2001年4月、大方の予想を覆して政権の座に就いた小泉純一郎が「構造改革なくして経済回復なし」を旗印に、いわゆる「小泉改革」を強行、それが功を奏して翌2002年2月から景気が上昇局面に入り、2006年11月には、それまでの最長経済成長記録だったいざなぎ景気(57ヶ月)を超え、昨年末か今年初め(1~3月)あたりにピークに達する景気上昇局面が続いた(内閣府経済社会総合研究所景気統計部による)。その間都心部や都心部に近接した郊外の住宅地にマンション建設ブームが生じ、それにつれて地価が上昇するようになった。また景気動向を一番正直に反映する日経平均もこの間かなり上昇している。なのにゴルフの会員権相場は下がり続けている。何が原因なのか。
 結論から言えば、ゴルフ会員権が資産運用の対象にならなくなったからである。バブルの時代には高額所得者は資産運用の対象として値上がりが期待できるいくつもの会員権を持っていた。株と違って、土地・家屋やゴルフ会員権は維持するだけでお金がかかる。土地・家屋には固定資産税がかかり、ゴルフ会員には年会費を払わなければならない。それでも土地・家屋やゴルフ会員権が値上がりすれば資産運用として十分にペイする。ゴルフ会員権をたくさん持っていた人は、会員権が資産運用の対象になると思っていたから、プレーする予定もない会員権を買ったのである。その不要会員権がどっと市場に出回った結果、会員権の市場価格が暴落したのである。
 バブル時代、ゴルフ場を建設した経営者も、そうした状況を熟知していたはずである。だからことさらに豪奢なクラブハウスを作り、会員権の価値を高めようとしてきた。当然集めた「預託金」を返さなければならないような事態が来るとは考えてもいなかった。つまり、返すつもりもなければ、返したくても絶対に返せないのが「預託金」商法なのである。これは私に言わせれば「未必の故意」に相当する詐欺的行為なのだ。そしてバブル期に新設されたゴルフ場は会員に預託金を返せず、ほとんどが倒産した。その結果大金を失ったのは、痛くも痒くも感じない高額所得者だけでなく、老後のために少しでも資産を増やしたいと退職金をつぎ込んでゴルフ会員権を買った人も少なくなかった。なのに政府は「預託金」商法に被害者保護の立場から厳しい処置を取ろうとしていない。
 改めて繰り返すが、ネズミ講は純論理的に考えれば、たとえ人口が有限でも、会員が何回も参加を繰り返せば無限に成長することは可能である(ただし、あくまで机上の論理である)。
 しかし、ゴルフ場やレジャークラブの預託金は、経営者に最初から返す意思がないのだから(返したくても返せないことは百も承知しているはずである)、「未必の故意」による詐欺行為と断定しても差支えないはずだ。そのような商法を「自由経済だから」と放置するなら、詐欺性が預託金商法よりはるかに少ないネズミ講を禁止する理由がない。
 ここまで書いて着てgooブログのサーバーの許容量1万字の限界にほぼ達しつつある。私のこのブログでの主張の目的は二つあって、その一つ、預託金商法を野放しにしてきた政府の責任を問うことと、その詐欺的預託金商法を支援し、その責任を取ることなく公的支援を受けて史上最大の利益を上げて、のほほんとしている金融機関、中でも三菱東京UFG銀行や三井住友銀行、みずほ銀行などの責任を不問に付すわけにはいかない、という問題提起をしたかったのだが、このブログ記事では無理なので、改めて『詐欺的預託金商法に手を貸した金融機関の罪』という記事タイトルで金融機関がいかに預金者を食い物にしてきたかを告発する。
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朝日が主張する公務員の予算の無駄遣いとは?

