あらゆるものには距離があるのだ。あらゆるものは距離を生きているのだ。
そして、あらゆるものとのあいだの距離を測りながら、人間はいつも考えているのだ。幸福というのは何だろうと。幸福を定義してきたものは、いつのときでも距離だったからだ。
移ってゆく日差しとの距離。小さな花々との距離。川との距離。丘との距離。
生まれた土地との距離。
海との距離。砂との距離。潮の匂いとの距離。遠い国の、遠い街の、遠い記憶との距離。亡き人との距離。
星との距離。夜啼く鳥との距離。森との距離。
素晴らしく晴れわたった、冬の或る日のこと。
葉という葉を殺ぎ落として立っている大きな樹が、樹の下で、幸福について考えていた一人の小さな人間に話しかけた。
何もないんだ。雲一つない。近くも遠くもないんだ。無が深まってゆくだけなんだ、うつくしい冬の、窮まりない碧空は。
幸福? 人間だけだ。幸福というものを必要とするのは。
長田弘「詩の樹の下で」『長田弘全詩集』みすず書房、2015年、583頁。
幸福の距離って何だろう。
そして、あらゆるものとのあいだの距離を測りながら、人間はいつも考えているのだ。幸福というのは何だろうと。幸福を定義してきたものは、いつのときでも距離だったからだ。
移ってゆく日差しとの距離。小さな花々との距離。川との距離。丘との距離。
生まれた土地との距離。
海との距離。砂との距離。潮の匂いとの距離。遠い国の、遠い街の、遠い記憶との距離。亡き人との距離。
星との距離。夜啼く鳥との距離。森との距離。
素晴らしく晴れわたった、冬の或る日のこと。
葉という葉を殺ぎ落として立っている大きな樹が、樹の下で、幸福について考えていた一人の小さな人間に話しかけた。
何もないんだ。雲一つない。近くも遠くもないんだ。無が深まってゆくだけなんだ、うつくしい冬の、窮まりない碧空は。
幸福? 人間だけだ。幸福というものを必要とするのは。
長田弘「詩の樹の下で」『長田弘全詩集』みすず書房、2015年、583頁。
幸福の距離って何だろう。
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