三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

出窓

2007年07月10日 05時59分15秒 | 古民家シリーズ


北海道開拓の村、展示住宅シリーズです。

けっこう見に行っているので、これまであまり気をつけてみていなかった
建物を見ることにして、裏通り側の住宅を見学し始めて、
さっそく目が釘付けになってしまった写真。
武家屋敷風の造りの玄関を抜けて、
居間とおぼしき、右手の部屋に入ってすぐ、
ごらんのような「出窓」に出くわした次第。
なぜ、衝撃が走ったか、というと、
わたしが育った札幌での最初の家の造作とまったく瓜ふたつだったんです。
玄関を入ってすぐの部屋にある、という配置レイアウトがまったく同一。
わたしの家では、玄関は東側に面していたので、
この出窓の大きな開口は同じように東側に面していた。
きっと、朝のさわやかな陽光を室内一杯に取り込んで、
他の方位はあまり大きな開口を取らない計画だったのだと思います。

それにしても、窓の高さといい、
その下の収納上部のふたのような羽目板の感じといい、
まったくそっくりなんですね。
わたしの家は、当時、札幌で手広く不動産業を営んでいたという、
「木下藤吉郎」という屋号の商売人から建売物件として購入したそうですが、
どうも、この見学した住宅の建築業者と、流儀がそっくり。
同じ工務店か、もしくはそこから枝分かれした作り手か、
そういうことがどうも明らかな感じがいたしました。
考えてみたら、こういう札幌の建築業界の歴史、というようなことも
一度、きちんと整理して、記録として残していく必要があるかも知れません。
そんな印象を強く抱いてしまった次第です。

わが家では、窓下の上ふたのような羽目板は釘を抜いて、
可動式にして、内部を収納として利用していましたが、
この家では、手前の立ち上がり部分の面が、収納の引き戸になっていました。
このあたりは、庶民向けの簡易な仕様と、
この家のような、立派な武家屋敷仕様で、仕上げ方を変えていたと思われます。
いきなりこういう「出窓」というキーワードを
向こうから飛び込んでくるように発見してしまい、
以降、いろんな建物でも注意してみていると、まさに出窓がデザインポイント。
きっと、「擬洋風建築」という札幌の住宅デザインの流れのなかで、
この出窓は、みんなが着目したものだったような気がします。
わたしと同年代の読者のみなさんで、
こういう室内デザインについて、記憶のある方、いらっしゃいませんか?
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