筆者はタクシーの助手席に乗車した。そして運転手さんに「ナポリ港発18時15分のCAREMARの高速船のチケットを持っている。これに間に合うかね?」と問うたらば、ドライバー氏は、右掌を2-3度回転させながら「間に合うかもしれないし間に合わないかもしれない。だが間に合うようにやってみよう」と言った。ドライバー氏はアクセルを踏み込み急発進をした。高速道路に入るや否や時速130kmで飛ばし、割り込み、幅寄せ、煽り、被せ、パッシングとありとあらゆるマナー違反を繰り返して先を急いだ。ドライバー氏は前の車にぶつかりそうなほど接近すると急ブレーキをかけ、車間距離を出来るだけ短く保つような曲芸運転を続けた。助手席に座った筆者は当然生きた心地がしない。恐怖におびえながら、ダイアナ妃のように、衝突事故で急死の展開を覚悟した。ドライバー氏はマナー違反はイタリアの常識とでも言わんばかりで「これがイタリアのパボーラ(power)さ、なあ~に、いつもの事でどうってことはないよ」と涼しげな表情で鼻歌まじりでハンドルを捌いた。高速を降りて一般道に入ると案の定夕方の渋滞に巻き込まれた。だが、このドライバー氏は、前を行くバスがのろのろ運転をすると見るや、反対車線を逆走してその前に回り込んだり、横道から入ろうとする車に接触寸前まで近寄り、わずかな隙間を見つけては割り込んでいく。実に危険極まりない運転だが、ナポリではこれが当たり前と言うのだからイタリアの適当さは現実に接しなければ理解できないだろう。この軽業的悪質危険運転の繰り返しの末、タクシーはナポリ空港からわずか20分でナポリ港のベベレッロ埠頭に到着した。まともに運転マナーを守り、道交法を順守しのろのろと安全運転に徹したならば優に1時間を要したのだから、奇跡的であった。この雲助タクシーに乗らねば19時発のSNAVの高速船にも乗り遅れる可能性があったので、彼には感謝せねばなるまい。料金は15ユーロだったが、筆者はこのドライバー氏に危険運転体験料のお礼も含め50ユーロ札を握らせてから分かれた。18時05分にCAREMARのチケット売り場に辿り着いたが、売り場前には既に18時15分発の高速船の切符を求める人々が長い列を作っており、この行列に加わればその便に間違いなく乗り遅れると判断した筆者は、午後7時発のSNAVの高速船に切り替える事を素早く決断した。SNAVのチケット売り場前には誰も並んでいなかったので結果的にはこの決断が正しかった。SNAVの切符売り場のおばねーさんに対し「午後7時発のプロチダ行きを一枚欲しい。それから3日後の9月19日にプロチダからナポリに戻るので往復で購入したい」と告げると彼女は「往復切符は当日中の往復に限って販売している。日を跨いでの前売り切符は発券出来ない」と言った。何とも融通の利かない船会社だ、佐渡汽船ならその種の切符は喜んで売ってくれると言うのに。だが、ここは佐渡ではない、イタリアだ。郷に入らば郷に従えである。筆者は「OK、じゃあプロチダで買うよ」と言い残しその場を去った。
事前購入してあったCAREMARの乗船切符は出発予定時刻の30分前に乗船手続きをしないと無効になるが、飛行機のナポリ到着が20分遅延した時点で既にそれの無効は決定していた。船に間に合えば新たにチケットを買い直すつもりでいたので、19.4EURは最初からドブに捨てたようなものだったが、後から考えると結果的には災い転じて福となっていた。ちなみにSNAVの料金は諸税を含め16.9EURとCAREMARよりも安かった。
行列を作っているのはCAREMARの高速船に乗る人々で、その手前のSNAVの切符売り場には誰も並んではいなかった
事前購入済みのCAREMARの乗船切符引き換え証