小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

放送法64条は時代錯誤だ。さいたま地裁でのNHK敗訴は当然だろう。

2016-08-27 01:44:44 | Weblog
 8月7日に投稿したブログ以来、久しぶりの投稿になる。前回投稿したブログはアメリカの原爆投下の真実を論理的に追求したもので、長期間閲覧者が減少しなかったため新たなブログを投稿できなかったためだ。閲覧者はまだ減少傾向に入っていないが、この間、書きたかったことはたくさんあった。時期を見て書こうと思っているが、この間書きたかったことだけ(いずれ時期を見て書くつもり)読者にお知らせしておきたい。
 ① 天皇の生前退位のご意向について、自民党が憲法改正の絶好のチャンスと考えている(?)ことについて。
 ② アベノミクスの失敗の原因の検証と、日本経済回復への提案。
 ③ 北朝鮮の核やミサイル開発の急速な進展は、安倍政権が主張するように本当に日本にとって脅威なのかの検証。
 ④ 民進党はかつて民主党が衆院選挙で戦後初めて300議席以上を獲得しながら、国民の期待を裏切ったことへの反省をどう国民に説明するのか。
 ⑤ 自民党安倍総裁の任期は党則上(1期3年、2期まで)の規定を、いまなぜ党則を無視してまで延期しようとしているのか。

 そうした諸問題は別に緊急を要することでもないと思い、ブログ閲覧者数の動向を見ながら次のブログのテーマを考えていたのだが、昨日NHK受信料を巡ってさいたま地裁で画期的な判決が出たので、急きょブログを書くことにした。
 この裁判は埼玉県の某市議会の市議が提訴したもので、テレビ受信機を持たずにスマホなどワンセグでテレビを見る場合、NHKへの受信料支払いの義務はないという確認を求める提訴だった。この提訴を受けてさいたま地裁は「ワンセグ放送だけでは受信料支払いの義務はない」という判決を下し、NHK側は即日控訴した。
 問題は放送法64条が定めているNHKとの契約義務である。これから私が書くことはさいたま地裁の判決とは必ずしも一致しないことをあらかじめお断りしておく。放送法64条の内容はこうだ。
「協会(日本放送協会すなわちNHKのこと)の放送を受信できる受信設備を設置したものは、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、(NHK)放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であって、テレビジョン放送および多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ)もしくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置したものについては、この限りではない。」
 この放送法64条は昭和25年(1950年)に制定されたものが原型である。
 昭和25年とはどういう時代だったか。戦後5年しかたっていない。庶民の娯楽と言えばラジオくらいしかなかった。そのラジオすら一般庶民には高額商品だった。もちろん民放など存在しなかった。そういう時代にラジオを持つ人に受信契約義務を負わせたのは当然だったと私も思う。実際まだテレビ放送が始まる前のラジオの娯楽放送は紅白歌合戦や素人のど自慢、落語、講談、浪曲、相撲や野球などの中継が主流だった。
 が、時代はその後大きく変わった。日本が経済復興を遂げていく過程で1953年にはNHKがテレビ放送(白黒)を開始し、「もはや戦後ではない」と『経済白書』が高らかに宣言した56年には「三種の神器」(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)が庶民にも手が届くようになった。さらに高度経済成長時代に突入した1960年代半ばには3C(カラーテレビ・クーラー・カー)が庶民にも手が届くようになった。民放も次々に誕生した。
 そうした時代の中で、カラーテレビは一家に1台から、一人1台の時代に入っていった。その流れは大家族時代の崩壊=核家族時代への変化を象徴もしていた。
 そうした時代の変化とともに放送法の矛盾が生じてきた。放送法64条はNHKのテレビを受信することが目的の受信設備を設置したものに受信契約を結ぶことを義務付けている。つまり一人1台の時代になったら家庭あるいは事務所にあるテレビのすべての台数に対してNHKは受信契約を結ぶ権利が生じたはずだ。
 実際私の場合、子供たちが独立するまでの間、テレビはダイニングに1台、リビングに1台(かなり古い時代だったので二つの部屋が別々だった)、私の書斎に1台、子供部屋に1台ずつ(計2台)のテレビがあった。つまり一家に計5台のテレビがあったのである。おそらくまだ子供たちが独立していない家庭では一家に数台のテレビがあると思う。
 私はいま一人暮らしだが、なぜ何台ものテレビがある家庭と同じ受信料を支払わなければならないのか。基本的に公益サービスを受ける場合でも受益者負担が原則である。例えば電車やバスなど公的交通機関の場合、乗車料は一人でも家族全員でも同一料金だというならNHKの論理も通るだろう。
 さらに今のNHKの放送内容はまったく魅力がない(私にとってはだが…)。かつて民放の場合、それぞれ特徴を売り物にしていた。たとえば「報道の○○局」「ドラマの○○局」といった具合だ。そういう意味ではNHKは「ドラマのNHK」と言っても差し支えがないだろう。それが公共放送の在り方なのか。疑問に思う人は少なくないと思う。
 放送法も時代に合わせて変えていくべきだろう。いまのIT技術を使えば、電車などの乗車料と同様、NHKの番組を見た時間に応じて受信料を科すようにすることは簡単だ。そうすれば受益者負担の原則が守れる。何も無理やりNHK職員の仕事と給料を維持するために放送法64条の矛盾を放置しておく必要はない。

