長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

てかこれ、神木くん版『帝都大戦』じゃ~ん!? ~映画『ゴジラ -1.0』~

2023年11月05日 10時37分18秒 | 特撮あたり
 どもども、みなさんこんにちは! そうだいでございます~。
 みなさん、2023年の文化の日は3連休となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。私は幸いお仕事も休みでまるまるの連休となりまして、ありがたい限りでございますよ。もう思いっきり、家にたまった積ん読本の消化にまわさせていただいております。って言っても、じぇんじぇん平積みの本が減らない……でも、これは飛ばし読みすればいいってもんでもないんでね。少しずつ、少しず~つ味わって進めていきたいと思います。
 でも今年は多少、働き方を変えさせていただいたおかげで、ここ数年とんと思い出すことのなかった「読書のたのしみ」を再び感じることができているような気がします。歳もとってきたし、この頃は家に帰ってきた時点でヘトヘトの日々で、本のページを開いたらもうすぐ睡魔が襲ってきて読書がまるで進まない状態が続いていたんですよ。でも、最近はやっと最後まで読み切る体力と余裕が戻ってきたかな~と。そうそう、私の原点というか、脳みその大半は本からいただいた栄養でできているんだよな、としみじみ実感しております。

 そんなこんなでなんとな~く日々是好日なわたくしなのですが、読書以外の楽しみに関しましても、今年2023年は『シン・仮面ライダー』にキッチン戦隊クックルン10周年にプリキュア20周年記念に『ガメラ・リバース』にドラキュラ復活とねぇ、1980年代生まれで特撮やアニメ、ホラーにまみれて育った私としましてはうれしいイベントが目白押しでございました。去年も『シン・ウルトラマン』とガイガン生誕50周年祭があったし。『仮面ライダー BLACK SUN』は、まだ観てないんだよなぁ。なんか重たそうで。
 我が『長岡京エイリアン』といたしましては、このムーブメントの中に、どうしても「ゴジラさん抜きの単独の仕事でぬいぐるみ復活したおギドラさま」というトピックも入れたいのですが、いかんせん TVコマーシャルだし、第一復活されたのがよりにもよって「護国聖獣」のおギドラさまなんでねぇ。手ばなしにバンザイ三唱できないひねくれ信者がここにいます。えっ、おギドラさま、ゴジフェスのアレにも出られてんの!? でも……こっちもやっぱり忠犬みたいにかわいらしい顔のおギドラさまなのよねぇ。20年以上も前の着ぐるみなのに、よくぞ良好に保存されてたと感心しますけどね。
 そんでこれからは、水木しげる生誕100年記念ということで『ゲゲゲの鬼太郎』の単独新作映画も公開されますからね! たのすみだ。

 こんな、奇跡のような一連のイベントラッシュの中でも、話題性において特に最大規模と言ってよろしい大作映画が、ついに先日11月3日に公開されました! いや~、もうネット上では話題沸騰と言いますか、観た方々の感想レビューでもちきりですよ。そんなお祭りに泡沫ブログのうちも加わろうという算段でございます。空気に触れた瞬間にパチンと消えてしまいそうな泡沫記事ではございますが、泡も集まれば……?


映画『ゴジラ -1.0』(2023年11月3日公開 125分 東宝)


 公開日からもう少し日が経ったころに落ち着いてじっくり観たかったのですが、我慢できずにこの連休内に観てしまいました。だって、ネットで見る動画見る動画、ピー音がかかってたりネタバレ御免だったりで、気になってしょうがないんだもん……

 言わずと知れた、日本特撮界を代表し牽引する超老舗作品『ゴジラ』シリーズの通算37作目の最新作にして「ゴジラ生誕70周年記念作品」という大看板を背負った、全特撮ファン待望の一作であります。
 そうか、『ゴジラ 怪獣惑星』3部作(2017~18年)とか『ゴジラ シンギュラポイント』(2021年)とかハリウッド版モンスターバース2作(2019、21年)があったから、そんなに空いてる印象は無いのですが、『シン・ゴジラ』(2016年)から実に7年ぶりの本家新作になるんですねぇ。でも、あらためてこう観てみると昨今のゴジラファンはほんとに果報者ですよ。『メカゴジラの逆襲』(1975年)から1984年版『ゴジラ』までの9年間とか、『ゴジラ ファイナルウォーズ』(2004年)から2014年ハリウッド版『ゴジラ』までの10年間の完全空白がウソのような豊穣っぷり! ゴジラさん、老いてなお盛んなり、ですねぇ。

