朝日新聞社の第3者機関「報道と人権委員会」は12日、朝日新聞の5月20日朝刊1面記事についての検証結果を発表した。朝日新聞によると第3者機関は記事について、「報道内容に重大な誤りがあった」「公正で正確な報道姿勢に欠けた」として、朝日新聞が記事を取り消したことを「妥当」と判断したということだ。朝日新聞によると、第3者機関は次の諸点(要点のみ転載)を指摘したという。
①1面記事「所長命令に違反 原発撤退」について、①「所長命令に違反」したと評価できる事実はなく、裏付け取材もなされていない②「撤退」という言葉が通常意味する行動もない。「命令違反」に「撤退」を重ねた見出しは否定的印象を強めている。
②吉田調書には、支持が的確に伝わらなかったことを「伝言ゲーム」に例えたほか、「よく考えれば2F〈福島第二原発)に行った方がはるかに正しいと思った〉という発言もあったが、記事には掲載しなかった。読者に公正で正確な情報を提供する使命にもとる。
第3者機関の指摘はフェアではない。吉田調書によれば、事実はこうである。
吉田 私がまず思ったのは、そのときはまだドライウェル圧力はあったんです。ドライウェル圧力が残っていたから、普通で考えますと、ドライウェル圧力がまだ残っていて、サプチャンがゼロというのは考えられないんです。ただ、最悪、ドライウェルの圧力が全然信用できないとすると、サプチャンの圧力がゼロになっているということは、格納容器が破壊された可能性があるということで、ボンという音が何がしかの破壊をされたのかということで、確認は不十分だったんですが、それを前提に非常事態だと私は判断して、これまた退避命令を出して、運転にかかわる人間と補修(※原文は保修)の主要な人間だけ残して一回退避しろという命令を出した。
吉田 本当は私、2Fに聞けとは言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、、2Fに行ってしまいましたというんで、しようがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰って来てくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです。
吉田 いま、2号機があって、2号機が一番危ないわけでね。放射能というか、
放射線量。免震重要棟はその近くですから、ここから外れて、南側でも北側で
も、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクをしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです。マスク外して。
吉田調書における吉田氏の発言は多少意味不明な部分(主語が不明)もあるが、はっきりしているのは吉田氏が最初に出した退避指示についての吉田氏自身の認識は「第二ではなく第一の近辺で線量の低いところでいったん待機しろ」ということである。「第二に行けとは言っていない」と明言している。これは事故発生直後における吉田氏の認識であり、動かし難い事実である。
次に事故調の聞き取り時において、吉田氏の指示が的確であったかどうかについての吉田氏自身の思いは、調書の「読み方」にもよるが、やや意味不明である。その個所は「よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」をどう解釈するかである。
この発言だけを見ると、「よく考えた」のも「はるかに正しいと思った」のも主語は吉田氏と考えるのが自然だが、2Fに退避した所員の判断を支持しているかのようにも受け取れないこともない。また、その言葉に続いて「いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです。マスクを外して」という発言がある。この部分は吉田氏が後日、自分の指示の過ちを認めた発言とはちょっと取りにくい。第二に退避した所員たちの判断について「こうだったのではないか」と推測しての説明ともとれる。とくに「面を外してあれしたんだと思うんです」というのは、第二に退避した所員の判断に対する推測と考えるのが妥当だろう。
そう考えると、その前文のくだりにある「2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」という部分も、吉田氏の後から評価というより、退避した所員の判断についての吉田氏の推測と考えても、あながち大きな誤りとは言ない。現に吉田氏はこの個所以外に2Fに退避した所員の行動について正当化する発言はいっさいしていない。このわずかな、どうとでも取りうる吉田氏の発言だけを根拠にして「報道内容に重大な誤りがあった」と決めつけることには無理がある。また仮に「吉田調書の読み誤り」であったとしても、社長以下報道局長や編集局長までが責任をとらなければならないような類の問題ではない。