 なおさいたま地裁にワンセグ受信の場合、NHKとの契約を結ぶ必要がないと訴えた市議は、埼玉県や千葉県で活動している「NHKから国民を守る党」という政党に属する市議であることを付け加えておく。
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昨日(6日)のNHKスペシャルは面白かったが、なぜか原爆投下の真相には迫れなかった。

2016-08-07 08:22:36 | Weblog
 昨日(6日)のNHKスペシャルはかなり衝撃的だった。広島・長崎への原爆投下を巡って米政権と米軍部が対立していて、米陸軍がトルーマン大統領を騙してまで広島・長崎に原爆を投下した理由をアメリカ陸軍やトルーマンの手記などの公文書を根拠に明らかにした。が、軍や政府の内部資料の調査まで努力を重ねて入手しながら、米軍部が強引に広島・長崎に原爆を投下した理由は、NHKスペシャルでは明らかにしなかった(できなかった?)。
 私は先の大戦における日本の戦争政策を支持するつもりはまったくない。日本は石油資源を求めて中国から東南アジアにまで軍事支配を拡大しようとしていた。日本がアジアの資源支配権を獲得するとアジア諸国を植民地支配していた西欧強国にとっては重大な国益上の問題が生じる。やむを得ず西欧諸国はモンロー主義(孤立主義)を伝統的に守ってきたアメリカに「一緒に日本をけん制してほしい」と頼み込んだ。その時点ではアメリカはヨーロッパ戦線には見向きもしていなかった。あくまで孤立主義を維持するつもりだった。
 第2次世界大戦の始まりは1939年9月1日のドイツ軍によるポーランド侵攻とされているが、ドイツはポーランド侵攻に先立つ8月23日にポーランド分割の秘密条項を含む独ソ不可侵条約を結び、ドイツがポーランドを侵攻した直後の9月3日に英仏がドイツに宣戦布告、一方ソ連は9月17日に東からポーランドに侵攻し、ポーランドは独ソによって分割支配された。
 さらにソ連はドイツが英仏と戦火を交える間隙を縫って、もともと狙っていたバルト3国とフィンランドへの侵攻を始め、40年3月にはフィンランドから領土を割譲させ、バルト3国も支配下に置いた。そして日本もまた9月27日、ベルリンで日独伊3国同盟を締結し、アジア侵攻への足掛かりをつかむ。が、それだけでは安心できないと考え、ソ連とも41年13日にモスクワで日ソ中立条約を締結した。
 これで日本は後顧の憂いを取り除いたと錯覚して対中戦争、英仏オランダなどが植民地化していた東南アジアへの侵攻を加速させていく。
 その後の第2次戦争の経緯をこのブログで書くことはあまり意味がない。ただ当初モンロー主義を貫いてヨーロッパとアジアで燃え広がっていた戦争にアメリカが参戦することにしたのは、フランスがドイツに占領され、イギリスもドイツの空爆で危機的状況に陥り、イギリスのチャーチル首相の懇願によって米ルーズベルト大統領が連合軍の盟主になることを承知したことによる。
 ヒトラーの失敗は、不可侵条約を結んでいた「友軍」のソ連を突如攻撃し始めたことだ。歴史に「もし」はないが、あえて「もしドイツ軍がソ連軍に勝っていたら」という仮定を立てれば、アメリカはこの戦争に参加しなかったかもしれない。
 当時のドイツ軍は精鋭ぞろいで軍事技術も世界で群を抜いていた。イタリアと手を組んでほぼ西欧を席巻したヒトラーは、いつ寝返るかもしれないと危惧を抱いていたのかもしれないが、不可侵条約を締結していたソ連に侵攻を始めた。最初はドイツ軍が優勢だったが、スターリングラードの戦いで「冬将軍」を味方につけたソ連軍の反撃にあって大敗した。
 これで漁夫の利が得られることを確信したアメリカは英仏ソと連合軍を結成して第2次世界大戦に本格介入する。その第1弾がノルマンディ作戦で、一気にドイツ軍を撃破、ヒトラー・ドイツは自滅の道をたどっていく。
 この時期、日本はまだ友好的関係にあったソ連に戦争終結のための仲介を頼んでいれば、みじめな敗戦に陥らなかったかもしれない。ソ連軍はドイツ降伏後の東欧諸国を支配下に置くためヨーロッパ戦線にくぎ付けになっており、日本が餌として樺太を差し出せば話に乗ってきた可能性はあったと思う。
 が、日本軍は目先日本と戦っている米軍の戦力しか考えなかった。あるいはドイツを降伏させた米軍は戦後処理のためヨーロッパ戦線に足止めされるだろうと考えていたのかもしれない。
 が、こうした甘い目論見はすべて外れた。ヨーロッパ戦線で大勝利を収めた米軍は意気揚々と太平洋戦線に加わってきた。さらに最後の頼みの綱であったソ連の仲介による戦争終結の期待も水の泡となった。日ソ中立条約を締結していても、米ルーズベルト大統領から「連合軍の1員として日本に開戦してくれ」と頼まれたら、どっちについた方が得かは子供にでも分かる。

