小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

読売新聞読者センターはついに「白旗」を挙げた ! !

2013-01-26 06:13:02 | Weblog
 一昨日(24日)投稿したブログ記事『桜ノ宮(桜宮の誤植、手書きで原稿を書いていた時代と違ってワード、特に2010版は馬鹿な人工知能を導入したため誤変換が多く困っている。2月7日に2013版が発売されるので、バカな人工知能を除去したのであれば、マイクロソフトに無料ダウンロードを要求するつもりだ)を実名報道し、仙台育英高校や皇字山中学の校名を伏せたマスコミの報道基準はどこにあるのか』と題するブログ記事の原本を、同ブログに書いたように読売新聞読者センターに当日の早朝、別紙を付してFAXしておいた。その別紙の一部を公開する。

 前半は読み飛ばしていただいて結構です。4ページ目以降をお読みください。私がブログでウソを書いたのか、それとも読者センターの方2名がウソをついたのか、改めて検証願います。私にはウソを書く動機がありませんが読者センターのお二人にはウソをつく動機があります。身内の「弁解」を信じたフリをすることは政治家だけにしていただきたいと願っています。今日午後8時過ぎNHKのクローズアップ現代を見た後電話します。どなたが電話に出られても対応できる体制をとっておいてください。

 実際8時過ぎに読売新聞読者センターに電話した。電話口に出た方は全く聞き覚えのない若い方のようだった。私が名前を名乗った途端「FAXは読みましたが、過去のことについてはお話しできません」といきなり私の要請を拒否された。「なぜか」と問きただしたが、「記事についてのご意見があれば伺いますが、過去の問題についてはお話しできません。記事についてのご意見がなければ電話を切らせていただきます」と、一方的に電話を切られた。
 実は昨年12月、読売新聞のコンプライアンス委員会に過去の読売新聞読者センターに対して行った数回にわたる批判のブログ記事をプリントした文書を送付し、読者センターのコンプライアンス違反を告発したことがある。その告発文の要点が昨日投稿したブログで指摘した3点だった。コンプライアンス委員会からはその後何の連絡もないが、無視はしなかったのではないかと思われる節がある。
 私は読者センターに1回しか電話しなかったが、大体読者センターの担当者は50歳代後半の方が大半で、現場(記者としての)を卒業した元ベテラン記者である。時には「定年退職してアルバイトでしているんですよ」と自分の立場を明確にされる方もいるくらいである。
一昨日、電話に出られた方は40代としか思えないような若々しい声で、口調も穏やかで、問題発生当時の読者センター担当者のようなとげとげしさは全く感じなかった。多分私の告発が原因で当時の読者センター担当者の大半が総入れ替えになったのではないかと思う(これはあまり根拠のない憶測)。
 私は、別にマスコミ評論を商売にしているわけではないから、数紙を読み比べて各紙の主張に対して論評したことはない。第一全国紙5紙を読み比べる時間もないし、多額の新聞代を払うのはもったいない(商売でするなら別だが)。
 ただ、いちおう5紙のWebサイトは「お気に入り」に入れているので、大きな事件や問題(政治・社会関係)についての「社説読み比べ」は、読者からあまり受けないかもしれないが今後、月に1~2回はやってみようと考えている。
 それはともかく「過去のことはお話しできません」という断り方は、事実上私の指摘を肯定したことを意味する。どうしてそう言い切れるのか、と質問されると困るのだが、こうした逃げ方はジャーナリストの常套手段なのである。この業界の「常識」を、容認するかしないかは別として(私自身はそういう逃げ方をしたことはかつてないし、今後もブログ読者からのご批判には誠実にお答えする)、単なる事実として理解していただくしかない。
 皆さんもよくご存じのように、政治家は「秘書が」「妻が」と、何か問題(特に不正な金銭的問題が明らかになった時)を追及された時の「逃げ口上」にすることは彼らの常套手段である。もっとも有名なのは、リクルート事件だった。
 日本中がバブル景気に沸いていた時、リクルートはマンション事業に進出し、その事業を担当するリクルートコスモス(現コスモスイニシア)という子会社を作った。その会社の株式を公開するに先立ち、リクルートの創業者の江副浩正氏が未公開株を政財界の大物に広くばらまき、いわゆる「リクルート事件」として今もよく知られている。その時リクルートコスモス株を譲渡された大物政治家は全員「妻が」「秘書が」を連発し、自分は知らなかったと責任逃れを図ったが、国会野党やマスコミの追及に屈して当時内閣総理大臣だった竹下登が退陣を余儀なくされたことは皆さんよく御存じだと思う。この時リクルートコスモス株を譲渡された大物政治家は、竹下以外にも中曽根康弘、宮澤喜一、森善朗、安倍晋太郎、渡辺美智雄、加藤孝などそうそうたる連中であった。また政治家だけでなく、NTT会長の真藤恒、日本経済新聞社社長の森田康などもおり、いずれも引責辞任に追い込まれた。なぜか警察大学長(金子仁英 ?--「仁英」の漢字名はうろ覚えなので正確ではない可能性がある)も譲渡を受けていたが表面化することがなかった。また経済小説家として名をはせていた清水一行は自分の取材スタッフ兼代筆者(小説家が代筆者を使うのは奇妙に思われるかもしれないが、純文学は別として、大量に作品を書いている大衆小説家の場合は代筆者を使うケースが多いのは出版社の編集者なら絶対否定しない。なお代筆者の一般的職業名は「フリーライター」、業界用語では「ゴーストライタ-」と呼ぶ)の名前で譲渡されていたが、清水一行の名前は伏せられた。マスコミの情報管理も自社の利害関係が絡んでくると社会的使命を忘れるという特技を有しているようだ。
 ま、マスコミというのはそういう体質を堅持していることをご理解いただければ、それで結構。
 ことのついでに日本の裁判は過去の苦い経験から冤罪者を出さないために物質的証拠がないと、簡単に無罪判決を下してしまいがちである。その典型的ケースが、近くは小沢一郎の政治資金規正法違反の容疑についての無罪判決である。小沢は父親からの遺産相続について税理士や弁護士を総動員して手練手管を駆使し、相続税逃れをしてきたことは周知のことでありながら(そのことを違法とは言っていない)、4億円もの大金を担保に入れて本来不必要な金利を払ってまで銀行から預けた金と同額の金を借りるという摩訶不思議な手法で不動産を購入するといった行為について小沢は、終始一貫「秘書任せにしてきたことで私は何も知らない」と弁明、この摩訶不思議さに日本の裁判官は目をつぶってしまった。
 また三浦和義事件では、二人の妻がいずれもアメリカで他殺され、しかも二人の妻には多額の保険金が掛けられていたという、小説でも描けないようなケース(そういうケースが生じうる確率は天文学的確率になる)ですら状況証拠だけでは「疑わしきは被告に有利に」という裁判の原則を拡大解釈して無罪にしてしまった(その後、アメリカでは執拗に捜査を続けていたようで、ついに三浦を逮捕、三浦は確実な証拠をつかまれたと思い獄中自殺したが)。
 
 いずれにせよ「過去のことについてはお話しできない」という逃げ方は、事実上私の追及に屈したことを意味することだけ分かっていただければ、私の目的は十分達した。マスコミ関係者なら私の解釈が正しいことを認めてくれるはずである。
 読売新聞読者センターがそういう回答をした以上、この問題でこれ以上読売新聞読者センターを追求することはやめる。事実上「白旗」を挙げた相手をそれ以上追及するほどの事件ではないと思うからだ。
 ただ読売新聞読者センターに対する追及はやめるが、
読売新聞の社説や記事に対する批判の手を緩めることは一切しないことを読者の皆さんにお約束する。
 
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桜宮高校を実名報道し、仙台育英や皇字山中学の校名を伏せたマスコミの報道モラルの基準はどこにあるのか

2013-01-24 04:59:21 | Weblog
 神奈川県立産業技術短期大学(横浜市旭区)のパソコンシステムのリース契約を巡り、事前に県に見積もりを出した業者が、県の予定価格と同額で随意契約を結んでいた(18日朝日新聞朝刊神奈川県版)。県の包括外部監査で明らかになったという。包括外部監査人の公認会計士は「談合や予定価格の漏洩(ろうえい)の疑いもあると感じた」と指摘しているようだ(同記事)。
 こうした官民談合を疑わせるに足るケースがなぜ後を絶たないのか。同記事の要約を記載する。
 
 県が行った一般競争入札に際し、3社が応募したが、いずれも県の予定価格を上回る入札だったので、県は最も入札額が低かった業者と随意契約を決め(入札日当日)、再度その業者に再入札を求めたところ、再入札価格は県の予定価格と全く同額だったという。しかも県は予定価格を決めるに際し、事前にこの業者に参考見積もりの提出を依頼していたことも監査人の調査で分かったという。この参考見積額は最終的に県が決定した予定価格と3万円しか違わなかったという。
 
 こうした経緯について監査人は「業者の言い値で不適切に発注・契約が行われたと疑念を抱く」と報告書で指摘した。当然であろう。
 この「官民談合」を疑わせるに足る記事で、朝日新聞は県産業人材課の課長の実名を公表した。
 この課長の県組織での将来は実名公表で極めて不利な立場に立たされる可能性が生じた。朝日新聞が取材するなら、この随意契約とは全く無関係と思われる産業人材課の課長に取材するのではなく、パソコンシステムのリース契約の入札担当者か、その部門の責任者に取材すべきだろう。
 こうした取材の場合、広報部門を通すのが通常ではあるが、広報担当者は随意契約に関して何の権限も責任もない人物に取材させたようだ。ということはその人物が何を言おうが、当該ケースに何ら責任を持たないことを前提にしている。その程度の理解は新聞社の記者にとってはイロハのイだ。記者は広報が「産業人材課の課長に取材してほしい」と言っても、「そんな取材は意味がない」と拒否すべきだった。広報が直接担当者か責任者に取材させなかったことへの腹いせで産業人材課長の実名を公表したのだとしたら、もってのほかである。
 ちょっと横道にそれるが、実は21日の午後8時過ぎ、バスケットボール部の男子部員(2年生で同部のキャプテン)が顧問教諭の体罰に耐え切れず自殺した事件で、なぜ「桜宮高校」の実名を報道したのか、報道基準についての検証を、NHKと朝日新聞に求めた(実名報道をしたのはNHKと朝日新聞だけでなくすべての報道機関が実名報道している)。
 私があえて報道基準についての検証を要求したのは仙台育英高校や皇字山中学で起きたいじめ自殺に関しては学校名を明らかにせず大きく報道した。このいじめ自殺について、報道機関はなぜ校名を公表しなかったのかをブログ記事で厳しく批判した。「結果的にいじめを助長する行為だ」と。
 確かに実名報道はジャーナリズムにとって悩ましい問題であることはわかる。仙台育英高校や皇字山中学の事件は、いじめと無関係な在校生や進学予定の学生に与えるであろう精神的影響や、地域周辺の事件を生じた学校に対するいわれのない非難が集中しかねないことを危惧したのかもしれない。だとしたら桜宮高校の場合も実名公表にはしかるべき配慮がされるべきではなかったか。「報道基準に全く整合性がない」と断定せざるを得ないのは当然であろう。ゆえにNHKと朝日新聞に実名公表の報道基準を検証せよと要求したのである。
 私は桜宮高校の実名を公表すべきではなかったと主張しているのではない。実名を公表する場合、何を目的に公表するのかの基準についての報道機関の無見識を問題にしているのだ。
 日本だけでなく世界的にいじめ問題は社会問題化している。そうした状況の中で生じたいじめ問題を報道する場合、先に述べたような問題点はあるにせよ、いじめを根絶することが報道機関にとって最大の社会的責務であるはずだ。いじめ事件が生じても学校名が公表されないとなると、他の学校や教育委員会は危機感を抱かない。学校が危機感を持って生徒指導に当たるような報道をしない限り「事なかれ主義」の学校や教育委員会の無責任体質は存続されてしまう。報道機関は自らの社会的使命と責任感を自覚して実名報道の基準を明確にしてほしい。
 そうした基準で神奈川県の官民談合を疑うに足る入札事件について、「談合や予定価格の漏洩があるとみて、業者や大学校職員から、聞き取り調査をしたが証拠は見つからなかったという」(同記事)との報道で、なぜ県産業人材課課長の実名を出す必要があったのか(監査人の氏名は公表していない)。しかも実名を公表された課長はこの入札事件の直接関係者ではなく、広報の指定により朝日新聞の取材に応じたに過ぎない人物である。朝日新聞記者はこう書いた。