 そいでま、なにしろ直系の前作があの大ヒット作『シン・ゴジラ』になりますので、世間でも何かと比較されることの多い今作でございます。興行収入80億円超えの作品と比較されちゃうんですから、ハードルが高いなんてもんじゃありませんよ! ハードルのバーが雲の上にあるから見えない、みたいなレベル。
 我が『長岡京エイリアン』における『シン・ゴジラ』の感想記事は、こちらこちらでございます。え! 私、記事2つも作ってたっけ!? 長いよ~!! いや、今回もおんなじくらいになる、かな……でも前後編にはならないから、だいじょうぶ! たぶん……

 いつもだったら、ここで Wikipediaさまから拝借した『ゴジラ -1.0』についての基本情報をのっけるところなのですが、今回は省略してちゃっちゃと感想本文に入りたいと思います。ストレートに、すっぱりと。
 なんでかっていうと、私、山崎貴監督の作品を一本たりとて、ちゃんと最初から最後まで観たものがなかったんですね。なので、知らない監督の情報を羅列しても意味はないかと思うので。
 そうなんです。確か『3丁目の夕日』シリーズの何かと、くだんのゴジラ特別出演シーンを TVで観たくらいで、今まで全然観たことなかったんですよね、山崎作品。佐藤嗣麻子監督の作品のほうはよく観てるつもりですし、大好きなんですが。
 これはまぁ、単に縁が無かったということもあるんですが、監督作品が公開されてもなんだか悪評を聞く機会が多いような気がして、まず観る気が無くなってしまうというパターンが多かったのです。
 そういう悪評も、ほとんどが素人さんの声なので信用するに足るかどうかはわからないのですが、「キムタクヤマト」だの「ドラ泣き」だのと、やたらと印象に残っちゃうのが始末に負えないんですよね。実際に面白いのかどうかはわかんないのですが、怪しいものにはお金は払えないな、ということで、食わず嫌いになっていたのです。
 でも、今回ばかりは世間の評判がどうとかなんて関係なく、スルーは絶対に許されないゴジラシリーズですから! やっとこのチャンスが来たということで喜び勇んで観に行ったわけなんですが……さぁ、初山崎監督の、感想やいかに!?


おもしろかったが、怪獣映画ではない!! ゴジラ映画でもないかな!?


 一言であらわすと、こんな感じでございました、私は。
 あの、以下は可能な限りネタバレを避けるように文章をつづるつもりなんですが、いかんせんそこはエンタメ映画ですので、面白さが作品の核心に直結していることは当然ですので、できればこの記事をお読みになる奇特なあなたさまも、是非とも『ゴジラ -1.0』をお近くの劇場で楽しまれてから読んでいただきたいと請い願います! 映画館で観る価値はありますよ! ゴジラシリーズは観た後のコストパフォーマンスも怪獣級ですからね。想像力が羽ばたきます!

 わかりやすく、先ほど申した文章を3つの要素に分けて、感想をくっちゃべっていきましょう。


〇おもしろかった点

 これはもうやっぱり、タイトルの「-」に全く偽りのない、あらゆる方面での人類、というか日本人側のマイナス感、物量不足感、アウェー感ですよね。物語の舞台となる1947年の日本にまとまった戦力などあるはずもなく、駐留している GHQの軍事力にも期待できないという、歴代ゴジラ作品史上最も力のない苦境にあって、一体どうやってあの水爆大怪獣ゴジラを倒すのか!? この難題に敢然と立ち向かう戦後東京の一般市民の姿を追い、クライマックスの乾坤一擲の「わだつみ作戦」を圧倒的ビジュアルで描く、本作の中盤からラストにかけての勢いは、とってもハイテンポでストレスが少なかったかと思います。そして、まさに決死の意志を持ってわだつみ作戦に参加する、神木隆之介さん演じる主人公・敷島! 敷島のゴジラへの深い思いや、敷島の搭乗する「秘密兵器」の復活にまつわるエピソードもからんで、群像劇と主人公の復讐劇とがゴジラに一気に集中していく流れは、『シン・ゴジラ』の「ヤシオリ作戦」の例を挙げるまでもなく、「人類 VS ゴジラ」の歴史に新たなる1ページを刻む名勝負になっていたと思います。