これは第3者機関の重要な指摘だが、吉田調書にある「伝言ゲーム」についての発言を朝日新聞が無視したという問題だ。「伝言ゲーム」はご承知と思うが、何人かが一列になったり輪になったりして隣の人に「伝言」していくうちに最初の話と最後に聞いた人の話が食い違ってしまうという遊びである。このゲームをたとえとして吉田氏が話したということ自体が、自分の指示が正確に所員に伝わらなかったことを意味しており、吉田氏が所員に事故発生直後には第一にとどまるよう指示していたことを意味していると言って差し支えない。ただ吉田氏は調書の中で、なぜ「伝言ゲーム」が生じたのかについては何も話しておらず、聞き手もその点の追及はしていない。吉田氏はその点についてこう述べている。
「運転にかかわる人間と補修の主要な人間だけ残して一回退避しろという命令を出した」が、「2Fに行けとは言っていない…第一の近辺で所内に関わらず、線量の低いところに一回退避して次の指示を待てといったつもり」と。
が、その指示が正確に所員に伝わらず、「伝言した人間は、運転手に、第二に行けという指示を出してしまった」というのが、ちょっと不自然だが、調書の正確な内容だ。私が「ちょっと不自然だが」と書いたのは、吉田氏が所員に待機指示を伝えるような相手なら、第一で相当な立場にある人間のはずで、その人が所員ではなくバスの運転手に「第二に行け」などという伝言ゲームのような間違った指示を出すことが果たしてありうるかということである。調書の聞き取り手は「そうなんですか。そうすると、所長の頭のなかでは、1F周辺の線量の低いところで、たとえば、バスならバスの中で」と吉田氏の「所内待機指示」を正確に理解しているのにだ…。
問題は、吉田氏が本当のことを調書で述べていたとして、事故発生直後の「所内待機命令」がどうして「第二への退避指示」に変わってしまったのかの検証がまったくなされていないことだ。吉田氏が、結果として所長の指示に反して(※第二に退避した所員たちに命令違反の意識があったかどうかは現在も不明)取った退避行動についての「後から評価」は、朝日新聞の記事の間違いを何ら証明していない。だが、緊急事態発生の中で、9割の所員が第二に退避し、吉田氏を含め69人の所員が第一にとどまった(朝日新聞による)理由も、第3者機関は明らかにしていない。そういう事態がなぜ生じたのかの検証こそ必要だったのではないか。
朝日新聞の問題のすり替えは、実は別の部分にある。(続く)
①1面記事「所長命令に違反 原発撤退」について、①「所長命令に違反」したと評価できる事実はなく、裏付け取材もなされていない②「撤退」という言葉が通常意味する行動もない。「命令違反」に「撤退」を重ねた見出しは否定的印象を強めている。
②吉田調書には、支持が的確に伝わらなかったことを「伝言ゲーム」に例えたほか、「よく考えれば2F〈福島第二原発)に行った方がはるかに正しいと思った〉という発言もあったが、記事には掲載しなかった。読者に公正で正確な情報を提供する使命にもとる。
第3者機関の指摘はフェアではない。吉田調書によれば、事実はこうである。
吉田 私がまず思ったのは、そのときはまだドライウェル圧力はあったんです。ドライウェル圧力が残っていたから、普通で考えますと、ドライウェル圧力がまだ残っていて、サプチャンがゼロというのは考えられないんです。ただ、最悪、ドライウェルの圧力が全然信用できないとすると、サプチャンの圧力がゼロになっているということは、格納容器が破壊された可能性があるということで、ボンという音が何がしかの破壊をされたのかということで、確認は不十分だったんですが、それを前提に非常事態だと私は判断して、これまた退避命令を出して、運転にかかわる人間と補修(※原文は保修)の主要な人間だけ残して一回退避しろという命令を出した。
吉田 本当は私、2Fに聞けとは言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、、2Fに行ってしまいましたというんで、しようがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰って来てくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです。
吉田 いま、2号機があって、2号機が一番危ないわけでね。放射能というか、
放射線量。免震重要棟はその近くですから、ここから外れて、南側でも北側で
も、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクをしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです。マスク外して。