2008-08-14 08:22:13 | Weblog
 朝日新聞は8月13日の社説で「消費増税論」について主張した。政府与党が財政再建や少子高齢化に歯止めがかからない状況で膨らんでいく社会保障費を消費税のアップによって確保するための地ならしを始めたことにクレームをつけたのだ。朝日新聞はこう主張した。
   しかし、である。その前にやっておかなければならぬことがある。財政の無  駄や非効率を徹底してなくすことだ。
   最近でも、許せない無駄使いが次々と発覚している。天下りの受け皿になっ  ている特殊法人や独立行政法人による官製談合、あまりにも多い公用車、ミュ  ージカルやマッサージチェアにも使われた道路財源と、きりがない。
 しごくもっともな主張である。「精神分裂集団」とわたしが厳しく批判してきた朝日新聞の論説委員室も、最近は納得できる主張をするようになってきて、私もこのブログの筆をしばらく休止してきた。そうした理由より前回書いた「小林紀興の社会保障制度改革論」の執筆で精根尽き果てたのがブログ中断の本当の理由だが、子の社説を読んでなぜ税金の無駄遣いがなくならないのかという根本的な原因を解明し、その原因を排除するための提案をしてこそ、社説の正論もより説得力が増したのに、と残念に思う。
 実は朝日の論説氏は省庁や地方自治体、さらに公的法人の硬直化している予算制度に問題があることぐらいは知っている。知ってはいるが、政治部や社会部の記者の怠慢で(朝日新聞は部制を廃してグループ制に変えたが社内ですらグループ制がまだ浸透していない状況なので、私も部表示した)、硬直化している予算の使い方の無駄についてはこれまでほとんで報道してこなかった。「多すぎる公用車や職員への限度を超えた福利厚生費」も朝日新聞がスクープしたわけではない。
 この予算の硬直化には実は二つのケースがある。頭の悪い新聞記者は「予算の硬直化」という常識は一応わかったつもりでいても、その言葉を知っているだけで、実態に対する理解はせいぜいのところ年度末(3月31日)が近付くと急に道路を掘り繰り返しだすことぐらいの知識しかもってない。情けないことだ。確かに道路だけでなく年度末が近付くと急に金遣いが荒くなるのは、年度内に予算を消化しないと次年度の予算が削られると思い込んでいる役人どもが必死に金の使い道を「研究」した結果であることは「予算が硬直化」するケースの一つではある。それはそれで税金の無駄遣いを役人どもにさせないためにどういう無駄遣いをしているか、マスコミは総力を挙げて調べ上げ追求すべきではある。
 だがもう一つの「予算の硬直化」にはマスコミは全く気付いていない。知ってはいても批判の対象にはならないと思い込んでいる。社会部の若手記者はいわゆる「察回り」を必ず経験する。その「察回り」で絶対に知るはずの「予算の硬直化がある。たとえばパトカー。警察官だって事故を起こすことはある。その事故でパトカーがかなりの損傷を受け、修理するのに数10万円もの金がかかることもある。民間企業や個人も買って間もない新車なら修理する方を選択するだろう。が、すでにかなりの期間乗ってきた車だったら、それだけの金を払っても修理した方が得か新車に買い替えた方が得か計算し合理的な結論を出す。が、役所にはそうした合理的な判断をすることが許されていない。あらかじめ決められた耐用年数は、故障で直せない場合(車だったら大破して修理不可能な場合)を除き、経済的合理性を無視して使い続けなければならない。
 これまで人類が経験してきた技術革新で、過去のケースでは19世紀の産業革命の時期が最大だったが、今進行しているIT技術の革新スピードは産業革命期をはるかに上回る。そのIT技術を、予算制度に縛られて導入できないため、結果的に税金の無駄遣いをせざるを得なくなっているのが、「硬直化した予算制度」の弊害の二つ目のケースなのだが、そのことを指摘したジャーナリストは一人もいない。不正行為ではないからだ。不正行為を暴くことだけがジャーナリストの義務だと思い込んでいると、役所の無駄遣いはなくならない。そこで私自身の経験から思いついた免許証作成システムのアイデアを、5月に警察庁長官に提案したことがある。このアイデアに対する警察庁からの何らかの対応はまだないが、IT技術を導入すれば間違いなく、免許証作成コストは大幅に削減され、運転免許本部の業務も大幅に合理化できる。もし民間企業が免許証作成業務を請け負っていたら、もうとっくに実現しているはずのアイデアである。警察庁長官にお送りした文書をこのブログで公開する。読者のみなさんもいいアイデアがあったらどしどし提案してほしい。