 兵器を駆る敷島とゴジラのタイマンという、古くは『ゴジラの逆襲』(1955年)、最近はアニゴジを思い起こさせる展開は実にアツく、最先端の撮影技術を駆使して、まるで観客が搭乗席の敷島になったかのような感覚になれるドッグファイトシーンは、まさに手に汗握る本作ならではの見せ場だったのではないでしょうか。さすがは、『ゴジラ ザ・ライド』の山崎監督ですよね!
 でも、あそこで私が真っ先に連想したのは、ゴジラシリーズじゃなくて『帰ってきたウルトラマン』第18話『ウルトラセブン参上!』(1971年8月放送 脚本・市川森一)における、地球防衛チーム MATの加藤勝一郎隊長が搭乗するマットアロー2号単騎と宇宙大怪獣ベムスターとの対決でした。あれも超名シーンよ~!!
 あのエピソードでの加藤隊長も、親友だった宇宙 MATステーションの梶隊長(演・南広)をベムスターに殺されているため多分に私怨のこもった因縁があったわけですが、あのベムスターを相手に戦闘機1つでなんて……ゴジラをはじめとする東宝怪獣と円谷プロのウルトラ怪獣を比較するのは古来ご法度とされていますが、それでもあえて言わせていただきますと、今回のゴジラよりも、ベムスターと戦い続ける方が難しくね!? だってベムスターは頭の角からけっこう頻繁にビーム弾を撃つし、自分も飛べるんだぜ!? 今回のゴジラの放射熱戦は、威力は確かにすごいんですが連射はできませんもんね。ついでに言うと、敷島はいちおう確固たる作戦の一環としてゴジラを一人であおっていたわけですが、加藤隊長は特に何の公算もないままベムスターに挑んでますからね。おそらく被弾するか燃料が尽きかけたらベムスターに特攻して果てるつもりだったのでしょう。その勇気やよしなのですが……組織のリーダーとしては、どうかなぁ!? 敷島よりも加藤隊長の方がよっぽど日本軍人っぽいですよね、いい意味でも悪い意味でも。
 ちなみに、放送本編中で加藤隊長はえんえん6分もの間ベムスターとタイマンをはっていたのですが、そのあいだに帰ってきたウルトラマンが地球~太陽間を往復しているので、実際には絶対それ以上の長時間にわたってファイトを繰り広げていたと思われます。正気じゃない……

 話がみごとに脱線しましたが、ともかく、主人公・敷島の物語を強く観客に訴えかけ、恨み骨髄のゴジラへの復讐、というか自分自身へのけじめをつける成長の路程を克明に描いた今回の『ゴジラ -1.0』は、当然ながら神木さんの入魂の名演もあいまって「見せたいところがはっきりしている」大作映画にふさわしい内容になっていたと思います。ひとつの作品としてのまとまり、カラーが明確なんですよね。


●怪獣映画じゃない

 これは、どこからどう見ても戦争映画ですよね。
 こういう言い方をすると「何言ってんだ、反戦映画だろ!」と思われるかもしれないのですが、もともと戦争映画と反戦映画は白か黒かみたいな正反対の意味のジャンルじゃなくて、「反戦の意図を持っている戦争映画」っていうのが、戦後日本で制作される戦争映画のほぼ全部じゃないですか。戦争を肯定する戦争映画なんて、プロパガンダ映画ですもんね。そんなもん、民主主義国家の日本で作られるわけない……と、信じたい。
 それで、太平洋戦争で活躍して奇跡的に生還した軍艦や兵器の数々が生き生きと現役復帰してゴジラ対策に投入されちゃうと、あ、これは戦争が終わってる時期のお話なんだけど、戦争兵器のロマンを駆り立てるねらいはあるな、と思わずにはいられません。実際に、主人公の敷島も「自分の戦争は終わってない。」と言っていたし。
 今作を観てしみじみ感じたのですが、昭和ゴジラシリーズの多くを手がけた円谷英二特技監督や本多猪四郎監督は、本当の戦争を知っておられたからこそ、自身の特撮映画に出す戦車や戦闘機といった通常兵器の数々を、あえてちゃっちい作り物感まるだしで撮影していたのではないでしょうか。そこには多分、人を簡単に殺せる道具の呪われた「美」みたいなものを新しい世代の子ども達に見せたくないという、プロとしての判断があったのではないかと思われるのです。だからこそ、彼らが創案したメーサー殺獣光線車やマーカライトファープは、他の既存兵器とは一線を画す、むしろ退治しているはずの東宝怪獣たちに近い体温と生命を宿しているのではないでしょうか。それは平成 VSシリーズのスーパーX シリーズとかにも受け継がれているんでしょうけど。

