ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

ピアノソナタ「悲愴」〜令和元年度 自衛隊音楽まつり

2019-12-05 | 音楽

令和元年自衛隊音楽まつり、第一章の一番手である陸自中央音楽隊が
第302保安警務中隊と競演した最初のプログラムが終了しました。

すると、ステージに迷彩服の演技支援隊がアクリル製の
透明なピアノを設置し始めました。

うむ、東音は今回主力武器としてピアノを投入するつもりだな?

わたしは初回だけは何も知らない状態でステージの進行を見守り、
何が起こるか同時進行でワクワクしたいので、前もってプログラムを見ません。
そしてこの光景を見たとき胸が高鳴るのを感じました。

しかもどこから調達してきたのか、カワイのアクリル製透明ピアノ。
昔一度この透明ピアノで演奏の仕事をしたときに、
鍵盤を全く見ずに指を置こうとしたら蓋が閉まっていた
(透明なのでうっかり)という冗談のような体験をしました。

また、この日の同行者に

「音はいいんですか」

と訊かれて、ビジュアル重視なのである意味良いわけがない、
と答えましたが、今日のような用途だときっとマイクを使うはずだし、
そのレベルの音質などまず関係ないとも思われます。


それにしても、このピアノと迷彩の集団というビジュアルのインパクトよ。

演奏部隊がスタンバイを始め、ピアニストが席についてからも
支援隊のセッティングはぎりぎりまで行われています。

場内アナウンスが、

「2世紀半経っても色褪せることのない至高の音楽」

と呼んだのは、そう、楽聖ベートーヴェンの作品のことでした。

Beethoven Collage

と題された作品メドレーをピアノ中心に行うとわかり、この
素敵な企みに対し、わたしは内心快哉を叫びました。

ピアノ協奏曲第5番 作品73「皇帝」第一楽章

の最初の音が響き渡りました。
原曲はもちろんオーケストラですが、ブラスによるこの最初の
変ホ長調の和音は一層輝かしく迫力に満ちて体育館を満たしました。

先日来日したベルリンフィルでついに聴くことが叶った「エロイカ」と、
この「皇帝」は、第5番「運命」と並んでわたしが愛する
ベートーヴェン作品のベスト10には入っています。

「英雄」と違い「皇帝」は作曲者本人が名付けたものではありませんが、
そのタイトルはこの曲のイメージそのものです。

写真をアップにして初めて気づきましたが、弦のところに
マイクロマイクが2基仕込まれていますね。
あまりに小さいので会場にいたほとんどの人には見えなかったはずです。
しかし技術の進歩はこんなことまで可能になったんですね。

一昔前なら、ピアノにスタンドマイクを噛ますしか増幅の方法はなく、
それに必要なコードがマーチングの邪魔になるので、
そもそもこんな計画は最初から不可能とされたでしょう。

さらに、武道館ではグランドピアノを配してその周りで
マーチングをするスペースもここほど十分ではないはずなので、
このチャレンジは代々木競技場ならではだったのではないでしょうか。