(監査人の)指摘に対し、県産業人材課長は(※朝日新聞はここで課長の実名を公表した)「随意契約ではなく、再度入札をするべきで、手続きに不適切な点があった」と認めた。だが、予定価格の漏洩については「当時の担当者に聞き取り調査をしたが、漏えいの事実はなかった。たまたまぴったりになった」と否定した。

 私の若い頃(40年以上前)の経験談を書かせてもらう。
 ある日、なぜか担当外の東京都庁の某部門の発注印刷物の入札に行ってくれと営業部長から頼まれた。「無理に落札する必要はないから」とくぎを刺された。
私は発注印刷物の仕様にのっとり、会社の原価表を基準に見積書を作成して入札した。入札会場には30人ほどの印刷各社の営業マンが入札のため来ていた。結果的には入札が3回行われたが、いずれも予定価格に届かず、一番安い入札をした私が都の担当者に呼ばれ、「この価格で受けてもらえないか」と相談された。利益はほとんど生じない予定価格だったが、やむを得ないと思い承諾した。もちろん予定価格の算定基準は極秘で、営業マンは予定価格を知りようがなかった。せいぜい数十万円の仕事でもそのくらい厳しい状態だった。
 
 官公庁が予定価格を設定する場合、ほとんどの事業について内部で計算できる算定基準表を持っている。算定基準表にない項目があった場合は、その項目に関してのみ業者に見積もり依頼することはあるが、1社だけに見積もり依頼することは通常考えられない。時には見積もり行為に対価を支払っても入札に参加しないことを条件に業者に見積もり依頼して予定価格を決めることすらある。
 朝日新聞は「県予定価格で随意契約」と題し、「包括外部監査『極めて不自然』」というサブタイトルをつけてこの不自然な入札を報じた。このタイトルは官民談合を明らかに示唆している。確かに私の経験からも常識的にはあり得ない予定価格設定の経緯と不自然さを通り越したといっても差し支えない随意契約があったことは疑う余地がないと思う。
 とすれば、広報が指定した産業人材課長が朝日新聞記者の取材に対して「当時の担当者に聞き取り調査をしたが、漏えいの事実はなかった。たまたまぴったりになってしまった」という言い訳を無批判的に記事化したのはどういうわけか。少なくとも朝日新聞の記者は、広報が指定した取材対象の産業人材課長が、この随意契約問題についてどのような権限と責任をもっているのか問いただしたうえで、「担当者か責任者以外の方に取材しても意味がない」と主張して責任者を取材の場に引きずり出すべきだった。また、もし産業人材課が随意契約の担当部門であったら(そういうケースはありえないと思うが)、そのことをちゃんと明記すべきであろう。少なくともマスコミ関係者なら、全く的外れな人間に取材したと考えるのは間違いない。記者が無能なのか、記者の育て方を上司が知らないのか、はたまた記事のチェック体制が機能していないのか、いずれにしても無様な記事としか言いようがない。

 もう一つ重要な指摘をしておきたい。身内の調査は絶対信用してはいけない、というジャーナリストの大原則についてである。身内の調査結果は、新聞社として検証したうえで信じるに足ると確信できたケース以外は記事化すべきではない。仮に記事化する場合は、「と、言い訳をした」などと身内の調査結果に対して全否定とまではしなくとも、少なくても懐疑的要素を含んだ表現で記事化しなければいけない。
 身内の話は証拠にならないことを一番よく知っているはずの新聞社でありながら、身内の言葉を「証拠」として私を「ねつ造者」呼ばわりした新聞社がある。日本一の発行部数を誇る読売新聞の読者センターである。
 オスプレイの安全性について、米国防総省の発表にきわめて重大な疑問を抱いた私は、3回にわたってブログを書いた。その第1弾『緊急告発 ! オスプレイ事故件数を公表した米国防総省の打算と欺瞞』(12年8月15日投稿)を書くに当たって、私は読売新聞読者センターに私が抱いた疑問について意見を求めた。電話に出た方は、私が抱いた疑問についてあっさり肯定されたので、つい調子に乗ってオスプレイ問題について取材し記事を書いた記者への批判をし、その方とのやり取りをブログに書いてしまった。

 実は昨夜読売新聞の読者センターの方に、私の考えを申し上げたところ、担当者は「うーん。……おっしゃる通りだと思います」とお答えになったので、「読売さんの記者はまだ誰も米国防総省の計算と欺瞞性にお気づきではないようですね」と言いつのった。「そのようですね」とまことに正直にお答えになったので「つまり記者としては失格だということですね」とまで挑発してみたが、返ってきた答えは「その通りだと思います」だった。そこで私が米国防総省の欺瞞性を暴いてみることにしたのである。

 私は当時読売新聞を購読していて、しばしば読売新聞読者センターに電話していた。読者センターの方の中には私の前歴を調べたようで「先生」と敬称で対話してくれた人すらいた。私も容赦ない批判も含めしばしば読売新聞記事をブログで取り上げていた。そういう場合、基本的に投稿後にブログ記事をプリントし、読売新聞読者センターにFAXしていた。このブログも慣例に従ってFAXした。読売新聞に限らず、新聞社への手紙やFAX、メールの類いは担当記者部門に渡され、読者センターが読むことはまずない。が、このブログに関しては読者センターの責任者(と思う)が読み、こともあろうか「犯人」探しを始めたのである。その数日後、別件で読者センターに電話をしたら、いきなり「でたらめを書かないでください」と言われた。「何のことですか」と聞いたら先のブログに書いた読者センターの方とのやり取りのことだった。「当人に確かめたところ、そんなことは言っていない、と言っています。小林さんがお書きになったことはでたらめだということがわかりました」と言う。「内部調査で当人が本当のことをいうわけがないよ」と私は軽くいなしたが、22日に今度は読売新聞の社説についての意見を書いたブログの原本をやはり読者センターにFAXし、そのことだけを伝えるため電話をしたところ、電話口に出た方からいきなり「ねつ造された方ですね」と言われた。
 ジャーナリストにとって「ねつ造」とは「お前死ね」と言われたに等しい侮辱的言辞である。私は当然「ねつ造とは何を証拠に言っているのか」と詰問した。当人は「録音がある」とうそぶいた。
 皆さんも経験があると思うが、メーカーのお客様相談センターなどに電話した場合、担当者につなぐ前に自動音声で「この電話は録音させていただきます」と断りが入るケースが増えてきた。「言った、言わない」のトラブルを防ぐためだろう。報道機関でもNHKなどは「録音する」と自動音声で相手に知らせている。
 問題は三つある。
 最初の問題は、このブログのテーマである「責任を問われた当人の発言を無条件に信用する」という身内意識が、そうした意識を一番問題にしている新聞社自体が身内意識に染まっているという看過できない問題である。身内意識に染まりきっている新聞社が、問題を生じた組織内部の身内意識を批判する資格があるのか、皆さんはどう思われるだろうか。
 二つ目は、本当に読者に無断で録音していたのか、という点である。読売新聞読者センターはそのような卑劣な行為をする部門なのか。企業モラルの欠如を批判する新聞社が、このような卑劣な行為をしているということを読売新聞の読者はよく知っておくべきだ。
 最後の一つは、「録音がある」とうそぶいた方に、私が「録音があるなら聞かせてほしい」と言ったところ「そんなこと、できるわけがない」と怒鳴るなり電話をガチャンと切られたことである。実際のところ、私は読売新聞読者センターが読者からの電話を断りなく無断で録音したりする卑劣な行為はしていないだろうと思っている。もしそうだとしたら、「ねつ造」の証拠として「録音がある」と言った方は明らかにウソを付いたことになる。
 その一件以来私は読売新聞読者センターにFAXしたことがないが、このブログ原本は投稿後、プリントして久しぶりに読売新聞読者センターにFAXするつもりだ。もう一度、私を「ねつ造者」と決めつけ「録音という証拠がある」とうそぶいた「犯人」探しをぜひやってもらいたい。「犯人」が何と弁解したか、FAX後に電話で聞いてみる。何と答えるか、楽しみだ。

 今回のブログはこれで終えるが、私が言いたいことは、該当者の話はすべて「眉唾」で聞け、ということである。特に責任を追及されるようなケースで、該当者が「否定したから指摘されたような事実はないと判断した」と責任者がうそぶいた事件が最近あった。皆さんご存知の桜宮高校の事件である。もちろん「該当者」とはバスケットボール部の顧問教諭であり、「指摘されるような事件」とは日常的に顧問教諭が行っていた体罰、責任者とは桜宮高校の校長および大阪市教育委員会(特に教育委員長)のことである。
 顧問教諭の体罰を苦にして自殺した桜宮高校の2年生男子の親は警察に教諭を暴行罪で被害届を出したという。おそらく警察はすでに教諭を暴行罪で送検すべく証拠固めを行っているはずだ。
 むしろ、親は民事で教諭と校長、教育長、大阪市に対しそれぞれの責任範囲に応じた損害賠償訴訟を起こした方が効果があると思う。その結果、裁判で莫大な損害賠償命令が出れば、日本の体育教育で伝統的に重要視されてきた体罰を伴う精神主義が崩壊する。それが一人の高校生の死を無駄にしない最大の成果だ。


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自動車重大事故に対する刑罰の細分化は裁判官・裁判員を困惑させるだけだ。

