三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

【ニッポンらしさを感じる朝の景色】

2016年09月24日 08時15分34秒 | Weblog
写真は青森県八戸市近郊、福地での朝の田の様子。
前日、夜になってようやく宿泊先にたどりついたので、周辺がどんな景色か
まったく気付かないまま、目覚めた朝、カーテンを開いて
一望に広がった実りの季節直前の稲の光景です。
宿泊した施設は山の裾の里山に位置していて、
平面的な空間はほとんどがこうした稲の海になっている。
ふだんはなにげなく見る景色でしょうが、
印象のあざやかな朝、こんなふうに見せられたら、
おお、と声を上げて魅入ってしまった。

この列島に人間が住み着いて13,000年余りと言われる。
定住が始まったのは石器時代末期にすでに兆候はあったのでしょう。
最近の沖縄での遺跡発掘で、洞窟住居の様子も発見されているけれど、
まぁ常識的には縄文の世が13,000年以前にはじまり、
その後、西日本から次第に米作がこの列島に広まった。
たぶん、2,000年程度の米作文化の積層はあるのでしょう。
個体としての人間個人としては、たぶん、こうした光景は
一生のうちで40〜50回程度体験するくらいだったのでしょうが、
計量すれば、大きくは100世代くらいは経験積層してきている。
民族としては、2000回くらいは体験してきている。
それくらいの積層になると、DNA的な感情レベルでもなにかの呼び声に
変容してこころに訴えかけてくるものがあるのでしょうか?
わたしは北海道ネイティブの人間です。
個体としての視覚経験知、もしくは体験値としてはこういう稲田への
格別の刷り込みはないはずなのですが、
でも3歳まではこういった田園環境の中に生きていた。
そういう部分が反応を見せるのか、やはり強く郷愁に似た気分に落ちる。

1石という単位は、1年間にひとりの人間が必要とする量だという。
この社会ではすべての価値の源泉として、
貨幣としてすら機能してきた。
それにしてもこの美しさには圧倒される。
米を食べ続けてきたこの列島の人間にとって、
この光景は、いのちそのものにも通じる切迫感をともなってくる。
ふと、そんなあれこれに思いが至っていた光景でした。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【首位攻防を決した「攻撃的... | トップ | 【高齢化のメリットとは? 定... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事