
物語の大半が幕府の隠密である小人目付総組頭山村長左衛門、組頭安住甚九郎率いる一団との攻防です。背景には様々な諸事情がありますが、家康が起草させた禁中並公家諸法度により、天皇並びに朝廷の活動は著しく制限されたことと、百五家もあったお蔵米公家の生活が貧困を極めていたことです。それとともに、関ヶ原の合戦の遺恨で、外様大名である豊臣系大名の徳川家への憤懣もありました(土佐長宗我部、肥後加藤、長州毛利、薩摩島津等々)。また諸外国が度々開国を迫っていた事情もあります。捕鯨船は、ペリー来航前にも民間レベルでは、ちょくちょく食料や水の補給で沿岸に立ち寄っていたみたいです。端的に言えば、甘い汁を吸い続けたい佐幕派と万世一系の皇統を尊ぶ尊皇攘夷派の鬩ぎ合いでしょうか。
色茶屋から身請けした加奈の奪還劇も読み応えがありましたね。寺子屋を営んでいた草薙宗淳と伊賀屋の娘お志保の心中には心が悼みました。隠密襲撃後の本田八郎助の追跡劇も見事な騙しで、思わず唸ってしまいました。多少小難しいところもありますが幕末の事情がよく分かり、ひとつひとつのエピソードが面白いので、ぜひ読んでいただきたい一冊です。