2013-01-20 09:04:04 | Weblog
 自動車重大事故の罰則がまた重くなるようだ。
 私自身は70歳になった日に運転免許証を返納したので、もう自動車事故の加害者になることはありえないので(無免許運転などする年ではない)、関係ないといえば関係ない話だが、何事にも不条理は無視できない性格なのでやはりひとこと言いたくなった。
 すでにブログで書いたことなので、ご記憶のある方もおられると思うが、犯罪に対する量刑の軽重には二つの目的が含まれている。
 ひとつは犯罪そのものの悪質さに対する社会的制裁を行い、犯した罪を刑に服することで償わせるという目的である。
 もう一つの目的は犯罪の防止効果を高めることである。
 今回の罰則強化は、明らかに現行法の不備を修正して二つの目的を整合性が取れたものにするという意味合いが濃厚である。悪質な運転事故の加害者に対する厳罰化を検討してきた法制審議会(法相の諮問機関)の刑事法部会が16日に原案を発表した。具体的には上限が懲役20年(実際には負傷者を出した場合の上限は15年で、死者を出した場合は下限1年以上と定められているだけで、20年という上限は定められていない)の危険運転致死傷罪と上限が懲役7年の自動車運転過失致死傷罪の間に「中間の罪」(17日付朝日新聞朝刊記事の表現)を新設し、量刑の格差を埋める。上限は死亡事故で懲役15年、負傷事故で懲役12年とするのが主な内容だ。
 法制審の原案によれば、中間罪の対象となるのは、飲酒や薬物摂取の影響や病気により「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」で起こした事故で、病気による交通事故を刑罰の対象とするのは初めてである。原案が想定している病気は「統合失調症」や発作を伴う「てんかん」などを挙げている。
 この中間罪の新設に伴い、これまでは危険運転致傷罪の対象になっていなかった、一方通行や高速道路の逆走、通行禁止指定の道路を走行して起こした事故については危険運転致死傷罪の適用に含めるとした。
 また無免許運転については、「事故を起こす直接の原因とはいえない」として、昨年4月に京都府亀岡市で無免許の少年(19)が運転していた軽乗用車が集団登校中の小学生ら10人の列に突っ込み、女子生徒と保護者の計3人を死亡させた事件で遺族らは「無免許運転による重大事故は危険運転致死傷罪を適用すべきだ」と訴えてきたが、この事件の遺族の願いはかなえられなかった。

 日本の刑法による犯罪に対する量刑の体系は先進国間で最も整合性が取れていると言われてきた。それは、日本の刑法は犯罪に対する量刑の基準を結果の重大性ではなく、犯罪を起こした要因を基準にした量刑の体系にしてきたからである。わかりやすく言えば「故意による犯罪」か「過失による犯罪」かで、まったく異なる量刑の体系が整備されてきたからである。そして「故意」と「過失」の中間的判断として「未必の故意」というものがあった。
 この「未必の故意」というのは『世界大百科事典』によれば「(故意と過失の)中間的な場合、すなわち、もしかすると結果が発生するかもしれないとは思ってはいたが、それを意図した場合ではないという場合に、これを故意・過失のいずれとみるかは問題である。このような事例は、すべての犯罪について起こりうるが、実際に問題になるのは、通常の殺人(かっとなって刺した場合など)、自動車事故(暴走して事故を起こした場合など)などが多く、公害事件などでも問題になる(被害が出るかもしれないと思いながら創業・販売を続けた場合など)。」とある。自動車事故にこうした考え方を適用すると、例えば過度の飲酒によって(あえて「過度」としたのは飲酒による判断能力の低下や正常な運転操作が困難になる度合いは人によって異なるため、飲酒が事故の主原因であったかどうかは神様にしかわからないからである)重大事故を起こした場合、加害者の運転手は「これだけ飲酒すると正常な運転ができなくなる可能性がある」という認識を持ちながら自動車を運転した場合「未必の故意」に相当する。逆に言えば「未必の故意」を前提にしない限り、自動車事故の法的責任は問えないのである。このことは法解釈の非常に重要な基準になるので脳裏にとどめてブログを読んでいただきたい。
 しかし実際には、未必の故意が判決に反映されるケースは非常にまれである。加害者が「もしかすると結果が発生するかもしれないとは思っていた」ということを立証することが極めて困難だからである。もちろん被告が公判で「そういう自覚はあった」と証言すれば、間違いなく「未必の故意」が成立するが、仮に被告が実際にはそういう自覚を持っていたとしても、弁護士は依頼人の加害者に「そういう結果が発生するとは思っていなかった」と言い張るようアドバイスするに決まっているから、被告は自らの良心に基づかず「そういう結果が発生するとは夢にも思っていなかった」と主張すると、その主張を否定することは、常習犯罪者でない限りきわめて困難である。
 つまり刀に例えれば、「未必の故意」は「真剣」でもなければ「竹刀」でもない「木刀」のようなものである。木刀は竹刀が発明されるまでは剣術稽古の道具であった。その木刀で、稽古をした相手が、日頃から快く思っていなかった人物だった場合、意図して大けがをさせたとしても、「故意」であったか、稽古に熱中しすぎた結果の「過失」であったかを証明することはほとんど不可能で、加害者の主張を信じるしかないのが現実の法的判断の限界である。「ほとんど不可能」と書いたのは、その特定の人物との稽古にだけ事故が頻発していたことが立証されれば状況的に「未必の故意」と判定される可能性があるが、どの程度の回数を頻発とみるかは裁判官の裁量によるしかなく、明確な基準を作ることは不可能である。たとえば、前回のブログで書いた桜宮高校事件のケースでいえば、バスケットボール部の監督教諭は、本来監督であれば、個々の部員の性格とくに精神的要素を熟知して指導しなければならず、そうした能力を欠いていたこと自体部員を指導する資格がなかったと言わざるを得ない。もしこの加害者教諭がそういう能力がありながら、あえて被害者キャプテンを発奮させるため、あるいは他の部員への指導の一環(言うなら見せしめ)としてキャプテンに過度の体罰を行ったとしたら、「未必の故意」による刑事事件として扱われるべきであろう。遺族の思いはたぶんそうだと思う。
 このような「未必の故意」についての解説をわざわざ書いたのは、交通事故に対する「中間の罪」は事実上「未必の故意」の基準を加害者の自覚(あるいは自覚的意識)があったと証拠に基づかずに決めつけることを意味することである。このような「未必の故意」による量刑の重罰化が行われると、ほかの犯罪(あるいは過失)にどう適用されるか、想像するだけでも身の毛がよだつ思いがする。危険運転致死傷害罪が導入された際、国会で「不当に拡大、乱用されないこと」という付帯決議が採決された経緯もあり、「未必の故意」の判断基準が厳しく制限された経緯もある。
 誤解を避けるためにあえて書いて置くが、私は自動車事故の加害者を擁護するつもりなど毛頭もない。自動車を運転する人は誰でも加害者になりうる可能性があり、特に免許を取って運転操作に自信を持ち出した頃(実際には自信過剰)と、とっさの判断力が鈍り誤操作を起こしやすくなる高齢者の起こす事故が圧倒的に多いため、免許取得の際の徹底した教育、高齢者の免許更新に対する厳しい検査の導入をすべきだと私は思っている(警察庁はなぜか年代別、免許所得後の年数別の事故統計を発表していない。もしその類の統計をとっていなかったとしたら、警察庁の怠慢としか言いようがない)。
 そういうわけで、今回の量刑改悪だけは許してはならないと思う。
 この法改正が交通事故撲滅を目的としていることは私も評価するにやぶさかでない。私がとっさの時の判断力に自信が持てなくなったいきさつは前に書いたが改めて繰り返す。いまから約5年前、当時幼稚園の年長組だった孫と遊んでいた時、孫が任天堂のWiiフィットのバランスボードの上でぴょんぴょん跳ねながらひと遊びした後「じいちゃん、やってごらん」と挑発された。私はまだ60代後半、フィットネスクラブでエアロやアクアなどで反射神経を相当鍛えていたつもりだった(エアロでは若い人も含め男性群の中では私はトップクラス、アクアは女性も含めトップクラスだったと自負していたし、インストラクターの評価もそうだった)。
 だから5歳の孫になんか負けるものか、と挑戦したが、とんでもない誤算だった。5歳の孫に到底太刀打ちできないことを認めざるを得なかった。私が70歳になったら低額ので私の住まい所在地の行政区内から発着するバスや公営の鉄道が乗り放題のパスを発行してもらえるので、その時点で

運転免許証を返納することに決めたのである。私がそのことを決めた直後(2008年5月25日)に警察庁長官あてに文書で高齢者に対する免許更新の在り方について具申したことがある。免許更新の手続きや更新料の高額さも含めかなり長文の文書なので全文をスキャナーして貼り付けるのもいかがなものかと思い、肝心の部分だけ記載する。

 昨日5歳の孫と遊んでいてショックを受けました。任天堂のWiiフィットで孫と遊んだのですが、バランスボードの上でいろいろな機能のフィットネスをする健康ゲームで、バランスゲーム・有酸素運動・ヨガ・筋トレの4アイテムに合計48種類ものフィットネス・プログラムが詰め込まれているのですが、その中のバランスゲーム(8種類)が実に優れモノなのです。というのは5歳の孫がバランスボードの上でぴょんぴょん跳ね回り、「じいちゃんもやってごらん」と言われ、やってみたのですが、全然ついていけないのです。バランスゲームという名前から単純にバランス感覚を養うためのゲームだろうと思っていたのですが、エアロ以上に反応速度と判断の正確さが試されるゲームなのです。
 で、私の提案ですが、任天堂と共同で判断力や反応速度を3分くらいで測定できる装置を開発し、70歳以上の高齢者の免許更新時には、視力だけでなくとっさのときの反応スピードや判断力を検査項目に加えられたらいかがでしょうか。現在70歳以上の人が免許の更新をする場合は民間の教習所で3時間の高齢者講習を受けなければなりませんが、本当に必要な高齢者の免許更新のための検査は行われていないのが実情です(実際に最寄りの教習所に高齢者講習の内容をききましたが「15分ほど車に乗ってもらうが、ハンドルを握らなくても乗っているだけでいい」という話でした)。
※今は短時間運転させているようだ。