 そう思うので、実在した重巡洋艦や駆逐艦がリアルに活躍するのを見て、私はなんだか複雑な気持ちになってしまうのでした。まぁ、そういう物のカッコよさを語る作品もホビーの世界にあっていいとは思うのですが、ゴジラシリーズでやるのはどうなんだろうなぁ、と。ちょ~っと、軽率なんじゃない? なんたって時系列的に、本多監督の『ゴジラ』(1954年)の直前を標榜する作品なんですから。

 あとこの映画、明らかにゴジラが「ぱたっ。」と出てこなくなる時間が中盤に2ヶ所あり(銀座襲撃の前後)、そこで展開される敷島と「巨大生物対策本部」のストーリーが長く感じちゃうんだよなぁ! そして、そこに濃厚にただよう戦後混乱期日本のひもじさ、寒さ、飢餓感、焦燥感、徒労感……
 重い、暗い! この映画は、この画面は、あまりにも重苦しすぎる!!
 いや、待てよ。私はこの荒廃した東京の重苦しさを知っている。なぜ? 1980年代に生まれ、せいぜい千葉に15年くらい住んでいたのが関の山だった純山形県民の私が、なぜにこの空気を、この土ぼこりのけむたさを、病院の薬臭さと血なまぐささを知っているのか……

 そうだ……『帝都大戦』だ!! この『ゴジラ -1.0』は、あの呪われた超怪作トラウマ SF映画『帝都大戦』(1989年)に、異様に似通った点が多いのです!! スクリーミング・マッド・ジョージ!!

 映画館で観ている最中にこの真理に思い至ったとき、私は脳天に焼け火箸を突き立てられたような衝撃を受けました(©横溝正史神先生)!
 そうだ、敷島を演じる神木さんは、かつて名子役の神木くんだった時に、かの平成版『妖怪大戦争』(2005年)において、伝説の魔人・加藤保憲と一度あいまみえていたのです! カァアトォオオ!! げろげろげろ。
 加藤が帰ってきた……しかも今度は、「キリン一番搾り糖質ゼロ」をひっかけたくらいでやにさがって中条あやみさんとアハハウフフしているような惰弱な依り代ではなくて、身長 50m、体重 2万t の水爆大怪獣に憑依してきたのだ!! そりゃ大人になった神木さんもガタガタ震えますよね。助けて麒麟送子!!

 いやほんと、『帝都大戦』と『ゴジラ -1.0』、構図と雰囲気がよく似てるんですよ。
 『帝都大戦』のヒロイン……というか真の主人公・辰宮雪子(演・南果歩)は、かつて少女時代の前作『帝都物語』(1988年)において魔人・加藤保憲に拉致され東京壊滅のための大怨霊・平将門復活の依り代にされかけたという超絶トラウマをかかえた娘さんで、太平洋戦争末期の東京で夜ごとの空襲におびえながら、さらに「加藤が帰ってくる」という幻影にとり憑かれ苦悩し続ける日々を送っているのです。
 これ……戦争体験ではないけど、完全に敷島の PTSDにオーバーラップする深い心の傷ですよね。そして、最終的に自分自身が悪夢の根源にいる加藤と対峙して滅ぼすことでしか、「自分の戦争を終わらせて」新しい復興の朝を迎えられないという窮状も、実に敷島と似ているものがあるのです。
 あと1947年と45年ということで、場所もおんなじ東京だし、あらゆるロケーションが似てるんですよ。この2作はほんと瓜二つ! 男女の一卵性双生児!?
 でも、だからといって私は、この記事を読んでいるあなたに『帝都大戦』の視聴を薦めているわけでは決してありません。やめとき……全年齢で観られる『ゴジラ -1.0』の印象が、それこそこの作品のゴジラのはなつ放射熱戦レベルで吹き飛ぶくらいの衝撃 SFX残酷グロテスク描写のオンパレードですから。あと、上野耕路さんの劇伴音楽がむ~っちゃくちゃ怖いよ!! 我が『長岡京エイリアン』でも『帝都大戦』についての記事はありますが、ほんと、視聴の精神的ダメージは自己負担でね! とんでもない映画よ、まじで。
 そういえば、かわいいはかわいいんだけど、おかっぱ頭の子役の女の子がどっちも顔色が悪くてかわいそうというのも、2作に共通するポイントですね。ほんと、明子ちゃんを何度も一人にする敷島の所業だけは許せん!! もっと、女の子の心臓とおしりを安定させて抱け! 腕から落ちそうだから怖がるだろ!!

