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その蜩の塒

徒然なるままに日暮し、されど物欲は捨てられず、そのホコタテと闘う遊行日記。ある意味めんどくさいブログ。

『天皇の刺客』

2013年11月07日 | 本・雑誌
 総ページ数611ページは長かったです。普通であれば上下巻になってるところですので、2,100円はページ単価としては安いのかも。出だしの猿投十四郎と浄寿改め侘助の出会いが面白かったですね。鰊そばを食い逃げ紛いの侘助の代金を、十四郎が立替えたことにより二人は出会います。こうして願人坊主をしていた侘助は、尊攘派の活動に取り込まれていきます。幕府の監視の目である市隠(いちかくし)だった彦市こと本田八郎助は、目に魚の鱗をはめこみ偽按摩を演じてましたが、彼も尊攘派に参画。こうして公家の妾腹の子弟が中心となり、王政復古を実現すべく世論を盛り立てようと「日本書記」の刊行を、本ではなく1枚に簡略化し北前船の中で版木を摺ることに。資金は、主に陰陽師を束ねていた土御門家がバックアップ。

 物語の大半が幕府の隠密である小人目付総組頭山村長左衛門、組頭安住甚九郎率いる一団との攻防です。背景には様々な諸事情がありますが、家康が起草させた禁中並公家諸法度により、天皇並びに朝廷の活動は著しく制限されたことと、百五家もあったお蔵米公家の生活が貧困を極めていたことです。それとともに、関ヶ原の合戦の遺恨で、外様大名である豊臣系大名の徳川家への憤懣もありました(土佐長宗我部、肥後加藤、長州毛利、薩摩島津等々)。また諸外国が度々開国を迫っていた事情もあります。捕鯨船は、ペリー来航前にも民間レベルでは、ちょくちょく食料や水の補給で沿岸に立ち寄っていたみたいです。端的に言えば、甘い汁を吸い続けたい佐幕派と万世一系の皇統を尊ぶ尊皇攘夷派の鬩ぎ合いでしょうか。

 色茶屋から身請けした加奈の奪還劇も読み応えがありましたね。寺子屋を営んでいた草薙宗淳と伊賀屋の娘お志保の心中には心が悼みました。隠密襲撃後の本田八郎助の追跡劇も見事な騙しで、思わず唸ってしまいました。多少小難しいところもありますが幕末の事情がよく分かり、ひとつひとつのエピソードが面白いので、ぜひ読んでいただきたい一冊です。