 免許更新の改革案については別途警察庁長官に送った文書の控えがあるので近々ブログで公開するつもりだ。読者の方たちが、警察関係者を除けばほば100%同意していただける手法だという自負があるが、国民が声を上げなければ官僚が作った制度は簡単には変えられない。その際はぜひ声を上げていただきたい。
 高齢者免許の問題はさておいて、犯罪に対する刑罰の量刑には二つの目的がある、と冒頭で書いた。その二つの目的が、この「中間の罰」を設けることでより達成度が高まるかどうかを考えてみたい。
 まず「犯罪に対する社会的制裁」という観点から検証する。
 ほかの一般的犯罪と違って交通事故は意図して行った犯罪ではない、という要因がある。交通事故以外の犯罪は行為そのものが最初から意図して行われている。つまり「故意」が明らかである。刑法に定める量刑で最も軽く、ほとんどのケースは警察官による「厳重注意」だけで見逃してもらえるのが軽犯罪である。具体的には公共の場所での陰部の露出、立小便・大便、他人所有の空家や空地への無断侵入、近隣に迷惑をかけるような騒音、乞食行為、刃物等の凶器となりうる器具を正当な理由なくして隠し持つこと、公共の場所(施設や街路など)で大声を出したり、許可なくビラ配布・ビラ張りなどをする行為、行列への割り込み、衣服の全部あるいは一部を脱ぐ場所(浴槽やトイレ、脱衣所など)の覗き見、街路・公園などでの唾吐き、警察や消防への虚偽の通報、付きまとい、など33種類の行為が軽犯罪の対象である。ただし、これらの軽犯罪も限度を超えると別の法律によって刑罰が科せられるようになっている。たとえばストーカー規制法、配偶者暴力防止法、児童虐待防止法、暴力団対策法などである。また通称「万引き」は刑法では窃盗罪に当たり、10年以下の懲役刑の対象となるが、逮捕・拘留されるのはまれで、ほとんどの場合説諭や厳重注意・警告・検察庁への出頭・書類送検で終わる。
 交通事故はかつては最長5年の懲役刑だった「業務上過失致死傷罪」の対象だったが、度重なる飲酒運転による重大な事故の増発に対し世論がより厳しい刑罰を科すよう求めたのに応じて2001年にアルコールや薬物によって正常な運転が困難な状態で起こした事故に対して「危険運転致死傷罪」が設けられ、致傷は15年以下、致死は1年以上の有期刑(事実上、上限は20年以下と解釈されている)が科せられるようになった。
 が、その結果一般犯罪の最高有期刑20年との刑罰との整合性が取れなくなり(飲酒あるいは薬物による自動車事故は「故意」による犯罪とは認めがたく、意図して行った「故意」の重犯罪と同じ刑罰ということになると著しく刑罰の整合性が崩れてしまう)、一般犯罪の最高有期刑も懲役30年に引き上げられたという経緯がある。その後アルコールや薬物によって正常な運転ができないケース以外の危険な運転(スピ-ド違反、信号無視など)に対する刑罰が相対的に軽すぎるという世論に押され2007年に「自動車運転過失致死傷罪」が設けられ最高7年の懲役という刑罰が科せられた。
 その結果、交通事故裁判において危険運転致死傷行為と自動車運転過失致死傷行為のパーセプション・ギャップに裁判官や裁判員が苦悩する事態が続出した。というのは刑法が定める危険運転致死傷罪について法文では「正常な運転ができない状態」という規定の基準が明らかにされていないため、飲酒や薬物の使用によってのみ「正常な運転ができない状態」になったのかどうかの判断を下すことが実際問題として不可能に近いからである。裁判になれば弁護士は飲酒や薬物以外の事故要因(たとえば睡眠不足、横見運転、過労など)を主張する。そうなると事故を起こした要因の中で飲酒や薬物がどの程度事故の主要因になったのかの因果関係を巡って原告(検察)と被告(弁護士)の間で決着のつかない堂々巡りの論争になる。裁判官や裁判官が苦悩するのはその判断の困難さである。結局、結果の重大性(死者が何人でたか、負傷はどの程度か)を基準にせざるを得なくなる。しかし殺人や強姦などの故意犯は結果の重大性が判断の基準になるが(殺人犯罪に対する死刑判決は最高裁における「永山事件」が基準になっている)、危険運転致死傷罪の場合は故意犯罪ではない。しかし故意性を認めないと危険運転致死傷罪は事実上成立しにくくなる。で『日本大百科全書』(小学館)では危険運転致死傷罪の項目で「故意に危険な自動車の運転をして、それによって人を死傷させる罪」という法文にはない定義をしている。そうなると故意性をいったい誰が認定できるか。神様にしかできないことだ(加害者が「故意に危険な運転をした」と自供すれば別だが)。暴走族ならいざ知らず、飲酒運転と故意の危険運転はどう拡大解釈しても因果関係を証明することは不可能である。『日本大百科全集』のこの項目の解説者は法律学者(たぶん大学教授)と思うが、読売新聞や朝日新聞の記者以上のアホと言わざるを得ない。
 結局、危険運転致死傷罪で検察が起訴することが極めて困難になった。たとえ危険運転致死傷罪で起訴しても、先に述べたような要因により危険運転致死傷罪で裁判所が判決を下すケースは極めてまれ、という結果になったからである。危険運転致死傷罪が成立しないとなると、相当悪質なケースでも最高7年の懲役の自動車運転過失致死傷罪で判決を下すしかない。
 そうした「法の下での不公平」に遺族の怒りが爆発した。遺族からみると危険運転致死傷罪に相当すると確信するようなケースが、立件の困難さから検察が量刑の軽い自動車運転過失致死傷罪で起訴せざるを得ない状態が続いたからである。そうなると紙一重の差(それも裁判官や裁判員が個人的に感じる差)で最高20年(事実上)と最高7年の懲役という遺族にとっては到底受け入れがたい「量刑格差」が生じてしまう。その「量刑格差」を解消するために設けられようとしているのが「中間の罪」である。
 もちろん「中間の罪」などという罪名がつくわけではない。いまのところどういう罪名をつけるかは未定のようだ。また法制審は、この「中間の罪」とは別に飲酒による交通事故を問われないためにいったん逃げてしまうケースに対しても、上限12年の懲役とする新しい罰則も同時に提案したという。
 飲酒や薬物使用、てんかんなどの突発的に意識を失うような病気を隠しての運転などの違法防止策として自動車運転事故に対する量刑を重くすることには私は反対ではない。だが、個々の事例について細かく罪名を分けるのはいかがなものか、私は疑問を禁じ得ない。スピード違反や信号無視、一時停止違反なども私に言わせればすべて「危険な運転」である。もちろんそうした違反が事故を引き起こさなければ道交法が定めた罰則によればいい。だが、道交法は交通の円滑化と自動車事故を防ぐために設けられている。刑事責任を問うための法律ではない。ということは違反を起こせば重大な事故を起こす可能性のある道交法違反を刑法で裁く場合、罪名を細かくケースごとに細分化しようとするからこうした矛盾が出てくる。実際問題として、この「中間の罪」が新設されたら、検察が危険運転致死傷罪で起訴することはほとんどなくなるだろうし、仮に危険運転致死傷罪で起訴しても「量刑格差」が縮まった結果として裁判官や裁判員は「中間の罪」で起訴するのが妥当だとして危険運転致死傷罪で裁判を行うことを拒否する可能性が間違いなく高くなる。結局「量刑格差」が是正されるのではなく、危険運転致死傷罪が死文化することになる。論理的思考力のある法律家なら、この論理的帰結を100%支持されると私は確信している。
 現にほかの一般的犯罪に対する罪名は極めて単純である。たとえば殺人罪に「老人殺人罪」「婦女殺人罪」「児童殺人罪」「幼児殺人罪」等々といった事例ごとの細別化をしているか。重大自動車事故についての細別化はそういう馬鹿なことをやろうとしているのである。
 私に言わせれば、現行の危険運転致死傷罪も自動車運転過失致死傷罪もいったん廃止し、新たに自動車運転重大過失致死傷罪にすべて1本化して懲役上限20年とすべきだろう。そしてさまざまなケースに対する判例の積み重ねの中で自然に個々の事例についての判決基準がつくられていくのが最も望ましい法整備だと思う。そして最後まで原告(検察)と被告(加害者の弁護士)の主張が対立した場合は、最高裁で下した判決が決定的な判決基準になる。ひたすら自動車事故防止策として加害者に対する罰則を細分化するのは法制審の本来の責任範囲を大きく逸脱していると言わざるを得ない。




 

 
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桜宮高校の事件は「体罰禁止」だけでは解決しない。精神力主義のスポーツ指導法が問われるべきだ。

2013-01-15 22:15:47 | Weblog
 久しぶりに政局問題から離れよう。
 大阪市立桜宮(さくらのみや)高校のバスケットボール部主将の2年男子生徒(17)が、顧問の男性教諭の体罰を受けた翌日自宅で自殺した事件についてである。
 まだ警察による調査が継続中であり、今後さらに新たな事実が明らかになる可能性があるが、現時点で分かったことを前提に、なぜこうした悲惨な事件が生じたのかを私なりに検証してみたい。
 この顧問教諭はこの事件の4年前にも体育の授業中に体罰をしていたことがわかっている。この時は生徒が授業に集中せずふざけていたことが原因で、生徒自身が反省し、学校側が顧問教諭を厳重注意しただけでとどめたという。
 また自殺事件の1年3カ月ほど前には匿名で大阪市教育委員会に「バスケットボール部の顧問教諭が部員生徒に体罰を行っている」という情報が寄せられていたことも明らかになっている。この時、教育委が桜宮高校に対して指示したことは顧問教諭に対して「体罰を行ったかどうかの調査」をすることだけだった。学校側は教諭に対し約15分間、聞き取り調査を行い、教諭が「体罰は行っていない」と答えたため、生徒への調査(たとえば氏名不記入によるアンケート調査など)は行っていない。テレビインタビューに応じた校長は生徒への調査を行わなかった理由について「教育委から具体的に調査方法について指示がなかった」と答えている。「なぜ、生徒への聞き取り調査を行わなかったのか」と聞かれると「そこまで追及されると……」と逃げた。
 昨年の仙台育英高校、皇字山中学校でのいじめによる生徒の自殺事件ではマスコミは一切学校名を明らかにしなかった。なぜ今回だけ学校名を明らかにしたのか。生徒間のいじめではなく、教諭による暴行事件だったからか。それなら教諭の名前も明らかにすべきだろう。
 私自身、高校2年生の時、1回だけいじめにあったことがある。
 私は中高一貫の有名校(東の○○、西の灘」と呼ばれ(実際両校は姉妹関係にあり、父親の転勤などで東京から大阪へ、また大阪から東京へと転勤した場合、無条件で両校間の転校が可能だった)に通学していた。記憶力が弱く、全学科の平均点はかろうじて合格点すれすれだった私だが、なぜか数学と物理だけは全校でトップクラスの成績だった。
 中間試験や期末試験(問題はその期間に学んだ内容から出題される)では成績は一切公表されなかったので、私の学力は誰にもわからなかった。だが、高校に進学してから始まった実力テスト(出題される問題の範囲は制限がなかった)で、学校は上位50名を成績順に張り紙で公表するようになった。実力テストは学期ごとに年3回行われ、私は1回目からずっと張り紙に名前が載るようになった。数学と物理の成績だけダントツだったので、結果的に平均点を押し上げたのである。試験問題は英・数・国・理科(物理・化学)・社会(日本史・世界史)だけで、理科・社会はどちらか一つだけの選択制だった。そういう偏った出題方式だったため、2科目だけの成績で一気に上位クラスの仲間入りを果たしてしまったのである。
 私が通学していた学校は有力進学校ではあったが、今でも校風は「自由」として知られており、いわゆる受験勉強のような類の授業は一切なく、教科書にのっとった授業を淡々とするだけで、「勉強したい奴はしろ、したくない奴は落第点を取らない程度に勉強していればいい」という教育方針だった。しかしなんとなく生徒間では「勉強ができるグループ」「出来ないグループ」に大別され、クラスの中でもそういったグループがいくつか自然発生的に生まれていった。中学生のころは、そういう中では私は中途半端な存在でしかなかった。
 私を取り巻く環境が一変したのは高校になって実力テストが始まってからだった。張り紙に出される成績上位50人の常連になった私に対する目は同級生だけではなく、教諭の間でも一変した。
 とりわけクラス内だけでなく、学年全体に知れ渡った「大事件」は確か高校2年のとき、実力テストで、学校始まって以来の天才数学教諭と言われていた教諭(数年後母校の東大で教授になった)がつくった問題で、私は「この問題には解がない」と書いたことだった。その教諭が授業のとき「解がないとはどういうことか」と聞いたので、「この公式を使って解くとこういう解になるが、別の方法で解くと別の解になる。だからこの問題には解がないと書いた」と答えた。教諭は必死になって私の論理を否定しようと試みたが無駄なあがきだった。教諭は「この問題の採点はしない。小林にだけは付加点をつける」と言い(付加点の点数は忘れた)、この事件が学年を超え全学に広まってしまった。私が不良グループ3人(学内での付き合いは全くなかった)から昼休みの時間中に呼び出され、階段の踊り場で「お前、最近でかい面をしているな。生意気だ」と数回パンチを食らったことがある。
 けがをするほどの暴力ではなかったが、それまで親からも暴力を振るわれたことがなかった私にとっては大きなショックで、午後の授業には出席せず、友人たちが引き止めるのを振り切って帰宅してしまった。夕方買い物に出かけた母が、自宅の周辺を自転車でぐるぐる回っていた制服姿の3人を見つけ、「私の息子に暴力をふるったのはあなたたちね。息子が悪いことをしたら謝らせるけど、なぜ暴力をふるったの」と聞いた。3人は「理由はない。何となく生意気だと思っただけで、つい手を出してしまった。ごめんなさい」と謝ったので、「今度のことは学校には黙っているけど、二度と理由がないのに暴力振るったら、その時は学校に言いますよ」と言い、「もう帰りなさい」と追い返してくれた。
 翌日、昼休みに再び私は3人から呼び出された。3人は「ごめん。俺たちが悪かった。許してくれ」と頭を下げたので、「いいよ。僕もけがをしたわけでもないし、もう何とも思っていない」と和解した。自由な校風の学校だったが、校内・校外を問わず暴力をふるった生徒に対する処分は厳しく、このような場合は即退学になるケースだった。だから、私が午後の授業を放棄して下校してしまったことで青くなったのだろう。
 桜宮高校の問題に戻るが、これはいじめではもちろんない。マスコミでは「体罰」と称しているが、教育の一環としての「体罰」とも違う。教育の一環としての「体罰」は小学校時代、私はたびたび受けたが、教師から頭を軽くこつんと叩かれたり、水がいっぱい入ったバケツを下げて廊下で10分ほどたたされたりした程度で、この程度の「体罰」は生徒を授業に集中させるために絶対必要な「体罰」だと思う。
 問題は、大方のマスコミが報道しているような「体罰」の度合いではない。「体罰」の目的である。
 たとえば数学とか英語の授業での教諭が行う「体罰」はせいぜい私が小学校時代に受けた程度の「体罰」で、橋下市長は「一切の体罰を禁止する」と言っているが、それは間違っている。この事件が明るみに出る前、橋下市長は「授業に集中させるためのある程度の体罰は必要だ」と主張していたが、その発言も撤回してしまった。橋下氏は「体罰」の目的を問わず、すべての「体罰」を暴力と規定してしまい、結果的に授業が無秩序状態になる可能性を容認してしまった。
 そもそも桜宮高校の事件は教育的「体罰」ではなく、部員全員を顧問教諭のマインド・コントロール下に置くための「しごき」である。学問に関する能力は「しごき」で向上できないことはすべての学校教諭(あるいは教師)が熟知している。だが、これは日本の伝統的なスポーツ活動に共通する欠陥だが、「しごき」が能力や技術を向上させるという指導法が現代社会でもいまだに指導者の間で普遍的になっていることである。
 インターネットで桜宮高校の公式ホームページを見ると、いきなり「全国高等学校総合体育大会(全国インターハイ)出場」という項目が現れ、インターハイ出場を果たしたボート部・剣道部・ソフトボール部・水泳部の4つが誇らしげに記載されている。
 さらに学校の特徴として『活発で伝統ある部活動』を真っ先にあげ、次のような説明をしている。