 さて昨日のNHKスペシャルの話に戻る。ルーズベルト大統領が急死したため、急きょ大統領に昇格することになったトルーマンは、原爆開発のことも対日戦争をどうやって終結したらいいかという外交手腕に疎かった。ために原爆開発の責任者だったグローブズのウソと口車に乗せられて広島・長崎への原爆投下を止めることが出来なかった。NHKスペシャルは米政府と軍とのやり取りを初めて公開された資料などを材料に、これまで隠されてきた事実を明らかにした。それはそれでメディアとして「よくやった」と、感服した。
 が、米政府はどうやって戦争を終結させようとしていたのか、一方米軍は最後の地上戦となった沖縄戦で米軍自身も大きな打撃を受けたが、沖縄戦以降米軍は戦略を空襲作戦に転換した。地上戦は犠牲者も大きいから本土攻略作戦は地上戦ではなく、もっぱら空爆に頼ることにしたのである。実際、沖縄戦以降、米軍兵士の犠牲者はほとんど出ていないはずだ。

「戦争を早期に終わらせ、米軍兵士の犠牲者をこれ以上出さないため」

 トルーマンが苦し紛れに原爆投下の正当性をラジオ演説でしゃべったとき、米ジャーナリストは「沖縄戦以降、米軍は地上戦で血を流していない。原爆を投下するまでに原爆投下を正当化できるだけの米軍兵士の犠牲者は何人いたのか」と、誰も疑問に思わなかったようだ。
 これはすでにブログで書いたことだが、原爆投下を正当化した二つの理由のうち一つは間違いない。
 その一つは「戦争を早期に集結するため」という理由である。
 ルーズベルトはポツダム宣言を作成する際、ソ連はまだ日本との中立条約が有効中であることを承知の上で、スターリンに「日本との中立条約を破棄して対日参戦してくれ」と頼んでいる。が、ソ連軍は東欧諸国を支配下に置くためヨーロッパ戦線にくぎ付けになっていた。ソ連は広い。そう簡単に大軍を東の端から西の端に移動することは不可能だ。
 が、奇跡的とも言える速さでソ連軍は主力を東方に移動させた。米軍にとっては予想外のことであり、もし日本に壊滅的打撃を与えずにソ連軍に日本侵攻のチャンスを与えてしまい、日本が共産圏に組み込まれるようなことがあったら取り返しがつかない…と米軍司令部は考えたに違いない。「戦争の早期終結のため」という口実は、そう考えたら納得できる。
 が、もう一つの理由である「米軍兵士の犠牲をこれ以上出さないため」というのは、真っ赤なウソだ。これはNHKスぺシャルでも解説していたが、沖縄戦終結後日本の主要都市の大多数は空襲によって焼け野原になっており、地上戦で米兵と戦うすべを日本軍は持っていなかった。「米軍兵士の犠牲者をこれ以上出さないため」というのは、真っ赤なウソである。
 
 もう一つNHKスペシャルが、あえて取り上げなかったことがある。NHKスペシャルは原爆投下の目的の一つに、原爆の効果を確かめるためという意図があったことは明らかにしたが、それを決定づける事実を番組ではネグった。
 番組ではトルーマンが広島への原爆投下の『効果』を写真で知ったのは投下の2日後の8月8日だったという。なぜ9日の長崎への投下にストップをかけられなかったのか。
 実は広島に投下された原爆はウラン分裂型であり、長崎に投下されたのはプルトニウム分裂型だった。つまり原爆開発の責任者グローブズは二つの原爆開発プロジェクトを走らせていたのだ。そしてどちらの原爆のほうが「費用vs効果」の面で有利かを確かめたかったのだ。これが長崎投下にトルーマンが目を瞑った真相である。
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