小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

選択肢のない都知事選で勝利するカギは知名度と人気度だけしかないのか。

2016-07-24 17:06:51 | Weblog
 東京都知事選が終盤戦に入った。連日メディアは競い合っている3候補の選挙戦の動向を伝えている。3候補は言うまでもなく小池百合子氏(事実上の無所属)、増田寛也氏(自公公認)、鳥越俊太郎氏(野党4党支持)である。
 直接選挙は言うまでもなく民主政治の根幹をなす制度である。が、3候補の主張は政策目的をぶち上げるだけで、その政策を実現するための手段については「これから考える」という無責任極まりない主張だ。
 まだ増田氏は地方自治の経験者だから、いかに政策の実現が困難であるかを知っているはずだが、その困難性を都民に訴えずに、都民受けする政策しか述べていない。
 実は政策には政策目的と、その政策を実現する手段が伴わなければならない。が、3候補とも、有権者受けする政策目的はいろいろ並べ立てているが、その政策を実現する手段については具体策をだれも述べていない。
 都知事選の動向と並べてメディアが大きく報道しているアメリカの大統領選挙とはあまりにも差がありすぎる。私は共和党の大統領候補・トランプ氏の考え方や政策には賛同しかねるが、少なくともトランプ氏はアメリカの国益第一主義を実現するための具体的手段も訴えている。たとえばメキシコとの国境に壁を作る(その費用はメキシコに負担させる)、アメリカにとって不利益になりかねないTPPには反対(アメリカにとって有利な貿易協定しか結ぶべきではない)、アメリカが日本や韓国を防衛する義務を負うなら、その費用はすべて日韓に負担させろ(北朝鮮の核に対抗するためには日本や韓国に核を持たせろ)、といった調子だ。
 私たち日本人からすれば「なんて勝手な言い分だ」と思うが、そのあまりにも短絡で単純な主張に共感するアメリカ人が多いというのも事実だ。日本のメディアは実際の大統領選になれば民主党のヒラリー・クリントン氏のほうが有利だと考えているようだが、アメリカがアメリカ以外の国のために多くの負担を強いられていると思っている人は少なくない。
 現にイギリスの国民投票で、イギリスのEU離脱派が多数を占めた。その結果に多くのイギリス人が自分の投じた一票を後悔していることもすでに知られている。実際、この国民投票の結果を受けて行われた首相選挙では反離脱派のテリーザ・メイ氏が勝利した。が、反離脱派のメイ首相は、なんと新外相に離脱派のリーダーだったポリス・ジョンソン氏を指名し、離脱に向けてEUとの交渉を行うことを表明している。英新内閣最大のサプライズと言われている。
 当初、イギリスの国民投票の結果の直後、EUは「離脱派が新政権を掌握した場合は即日離脱の通告をせよ。反離脱派が新政権についた場合は離脱通告に2週間の余裕を与える」と強硬な姿勢を明らかにしていた。さらに「離脱通告前の一切の交渉には応じない」とまで最後通告を突きつけていた。
 国民投票では離脱派が多数を占めたが、途端にイギリス国内で分裂騒ぎが一気に生じた。国民投票の前には離脱派は「EU加盟によってイギリスの主権が失われた。主権を取り戻すべきだ」とあたかも国民受けするかごときアジテーションを繰り返してきた。
 結果、イギリス国民は国民投票で「EU離脱」を選択した。選択の結果に、一番ショックを受けたのが、肝心のイギリス国民だった。自分たちの選択の間違いに、初めて気づいたのだ。国内ではイギリス(正式には「イギリス連合王国」)で分離独立運動が生じた。スコットランドは再び「イギリスから独立してEUにとどまるべきだ」という世論が爆発した。北アイルランドもイギリスから独立して、イギリスとは別国のEU加盟国アイルランドと合併してEUにとどまろうという運動が始まった。イギリスにとって最もショックだったのはイギリスの首都ロンドンがイギリスから独立して都市国家を創設しEUにとどまるという運動が激化したことだった。日本で言えば、東京都が日本政府の政策についていけないから独立して都市国家を創設しようというような話である。
 イギリスの反離脱派新首相は離脱派のリーダーだった人をなぜEUとの交渉の矢面に立つことになる外相に指名したのか。言っておくが、メイ首相はいぜんとして国民投票の結果を重視して表向きはEU離脱の方針を変えていない。が、メイ首相は年内のEU離脱通告は無理だとも言っている。一方イギリスのEU離脱通告に2週間の余裕を与えたEUは、イギリスの動きを静観している。つまり、イギリスは離脱派のリーダーにEUとの交渉を任せることによって、かえって離脱は不可能という状況を作ろうとしているのではないか、というのが私の論理的結論である。ただ、日本のメディアはそうしたイギリスの状況についての論理的分析力がまったくないようだ。