本校では、東京オリンピック、メキシコオリンピックに水泳で“中野悟”、カルガリー冬季オリンピックにフィギュアスケートで“加納誠”、バルセロナオリンピックに女子柔道で“立野千代里”、シドニーオリンピックに硬式野球で“土井善和”、北京オリンピックで“矢野輝弘”が日本代表に選ばれ、立野千代里は銅メダルを獲得しています。また、女子柔道アジア大会(北京)では“植田睦”が金メダルを獲得しています。インターハイでは、多くの種目が出場を果たし、過去にも優勝者も出ている伝統ある部活動です。

 これ以外授業についての取り組み方など、肝心な教育方針についての説明は皆無である。このほかの学校説明には『自然に恵まれた環境』、『優れた施設設備』『自主的活動の学校行事』の説明があるが、『自主的……』は「卒業生の言葉より」とされており、学校側の説明としてはこう記載されている。
 『自然に恵まれた環境』では「本校北側仁淀川河川敷公園があります。広大な公園にはテニスコートやサッカー場などが設置されています。その豊かな水と緑を満喫できる環境に位置しています」と記載されている。やはり体育に適した環境であることが強調されている。
 また『優れた施設設備』の項では「意欲あふれる生徒たちの向上心に応えるために、多くの蔵書をそろえた図書館や新鋭機器によるLL教室、年中泳げる温水プール、トレーニングルーム、合宿施設などが設けられています」とある。
 まるで体育選手養成の専門学校のようではないか。こういう学校の方針の中でバスケットボール部の顧問教諭が部活動の活性化と実質「体育専門学校」における存在感を高めるための「愛のムチ」をふるう結果になったのは当然といえば当然すぎることと言えよう。
 問題は、そういう「愛のムチ」が本当に部員の能力や技術を高めることに効果があるかということである。実際にプロ野球で活躍した元巨人軍選手の桑田真澄氏(PL学園出身)が朝日新聞記者のインタビューに応じ、自らの経験にふまえこう語っている。
「私は、体罰は必要ないと考えています。『絶対に仕返しをされない』という上下関係の構図で起きるのが体罰です。監督が采配ミスをして選手に殴られますか? スポーツで最も恥ずべきひきょうな行為です。殴られるのが嫌で、野球を辞めた人を何人も見ました。スポーツ界にとって大きな損失です。
 指導者が怠けている証拠でもあります。暴力で脅して子供を思い通りに動かそうとするのは、最も安易な方法。昔はそれが正しいと思われていました。でも、例えば、野球で三振した子を殴って叱ると、次の打席はどうすると思いますか? 何とかしてバットにボールを当てようと、スイングが縮こまります。『タイミングがあってないよ。ほかの選手のプレーを見て勉強してごらん』。そんなきっかけを与えてやるのが、本当の指導です」
 なぜ日本ではスポーツの指導に「体罰」がつきものになったのか。スポーツの世界では体力・技術・気力の3要素がうまく調和がとれたとき、あるいはとれる選手がトップクラスになる。この3要素の中で「体罰」が目的とするのは精神力、つまり気力を充実させることである。しかし、「体罰」が精神力・気力を向上させることに本当につながるのか。指導者が勝手にそう思い込んでいるだけではないか。あるいは自分が選手として指導されていたころ「体罰」で鍛えられた体験から、「体罰」が最も有効な方法と思い込んでしまっているだけではないだろうか。
 世界最大のスポーツ大国のアメリカは、果たして選手の育成方針として「体罰」を取り入れているだろうか。なんでも指数化して、科学的な指導法を研究しているアメリカでは、果たして「体罰」の効果をどう見ているだろうか。なぜオリンピック出場を目指す選手(日本人だけではない)はアメリカで技術の向上を図ろうとするのか、スポーツ指導者は改めて日本の精神力重視の指導法を冷静に考え直した方がいい。
 桑田氏は中学まで毎日のように練習で殴られていたという。殴って速い球が投げられるようになるなら、あるいは殴ってホームランバッターになれるのなら、だれでも指導者になれる。桜宮高校は、あらゆる体育系の部活動の指導者にボクサー出身者を招へいしたらいい。ボクサーなら、どういうパンチが効果的か、少なくともバスケットボールの指導者より殴り方はうまいはずだ。
 日本のスポーツ指導者はアメリカと科学的指導方法がなぜ大きな成果を上げているのかを、充分勉強してから自分なりの指導法を生み出す研究をした方がいいだろう。
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阿部政権は公約に反しても「聖域なきTPP交渉」に参加すべきだ