 2008年5月10日
警察庁 長官殿

先日私が住んでいる市で顔写真やICチップがついた住民基本台帳カードを希望者に発行していることを市政だよりで知り、早速市役所に運転免許証に代わる保険証より確実な本人確認のための証明手段として認められる住民基本台帳カードの申請に行きました。私は今年7月で68歳になりますが、70歳になった日に(私の免許証の有効期限がちょうど切れる日です)免許の更新をしないことに決めています。私はいま毎日のようにフィットネスクラブで汗を流していますが、エアロなどをなさっている方はお分かりですが、インストラクターは毎回新しいステップを考案して指導します。若い人は1~2回やれば新しいステップをすぐ覚えますが、私くらいの年になると最後までインストラクターの動きについていけないことがしばしばあります。私はバーベルエクササイズやプールでの筋トレメニューでは若い人にも負けない体力がありますが、運動神経(反射神経と言ってもいいかもしれません)は確実に年とともに後退していることをいやというほど知らされるのがエアロです。私が70歳になった日に、つまり免許の有効期限が切れる日に運転を止めることに決めた最大の理由です。
 で、70歳を超えてからの本人確認が確実にできる証明手段として、まだ早いかなとも思いましたが住民基本台帳カードを交付してもらうことにしたというわけです。
 正直に申し上げますが、私は独身時代、平気で酒を飲んで運転していました。酒に強く、かなりの量の飲酒をしても酔っ払うことがなかったことが、飲酒運転に対する罪悪感を麻痺させていたのかもしれません。その私が飲酒運転をピタッと止めたのは子どもが生まれたのがきっかけでした。親になったという自覚が、どんなに酒に自信があっても、また万に一つの可能性であっても、飲酒運転で同乗させた子どもを事故に巻き込んだら取り返しがつかないどころか死んでも死に切れないという思いを持ったからです。クルマは「走る凶器だ」という認識を強く持つようになったのもそのときからです。
 
 さて今回この文書をお送りすることにしたのは、私が70歳になったら免許更新しないことをお伝えすることが主目的ではありません。住民基本台帳カードの交付を受けて衝撃を受け、いろいろ調べた結果、国民のための警察になってもらうためのご提案をすべきだと思ったからです。はっきり言えば「警察のための国民」から「国民のための警察」に転換していただくための第一歩になる提案です。
 私が市役所に住民基本台帳カードの申請をした翌々日には「カードができたので市役所に取りに来てください」という書類が郵送されてきました。まず行政の対応の早さにびっくりしました。免許証の更新手続きを所轄の警察署で行った場合、新しい免許証が交付されるのに約1ヶ月かかります(県の運転免許本部まで行って手続きすれば即日交付されます)。何故でしょうか。
 次にびっくりしたのは住民基本台帳カードの料金です。免許証と同様顔写真がプリントされているだけでなくICチップまでついて、なんとたったの500円でした。いくらなんでも500円では作れないだろうと思い、市役所の係員に質問したところ、「1000円以上はかかっているようですが、正確な金額は担当者に聞いてください」と言われ、担当者にお尋ねしました。今は警察もそうだと思うのですが、よほどの機密事項でない限り情報公開制度を利用しなくても面談あるいは電話で問い合わせれば教えてもらえます。市役所の担当者はこう言いました。重要なことですから太字で書きます。
   カードの作成は民間業者に委託しており、発注単価は発注枚数によって多少上下しますが、平均単価は約1300円です。
運転免許証発行の手数料は地域によって異なっているようですが、私が住ん
