昨日の”100歳会”は、珍しいお顔触れが揃いました。”政界の牛若丸”と云われていた山口敏夫。”三年目の浮気”が、130万枚のヒットをあげた黒沢 博。名幹事長の誉れ高い故後藤田氏の良きブレインであり、最後のフクサ-と言われている朝堂院大覚氏。一時期の昭和の強者(つわもの)三人の顔ぶれは、圧巻でした。
私は、昭和の終わりごろ、神奈川県に7年、居住していました。当時、神奈川・平塚出身の河野洋平を中心に新自由クラブが立ち上がり、その流れで選挙の応援演説をした事があります。その折、山口氏に会ったことがありました。
三度目にして、やっと出来た鷹取小学校のPTAに関わったり、横須賀基地に出入りしたりと、思い切り弾けていた 私は、人生盛りの40代の事でした。
あれから 長い時が流ました。今は、会場の46階から、拡がる夕景色を眺めている静かな私です。
黄昏の中、健康維持のため港区の予防医学会の点滴を受けて、友人達と最寄り駅 青山一丁目へ向かいました。