2013-01-11 22:10:03 | Weblog
 自民が早くも公約を翻した。TPP(環太平洋経済連携協定)交渉への参加を高市早苗政調会長が6日のフジテレビ番組『報道2001』で容認する発言をしたのだ。
 民主は野田前総理が早くからTPP交渉参加への意欲を公言していた。総選挙のマニフェストには、党内の「TPP交渉参加の方針をうたうと、地方では戦えない」という主張に妥協して盛り込まなかった。
 一方、自民は「聖域なきTPP交渉には参加しない」と公約していた。「聖域」とは農業分野であることは自明である。結果、地方で自民はほぼことごとく勝利を収めた。
「ふざけるな! !」
 民主・野田前総理は、今歯ぎしりしているだろう。
「そんなの、ありか!」
 そう思っているかもしれない。
 総選挙における公約(マニフェスト)とはそんなに軽いものなのか。選挙に勝つためなら、どんなウソをついてもいいのか。政党や立候補者が選挙に勝つことだけを最優先してポピュリズムに走るから、政治に対する国民の不信感が募るのだ。
 無党派層が増大の一途をたどり、投票率が低下していくのは朝日新聞社説氏が主張するように民主主義の危機ではなく、健全な民主主義政治を実現するための国民の積極的な意思表示なのである。そのことは前回のブログで書いたが、「社会の木鐸」を自負する新聞社自身が誤報や誤った主張・解釈を読者から指摘されても知らん顔をして、読者に謝罪もしなければ、訂正記事を掲載することもしないのでは、新聞社自身が健全な民主主義を育てる役割を放棄し、逆に足を引っ張っていると言わざるを得ない。
 野田前総理が消費税増税法案を提出したのは社会保障を維持するには待ったなしの状況に日本の財政事情が追い込まれたからだ。それに対してすら小沢一郎氏は「消費税増税は(前総選挙の)マニフェストで謳っていなかった」と主張して民主党とたもとを分かった。だが、前総選挙のとき、だれが東日本大震災やユーロ経済危機を予想できたであろうか。しかも前総選挙を戦った時の民主党の代表は小沢氏の盟友・鳩山由紀夫氏だった。小沢氏の離反には大義や名分がない、と私はブログで何度も書いた。今回の総選挙で小沢氏と行動を共にした小沢チルドレンはほとんど壊滅状況になった。当然である。
 自公は社会保障財源を確保する手段の一つとして消費税増税法案を成立させた3党合意の見直しすら匂わせている。自民と連立している公明が食料品などの生活必需品にかかる消費税の低減を主張し、自民も同調する構えを見せているのだ(ただ1段階目の8%増税時には間に合わないとしているが)。民主が消費税増税法案を提出し、自公を説得した時、低所得層への配慮を全くしなかったわけではない。低所得層に対しては所得税を軽減するか、あるいは何らかの形で増大する負担に見合う給付を行うことも提案している。さらにそうした方法による税収減あるいは給付金を補てんする手段として高額所得層への所得税率アップも考えていた。そのうえで「聖域なき消費税増税」を主張し、具体的な社会保障制度の在り方は有識者を含めた国民会議で検討することになっていた。そうした3党合意の正確な中身を肝心の新聞が読者に伝えていなかった。だから馬鹿げた「食料品などの生活必需品」や「新聞代」の低減税率を主張したりする政党や新聞社が出てくるのだ。私は何度もブログで書いてきたので読者にとっては耳にタコができる話かもしれないが、国産ブランド牛のひれ肉とオージービーフの切り落とし(細切れ)を同率減税にすることに国民が納得するか。
 同様にTPP交渉参加問題についても、自由貿易を目指すなら当然「聖域なき自由貿易」を目指すべきだと私は考えている。たとえば、自動車といえばアメリカにとってかつては産業のシンボル的存在だった。だから戦後一貫して保護貿易政策をとってきた日本に対し、最初に自由化を迫ったのは自動車だった。だが自動車を日本に輸出するには障壁が二つあった。
 一つは日本が国内産業を守り育てるために設けてきた高い関税率である。たとえば輸入品に欠ける関税が50%だったとしよう。するとアメリカのメーカーが100ドルで日本に輸出したとすると50%の関税が加算され日本側の輸入価格は150ドルになる。差額の50ドルは国内産業育成のための様々な名目をつけてその製品を生産する産業界にばらまかれる。その最たるものが悪名高かった「輸出奨励金」である。いまの若い人たちには夢にも想像できないだろうが、日本の高いコスト(今のように人件費が高くてコスト競争で勝てなくなったのと違って、生産技術が低くて製品の品質競争力が弱かったため、たとえばコスト的には100ドルはかかっていた日本の製品に「輸出奨励金」の名目で50ドルをメーカーに援助して差し引き50ドルで輸出できるようにしてきた時代があったのである。実際にはそんな高い関税率やべらぼうな輸出奨励金があった工業製品はあまりなかったと思うが、わかりやすく説明するために極端な数字を例として出しただけである。
 かなり自由化が進んだ今日でも高い関税で保護されている国産品は少なくない。たとえば革靴(全部ではなくても一部に皮が使われていれば適用される)は30%もしくは1足当たり4300円というべらぼうな関税障壁がある。日本の歴史で最大の汚点といってもいい差別を受けてきた人たちが革靴の職人に多いという理由からだ。差別を受けてきた人たちの苦しみは今も消えていない。差別視する人が日本から一人もいなくなるまで、彼らの苦しみに正面から向かい、救済するのは政治の大きな課題ではある。だが、高い関税で外国製品を排除することが彼らへの償いになるのか、私は疑問を禁じ得ない。第一、そんな障壁理由を海外に説明できるか。
 もっとひどいのは穀物、とくにコメと小麦である。この関税障壁は完全に外国産を締め出すためのものである。二つとも関税率ではなく1kg当たりに加算される金額である。小麦の場合は65円、コメに至っては402円である。小学2年生か3年生でも計算できるが、例えばコメの場合一般家庭がスーパーで買うのは5kgか10kgである。5kgだと2010円、10kgの場合は4020円も加算される。輸入価格が0円だとしてもスーパーが仕入れるときにこの金額を払わなければならないことになる。この加算額に流通経費や販売経費を加えると、実際の市販価格は魚沼産コシヒカリ並みの値段になってしまう。この付けは当然消費者に回る。だから国産米に劣らないといわれるカリフォルニア米もスーパーの店頭には並ばない。
 関税障壁と並ぶ、というか、あるいは関税障壁よりひどい輸出障壁(外国にとって。日本にとっては輸入障壁)があった。
 これは何でも知っているはずの池上彰も解説したことがない話だ(実際には知っているはずだが、彼の解説は若いスタッフが調べたことを分かりやすく説明しているだけで、この問題を取り上げたことがないのは池上の無知というよりスタッフの勉強不足のせいと言ったほうが正しいかもしれない)。
 江戸時代の日本の通貨は、全国で通用する徳川政府が発行した貨幣(大判・小判・・分銀・朱銀・文銭など)のほかに各藩が独自に発行していた藩札という2種類があった。徳川幕府は通貨の安定を図るため、しばしば大判・小判(通貨としての単位は両)の金含有量や朱銀の銀含有量を変え、それが失敗して悪性インフレを起こすこともあった。一方、藩札は金や銀との交換が保証されていず、極めて不安定な通貨であった。
 明治の時代になって日本の通貨は一本化され紙幣と硬貨が原則となり、単位は円と銭の2種類になった。現在通貨としての銭は発行されていないが、単位の呼称としての銭は今も使用されている。当初政府は通貨の兌換性(一定に比率で通貨を金と交換すること)を保証していたが、1931年にイギリスが金本位制を停止したのに伴って日本も金本位制から離脱し、通貨の金への兌換を停止した。その結果日本の通貨に対する国際的信用が下落し、急激な円安に陥った。当時の為替は固定相場制ではなかったのである。
 だが、この急激な円安はまだ離陸したばかりの日本の近代産業にとっては神風となった。輸出が急増し、輸出先の国にとっては国産品が日本製品との競争で極めて不利になる大きな要因となった。世界各国から日本に対し「ダンピンッグ輸出だ」と言われのない非難が浴びせられ、日本は輸出先を欧米先進国からアジアへと転換を余儀なくされた。そのアジアはすでにヨーロッパ諸国によって分割支配されていた。日本がヨーロッパ諸国と経済的利害を巡って激突するのは当然の帰結であった。ヨーロッパ諸国はアジアの支配権を防衛するため、アメリカを誘い入れて日本を孤立化する戦略に出た。それが具体化したのがABCD包囲網で、日本の産業力を殺ぐべく石油の日本への輸出をストップする手段に出た。これが日本を一気にアジア支配のための軍事行動に駆り立てた経済的要因である。
 言っておくが、私は「あの戦争」について当時の日本政府や軍部、さらに国民の軍国主義化への傾斜を水先案内した大新聞社を擁護するつもりは毛頭ない。これまで何度もブログで書いてきたように、「あの戦争」(朝日新聞は「アジア太平洋戦争」と定義し、読売新聞は「昭和戦争」と定義している)をきちんと総括するには、単に日本軍がどうしたこうしたといった反人道的行為を検証し批判するだけでは意味がないということを主張してきた。
「勤王」「尊王」「攘夷」といった明治維新の原動力になったそれぞれ異なる三つのエネルギーがなぜ「尊王攘夷」という四字熟語でくくられ、しかも最大の討幕エネルギーとなった攘夷エネルギーが、明治政府が成立した途端、あっという間に煙のように消滅して開国に至るという日本史上最大のパラドックスをきちんと解明しないと、なぜ日本が軍国主義に傾斜していき、国民が日本の軍国主義化を後押しし、さらにまだ軍部による検閲が始まるはるか前の日露戦争終結時に朝日新聞や読売新聞などの大新聞が政府の弱腰外交に怒った国民をあおりにあおったのかを論理的に検証することが、二度とマスコミ自身が大きな過ちを犯さない教訓にすべきだと主張してきた。
 ちょっと横道にそれたが、高い関税率とは別のもう一つの障壁の話をするはずだった。その話をするために「通貨」の意味から「戦争問題」にまで話がずれてしまった。そのもう一つの障壁とは為替である。
 話を元に戻す前提として戦争時の各国の通貨状況について簡単に説明をしておきたい。先進国は自国の経済発展のみを最優先し、勝手に自国の通貨を切り上げたり(自国産業にとって必要な物資を安く輸入するため)、逆に通貨を切り下げたり(自国の産品の輸出を有利にするため)してきた。これが貿易摩擦を生む最大の要因となり、世界大戦を引き起こした原因の一つになったという反省から、戦争末期の44年、米ニューハンプシャー州ブレトンウッズで終戦処理の課題の一つとして国際通貨体制を相談する国際会議が開かれた。
 この会議で国際的に安定した為替ルートを定めて自由貿易を推進することが決められ、IMF(国際通貨基金)が設立された。この時きめられた固定通貨体制をブレトンウッズ体制という。その際、米ドルが各国通貨との固定為替の基準にすることも決められた。なぜ米ドルが世界の基準通貨になったか。ドルだけが金との兌換性を保証していたからである。
 実は、信じがたいと思われるかもしれないが、戦争直後の為替レートは1ドル=15円だった。が、急激なインフレで1947年3月には1ドル=50円、48年7月には1ドル=270円に下落し、最終的には49年に1ドル=360円で固定されることになった。
 このブレトンウッズ体制(あるいはIMF体制とも呼ばれる)の下で日本は戦後奇跡的な経済回復を成し遂げる。日本だけでなく、敗戦国のドイツやイタリヤも自国通貨の安さのおかげでやはり輸出を増大し、戦後自由貿易世界の勝ち組3国になった。
 そのあおりを食ったのが戦後世界経済の常に中心的地位にあったアメリカである。金との兌換性を維持してきた米ドルが、どんどん海外に流出し始めたのである。貿易は国際基準通貨である米ドルで行われてきたため、日本をはじめ貿易収支の黒字国は黒字部分をドルで貯め込んでいった。
 このドル流出に悲鳴を上げたアメリカはついに71年8月15日、あたかも日本の敗戦日に合わせるかのように当時の米大統領だったニクソンがドルと金との交換停止を発表した(ニクソン・ショック)。その後も多少為替レートを変えて固定相場制がいったん維持されたが(スミソニアン体制)、そんな小手先の方法ではドルの流出は止まらなかった。結局73年2月に日本が先陣を切って変動相場制に移行し、翌3月にはEC諸国(EUの前身)が続き、こうして固定相場制は自由主義国家間では消滅した(現在経済大国で固定相場制をかたくなに維持しているのは中国だけである)。
 さて話を現在に戻すが、昨年の日本の輸出企業は為替相場を1ドル=90円と想定して生産計画を立てていた。だが1ドル=80円すら割る状況になり、作れば作るほど、また輸出すればするほど赤字が膨れ上がるという状況に追い込まれた。さらに日本の工業製品の輸出先には高い関税障壁が立ちふさがっていた。ハイテク工業製品の輸出で支えられてきた日本経済が危機的状況に追い込まれたのはそのせいである。
 今はようやく円高にストップがかかり、株価も急上昇を始めた。EUの金融危機が回避されそうな兆しが見えたこと(まだ不安定な要素は残っているが)、さらにアメリカの「財政の壁」を、共和党が反対してきた「富裕層への課税強化と中間層への減税」というオバマ経済政策に最終的に同意した結果、アメリカの経済再建への期待が膨れ上がったことがその要因である。
 私がここまで述べてきたことは、自由主義圏、特に先進国の経済は自国の都合だけではどうにもならないということである。となれば自由主義圏の国家間の通商関係も、自国の都合を優先しようとすれば孤立化せざるを得なくなるということを意味する。
 世界ダントツの経済大国のアメリカといえど、競争相手の関税障壁を許容し、アメリカだけが関税障壁を撤廃したらたちまちアメリカ産業界は壊滅状態に陥る。いま先進国間で最大の関税障壁問題になっているのは農業分野である。アメリカやEU諸国も農業分野には、日本ほど極端ではないが保護政策をとっている。そのため農業分野にしか活路を見いだせない開発途上国にとっては、先進工業国の農業保護政策は経済格差を拡大するだけ、といった不満が根強くある。日本も含め先進国は自ら血を流しても、そうした途上国の悲鳴に真摯に耳を傾けるべきである。
 86年から95年にかけてIMF体制下での最長のロングラン通商交渉となったウルグアイ・ラウンドでは、先進国の農業保護政策の見直しが最大のテーマとなった。アメリカは「アメリカも農業保護をやめるから他の先進国も農業保護をやめないか」と主張したが、農業保護をやめると政権がつぶれることだけしか考えない他の先進国(もちろん日本もその中に含まれる)の猛反対により、10年かけた長期交渉でも農業分野の自由化は実現しなかった。以来世界規模での自由化の交渉は途絶し、地域単位の自由化を進めながら。それが実現した将来、再び世界的規模での貿易自由化の仕組みの構築について話し合おうという流れになった。そういう流れの中で地域貿易の自由化圏構築を目的にした試みの一つがTPPなのである。
「聖域なきTPP]交渉に参加して、日本が自ら血を流しても発展途上国のために農業保護をやめると宣言すれば、他国にとって「脅威となる軍事力」を持たなくても、日本の国際的発言力は飛躍的に高まる。「軍事力の強化には反対、しかし農業保護は大切だ」と主張する政党や政治家は、では日本は世界の孤児になってもいいとお考えなのだろうか。軍事力は強化せず、集団自衛権も否定、しかし農業保護(実際には農家の大多数を占める兼業農家への援助を意味する)は続けて、かつ世界の孤児にならずにすむ方法があったら、その方法を具体的に示していただきたい。いま日本がTPP交渉に参加することを国民が支持するか否かに、日本人の民度が問われている。
 TPP交渉はもう最終段階に差し掛かっている。待ったなしの状況の中で、安倍政権は、このブログの冒頭に書いたことと相反する主張に見えるかもしれないが、「聖域なきTPP交渉」への参加を決意すべきだ。たとえ、公約が軽い、と国民の政治不信を増大することになったとしてもだ。
 