 そうそう、劇伴音楽というのならば、今作は音楽面ではほぼ0点なのではないのでしょうか。いかなプリキュアシリーズで大恩のある佐藤直紀先生とは言え、これだけは言わせていただきますぞ! 繊細な音楽なんでど~でもいいから、佐藤先生なりのゴジラマーチを出さんかい!!
 大事なところはぜんぶ伊福部先生に丸投げにしやがって……しかも、作品の大看板になっている銀座蹂躙シーンで2回も「モスラの動機」を流してやがるよ!! わだつみ作戦で勇壮な「キングコングの動機」が流れるのは100歩ゆずって受け入れますが、なんで絶望の破壊シーンで「♪ま~は~ら~」みたいな癒しの旋律が流れるんだよ~う!! これは監督の選曲センスの問題か? ちゃんと完成映像を観ながら演奏録音していた伊福部先生に謝れェい!!

 まぁ、にしてもあの魔人・加藤と戦った経験のある神木さんを今作の主人公にキャスティングしたという点は、ポイント高いですね。
 でも、だったらだったで、『帝都大戦』における斎藤洋介さんや野沢直子さんのように、虫けらのように命を散らす印象的なキャラクターがいてもいいとは思うのですが、そこらへんが今回の『ゴジラ -1.0』はいかにも手ぬるいといいますか、きれいごとになっちゃってますよね。最初はかなり陰険でいい感じだった安藤サクラさん演じる澄子も、なしくずし的に「ふつうの善人」になって生き残っちゃうし。

 ラストのラストに控えているあの展開も……ねぇ。
 「フィクションなんだから、そのくらいの奇跡あってもいいじゃん!」という判断があったのだとは思います。思うのですが……
 あなた、もし東日本大震災をテーマにした映画があったとして、あの漆黒の大津波にがっつり吞み込まれて消えた登場人物が、あとで「助かってました~。」みたいな感じで出てきたら、それ、許せる? 私はちょっと……

 山崎監督って、ゴジラシリーズ第25作の『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』(2001年 以下 GMK)が大好きなんですよね。
 だって、具体的には言えませんがアレもコレも『 GMK』まんまじゃないですか。もう、リスペクトやオマージュを超えて「いいネタが思いつかないからもらっちゃいました」みたいな域にいってる気もするのですが……
 そこまで好きなんだったら、せめて『 GMK』に出てきた篠原ともえさんくらいに観客に凄惨なインパクトを与える、『帝都大戦』でいう「だいじょうぶ、病院は撃たないからっ☆」からのズダダダ!!みたいなトラウマシーンのひとつやふたつくらいは作っててほしいですよね。あれだって、大した SFXも特殊メイクも使ってないのに、人間の演技とカット割りだけであれだけの恐怖と戦争のむなしさを演出してるんですから。

 最先端の CG技術でその場にいるかのように描かれたゴジラが素足で人をどんどん踏みつぶして来るから怖いでしょ? じゃないんですよ。もっと頭を使って、カメラワークと役者さんの演技で観客の感情を揺さぶる映像を創出するのが、映画監督なのではないのでしょうか。