吉田調書における吉田氏の発言は多少意味不明な部分(主語が不明)もあるが、はっきりしているのは吉田氏が最初に出した退避指示についての吉田氏自身の認識は「第二ではなく第一の近辺で線量の低いところでいったん待機しろ」ということである。「第二に行けとは言っていない」と明言している。これは事故発生直後における吉田氏の認識であり、動かし難い事実である。
次に事故調の聞き取り時において、吉田氏の指示が的確であったかどうかについての吉田氏自身の思いは、調書の「読み方」にもよるが、やや意味不明である。その個所は「よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」をどう解釈するかである。
この発言だけを見ると、「よく考えた」のも「はるかに正しいと思った」のも主語は吉田氏と考えるのが自然だが、2Fに退避した所員の判断を支持しているかのようにも受け取れないこともない。また、その言葉に続いて「いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです。マスクを外して」という発言がある。この部分は吉田氏が後日、自分の指示の過ちを認めた発言とはちょっと取りにくい。第二に退避した所員たちの判断について「こうだったのではないか」と推測しての説明ともとれる。とくに「面を外してあれしたんだと思うんです」というのは、第二に退避した所員の判断に対する推測と考えるのが妥当だろう。
そう考えると、その前文のくだりにある「2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」という部分も、吉田氏の後から評価というより、退避した所員の判断についての吉田氏の推測と考えても、あながち大きな誤りとは言ない。現に吉田氏はこの個所以外に2Fに退避した所員の行動について正当化する発言はいっさいしていない。このわずかな、どうとでも取りうる吉田氏の発言だけを根拠にして「報道内容に重大な誤りがあった」と決めつけることには無理がある。また仮に「吉田調書の読み誤り」であったとしても、社長以下報道局長や編集局長までが責任をとらなければならないような類の問題ではない。
これは第3者機関の重要な指摘だが、吉田調書にある「伝言ゲーム」についての発言を朝日新聞が無視したという問題だ。「伝言ゲーム」はご承知と思うが、何人かが一列になったり輪になったりして隣の人に「伝言」していくうちに最初の話と最後に聞いた人の話が食い違ってしまうという遊びである。このゲームをたとえとして吉田氏が話したということ自体が、自分の指示が正確に所員に伝わらなかったことを意味しており、吉田氏が所員に事故発生直後には第一にとどまるよう指示していたことを意味していると言って差し支えない。ただ吉田氏は調書の中で、なぜ「伝言ゲーム」が生じたのかについては何も話しておらず、聞き手もその点の追及はしていない。吉田氏はその点についてこう述べている。
「運転にかかわる人間と補修の主要な人間だけ残して一回退避しろという命令を出した」が、「2Fに行けとは言っていない…第一の近辺で所内に関わらず、線量の低いところに一回退避して次の指示を待てといったつもり」と。
が、その指示が正確に所員に伝わらず、「伝言した人間は、運転手に、第二に行けという指示を出してしまった」というのが、ちょっと不自然だが、調書の正確な内容だ。私が「ちょっと不自然だが」と書いたのは、吉田氏が所員に待機指示を伝えるような相手なら、第一で相当な立場にある人間のはずで、その人が所員ではなくバスの運転手に「第二に行け」などという伝言ゲームのような間違った指示を出すことが果たしてありうるかということである。調書の聞き取り手は「そうなんですか。そうすると、所長の頭のなかでは、1F周辺の線量の低いところで、たとえば、バスならバスの中で」と吉田氏の「所内待機指示」を正確に理解しているのにだ…。
問題は、吉田氏が本当のことを調書で述べていたとして、事故発生直後の「所内待機命令」がどうして「第二への退避指示」に変わってしまったのかの検証がまったくなされていないことだ。吉田氏が、結果として所長の指示に反して(※第二に退避した所員たちに命令違反の意識があったかどうかは現在も不明)取った退避行動についての「後から評価」は、朝日新聞の記事の間違いを何ら証明していない。だが、緊急事態発生の中で、9割の所員が第二に退避し、吉田氏を含め69人の所員が第一にとどまった(朝日新聞による)理由も、第3者機関は明らかにしていない。そういう事態がなぜ生じたのかの検証こそ必要だったのではないか。
朝日新聞の問題のすり替えは、実は別の部分にある。(続く)