A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 230 冬の日、樹の下で

2016-01-09 23:49:27 | ことば
 あらゆるものには距離があるのだ。あらゆるものは距離を生きているのだ。
 そして、あらゆるものとのあいだの距離を測りながら、人間はいつも考えているのだ。幸福というのは何だろうと。幸福を定義してきたものは、いつのときでも距離だったからだ。
 移ってゆく日差しとの距離。小さな花々との距離。川との距離。丘との距離。
 生まれた土地との距離。
 海との距離。砂との距離。潮の匂いとの距離。遠い国の、遠い街の、遠い記憶との距離。亡き人との距離。
 星との距離。夜啼く鳥との距離。森との距離。
 素晴らしく晴れわたった、冬の或る日のこと。
 葉という葉を殺ぎ落として立っている大きな樹が、樹の下で、幸福について考えていた一人の小さな人間に話しかけた。
 何もないんだ。雲一つない。近くも遠くもないんだ。無が深まってゆくだけなんだ、うつくしい冬の、窮まりない碧空は。
 幸福? 人間だけだ。幸福というものを必要とするのは。

長田弘「詩の樹の下で」『長田弘全詩集』みすず書房、2015年、583頁。

幸福の距離って何だろう。