●ゴジラ映画じゃない

 これは、もう設定が「初代ゴジラ以前の物語」となっているので、しょうがないっちゃしょうがないのですが、「実在の危険生物」と「アニマルパニック映画の巨大モンスター」と「日本的な怪獣」をその生命力や強さでむりやり横一線に並べてしまうと、今回のゴジラは明らかに東宝や円谷プロの作品に出てくる怪獣らしくないというか、むしろ『ジョーズ』のホホジロザメ・ブルースくんとか『トレマーズ』シリーズのグラボイズのほうに近いような気がします。っていうか、1998年のハリウッド版『ゴジラ』? いや、放射熱戦が吐けるし再生能力も尋常じゃないしで、強さは段違いなのでしょうが、ちゃんと弱点のある存在なんですよね。
 これはこれで、そうしないと映画がきれいに終わらないので仕方ないのは百も承知なのですが、う~ん……オキシジェン・デストロイヤーみたいな空想兵器の出る幕も無く、人間のアイデアで殺せるゴジラ? う~ん……
 せっかく向こうのハリウッドでも日本の怪獣っぽいゴジラが定着しつつあるというのに、おおもとの日本で、な~んか今さら海外におもねるモンスター的なゴジラになっちゃうのって、海外のゴジラファンのみなさまにしてみたら、どんなもんなのでしょうか。これも時の流れなんですかね。

 あと、これだけは声を大にして申したいのですが、今回のゴジラって、そんなに怖いか?

 私はなんですが、別にそんなに怖くないんだよなぁ、あのゴジラ。いや、目の前にいたら確実にぶっ殺されるからいてほしくはないんですけど、そんなもん、昭和ゴジラシリーズのミニラだって、念入りに踏みつぶされたら私、死にますからね。
 迫力は、確かにある。迫力はあるんですが、特に肝心かなめの銀座蹂躙シーンで、怖く見えなかったんですよ。なんか世間でつとに喧伝されているほど、人間を襲っている感じがしなかったのです。
 これ、映画を観ながらなんでなのかな~って考えてみたんだけど、私なりにわかりました。

 あれ、歩いてる時のゴジラの姿勢が良すぎて、足元の人間を追ってるように見えないんですよ。大胸筋がムッキムキに発達しすぎて背筋がのびちゃってるから、顔と目線が必要以上に上がって何キロも先の向こうしか見てないようになっちゃってんのね! だから全然怖くないんだ。こっち見てないんだもん。
 プロローグの大戸島シーンも掃海艇の追撃シーンも、確かに目は人間を狙ってるから怖いんです。でも、その怖さはゴジラ的な怖さじゃなくて、やっぱ『ジュラシック・パーク』や『ジョーズ』の怖さのたぐいなんですよね。そして、巨大な怪獣ゴジラの怖さを満を持して披露するはずの銀座シーンで、ゴジラの視線がどっかいっちゃってるという。それは……ゴジラ映画である必要、あるか?

 過去歴代シリーズにおける「怖いゴジラ」をひもといてみますと、初代ゴジラとシン・ゴジラは、どんなに身体が大きくても眼球の黒目だけは下を見ているから怖かった。1984年版ゴジラは、常になんにもない頭上を睨みつけている「目がイッちゃってる感」が怖かった(着ぐるみのほう)。そして『 GMK』ゴジラは、瞳が無い白目が生む「どこを見ているかわからないからこそ、常にどこも見ている」効果というコペルニクス的発想転換が怖かったのです。
 中でも、私が最も怖いと記憶しているゴジラは、シリーズ第2作『ゴジラの逆襲』のハンドパペットのほうのゴジラなのですが、曳光弾に誘導されて沖へ離れて行き、もうちょっとで大阪湾から出ていくぞというすんでのところで、運悪く大阪沿岸の工業地帯にあがってしまった爆発の火の手に気づき「ぬ~っ」と陸地を振り返る、あのスローモーな動きの怖さと言ったら! 怖いって言うのは、こういうこと!! 絶対的な死の象徴が、自分たちを見る、ロックオンするからこそ、その時に恐怖が生まれるのです。

 だから、今回のゴジラはまるで怖くないのです。パンプアップしてマッチョになりすぎるのも考えもんですね。逆ゴジさんを見習って減量でもしてみたら?
 マッチョもそうなんですが、あたしゃ昨今の、「やたら小顔」なゴジラも、ほんっっっっとに大っ嫌いでねぇ! あのくだらないブーム、思えば『ゴジラ×メカゴジラ』(2002年)くらいから洋の東西を問わずず~っと続いてるんですけど、いつになったら終わんの!?