でいる県の場合5種類に分かれていて、一番安い「優良運転者等」でも2800円、「違反運転者」や「初回運転者」はなんと3800円も取られます。これはおそらく講習のための費用が加算されているからだと思いますが、免許証を紛失して再交付を受ける場合は講習を受けないのに3200円取られます。そうなると警察は「紛失」を交通違反として罰金400円(3200-2800=400)を徴収していることになります。これは純粋に論理的結論です。道路交通法に「紛失」を交通違反とした規定があったら教えたください。なお念のため、所轄の警察署も県の運転免許本部も、さらに県警本部も私の疑問にはお答えになれませんでした。
 さらに免許証の交付手数料が異常に高いことです。警察庁の広報によれば道交法(だったと思いますが)112条に基づいて各都道府県の公安委員会が決めているとのことですが、県公安委員会(県警本部の中にあり、タウンページに載っている県公安委員会の電話番号は県警本部の代表電話番号です)のガードが高く電話での問い合わせはもちろん公安委員会宛にFAXで問い合わせたくても広報県民課でストップされ、公安委員会には絶対に届けてくれません。この文書も、警察庁を管轄している国家公安委員長宛にFAXしたいのですが、それが不可能なため警察庁に郵送することにした次第です。
 さて本題に入りますが、住民基本台帳カードの作成原価(いちおう市当局の民間業者への発注単価を原価としました。念のため申し添えておきますが、市から受注している民間業者はその受注単価でも利益を上げているはずです)がICチップまで付いて1300円なのに運転免許本部がICチップなしの免許証作成費(手数料と称していますが)を2800~3800円もの高額にしている理由について、フェアで論理的なご説明を求めます。(?)112条に基づいてコストを計算したら、そういう金額になるというのでしたら、コスト計算の方式に問題があるのか、運転免許本部の職員が常識を超えた高給を取っているため人件費が免許証作成コストを高騰させているのか、あるいは免許証作成機のリース代を不当に高く取られているのか、論理的な結論としてはこの3つしか、民間業者が作成している住民基本台帳カードの受注単価をはるかに上回る手数料を設定している理由の説明はつかないはずです。
 そしてどのような改善策を講じても運転免許本部で免許証を作成すると、作成手数料を下げることができないという結論に達した場合は、住民基本台帳カードのように民間業者に免許証の作成を委託すべきです。そうすれば更新で新しい免許証の交付に1ヶ月もかかるバカみたいな状況も改善できるし、ICチップなしの免許証ならおそらく1000円程度の手数料で十分作れるはずです。民間業者に委託する場合、個人情報の漏洩が危惧されるとお考えでしたら、東京都も住民基本台帳カードを都民に交付しているはずですから都庁に防止策をどのように講じたかお聞きになってもいいし、金融機関が発行しているキャッシュカードやクレジットカードのほうが運転免許証に記載されている個人情報よりはるかに膨大でかつ重大な機密性が求められる情報が入力されているのですから、わが国最大の金融機関である三菱東京UFJ銀行の担当部門にお尋ねになれば、必ず個人情報の保護についてのノウハウを教えてくれると思いますよ。
 さらにこれは些細なこととおっしゃるかもしれませんが、全国の運転免許証保持者が喜んでくれる改革案を提案させていただきます。
 それは更新あるいは再交付の申請時に義務づけられているプリントされた写真の提出条件を廃止して、全警察署に1000万画素程度の高級デジタル1眼レフカメラを設置し、そのカメラで免許関係の担当職員が申請者の顔を撮影するようにすれば免許制度の現在の不備を一気に解決できる画期的なシステムが構築できます。
① 交通安全協会や自動撮影機で撮影するポラロイド方式の写真に比べ1000万画素数のデジタル画像の情報量(わかりやすく言えば写真の鮮明度)は桁違いに多いこと。
② 免許申請者が負担するコストは自動撮影機(私が住んでいる町の最寄り駅周辺に設置してある)の700円、交通安全協会(警察署敷地内にある)の1000円に比べ、やはり桁違いに安いこと。そのことを証明します。