東京音楽隊が今回このような企画を打ち出したのは、前述の
条件が満たされたことはむしろ後付けで、最初から

「ピアノ奏者ありき」

であったことは明らかです。

何しろ東音には、コンサートピアニストとしての経験と実力を持った
「技術海曹」が在籍しているのですから。

皆が意表を突かれたとすれば、ホールのステージで行う定演とかではなく、
マーチングと競演する音楽まつりでこれをやってしまったということです。

アレンジによる「皇帝」が盛り上がる中、まず前方に
カラーガード隊とバナー隊、ドラムメジャーが整列。

最初の敬礼(実際に敬礼しているのはドラムメジャーのみ)です。

広報ビデオで海自迷彩を着て練習していたカラーガードは、
自衛艦旗を中心に、東京音楽隊の旗、女性隊の旗(紫)などを掲げます。

 これまでは前方だけ向いていたカラーガード隊も、
ここ代々木競技場では後方を向いて姿を見せてくれます。

交響曲第7番イ長調 作品92第1楽章

あまりにピアノの音とマッチしていたので、

「はて、これピアノ協奏曲だったっけ」

と一瞬勘違いしそうになりました。

上半身正面を向いたまま横(左)に動くレフトスライドという歩き方。

そうして全体がピアノの形になりました。

もちろんこの間も場内スクリーンには音楽に合わせて
海自の広報映像が映し出されています。

ちょうど先日日本から任務に出発したばかりの「しらせ」の姿が。

音楽に合わせて、といえば、音楽と完璧にシンクロさせて魚雷や
P3CのIRチャフフレアが炸裂しているのが凄かったです。

ピアノソナタ第 14番嬰ハ短調 作品27−2
『幻想曲風ソナタ』第3楽章

というより「月光」第3楽章といった方が通りがいいかもしれません。
テンポが速くなるのでステップも超高速です。

このときとても目立っていたのがパーカッションの皆さん。
この曲ににタカタカタカタカ、とスネアドラムを合わせるアイデアは斬新です。

このベートーヴェンコラージュのアレンジをした隊員に心からの賛辞を贈りたい。


「エリーゼのために」

この曲に移行するときにちらっと「運命」が聴こえてきたのですが、
クラシック通というわけではない人もこれには気づいたのではないでしょうか。

ピアノソナタ8番ハ短調作品13「悲愴」

ヴォカリーズの「悲愴」第二楽章が、ピアノの調べに乗って
甘やかに聴こえてきました。

おりしもフォーメーションはハート型。

「悲愴」というタイトルの三楽章からなるソナタの中で、
激しく激情を滾らせるかのような第一楽章に続き、優しく、切なく、
慰めと祈りを思わせる第二楽章のメロディに合わせたのでしょう。

歌うのは現在東京音楽隊所属の歌手、中川麻梨子三等海曹。

去年は三宅由佳莉三曹とのデュエットを行いましたが、
現在
三宅三曹が横須賀音楽隊に転勤になっているため、
今年は
彼女がソロで出演となりました。

今年は中部方面音楽隊の出演がなかったので、同隊所属歌手の
鶫真衣三曹も顔を見せることはありませんでした。


今年の音楽まつりは全体的に歌手の出演ボリュームを減らし、いつもの
「歌姫競演」とはちょっと違う方向性を目指したのではないかと思われます。

三音楽隊で歌手を採用していたのも海自だけでしたし、しかもそれが
器楽的なヴォカリーズ(歌詞なしの旋律)であることからそう思ったのですが。

兼ねてから中川三曹の安定した歌唱力には定評がありましたが、
今回写真に撮ってみて、歌手としてのステージングもビジュアルも
以前と比べて段違いに磨かれてきたように思われました。

やはりセントラルバンドの歌手という重責を経験することによって
研ぎ澄まされてくるものがあるのかもしれません。

彼女の本領であるドラマチックな高音も遺憾無く発揮されました。
難なく響かせたラストのEs音ではまたしても全身に鳥肌が(笑)

 

指揮は東京音楽隊副隊長、野澤健二一等海曹。
呉地方隊隊長から同隊副隊長に転勤するとご本人に伺ったとき、

「それなら音楽まつりで指揮をされることになりますね」

とお声がけしたのを思い出しました。

そして恒例の行進曲「軍艦」(または錨を回せ)です。

今年はピアノがあるので、あれどうするんだろうと思っていたら、
何のことはない、ピアノを中心点に錨が回転しております。

「軍艦」にピアノのパートがあったことにこの日初めて気がつきました。
なぜなら、ピアノコンチェルトモードで音量もそのままになっていたため、
「軍艦」なのにピアノの音が無茶苦茶聴こえてきたのです。

やっぱり海自の音楽隊は最後に「これ」がないと。

そういえばこのステージも、

第一章 トラディションー伝統と伝承の響きー

でした。

前半はどこよりも斬新な企画で、かつ圧倒的な才能ある人材(編曲者含め)
を繰り出し、いつもよりさらに進化したステージを見せてくれた同隊、
最後はやはり伝統墨守に倣い本来の姿で終わり、というこの心憎い対比。

米海兵隊のドラムメジャーは演奏中何もしないことで有名ですが(笑)
自衛隊のドラムメジャーは一般的に大変よくお仕事をします。

時々は指揮者の反対側で裏指揮をしているくらいです。

ドラムメジャーは藤江信也三等海曹。

「軍艦」のエンディングはいつもとちょっと違いました。
ここでもちょっと洒落を効かせてベートーヴェン風に華々しく終了。

ところで皆さん、ステージ左に迷彩服の集団が潜んでいるのに注目!

代々木競技場は広いので、どの音楽隊も、エンディングとは別に
退場の時の
テーマソング的な曲が必要になります。

陸自中央音楽隊の退場は、入場の時に演奏した「陸軍分列行進曲」
中間部に当たる「扶桑歌」が選ばれました。

海自が選んだのは「錨を揚げて」(Anchors Aweigh)です。

これには会場に招待されて来ていた第七艦隊関係者も喜んだのではないでしょうか。

指揮者とピアニストが並んで退場。

音楽まつりでは歌手であっても個人名は紹介されず、
プログラムにも載りませんが、この日太田沙和子一等海曹は
最後に指揮者、ドラムメジャーとともに名前がコールされました。

敬礼をするのかと思ったら、お辞儀したので一瞬?となりましたが、
よく考えたら彼女は正帽を着用していなかったので当然ですね。

演奏中ステージの影で待機していた演技支援隊が飛び出してきて
皆でピアノを移動し始めました。

こんなシュールな光景が見られるのは世界でも自衛隊音楽まつりだけでしょう。

 

続く。