 なんで怪獣もイケメン目指さなきゃいけねぇんだよ~! いい加減にしてくれよォ。
 どこの自然界に「小顔がイイ」なんていうルールがあるんだよ! 顔はでっかくてナンボでしょうが!! いや、1954年ひな形バージョンの「きのこ雲ゴジラ」さんほど大きくなれとは言いませんが。
 『ゴジラ VS コング』のゴジラなんか、よくあの片手のグーサイズの超小顔でコングにぶん殴られても平気でいられるなと心配になってしまうほどなんですが、ミョ~に男前で胸板の厚いイケメンゴジラ、ほんとに今作でおしまいにしてほしい。見飽きた!
 もちろん、1980年代生まれの私ですから、おそらくは山崎ゴジラがリスペクトしていると思われる平成「 VSシリーズ」ゴジラのイケメンっぷりも好きではあるのですが、やっぱ怪獣は異形じゃなきゃね! 21世紀も無数のバージョンのゴジラさんが生まれていますが、近年で異形なゴジラなんて、『 GMK』の白目ゴジラとシン・ゴジラと『シンギュラポイント』の毒蝮三太夫さんみたいに下あごがガッチリしたゴジラくらいなもんなんじゃないですか? 求む、キンゴジくらいに面白い顔の新人さん!!

 そうだそうだ、そういえば、ゴジラに限らず人間の俳優さんでも『ゴジラ -1.0』って、面白い顔の俳優さんがほぼ絶滅に近かったですよね。み~んな、おんなじようなふつうのお顔か、美男美女。強いてあげれば序盤の序盤のダークサイド安藤サクラさんぐらいかな? ものすごい顔だった人。
 顔見てても、おもしろくねぇんだよな……その点『シン・ゴジラ』は良かったよ~!? 元祖・加藤の嶋田久作さんでしょ、大杉漣さんでしょ、渡辺哲さんでしょ、塚本晋也さんでしょ。他にもピエールさんに松尾さんに柄本さん(父)に手塚さんに……市川実日子さんも、実はいい顔してるんですよね。
 たぶん、庵野監督はそういうことも考えてキャスティングしてるんだと思うんです。セリフなんかどうでもいいから、顔と表情だけで観客を引き付けられる画面を作れる俳優さんをと。
 それに比べて今作はというと、なんか、基本的にセリフ、大声でがなるでしょ? がなるのに、顔ふつうでしょ? 見たくなくなっちゃうんですよね、興奮してるふつうの人なんて。 
 よくわかんないけど、山崎監督の作品がアニメ的というのならば、そういうところに画面の平板さの原因があるんじゃなかろうか。

 BSプレミアムの金田一耕助シリーズでもさんざん言いましたが、吉岡秀隆さんはそうとうに業の深いお顔をされた方なんですよ……それをまるで活かそうとしないもんね、あれだけ出しておきながら! その無駄遣いは、映画監督としていかがなものなのでしょうか。


 ……とまぁ、言いたいことのほんの一部を羅列しただけで、いつものお字数になってまいりましたのでおしまいにしたいのですが、とにもかくにも、この『ゴジラ -1.0』は、絶対に映画館の大スクリーンで観ることをお勧めいたします。迫力は歴代シリーズでもピカイチだと思いますんで!

 にしても、ベクトルはまるで違うと思うんですが、怪獣映画でもゴジラ映画でもなく、山崎監督の作品をほぼ観たことのない私のような人間までもが「手癖だらけなんだろうなぁ、これ……」と容易に推察してしまうほどの「山崎映画」になっちゃってたという、この強引のっとり感。どうしても、あの『ゴジラ ファイナルウォーズ』の「フタを開けたら純度100%の北村龍平映画でした。」の惨劇を思い起こさずにはいられません。いや、あれがいいというファンの方が多いのもわかりますし、ファイナルウォーズ版ゴジラは、今年のゴジフェスでも大活躍ですから、もういい思い出なんですけどね。

 個性があるのはいいじゃないですか。長い長い歴史のあるゴジラシリーズなんですから、たまにはこういう作品があっても全然問題ないと思いますよ! なんてったって、私たちは『オール怪獣大進撃』や『ゴジラ対メガロ』、ミニラもジェットジャガーも歴史の1ページと受け入れているゴジラファンなんですからね。

 海のように広い寛容さを胸に、明日からもがんばってまいりましょう! ♪ま~は~ら~!!

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