   まず1000万画素数の1眼レフカメラの価格は個人が量販店で買っても8万円台で買えます。警察庁が全国の警察署に設置する分を入札で一括購入すれば、おそらく7万円以下で買えます。でもいちおう高めの8万円で購入したとしましょう。そのカメラの耐用撮影回数は約4万回です。つまり1回の撮影コストは2円です。でも撮影に失敗することもありますからひとりの申請者を2回撮影したとしてコストを4円とみましょう。後はバッテリーですが、約6000円しますが、寿命は約300回の繰り返し充電で交換しなければなりません。1回の充電で約400回撮影できますから、1万2000回撮影で交換時期となります。これも少なめに見積もって1万回の撮影で交換するとすれば、カメラの耐用期間内に3回買わなければなりません(最初のバッテリーは8万円のカメラについています)。で4万回撮影するのに1万8千円かかりますから、1回の撮影に45銭かかります。一人を2回撮影したとすれば約1円です。つまりカメラおよびバッテリーの償却コストはかなり高めに見積もっても5円で済むことになります。撮影したデジタル画像情報はいったんSDカードに記録されますが、SDカードの寿命は半永久的とされていますからコストに入れる必要はありません。いったんSDカードに記録された画像データはパソコンでCDかDVDに保存すれば、これも半永久的な寿命がありますからコストに入れる必要はありません。
   最後のコスト要因として撮影する警察署員の人件費の計算をします。視力検査をしたり、申請書の記載事項をチェックする程度の能力があれば十分として、その職員の年収は300万円程度みておけば十分と考えました。
   その職員の年間実働時間は22×8×12=1320時間です。(実際の勤務日数は祝日や夏休み、年末年始、10~20日の年次有給休暇を引くと月18~19日ですが、労働基準法が基準にしている数値を採用しました)
   年収300万円の職員の1時間当たりの人件費は2273円、1分では38円になります。これも大目に見て一人の撮影とパソコンでCDかDVDに画像データを保存するのに3分かけたとすると、その人件費は114円ということになります。つまり総コストは119円と劇的に下がります。
③ コストの削減はこれから述べるメリットに比べれば、ほんの些細な効果、と言ってもいいと思います。それは現在構築されている警察のオンラインシステムを再構築しなくても、各警察署で撮影した画像記録データ(もちろんデジタル信号)を警察署のパソコンから免許本部のサーバー(バカみたいな話ですが、免許本部に置かれているコンピュータは8年前のメインフレームです。そのメンテナンスや維持費に費やしている費用2年分以下で、現在使用しているメインフレームより性能も情報処理能力も数倍上のサーバーが買えると思います)に一般公衆回線で伝送すれば即座に新しい免許証が作れます。県には54の警察署があり、4箇所に運転免許証作成機が導入されています。その4箇所では免許更新が即日できるようですが、再交付の場合はすべて免許本部まで手続きに行かなければならないようです。その理由は本人の顔写真は免許本部の台帳にしか保存されていなくて、本人確認が免許本部でないとできないから、だそうです。確かに現在のようなポラロイド式のインスタント写真を免許証の作成に使用していたら、そういう不便を県民に強いざるを得なくなるのは当たり前です。
   しかしすべての警察署に運転免許証作成機を導入するような無駄なコストをかけなくても、免許本部に最新式のサーバー(たぶん100万円以下で買えると思います)を設置し、そのサーバーに各警察署で撮影したデジタル画像データを一般公衆回線(でないと現在の警察オンラインでは無理のようです)で送れば、免許証紛失者がわざわざ免許本部まで足を運ばなくても、地元の警察署で再交付の手続きができるようになるはずです(免許本部の課長のパソコンではインターネットもできないということです。予算の関係でそうなっているようですが、民間だったら考えられないことです)。
   しかもすでに述べたように免許証の作成を民間に委託するようにすれば、住民基本台帳カードのように更新でも再交付でもせいぜい3日もあれば新しい免許証が県民の手に届くようになります。そして免許本部は運転免許試験と免許データの管理だけに徹するようにすれば、凶悪犯罪がますます増えつつある中で、犯罪防止と、犯罪が行われたときの捜査体制の強化に人員を回すことができるようになります。
   免許証発行システムがこのように改善されれば交通安全協会は困るでしょうが、必要がなくなったものは消えてなくなるのが常に歴史の必然です。わずか2.73%の証紙販売マージンだけではやっていけないでしょうから、交通安全協会は解散し、証紙販売は郵便局とコンビニが肩代わりすれば県民に負担はかかりません。


