怠慢主婦 ドイツで同居 

日本食を食べなくなり義両親のしもべと化し、すでに何年になるだろう。遠い目しながら今日も行き抜いてやるぞっ

体力保持のために引きこもりたいと思う

2019年03月31日 | 交友関係
ブラジル人R子さんの誕生日会に招かれた。2008年か2009年のドイツ語クラスで一緒になり、それ以来親しくしている間柄だ。
私と彼女は全く違う性格だ。R子さんは女性の嫌な面(悪口陰口を言うが、その人物とは上手く付き合う、など)を多く持つのだが、それ以上に南米人らしい大らかさや朗らかさに私は魅せられている。
いつもは自宅で彼女の手作り料理を振舞ってくれるのだけれど、今回は面倒だったのかな、大きな中華料理レストランに行った。

こちらの人々がよくやる贈り物の形態。花に現金や商品券を添える。

ビュッフェで、食べ放題。手前は私の1度目の皿。飲み物は別料金。私のグラスには水。R子さんの招待なので私の負担はないのだけれど、水がいいんだ。ここの炭酸入り水はおいしい。
向こうに見える赤いジャケットの女性がR子さん。
長くお姑さんとの同居で悩んだ彼女だ。
「早くブラジルに帰れ!」
などという暴言をしょっちゅう言われていたらしい。
R子さんが白人と黒人との両親との間の子、という見た目も気に入らなかったようだ。人種差別は普通にどこでも存在する。日本人が差別されることだって例外ではない。
持ち物を切り裂かれたり捨てられたりすることも日常だったそうな。R子さん、よく精神が無事で10年以上同居したものだ・・・・
そのお義母さんは2年ほど前から具合が悪くなり、R子さんが面倒を見るようになってから和解が成立、仲良く1年ほどを過ごしたらしい。去年94歳で亡くなったと、このときに聞かされた。
「あなたが息子のヨメでよかった」
と、言われたそうだ。人はこんなに変貌するものなのだなぁ。
わたしはお悔やみの言葉を添えながら「これからあなたの人生ね」と誕生日らしい言葉も付け加えて言った。

何やら黒いアイスクリーム。食べてびっくり、黒ごまが混ざっていた。
ここでは黒ごまは非常に高価で、私はここに住んで以来めったに口にしていない。

隣の席には13歳女子。

お母さんはやはりネグロイド系のブラジル人。細身の素晴らしい美人だ。その娘はおそらくお父さんはコーカソイド。お母さんの美しさを引き継いだ将来が楽しみな子だ。
座っていると異様に小さいのに、立ち上がると私より背が高かった。

皆、携帯電話で記念撮影しまくりだ。
携帯電話のカメラ機能普及で、かつての(現在もだが)日本人のようにバンバン撮影しまくる習慣ができあがっている印象だ。

さて。
この誕生日会に行くのはひどく億劫だった。面倒くさかった。
だが、R子さんはここで古い友人だ。行かないわけには行かない。
義母は夜の外出を極端に嫌うので、彼女を説得したりするのも更に面倒だった。
「だれが車でここまで送ってくれるのかい?」などと凄まじくあつかましい質問をするので参った。
帰りの車まで誰かに頼らなければ外出するな、とは不思議な感覚の持ち主だ。まあ、R子さんのお義母さんのように私を苛めているわけではなく、真剣に心配しているのは理解しているのだけれどねぇ。

結局、行って楽しかった。
R子さんの旦那さんのテーブルには彼の親族のドイツ人が固まって座ってドイツ語歓談、R子さんのテーブルには彼女のブラジル人の友人たちでポルトガル語歓談。
東洋人は私一人。言葉や習慣の違いなど全く考慮に入れない招待のしかただが、ここに来てからずっとそういう扱いなので、これが自然なのだろう。
レストランが中華ってところで、私には嬉しかった。

翌日・・・
疲れと食べすぎで頭痛と吐き気に悩まされた。
やっぱり・・・・行かないほうがよかったか・・・・
その日は、また別の招待があり、早朝から連絡が来ていた。
「りすさん、今日は19時ね」
おいおい!急いで具合が悪いことを伝えたら
「頭痛薬を飲んで、水分摂取しなさい。二時間後に容態を知らせてね」
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!
普通、諦めてくれるんじゃなあいか!?
ああーーーー、た す け てぇ~