 アメリカに限らず、またイギリスに限らず、もちろん日本に限らず、このブログで東京都民に問いたい問題がここにある。日本でもつい最近の参院選で自公与党が大勝利した。選挙戦で与党は「道半ばのアベノミクスをさらに前進させて日本経済と社会福祉を確かなものにしたい」としか公約しなかった。選挙が終わった途端、公約では「憲法改正」の「け」の字も言わなかった安倍内閣は、参院選で改正勢力が衆参でともに3分の2を超えたことで、途端に憲法改正問題を国政の最重要課題にしようとしている。しかし安倍内閣のもとで憲法改正が可能になったとしても、憲法9条の変更は不可能だ。この問題はあらためて書くが、公明党が憲法9条の改正は絶対に容認しないからだ。
 憲法9条には確かに問題があることは私も認める。憲法制定の際、9条第2項に「前項(※第1項のこと)の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とある。この第2項の「前項の目的を達するため」という条件設定が何を意味するのかが憲法学者の間で日本再独立後、大きな争点になってきた。この条件設定はいわゆる「芦田修正」と呼ばれており、芦田氏自身はのちに「自衛のための戦力を否定しないことを意味している」と述べているが、では「(自衛のためであっても)国の交戦権は、これを認めない」という規定との整合性をどう説明するのか。できるわけがない。いずれにしても、この問題はこれまでもブログで書いてきたが、臨時国会が始まれば憲法改正問題が紛糾することは間違いないので、その時改めて検証する。
 いずれにしても憲法に限らず法律や政策はつねにプラスの部分とマイナスの部分を持っている。言うなら掌の内側がプラスの要素であれば、裏側には必ずマイナスの要素がある。政治家は本当に民意を受け止めようとするのであれば、こういう政策を行えば、こういうプラスが期待できるが、反面こういうマイナスも伴うということを有権者に誠実に伝えるべきだろう。

 本来国政であろうと都政であろうと、立候補者は政策で争うべきだ。ところが、有力3候補のマニフェストにはほとんど差がない。とくに最大の争点になるべき最大の公約は3人とも「保育所の増設、保育士の待遇改善、待機児童の解消」で横並びだ。これでは有権者は都知事を政策では選びようがない。結局、人気投票になる。そうなると知名度の高い小池氏と鳥越氏が最初から増田氏に差をつけることになる。そのため増田氏はそのハンデを挽回するためどぶ板選挙で名前と顔を都民に売り込むために必死だ。
 しかしだれが当選しようと公約を実現したらどういう結果になるか。メディアも一切検証しようとしない。
 すでに「待機児童ゼロ」をいったん実現した大都市がある。横浜市だ。10年かけて保育所を増設していったん待機児童をゼロにした。その結果横浜市に若い夫婦がどっと流入して再び待機児童が増えた。
 もともと横浜市の「待機児童ゼロ」政策は少子化対策の柱だった。待機児童が減少すれば女性の特殊合計出生率が増えるだろうと期待したのだ。が、結果は逆に出た。女性の社会進出の機会が増え、出生率はかえって下がったのだ。
 隣国の中国でも同様の結果が生じている。中国では増え続ける人口増に歯止めをかけるため長い間「一人っ子」政策をとってきた。が、中国が世界の向上になり、将来の人手不足が懸念されるようになってきた。そのため「一人っ子」政策を注視して、とくに都市部の人口増政策を進めることにした。が、長年「一人っ子」で子育てに力を注ぎ、また女性の社会進出も進んでいた中国でも、政府がいくら笛を吹いても国民は踊らなかった。
 中国は農村部ではまだ大家族状態が残っており、日本ほど農業の機械化が進んでいないこともあって、農作業は一家総出で行っているようだ。だが、都市部では知的職業の人材が不足がちになっており、核家族化も進んでいるため女性の価値観も昔とは大きく変わってきている。つまり日本と同様の現象が生じているのである。
 少子化に悩んでいるのは先進国に共通した問題である。先進国で唯一少子化に陥っていないとされるフランスだが、フランスはアメリカと同様多民族国家であり、フランスでも白人層はおそらく(と言うのはメディアが報道しないので)少子化が進んでいるのではないかと思う。
 私は待機児童対策に必ずしも反対はしないが、保育所を増設して保育士の待遇を改善すれば、女性の社会進出はますます増え、特殊合計出生率はかえって減少し、少子高齢化社会はさらに進行するだろうということだけは間違いない。そうなる結果を明確にしないで、ただ「待機児童対策に全力を注ぎます」ではあまりにも無責任ではないだろうか。
 さらに、日本は世界一バカな政策を行った。東京にオリンピックを招致したことだ。確かに一時的にはオリンピック効果は生じる。外国人がどっと東京に押し寄せるだろうし、そのために都心の生活インフラもさらに充実する。そうなれば、東京はますます住みやすい街になり、若い人たちにとって魅力のある街になる。当然一極集中がさらに進む。地方には高齢者だけが取り残されるという状態になることは必至だ。
