A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 090 芸術の未来

2012-07-30 06:09:05 | ことば
 芸術の未来は、もうそんなに長くはない。なぜなら、すべての芸術が集団的なものとなったのに、今ではもう集団生活なんて存在しないからである(せいぜい、死んだ集団があるにすぎない)。そしてまた、肉体とたましいのあいだの真の結びつきがたち切られてしまったためでもある。ギリシアの芸術は、草創期の幾何学や運動競技と同じ時代の産物であったし、中世の芸術は職人たちの時代、ルネサンスの芸術は、機械時代の初めとそれぞれと一致していた……1914年以降、完全な断絶が生じている。喜劇すらも、ほとんど成立不可能なありさまである。かろうじて、風刺詩に余地が見出されるばかりである(ユウェナーリスの理解がもっとやさしかったのは、あれはいつのことだったか)。芸術の再生ということは今ではもう、非常にアナーキーのただ中からでなくては望み薄であろう。――おそらくは、叙事詩がよみがえることだろう。というのは、不幸のために、多くの事柄が単純化されてしまっているだろうから。……だから、あなたが、ダヴィンチやバッハを羨やんでも致し方がないのである。今日では、偉大であろうとするなら、もっとちがった道を歩むより仕方がない。しかも、それは、孤独で、晦渋で、どんな反響も呼ばぬものでしかありえないであろう……(ところが、反響がなければ、芸術もないのだ)。
シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫)』田辺保訳、筑摩書房、1995年、pp246-247.

 ヴェイユが、芸術を「孤独で、晦渋で、どんな反響も呼ばぬものでしかありえない」と、預言しえていることに驚く。

ちなみに、文中「1914年以降」とあるのは、第一次世界大戦の勃発を意味していると思われる。

また、「ユウェナーリスの理解がもっとやさしかったのは、あれはいつのことだったか」に出てくる「ユウェナーリス」とは、「健全なる精神は健全なる身体に宿る」や「パンとサーカス」の言葉で知られるデキムス・ユニウス・ユウェナリスのこと。
 「健全なる精神は健全なる身体に宿る」とは、本来は「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」の意味である。
 ナチス・ドイツはこの言葉をスローガンとして掲げ、身体を鍛えることによってのみ健全な精神が得られるかのような意味へと改竄し、軍国主義を推し進めた。結果、本来の意味は忘れ去られ、誤った意味で広まることになった。つまり、ユウェナーリスの理解が曲解・誤解されて今に至っていることを示唆しているのである。