 追伸
念のため申し上げておきますが、私は警察に格別の悪感情を持っているわけではありません。
私は元フリーのジャーナリストで、32冊の本を出しています。私のジャーナリストとしての記録は誰でもインターネットで調べることができます。私がその世界からリタイアを余儀なくされたのは1998年、ちょうど10年前でした。私の本は大半が大手の出版社から上梓されています。私がフリーのジャーナリストになったのは38歳のとき、まったくの偶然でした。その経緯の要点は私のブログ(goo)に書きました。私は誰からも教えられず、どなたのジャーナリスト論も読まず、自分自身の思考を重ねることで、私が何かを主張する場合の方法論を生み出してきました。その方法論とは①一切の組織の縛りや既成の権威から自立した精神を持つこと②あくまでフェアに考えフェアな主張しかしないこと③何かを主張する場合その内容が本当に論理的かどうかを真摯に検証すること、の3つです。ジャーナリストは反権力であるべきだ、と考えている人が多いようですが(最近は昔ほどではなくなってきましたが)、私は「権力に対する批判精神を失ってはいけないが、権力に対して批判する場合も、先に述べた3か条を逸脱してはいけない」と考えています。
日本紳士録にも早い時期から登録されていた私ですが、個人情報の保護のため数年前に登録を辞退しました。実際紳士録で私の住所や電話番号を知り、金融先物業者や商品取引業者、いかがわしい「不動産」業者などからの訪問や電話でしばしば困惑したことが辞退した理由です。
そんな私でしたが、私から仕事の機会を奪ったのは漫画ブームでした。電車に乗ってもいい年をした大人が夢中になって漫画雑誌を読んでいた風景が昨日のように思い出されます。その漫画も今は携帯とゲーム機に存在が脅かされています。サンデーとマガジンという永遠のライバル会社が発行してきた漫画雑誌が、生き残りのため提携しましたが、そんな姑息な方法で生き残れると思ったら社会の動きをまったく理解していないことになります。いま若い人たちが憧れている「お笑い芸人」の時代もいつまで続くか誰も保証できません。
こんなことを書いたのも、交通安全協会の存在意義がもうなくなったことをお認めいただきたかったからです。もし民間が免許証発行業務を請け負っていたら、とっくに交通安全協会は消滅していたのです。警察が道交法違反を取り締まるのは当然の業務ですが、運転免許証の発行業務は警察でなくてもできることです。そういう疑問を私以外誰も持ったことがないから警察がその業務を独占できてきただけです。私の5歳の孫は「なぜ」「なぜ」と疑問を連発します。つい最近も電車に乗っていて「なぜ石がいっぱい置いてあるの?」と私に疑問をぶつけてきました。線路に敷き詰められている石のことです。私はその理由を知っていましたが、敢えて教えず、駅の事務所に連れて行き駅員に「この子が教えてもらいたいことがあるようなので」と言い、孫には「このおじさんに聞いてごらん」と言いました。孫はちょっと戸惑った様子でしたが「あの、なぜ石がいっぱい置いてあるの」と聞きました。駅員は笑みを浮かべながら「電車の振動を押さえるためだよ」と答えたので、私が「電車が揺れないためだって」と「翻訳」しました。駅員は「そう、揺れないようにするためなんだよ」と言い直しました。私が孫を駅の事務所に連れて行ったのは問題を解決する方法を学ばせるためでした。意外な効果があったのは駅員に幼い子どもが理解できる言葉で説明することの大切さをわかってもらえたことでした。
敢えて再び申し上げますが、交通安全協会の歴史的役割はもう終わりました。運転免許証にプリントする顔写真もデジタル処理するほうがはるかに有利です。交通安全協会については国民の90%以上(そう言い切っても間違いではないでしょう)が存在意義に大きな疑問を持っています。つまり私の孫が線路の石に素朴な疑問を持ったのと同様、子どものような純粋で素朴な疑問を国民のほとんどから持たれているのが交通安全協会なのです。「警察のための国民」として国民に君臨し続けるのか「国民のための警察」になって、国民から信頼され頼りにされる警察になるのか、いま警察は大きな分岐点を迎えています。 




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