 そういうマイナス面を都民に訴えた上で待機児童対策やオリンピック対策を考えている候補者は残念ながら一人もいない。先の参院選と言い、またもや選択肢のない都知事選になることだけは疑いを容れない。
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参院選で大勝した自民の憲法改正への強い意欲に、惨敗した民進党はどう立ち向かうのか。

2016-07-16 05:45:55 | Weblog
 先の参院選以降、憲法改正問題が急浮上してきた。この参院選の争点は与野党で完全にすれ違っていた。与党(自公)は「道半ばのアベノミクスを前進させること」を公約として掲げていた。一方野党は「参院選で勝利して安保法制を葬ること」を公約に掲げていた。
 なぜ憲法問題がいっさい争点にならなかった選挙で与党が大勝したのか。
 はっきり言えば、共産党の「安保法制打倒」で野党4党が選挙協力しようというバカげた提案に、漁夫の利を求めて民進党が相乗りしたからだ。確かに、1人区32選挙区で共産党の支援を得て民進党は大躍進した。が、複数区や比例区では民進党は大惨敗した。ま、比例区での選挙協力は不可能だから仕方がないとしても、少なくとも1人区だけでなく複数区でも選挙協力して立候補者を絞って与党と競争すべきだと私は言っていた(ただし、このことはブログでは書いていない。民進党参議院議員の常任幹事にそうアドバイスして、その人はそうなるのではないかと楽観的な考えを述べていた。で、私は複数区でも選挙協力するのだろうと思い、あえてブログでは書かなかった)。
 が、野党は複数区では選挙協力をせず乱立状態で選挙戦に突入した。ただでさえ優勢な与党の自・公が複数区でも選挙協力をしているのに、政策合意も何もできていない烏合の衆の野党が、「安保法制打倒」だけを旗印にして選挙に勝てると思っていたのが甘かった。
 日本人は「のど元過ぎれば熱さ忘れる」という、世界人類の中で稀有な習性を持った民族である。それがいいか悪いかは別にして、日本民族の習性だから仕方あるまい。だが、安保法制は国会を通過した時点で、もはや日本人にとって重大な政治課題ではなくなっていた。私は先に述べた民進党参議院議員の常任幹部に選挙が始まる前から「安保法制は選挙の争点にならないよ」とアドバイスしてきたが、彼はいわば身内の論理にのめり込んでいた。「安保法制で勝利して、衆院を解散させる」の一点張りだった。
 仮に安保法制を争点にすることが出来て、野党が参院選で勝利したとしても、与党は絶対に衆院を解散しない。与党は衆院では3分の2を超えており、野党が参院選でよほどの大差をつけて勝たない限り、世論も衆院解散を要求したりはしないことは分かりきった話だ。まして参院選挙で不利な状態になった与党が自ら国民の信を改めて問う衆院解散などに踏み切るわけがない。

 そのことはともかく、与党は「憲法改正」の「け」の字も出さずに「道半ばのアベノミクスをさらに前進させる」という1点に選挙の争点を絞った。民進党は1人区では共産党の全面的支援を得て2議席から11議席へと飛躍的に議席を増やすことが出来た。が、民進党が議席を増やせたのは共産党の全面的支援を得た1人区だけで、複数区・比例区では在惨敗した。挙句、自・公与党だけでなく、大阪維新の会(「日本維新の会」に改称する予定)など憲法改正派が参院でも3分の2以上を占める結果になった。
 選挙の結果が出た途端、安倍総理は選挙中ひと言も口に出さなかった「憲法改正」についてあからさまに主張するようになった。「自民党の改正草案をベースに憲法改正に取り組みたい」と。「憲法改正は自民党結成以来の党是である。ようやく憲法改正の条件が整った以上、憲法改正に取り組むのは当然だ」と。
 日本人は「のど元過ぎれば熱さ忘れる」という日本民族の習性について書いた。実際安保法制が閣議決定され国会を通過する前後は国会周辺は反対のデモで取り巻かれた。いまどうか。その当時の安保法制反対の熱気は日本のどこにも見られない。
 それだけではない。むしろ野党には逆風が吹きまくっている。アメリカでは共和党大統領候補に民族主義者のトランプ氏が決まり、イギリスでは国民投票でEU離脱派が多数を占めた。中国は南シナ海への海洋進出を進め、北朝鮮はどうやっても勝てっこないアメリカへの挑発行動をやめようとしない。
 そうした事態の中で日本の野党は、日本の国づくりをどう進めていくのか。「反対、反対」では国民の理解は得られない。
 私自身は安倍内閣の下での憲法改正には絶対反対だが、しかし「9条を守れ」だけでは日本が世界、とりわけアジア・環太平洋の平和と安全に責任を持った寄与ができないことも周知の事実だ。日本の国づくりがいま問われている。
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東京都知事選――最有力馬に躍り出た鳥越氏は何もわかっていないのではないか?