 
 
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朝日新聞社説氏は「民主主義」という概念を全く理解していないようだ

2013-01-07 04:03:52 | Weblog
 新年のご挨拶だけ「です・ます」体でブログを書いたが、今日から私の本来の文体である「である」体でブログを書くことにする。この二つの文体は前者が丁寧な表記、後者が断定的・強調的表記とされているが、昔から何となく違和感を感じてきた。「です・ます」体に対比する表記法としては「だ・ある」体とするのがより正確ではないかという疑問がぬぐえないのである。そんな、なんとなく釈然としない気持ちを抱きながら、今年も「である」体でブログを書くことにしたというわけだ。
 新年早々の5日の社説で朝日新聞は『民主主義を考える』と大上段に構えた「民主主義論」を唱えた。朝日新聞社説氏の「民主主義」についての理解の浅薄さがよく理解できた。この程度の主張に通常の社説のスペースをはるかに超えるスペースを割いた意味が全く理解できない。社説の書き出しはこうだ。

 民主主義を考えたい。
 政治の病は、民主主義じたいが風邪をひいている表れのように思えるからだ。
 政治不信は深まり、政党の支持者は細った。人々は「支持」よりも「不支持」で投票行動を決めているようにみえる。根の枯れた政党は漂い、浮き沈みを繰り返す。

 この社説の筆者は、基本的に「民主主義」というシステムの本質を理解されていないようだ。私はこれまで、何度も民主主義の欠陥についてブログで論じてきた。しかし民主主義に代わるよりベターなシステムが発明されるまでは、今のところ民主主義をより成熟させていく方法を模索し続けるしかない、とも書いてきた。
 民主主義が求められるのは基本的には政治の世界の話である。軍隊などのヒエラルキーが確立している組織には民主主義はありえない。軍隊ほど厳密ではなくても、ほとんどの組織(共同体と言っても良い)には緩やかであってもヒエラルキーがやはり存在し、民主主義は存在しえない。
 また政治の世界でも肝心の政党の内部には民主主義は存在しえない。民主主義が機能するのは選挙民が議員を選ぶための選挙と、党員(サポーターを含む党もある)や議員が党の代表や党の支部長を選ぶときの選挙、そして議会で法案や条例を採決するときの三つだけである。いずれも多数決で決めるのが民主政治の大原則である。
 かといってこの三つのすべてに民主主義が完全に保証されているかというと、必ずしもそうではない。共産党と公明党を除き、党内が一枚岩ではないからだ。共産党や公明党も外部からは見え難いだけで、党内が一枚岩とは限らない。共産党員や公明党員は何万といるはずだから、その人たちが全員同じ考えや思考方法を自発的に持つなどということはありえない。
 まして自民党や民主党のように右から左までいろいろな思想・政治信条を持つ人たちが寄せ集まっている政党は、内部に多くの派閥(民主党の場合はグループ)を抱えている。しかも派閥やグループ内の議員が完全に同一とまでは言わなくても比較的近い政治信条を共有しているかというと、そうでもない。選挙のときに世話になった、資金面で応援してくれた、というやくざの世界と同じ理由で派閥やグループに属してしまう。
 さらに理由はどうであれ、いったん派閥に入ると、派閥のトップと考え方が違うと気づいても、自分の政治信条に近い別の派閥に移ることは不可能である。昔、映画が全盛期だったころ、トップスターの引き抜きを防ぐため五社協定によってスターを拘束していた時代があった。そのような公然たる協定を派閥同士が結んでいるわけではないが、暗黙の了解事項として派閥間の移行はできない仕組みになっている。
 どうしても自分が属する派閥の意向にはついていけないと思ったら派閥から離脱して無派閥議員になるか、離党するしかない。政党助成金は党に入るが、さらに派閥単位に配分される。したがって無派閥になると政党助成金は貰えなくなる。そのため最低5人の議員が集まって新党を作り政党助成金を貰える資格を確保するしかない。当然人数集めが目的だから政治信条の共有は二の次にならざるを得ない。
 こうしたやくざの世界のような政治の世界に、健全な民主主義が育つわけがない。日本国民が政治に直接関与できるのは選挙のときだけである。朝日新聞社説氏は「政治不信は深まり、政党の支持者は細った」ことを民主主義の危機と考えているようだが、私は全く反対の考え方をしている。むしろかつてのように所属する組織(業界団体や労働組合など)の指令に従わない人たちが増えてきた結果、選挙民が自分の考えで投票行動をするようになったためだと私は考えている。その要因はいくつか考えられる。自分が所属する組織が自分を守ってくれなくなったという厳しい現実が一つ考えられる。労働組合の組織化率が低下の一途をたどっているのもその表れと言えよう。その結果投票行動は自分が所属する組織の指令に従わず、自分で決めるという人たちが増えたのが無党派層の増加に結びついている。特定の政党の支持者が減ったのはその結果で、それは民主主義の後退ではなく、むしろ民主主義の前進だと私は考えている。
 それが証拠に今回の総選挙前の世論調査では、「今回の選挙に関心を持っている」「投票には必ず行くor多分行くと思う」と答える人は決して減っていない。だがふたを開けてみると投票率は低かった。このギャップを朝日新聞の社説氏は考慮に入れなかったようだ。一番この現象を理解したのは圧勝した自民党幹部だった。選挙で圧勝はしたが、自民党の候補者が獲得した票、比例区で自民党が獲得した票は前回に比べほとんど増えていなかったからだ。つまり、総選挙に関心があり、投票に行くと考えていた無党派層が、変わり映えのしない各政党の公約に拒否反応を示したという正確な理解を自民党は持ったようだ。だから「勝った、勝った」とぬか喜びせず、今年夏の参院選で支持層を増やせなければ総選挙で勝った意味がないと兜の緒を絞めるのに必死になっている。
 政党支持層が減少している傾向を、このように論理的に考えると、ジャーナリズムの使命は政治における民主主義をいかに成熟させていくかにあるのではないか。つまり無党派層が増大している傾向を民主主義の危機ととらえるべきではなく、民主政治の在り方について既成概念にとらわれず、白紙の状態から見直す必要があると私は考えている。
 たとえば沖縄の問題を考えてみよう。沖縄県の面積は日本全体の1割以下にすぎないが、この狭い地域に在日米軍基地の7割以上(ただし自衛隊との共用血を除いた米軍専用地)が集中している。こうした状態に対し、2010年、毎日新聞と琉球新報が沖縄県民を対象に行った世論調査によると、「米軍基地を整理縮小すべき」が50%、「撤去すべきだ」が41%に達している。この世論調査は沖縄県民全体に対して行われた。もし基地周辺5km以内の、基地とは一切利害関係がない住民を対象に同様の世論調査を行えば、おそらく99%以上が「基地撤去」を求めるであろう。
 一方、沖縄県を除く日本のすべての都道府県民を対象に同様の世論調査を行ったとしたらどういう結果が出るだろうか。残念ながら、そういう世論調査を行ったマスコミはないようだ。で、私の推測だが、もし同様の世論調査を行っていたら、やはり沖縄県民に対する同情票が多数を占めるだろうとは思う。だが、その人たちに「では沖縄の米軍基地の一部が、あなたの住居の5km以内に移転するとしたら反対しませんか」と重ねてアンケートを取ったら、おそらく100%近くが「反対する」と答えるであろう。
 民意を集約して政治を行うのが、政権政党の責任だが、沖縄県から選出された国会議員(衆参合わせて)は全国会議員の何%いるか。沖縄県民の叫びは政治にはほとんど反映されることがない……残念ながら、それが民主主義政治の正しい在り方なのである。もし少数意見が国を動かすというようなことになったら、それは民主主義とは相容れない独裁政治ということになる。社説は言う。