2016-07-14 05:41:05 | Weblog
 すったもんだの挙句、都知事選から共産党系の宇都宮氏が立候補を断念し、野党4党統一候補としてジャーナリストの鳥越氏が急きょ立候補することになった。一方自民もすったもんだの挙句すでに立候補を表明していた小池氏をソデにして、元岩手県知事・総務相の増田氏を公認候補にした。与党も野党も、都知事という立場や職責をどう考えているのだろうか、これが民主主義の在り方と思っていたらとんでもない勘違いだ。
 いま13日の深夜。宇都宮氏が下りた異常野党は一本化し、鳥越氏が極めて有利になった。当然自民も候補を一本化しないと与党票が増田・小池の両氏に分かれて不利な戦いになることが考えられる。しかも小池氏は自民党員として、後任が得られなくても出馬する意向を変えていない。女性は頑固だといえば、確かにそういう傾向はあるが、今回の場合私はあくまで小池氏に初心を貫いてほしいと思っている。
 昨日午後2時から宇都宮氏を含めて4候補者の公開討論が行われた。これは好き嫌いを別にして都知事選に立候補する4人の志を聞いていて、一番みっともなかったのは鳥越氏だった。鳥越氏は参院選の結果を見て、安倍政権の独裁政治にストップをかけなければならないと思って急きょ都知事選に立候補することにしたようだ。ただ立候補に際して野党4党の統一候補を条件にしていた。
 鳥越氏が参院選で改憲派(与党プラス改憲容認グループ)が参院でも3分の2を超えたことで危機感を抱いたことが都知事選立候補の理由だという。が、東京都に憲法を改正する権利もなければ、阻止する権限もない。もともと今回の参院選では与党の圧勝が予想されていた。国政に参加したいのであれば参院選に出馬して改憲阻止を訴えればよかった。それだけの事だ。
 実際都知事選への出馬を表明した時点で、鳥越氏は都が抱えている問題を何一つわかっていなかった。都政は国の在り方(外交関係を除く)を根底から変える要素を持っている。
 私はもともと東京オリンピック・パラリンピックの開催に疑問を持っていた。1964年の東京オリンピックやその後の大阪万博は間違いなく日本の戦後復興の象徴であったし、この二つのイベントの開催成功で日本は高度経済成長への足掛かりを築いた。東京と大阪という日本の東西2大都市のインフラ整備によって、日本経済は飛躍的に回復への道を突き進んだ。
 その当時と今では東京が日本経済の起爆力になりうるか、という疑問がどうしても私のバカな頭から離れない。
 いま東京が抱える問題は数えきれないくらいある。
 まず一極集中をどうするか。安倍総理は地方の活性化を成長戦略の根幹に据えている。わざわざ地方創成省を作り、ライバルの石破氏を大臣に据えたくらいだ。石破氏に地方創成の音頭をとらせておいて、一方では東京一極集中の計画を進めている。こういうのを「政治的詐欺」と私は言いたい。
 鳥越氏が都知事を目指すのであれば、まず東京一極集中のオリンピックの見直しから始めるべきではないのか。東京はもともと日本で一番裕福な自治体だ。これ以上カネを稼ぐ必要があるのか。
 鳥越氏は出馬記者会見で「東京都の(特殊合計)出生率は1・4だ。もっと上げなければならない」と発言し、急きょスタッフから間違いを指摘されて「東京の出生率は1.1で日本最低だ」と訂正した。お粗末を通り過ぎている。彼はジャーナリストであり、テレビの報道番組のキャスターもしていた。東京が抱えている問題は、テレビ局のスタッフが鳥越氏に伝えているはずだ。にもかかわらず東京に限らず日本全体が抱えている少子高齢化問題についてこんなお粗末な発言をすること自体、都知事に出馬する資格を問われても仕方がないだろう。
 細かいことは多少間違えても仕方がないと思う。鳥越氏は都政についての専門ジャーナリストではないから、「ご愛嬌」ですむ範囲なら会見を見ていてもほほえましく思えないでもない。が、都政が抱えている大きな問題について「これから勉強します」で、果たして都知事の資格があると思っているのか。「参院選で野党が負けたから危機感を持った」――都知事になったら安倍政権を打倒できるとでも思っていたのだろうか。
 みっともなかったのは会見に出席したマスコミの記者もそうだ。「都知事として何ができるのか、都知事になったら国政を変えられると思っているのか」という厳しい質問が誰からも出なかったことだ。さらに、私だったら「あなたは都知事になる資格がない。都が抱えている大きな問題はこれから勉強する、という理由が通るなら、たとえば東大の入試を受ける際に、東大に入学してから東大で勉強すべきことを勉強する、と言っているに等しい」と批判する。
 もちろん都知事選の結果はふたを開けるまでわからない。ひょっとして野党4党の統一候補になった鳥越氏が都知事になる可能性は否定しない。ましてや与党が小池氏と増田氏との分裂選挙になり、共産党が推薦していた宇都宮氏が立候補断念した以上、鳥越氏が最も有利な立場になる可能性は否定できない。結果、都が抱えている問題を何も知らない鳥越氏が都知事になったら、都庁官僚や都議会の言いなりになることはほぼ間違いない。だって、自分の都政に対する信念がない人が都知事になるのだから、そうなるのは当然の帰結と言えよう。
 はっきり言えば、私も含めてジャーナリストはアウトサイダーだ。アウトサイダーだから好き勝手なことが言える。結果責任は取らない。というより、ジャーナリストは書いたり喋ったりするだけで、国や地方の政策を決定する権限は一切ないからだ。
 ジャーナリストは責任を伴わないから、ある意味では極めて理想主義的主張を述べることが出来る。たとえば先の述べた東京の特殊合計出生率に関して言えば、ジャーナリストはしばしば「保育所を増設して待機児童を解消せよ」と主張する。その結果についてジャーナリストは一切責任を持たない。
 保育所を象絶して待機児童を0にするという壮大な実験をした自治体がある。日本第3の都市・横浜だ。いったん待機児童ゼロを実現したが、横浜市への若夫婦の流入が激増し保育所が足りなくなった。
 横浜市はまた保育所の造絶をしたが流入人口のほうが多く、いまはお手上げ状態だ。政治というものはそういうものだ。水は「高きより低きに流れる」の格言がそういう現象の心理をついている。
 少子高齢化と核家族化が進行するにつれ、人は生活と仕事の利便性が高いところに移り住む。かつて大家族時代だった時代は、子供の面倒は祖父や祖母が見てくれた。私自身もそういう大家族世帯で育った。が、核家族時代になると子供の面倒は父母が見なければならない。私の世代はまだ高度経済成長時代だったから、すでに核家族化は進んでいたが、女性は結婚すれば家庭に入り子育てに専念するのが通常だった。
 が、高度経済成長時代が終焉し、夫の収入だけでは家族を養えない時代になった。それだけではなく、女性の高学歴化が急速に進み、女性の生きがいは家庭を守る・子育てをする、というだけでは満足できなくなってきた。法律もそうした女性の生きがいをバックアップした。男女雇用均等法が成立し、女性の働き甲斐は大きく広がった。
 総務省はまだ調査をしていないが、女性の特殊合計出生率を女性の学歴別に調べれば、おそらく高学歴女性の特殊合計出生率は低学歴女性のそれに比して相当の格差があるはずだ。もちろん私は女性の高学歴化を否定しているわけではない。ただ、そうした女性の社会進出を社会がどうバックアップしていくかの発想を官僚が持ち合わせていないだけだ。
 先に述べた横浜市のケースでいえば、待機児童0を目指した政策は少子高齢化に歯止めをかけることが目的だった。つまり待機児童0にすれば特殊合計出生率が向上するだろうと考えたのだ。これが官僚の、官僚たる発想だった。
 が、結果的には横浜市の特殊合計出生率は、かえって低下した。出産後の女性の働く機会がかえって増加したからだ。女性の働く機会が増加すれば、当然ながら子供を産む機会は減る。
 これは残念ながら世界共通の現象で、女性の高学歴化が進んでいる先進国では頭を抱えている問題だ。こうした問題にどう取り組むかが、今回の都知事選で問われているのだが、どの候補も「保育所を増設して待機児童を減らす」としか言わない。保育所を増やして待機児童を減らせば、女性の特殊合計出生率はますます減るということが分かっていないほどのバカばっかりなのか、分かっていても対策が考えられないから女性の票集めのために砂上の楼閣的計画を述べているだけなのか。
 私は東京都民ではないが、政治家はいつまで「こういう政策を行えば、こういうメリットもあるが、半面こういうデメリットも生じうる」となぜ本当のことを有権者に言わないのか。どんな政策でもメリットもあればデメリットもある。両方を有権者に伝えて有権者に選ばせるのが本当の民主主義だと思うのだが…。
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石田純一はなぜ都知事選から降りた。 「不倫は文化」で「戦争は文化ではない」という彼の思考法では勝てるわけがない。

2016-07-12 01:29:38 | Weblog
 俳優の石田純一氏が都知事立候補を断念した。
 立候補するのも辞めるのも、誰かに強制されたのでなければ自由である。石田氏は立候補の条件として、「野党4党の統一候補になれれば」と虫のいい条件を付けた。もっともその条件は立候補する意思があると述べたときに最初からつけた条件ではなかった。途中から「後出しジャンケン」でつけた条件だった。
 石田氏より、最初から泡沫立候補した人もたくさんいたから、石田氏が「後出しジャンケン」で立候補し、石田氏が後出しで出したジャンケンの後いろいろなジャンケンが飛び出して、結局最後の「後出し」にならなかったため立候補しても勝ち目がないと判断したのだろう。賢明な判断だったと言えなくもない。
 が、ちょっと引っかかることがあった。石田氏は1年ほど前国会周辺を取り囲んだ安保法制反対のデモに参加して、演説カーの壇上でこう叫んだ。