 不支持という負の感情を燃料に、民主主義はうまく動くのだろうか。

 実は私はしばしば白票を投じに投票所に行く。なぜ白票をわざわざ投じに足を運ぶのか。支持できる候補者・政党がないことを自分の明確な意思表示として主張するためである。社説氏は完全に勘違いしているようだ。「不支持」というのは選挙民の積極的な意思の表示である。
 残念ながら立候補者は、自分の本音で選挙活動をしていない。とにかく票を集めなければ議員のバッチを胸に付けることが出来ない。だから出来もしない約束を選挙民にしたり、おもねったりする。そういう人に一票を投じることが民主主義をうまく動かせる方法なのか。
 戦争に負けた日本にGHQが「アメリカ型民主主義」を持ち込んだ。そのアメリカの大統領の演説で日本人の誰もが知っている二人の名セリフ(あえて「セリフ」と言わせてもらう)がある。
 その一人はエイブラハム・リンカーン。南北戦争で北軍の総司令官でもあり、「奴隷解放の父」と今でも言われている。そのリンカーンが北軍の勝利を決定づけた1863年のゲティスバーグの戦いの直後の演説で語った言葉だ。
「人民の、人民による、人民のための政治」
 このわずか1行がアメリカ民主主義の原点になり、リンカーンは歴代大統領の中で今でも最大の人気を得ている。リンカーン像の真実は後で述べるが、もう一人名セリフでリンカーンに次ぐ尊敬の念を集めている大統領がいる。その人の名はジョン・F・ケネディ。彼が大統領に就任した時の演説にこの一文があった。
「祖国があなたに何をしてくれるのかを求めるのではなく、あなたが祖国のために何ができるかを考えてほしい」
 これは偶然だろうが、リンカーンもケネディも暗殺者の凶弾に倒れた。この事実も二人が永遠の英雄に祭り上げられた要因の一つになったと思う。
 ではこの二人の実像はどうだったのか。
 まず、リンカーン。彼は奴隷解放主義者ではなかった。その証拠はいくつも残っている。リンカーンが大統領になった時期、南部と北部は激しい感情的対立状態にあった。それまで大統領の椅子は民主党が独占し続けていたが、民主党の選挙基盤は南部の富裕農民だった。リンカーンは共和党に属していたが、共和党が優勢だった北部選挙民の支持だけでは大統領選挙に勝てないことがわかっていた。そのため大統領選挙に際し、奴隷制を認めている南部の諸州について「奴隷制度に直接的にも間接的にも干渉する意図はない」と宣言している。現にリンカーンの支持基盤である北部にも奴隷制度を実施している州がいくつかあったが、リンカーンはこれらの州に対して奴隷制の維持を保証すらしている。ただ北部軍の幹部に奴隷解放論者がかなりいたこと、また降伏した南部の州の奴隷を解放して北軍の兵士にしたほうが戦局を有利に展開できると主張する幹部の意見を取り入れ、戦争に勝つため降伏した南部の州の奴隷を次々に開放し、北軍の戦力を強化したというのが、「奴隷解放の父」と呼ばれているリンカーンの実像である。そんなリンカーンだから、戦争に勝利した後の処理について政権内部の奴隷解放論者たちから「なぜ戦争に勝てたと思っているのか」と迫られ、最後は渋々『奴隷解放宣言』に大統領として署名したというのが歴史的事実である。リンカーンが人権主義者だったというのも真っ赤な嘘で、彼の真の目的は奴隷解放ではなく、原住民のインディアンの撲滅であった。単にインディアンを草も生えない僻地に追いやっただけでなく、リンカーンの指令に従わなかったインディアンの大量殺戮さえ、総司令官として軍に命令している。そんな人間が自分の信念として「人民の、人民による、人民のための政治」などという名セリフを自ら考えたとは到底思えない。誰か、例えば今の日本でいえば糸井重里級のコピーライター(そんな職種が当時あったかどうかは知らないが)が考え出した世界史上最大級の名コピーだったと言えよう。
 もう一人のケネディの実像はどうだったか。ケネディがニクソンとの大統領選で勝利を得たのは、マフィアの組織的・資金的援助がものを言ったという事実は今では公然化している。まずケネディの父親が事業を成功させ、いわゆる「ケネディ財閥」を形成する過程でマフィアとの関係を深めていた。ケネディは父が築いたマフィアとの関係を選挙のために利用し、マフィアやマフィアと関係が深い労働組合や非合法組織を巻き込んだ大規模な不正資金集めや選挙活動を行ったのである。また超大物歌手のフランク・シナトラがケネディの応援を買って出て、自分と関係の深いマフィアにケネディの応援を頼み、資金集めや組織を動員しての選挙活動をさせていたことも今では明らかになっている。これらの事実はFBIが盗聴していて、その証拠を入手したニクソンがケネディ攻撃の材料として使おうとしたのをニクソンの選挙参謀だった前大統領のアイゼンハワーがなぜか反対した(巷間では「お前も叩けば誇りが出る男だ。泥仕合になったらアメリカは国家の威信を損なう」とニクソンを説得したと言われている)。謎の自殺を遂げた世紀の美女マリリン・モンローもケネディの愛人だったという話は有名で、大統領になったケネディが不倫の清算をするためマフィアに頼んで「自殺」させたという噂もいまだに根強く流れている。ケネディは大統領就任演説で「マフィアがあなたに何をしてくれるのかを求めるのではなく、あなたがマフィアのために何ができるか考えてほしい」と述べるべきだったかもしれない。
 リンカーンやケネディの実像はともかく、言葉は一人歩きする。そういう意味では「人民の、人民による、人民のための政治」は民主主義政治の理想として私たちはそういう理想が現実化する社会を建設するための努力を惜しんではならないと私は思う。また「祖国があなたのために何をしてくれるのかを求めるのではなく、あなたが祖国のために何ができるかを考えてほしい」という言葉も、民主主義社会における権利の主張に伴う義務と責任の関係を常に念頭に置いた行動をすべきこととして、私たちは心に刻み込むべきだと私は思う。朝日新聞の社説氏は締めくくりでこう書いた。

 期待に応えぬ政治を嘆き、救世主を待つのは不毛だし、危うい。簡単な解決策を語るものは、むしろ疑うべきだ。
 市民自ら課題に向き合い、政治に働きかける。政治は情報公開を進め、市民の知恵を取り入れる仕組みを整える。 
 投票するだけの有権者から、主権者へ。「民」が主語となる本来の民主主義へと一歩、踏み出すしかない。

 私はこの文を次のように書き換えたい。

 期待に応えぬ新聞を嘆き、救世主を待つのは不毛だし、危うい。簡単な解決策を語る新聞は、むしろ疑うべきだ。
 読者自ら課題に向き合い、新聞に働きかける。新聞は誤報や事実についての間違った解釈をした記事について素直に過ちを認め。読者の知恵を取り入れる仕組みを整える。
 購読するだけの読者から、主張する読者へ。「読者」が主語となる本来の「社会の木鐸」へと一歩、踏み出すしかない。
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「のど元過ぎて熱さ忘れるな」--原発・オスプレイ・沖縄基地軍人犯罪について

2013-01-02 10:21:56 | Weblog
 明けましておめでとうございます。
 昨年は体調が回復した夏からブログ活動を再開して以降、多くの方々に訪問・閲覧していただいてありがとうございました。
 昨年のブログ活動について、反省すべきことがあります。あまりにも私のブログが長文のため「読んでいて疲れる」という友人からの指摘をたびたび受けました。ツイッターやフェイスブックなど簡潔なメッセージがインターネットでの主張発信の主流になっていることを考えると、やはりもっと簡潔なブログ記事を書くべきだろうという結論に達しました。で、今年は多くても原稿用紙にして400字詰め10枚以内(文字数実数で約3500字)に収めることを目標にすることにしました。それを可能にするには本筋から外れた余談は極力省き、「余談が面白い」という声も多数いただいていますので、余談は独立したエッセイ風なブログで書きたいと思います。

 というわけで、今年の最初のブログのテーマは「のど元過ぎても熱さ忘れるな」をエッセイ風に書くことにしました。このテーマはもちろん「のど元過ぎて熱さ忘れる」という日本人の特性に対する戒めです。
 その典型的な例として原発問題とオスプレイ問題、沖縄基地問題について書きます。すべて共通した要素があるからです。
 まず原発問題ですが、私のブログ読者は私が単純な「反原発」派ではないことをご存知です。福島原発の事故が起きるまで「日本の原発は世界一安全」という安全神話に政府も電力会社も「反原発」派を除く大多数の国民は寄りかかってきました。
 なぜでしょうか。広島・長崎という被爆体験を世界で唯一DNAに刻み込んできた日本人には原子力に対する根強い反発があります。そのため原発をつくるというとたちまち地元だけでなく広く反対運動が巻き起こってきました。その反対運動が政府や電力会社に「絶対に事故を起こしてはならない」という緊張感を培ってきたのです。その緊張感が「世界一安全な原発」を過去40年間にわたり維持してきた最大の理由です。しかし原発に限らず、安全な状態が続くと緊張感がどうしても薄らいできます。
 たとえば自動車の運転免許を初めてとった当初は誰でも安全第一を重視した運転をします。しかし、危険な目に合うこともなくある程度の年月がたつと、「自分は運転がうまいんだ。事故なんか絶対起こさない」という自信過剰状態に陥ります。20歳前後の若い人に無謀運転による事故が多いのはそのせいです。その一方若い人は運転技術は確かに上手です。だから若い人の起こす事故は重大な人身事故(無謀運転が原因です)の比率は高いのに、物損事故の比率は低いと思います(これは論理的推論です。おそらく損保会社が事故の実態を調べれば私の推論は実証されると思います)。したがって若い人の重大な人身事故を防ぐためには保険制度を抜本的に見直し、人身事故についての保険料を高くし、物損事故の保険料は安くするという方法にすれば、若い人の無謀運転は減少するはずです。一方結婚して子供ができるころになると運転は慎重になります。そういう人に対する保険料は安くできるはずです。高齢者になると運転操作は慎重になるため無謀運転による人身事故の発生率は下がりますが、とっさの時の判断力が低下しているためブレーキとアクセルの踏み間違いを生じるケースが増大しますから人身事故に対する保険料は安くし、物損事故の保険料を高くすると事故率はやはり減少するはずです。余談はやめると言いながら、また余談になってしまいましたが、要するに緊張感をどうやって持続させるかが、原発にせよ自動車事故にせよ未然に防ぐための最良の方法だということを言いたいのです。
 私が言うことは一見矛盾しているかのように思われるかもしれませんが、原発の安全神話を復活させるためには、常に政府や電力会社に緊張感を持続させるための「反原発」運動が絶対不可欠だというパラドックスです。民主主義の権力に対するチェック機能というのはこういう時最大の効果を発揮するのです。民主主義にはまだまだ多くの欠陥がありますが、見捨てたものでもないという格好の例がこういう時発揮されるのです。
 安倍首相が新しい原発建設の方針を打ち出しています。私は一概にその方針を否定するものではありません。しかし安倍首相が言う「これから建設する原発は40年前に作られた福島原発とは比較にならないほど安全性が高まっている」という主張には同意できません。具体的な根拠を明らかにしていないからです。もちろん40年の間に原発の技術は相当程度高まっているだろうことは私もわかります。しかし私に理解できるのは「相当程度」というあいまいなものです。原発建設に何の責任もない私なら「原発の安全性はこの40年間で相当程度高まっているはずだ」と言っても、だれからも責任を問われません。しかし日本のかじ取りをする最高責任者である首相はその発言に責任を負わなければならないのは当然です。安倍首相が「安全だ」という以上、「どの程度安全になったのか」という根拠を示す必要があります。たとえば福島原発の原子炉に比べ、使用する材料や構造がどう変わり、その結果安全性が何%向上したか、といったことを国民にきちんと説明する必要があります。具体的根拠を示さず「首相である俺の言うことを信じろ」方式の押しつけには説得力があるはずがありません。
 オスプレイ問題もそうです。私は何度もブログでオスプレイはまだ安全な飛行機だという検証はされていないと主張してきました。オスプレイ搬入を認めた野田内閣の森本防衛相は一回オスプレイに乗っただけで「安全であることが確認できた」と日本の米軍基地への配属を認めました。いまのところ米国防総省も日本に配備したオスプレイが事故を起こしたら日本中が大変な大騒ぎになり、一気の米軍基地撤廃運動が燎原之火のごとく広がることはわかっていますから、ものすごい緊張感を持って運営に当たっていますから事故を起こす確率は非常に低いだろうとは私も思います。しかし、これも「のど元過ぎれば熱さ忘れる」で、無事故運行が続くのに反比例して緊張感が失われていくのは原発の安全神話がどのような過程で作られていったかを考えれば一目瞭然です。日本人のオスプレイに対する危機感が薄らいでいくのと軌を一にして米軍の緊張感も失われていき、そしていつの日か取り返しのつかない事故を起こす可能性が高まっていくことはもうこれ以上言う必要はないでしょう。
 最後に米軍兵士の犯罪問題です。これも「のど元過ぎれば熱さ忘れる」ケースの一つです。というより、これほど繰り返されると「のど元過ぎないうちに熱さ忘れる」と言いたいくらいです。いくら沖縄米軍基地の総司令官が「基地外での飲酒を当分禁止する」と言っても罰則規定がないのですから、そんな禁止令なんか何の効果もありません。将来の出世を望んでいる軍人には効果があるでしょうが、もともとそういう軍人が基地外で婦女暴行などの犯罪を犯すわけがありません。将来の出世が期待できない軍人が犯しがちな犯罪であることを考慮に入れると、厳しい罰則規定を盛り込んだ禁止令でないと意味がないと言えるでしょう。
 年初めの今日はこれでブログを終えますが、何事も「のど元過ぎても熱さを忘れさせない仕組み」はあらゆることにつながる問題です。このことを今年のブログ活動のテーマとして書いていきたいと思っています。
 今年もよろしくお願いします(文字実数は約3000字に収めました)。

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