「戦争は文化ではない」と。
 彼が前夫人と婚姻中に不倫が発覚してマスコミから追及されたとき「不倫は文化だ」とうそぶいた。タレントの居直り発言としては歴史に残る「迷言」だったが、「不倫は文化」と居直った石田氏にはマスコミから猛烈な反発が生じた。が、石田氏はこの発言についてこう弁明した。「人に感動を与える小説や映画などの文化のテーマの多くは不倫だ。別に不倫がいいと言っているわけではない」。
 石田氏のこの言い訳と安保法制反対のときに叫んだ「戦争は文化ではない」を対比してみよう。
 実は人に与える小説や映画などの文化のテーマは、不倫と戦争の悲劇とどちらが多いか。不倫小説で世界的に有名なのは「チャタレー夫人」だが、小説や映画の世界で人類に大きな衝撃を与えてきたのは不倫よりはるかに悲惨な戦争の実態を描いた作品だ。
「不倫は文化だが、戦争は文化ではない」とはどういう価値観を分岐点にしているのか。アホはアホでしかない、という歴然たる証拠だ。
 第一、石田氏は「野党4党の統一候補」を途中から都知事選立候補の条件に付けたが、参院選で野党4党が32の1人区で統一候補を立て、統一の条件として「安保法制の廃絶」を掲げたことから、安保法制の運動に参加したことで都知事選の統一候補になる資格が生じたと思ったようだ。
 が、バカも休み休み言え。都知事選で安保法制が争点になるわけがないではないか。安保法制は国の政策であり、安保法制を廃絶したかったら参院選に立候補すべきだった。仮に石田氏が都知事になれたとしても、都議会決議で安保法制を廃止することが出来るとでも思っていたのか。今年から選挙権を得た18歳以上の若者でも、そんな荒唐無稽なことは考えもしない。
 都知事選はまだ立候補者も決まっていない状況で、石田氏が「何が何でも安保法制を潰したい」という気持ちは私も分からないではない。かく言う私自身がこれまでブログで何回も(おそらく10回以上)安保法制に反対の意見を述べてきた。
 が、安保法制は都議会で採決・成立した法案ではない。都は、都として抱えている大きな問題が山積みしている。オリンピックを誘致したため、都のインフラ整備に膨大なカネがかかる。自公内閣は都心への一極集中を避けべきと地方創成を掲げながら、実際には東京都への一極集中を促進する政策を行っている。今次参院選で大勝した安倍内閣は「アベノミクスの成果の地方への波及」を主張し始めたが、一方で東京集中の政策を行いながら、どうやって地方の再生をやるのか。
 石田氏が都知事に立候補したことにケチをつけるつもりはない。が東京が抱えている問題は安保法制ではない。東京都への一極集中によって生み出される地方との格差。高齢者や若者たちが生活の利便性を求めて東京に一極集中したことで生じる老人介護や子育て問題の負担をどうやって解決するのか。また現役世代が東京に一極集中することによって、ますます生じる正規・不正規労働者の格差問題。かつて安倍内閣が格差問題を解決しようとして出来なかった「成果主義賃金制度」と名前だけ変えた「同一労働・同一賃金」――年功序列賃金体制を温存したままで格差是正が可能なのか。
 少なくとも野党統一候補として石田純一氏が都知事を目指すなら、安保法制よりアベノミクスが生んだ都市と地方の格差、正規・不正規労働者の格差の解消、高齢者福祉と子育て支援という二兎を追うごとき政策の矛盾をどうやって解決するかを訴えていれば、都民は石田氏の知名度ではなく、彼の都政に対する真摯な思いを受け止めていただろう。そうすれば、石田氏が自ら野党4党に支援を依頼しなくても、石田氏を支援しない野党は都民から見捨てられるという危機感から、黙っていても野党の統一候補になれていただろう。単純な「熱い思い」だけで都政を変えられるものではない。
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明日の参院選挙の争点は「憲法改正」ではない。

2016-07-09 02:48:10 | Weblog
 いよいよ明日参議院選挙が行われる。18歳以上の未成人にも初めて選挙権が与えられる国政選挙だ。未成人に限らず、今回の参議院選挙には困惑しているだろう。
 孫居、とりわけ国政選挙ともなれば与野党が真っ向から政策を巡って有権者の信を問う争点がなければならない。争点があってこそ、有権者には選択肢が与えられる。
 公示前、安倍総理は「憲法改正は自民党結成来の悲願であり、党是である」と憲法改正への意欲をみなぎらせていた。が、公示後の選挙活動の演説で安倍総理から「憲法改正」の「け」の字も引っ込めてしまった。たとえ自公与党が今回の参議院議員選挙で自公両党が憲法改正の発議に必要な衆参両議院の3分の2を獲得したとしても、公明が自民党の憲法改正草案に賛成しないことがはっきりしているからだ。自民が自公の憲法改正草案を両院で可決するためには、公明が反対に回っても自民だけで両院の3分の2以上を占めなければならない。公明は人権重視など憲法改正の要件を「加権」に絞っている。憲法9条の改正を自民が強行しようとすれば自公連立はたちまち崩壊する。
 さらに安倍総理が誕生してから国民の憲法改正に対する拒否反応が急激に高まった。安倍内閣が安保法制を強行するまでは、国民の過半数は憲法改正に理解を示していた。世界の一流国として世界、とりわけアジア太平洋の平和と安全に日本もそれなりの責任を持つべきだと、国際社会の一員としての責任感を国民も持つようになっていたからだ。各メディアの世論調査の大半の過半数が憲法改正を支持するようになったのは安倍内閣が誕生する直前だった。
 が、安倍総理は「アベノミクスの信を問う」ことを争点にして衆議院を解散し大勝し、第3次安倍内閣を成立させた。このときの総選挙で安倍内閣は選挙の争点として「安保法制改正」の「あ」の字も言わなかった。ただひたすら経済政策として「アベノミクス」を訴えただけだった。
 同様に明日の参議院選挙においても安倍内閣は「アベノミクスは、まだ道半ばだが、アベノミクスを前進させなければならない。後退は許されない」と、ふた選挙の争点を経済政策に絞ろうとしている。
 一方野党は「憲法改正は許さない」の1点を選挙の争点にしている。いまの自公与党の関係から、どう考えてもどんなに自民党が大勝しても憲法9条は改正できない。つまり憲法改正は参院選の争点に絶対なりえないのだ。
 もともと野党は選挙協力を行うに際し、「安保法制を葬る」ことを選挙協力のキーワードにしていたはずだ。肝心の「安保法制を葬る」という野党協力の合意事項は、肝心の選挙の争点から消えてしまった。いま野党連合の「選挙協力」の合意点は「憲法改正阻止」にいつの間にかすり替わってしまった。その理由は簡単だ。あらゆるメディアの世論調査の結果で与党が3分の2を超える勢いを示しているという結果が出ているからだ。
 自公与党が世論調査の結果道理、仮に3分の2を超えたとしても、先に述べた理由で自民は結束以来の党是である「憲法改正」とりわけ「9条改正」は不可能である。民心を初めてとする「憲法改正阻止」の主張は、あたかも自公与党が衆参両院で3分の2を占めれば「9条を改正して日本が戦争をできる国にする」という荒唐無稽の空論を前提にしている。
 選挙というものは、そこまで国民をだまさないと支持が得られないのか。私は唖然とするばかりだ。

 言っておくが、私は憲法改正に賛成しているわけではない。GDP世界3位で、国際とりわけアジア・太平洋の平和と安全に貢献すべき地位にある日本が、どうやってそういう国際的義務を果たすべきかは国民全体で議論に議論を尽くして世界から信頼され頼られる国になるべきかを与野党関係なく真摯に考えるべきだと考えている。「世界の警察官」としての役割を放棄したアメリカのケツにくっ付いてアメリカの世界戦略のバックアップをすることが、世界から信頼され頼られる国になることではないことだけははっきり言っておく。
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錦織選手がウィンブルドンを途中棄権した理由――彼は本当に世界ランク6位の実力があるのか?

2016-07-05 02:19:37 | Weblog
 錦織圭選手が、世界テニス界で最高とされているウィンブルドン選手権の4回戦の第2セットで棄権した。相手は因縁のチリッチ選手だった。
 もちろん私も日本人だから、残念、という気持ちはある。が、そういう日本人としての感情とは別に、錦織選手の実力から考えて当然の結果とも思う。
 錦織選手が一躍日本のテニス界のヒーローになったのは、2年前の全米オープンで準優勝したことによる。全米は全仏、全豪、全英(ウィンブルドン)と並ぶテニス界のメジャー大会である。この大会前の錦織選手の世界ランクは11位だった。が、錦織選手が決勝戦に進出した時点で世界ランクは8位にアップしていた。決勝戦の相手はミロシュ・チリッチ選手(カナダ)である。彼も決勝戦に進出した時点で世界ランクは15位から11位に躍進していた。
 実は二人とも決勝戦に進出するまでつねに格上の選手と戦い、勝ってきた。錦織選手の決勝までの戦いについて、私は14年9月9日に投稿したブログの末尾にこう書いた。

 これまでの試合はすべて格上の選手との戦いだった。世界ランク6位、4位、そして最後は1位(ノバク・ジェコビッチ選手)を撃破して決勝戦に進出した。ある意味では「攻め」の試合ができる相手だった。
 が、決勝で当たるチリッチ選手は錦織選手にとっては初めての格下選手だ。「負けられない」という気持ちが前面に出てしまうと「攻め」の試合ができず、「守り」の試合になってしまう可能性もある。格下というだけでなく、対戦成績も5勝2敗で、3連勝中ということも、プレッシャーがかからない試合だと有利に働く条件だが、グランドスラムという大きな大会の決勝戦ではかえって不利な条件になりかねない。戦前の二人のインタビューの映像を見ていても、チリッチ選手のほうに余裕すら感じた。悪い予感が当たらなければいいのだが…。

 決勝戦が始まる前に書いて投稿したブログだが、結果的には私の悪い予感が当たってしまった。実はこのブログで私はこうも書いていた。
「錦織選手の最大の敵は自分自身だ。プレッシャーをどう撥ね付けるかに勝敗の行方はかかっている」
 全米オープンで優勝したチリッチ選手はさらに世界ランクを上げたが、錦織選手はランクを一つ落とした。が、今回のウィンブルドンに出場した錦織選手の世界ランクは6位である。4回戦で棄権したことがランクにどう反映するかは、現段階では分からない。が、少なくともアップすることは考えられない。
 錦織選手が途中棄権したのはなぜなのだろうか。もともと試合前から故障を抱えていたという話も棄権後にテレビニュースで流れた。故障していたのなら、なぜ無理をして出場したのだろうか。故障を抱えていても勝てるチャンスがあると思っていたのだろうか。だとしたら、自惚れも甚だしい。
 そもそもテニスの世界ランクがどうやって決められているのか私には分からないが、たぶんゴルフの世界ランクと同じ方法ではないかと思う。
 ゴルフの場合、アメリカの試合であろうと日本の試合であろうと、その国の公式試合で獲得した賞金額の多寡で決まる。また世界ランクとは別に各国の公式試合での獲得賞金で、それぞれの国の賞金王(賞金女王)が決められる。テニスの場合、各国での賞金王(賞金女王)にだれがなったという話を聞いたことがないので、国内での賞金ランクはないのだと思う。
 その理由の最たるものは、ゴルフの場合、シーズン中はほぼ毎週公式試合が行われるが、テニスは公式試合を毎週行うことが不可能だからだと思う。テニスの公式試合を毎週行うためには、コートが何面必要かを考えただけでも不可能だということが分かる。さらに1試合(1日)の運動量もゴルフとテニスではまるで比較にならない。
 他のスポーツで考えてみよう。たとえば相撲は1試合にどれだけ時間がかかるか。もしテニスのような勝敗の決め方をしていたら、15日間ぶっ通しで本場所をやれるわけがない。
 野球はどうか。野手は1週間に6試合やっても運動量はそれほどでもないから、怪我でもしなければ毎日試合に出る事は出来る。が、投手は野手と運動量がけた違いに違うから先発投手は1週間に1回というペースが通常である(アメリカでは先発投手4人でローテーションを組んでいるというから、日本人より体力がよほど強靭なのだと思う)。
 
 こんなことを書いたのは、錦織選手の場合、世界ランクを維持するため無理をし過ぎているのではないかと、常々感じていたからである。今年錦織選手が公式試合で勝ったのは、たぶん1回だけだったと思う。その1回の大会の名前も分からない。NHKが7時のニュースでその大会で錦織選手が4連覇したことを大々的に報道したが、どの国で行われたどういう名前の大会かは明らかにしなかった。私はNHKの「ふれあいセンター」の電話をして、その疑問を伝えた。名前がつかない公式試合などありえない。これは野球でいえばウェスタンリーグやイースタンリーグクラスの二流試合なのではないか、と。NHKは9時のニュースでは「一流選手は出場していませんでしたが」と試合の格付けをしたうえで、錦織選手の4連覇をたたえた。
 私がこのブログで言いたかったのは、別に錦織選手にケチをつけることが目的ではない。世界ランクを維持することを第1目標にして、勝てる可能性が高い試合なら賞金がどんなに少なくても公式試合であれば出場するという考え方を持ち続ける限り、メジャーな試合に万全な体制で臨むことは不可能だということを言いたかっただけだ。
 現にジェコビッチ選手が試合に出場する回数はおそらく世界で一番少ないのではないかと思う。メジャー大会など、賞金が莫大な試合に万全な体制で出場するため、練習も含め故障をしないことを最優先しているはずだ。
 ゴルフも同様で、一流選手はテニスほどの体力の消耗がないにもかかわらず、賞金が少ない大会には出ない。
 錦織選手がこれから世界の本物の一流選手になるためには、とりあえず世界ランクにこだわらず、試合数を減らすべきだと思う。現時点では一応錦織選手は世界ランク6位だが、錦織選手の世界ランクベスト10の相手との対戦結果を調べてみれば、勝率はおそらく2~3割くらいではないか。ひょっとしたら、2割にも届かないかもしれない。世界ランクは必ずしも選手の実力を正確に反映はしない。2流、3流の試合でも優勝すれば多少の賞金は入るから、それで世界ランクは維持できるのかもしれない。が、メディアはそうした世界ランクで、錦織選手に限ったことではないがヒーロー扱いすると、かえって伸びしろの選手の芽を摘んでしまうことになりかねないことを自覚してほしい。
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