~Agiato で Agitato に~

再開後約20年になるピアノを通して、地域やほかの世代とつながっていきたいと考えています。

音楽の転げもの

2007年08月20日 22時16分08秒 | 見る・読む
昨晩のことなのだが、7月7日に行われたサークルの777コンサートのDVDを鑑賞した。

せっかくすばらしいコンサートを聴いて帰ってきて、自分の演奏なんぞを振り返るのも悪趣味な感じなのだが、こういうのは即見ないといつまでも見ないので、気合入れて見ることにした。

七夕にちなんで、宇宙関係の映像(月食、土星食、流星などなど)がふんだんに盛り込まれていて、なかなか凝った内容だった。私はこういうことに疎いのでさっぱりわからないのだけれど、どうやってひっぱってきて、どうやって編集するものやら。とりあえず全部みたので、ほかのメンバーのこともいろいろ感想はあるのだけれど、本日は自分のことだけ。

何回も書いていたように、ソロはバッハの「音楽のささげもの」から<3声のリチェルカーレ>を弾いたのだけど、自分ではあまりどう弾いたか記憶になく、怒涛のように終わり向かったような感じだけが残っていた。
これがですね・・いやあ見てみるもんです。
始まってしばらくしたあるフレーズから、いきなりドバーッと走り出し、「だれか止めてやれ」の暴走状態。
旦那は「いやあ、手に汗握ったね。・・あれ、わざと?」
・・・・いや、わざとじゃ、ありません・・・・・
息子は「あれ、だれの作曲?」
・・・・いちおうバッハですが、何か?・・・・
またまた旦那「なんだかシューマンとかベートーベンとか混ざってたね」
・・・・そんなつもりはさらさらございませんが・・・・・

自分でも爆笑もんでしたね、これは。
なにしろ、こんな感じです。

(テーマ)キター!!!      キター!!!!            キター!!!!!



           キター!!!                  キター!!!!!

                         キター!!!!!           キター!!!!

で、これに加速がつくわけ。
まともなバッハを弾いたなどとはおよそ思ってなかったが、う~ん・・・これはなにか現代曲っぽい?

やっぱり、11月にチェンバロで弾くのはやめとこうかな?いやさらにスリルとサスペンスにみがきをかけて、しかも「ゲゲゲ」もちびっといれてみるとか?


昨日は深夜に、バレンボイムによるベートーベンソナタのレッスン、生徒はランランというスペシャルな番組をやっていた。
だいたいランランが、譜を見ながらなのに大変おもしろい顔をしながら弾くのもすごかったし、その横で、あのバレンボイムが普通の先生のように譜めくりをやっているのも不思議な光景で、第一楽章を弾き終えるとリサイタルのように大拍手がおこり、ランランが立ってお辞儀をするのもなんとも珍しい感じだった。
まったく「どこに直しをいれるんだ?」な演奏だったのに、バレンボイムは「色彩感あふれる華のある演奏だった」と称えたあとで、構成やら拍感(とくにシンコペーションに関連して)、音質などを細かく指導していた。

そのなかで印象に残った内容(少し言葉は違っているかもしれませんが)。

音楽を操るのではなく、音楽に操られるのでもなく、常に自分の位置はしっかりとしておく

グサッ!
もちろんランランとは比べ物にならない低次元の話でですけど、
私、以前似たようなことを某先生にレッスンで言われましたです。
「暴走させても」「暴走させられても」いけませんね・・・・ハイ修行が足りません。



某フロアコンサート

2007年08月20日 18時33分34秒 | ピアノ
昨日午後、ひさびさの練習会。
毎度のことながら遅れていったのですが(汗)、事前にきいていたのよりはるかにたくさんのメンバーが出席。しかも男性多し。

私エチュードでも弾くかなあ・・と思って行ったのでしたが、暑さで完全にヤル気が失せ(いや暑くなくても弾きたくなくなってたと思う)、ゆるい曲をダラダラと。
マーラー5番のアダージェットのイントロだけで、「マーラーだ!」と声がかかったのはちと嬉しかったですけど。

練習会後は別の楽器店に移動して、フロアコンサートを拝聴。
小さいころから傑出した才能で地元では超有名、今はパリに留学しておられる萩原麻未さんが弾かれるので大変楽しみにしていました。
あるご縁で私、彼女と何回かお話したことがあるのですけど、ほんとにかわいらしい素敵なお嬢さんです。

~~プログラム~~
ベートーベン:熱情ソナタ
ショパン:葬送ソナタ
シューマン=リスト:献呈
~~~~~~~~~~~~~

献呈はともかく、このふたつのソナタを続けて弾かれるのは大変なことだと思うんですよね。私なんかを引き合いにだすのは次元違いだし恐れ多いことですけど、私はこのソナタの中のひとつの楽章を弾くだけでずぶ濡れ状態になります。
実際、前日に某所で行われた同プログラムでは、空調と収容人数の関係で室温が30度になり、そのなかで弾いた彼女は熱中症状態になり、ワンステージ終えたあとバッタリ倒れ点滴。そして次の公演をされたとか(この日は2回公演だったそうです)。
ホワっとした優しい雰囲気の彼女ですが、やはり芯の強さは普通ではないですね。
「熱情」は、第1&3楽章の激しさはもちろん凄かったのですが、第2楽章を実にこまやかな表現の一方で、のびやかかつ大きいフレーズで演奏されたのがすばらしかったように思います。
「葬送」は約2週間前にも聴かせていただいたのですが、そのときとは少し表現が変わっていてそれも少し興味あるところでした。もちろん2度目ということでこちらのインパクトの受け方が変わったのかもしれませんが、この前より第3楽章の「葬送行進曲」が若干遅めのテンポで、陰翳も深かったような気がしました。私としては、こちらの方が好みだなあ・・と思っていたところに外でザアーというすごい雨音。演奏に呼ばれたような夕立に鳥肌がたちました。

「献呈」は、この方のスケールの大きさ、歌ののびやかさがより出ていて、じわーと胸が熱くなりました。
アンコールは「ユモレスク」。おしゃれ軽やかで、でもどこか懐かしさと哀しさが漂う名演。

一昨日昨日と、続けてすばらしい演奏を聴けて私しあわせです。
年齢もタイプもまったく違うピアニストさんたちでしたけど、私にはそれぞれ大変大切な音楽家の方々です。

だいたいこういうすばらしい演奏に接すると、「自分なんかうんうん言いながら、毎日何時間もピアノ弾いてどうするんだ。何年かかってもああいう演奏の足元に近づくことさえ不可能なのに」という気になってしまうのですけれど、感動の量も、自分が苦労して練習した分返ってくるのだ、とでも思えば報われる気もします。

すでに「○○になりたい」という夢からリタイヤしているからこその心持かもしれませんが・・・・。


涼やかなひととき・・あるリサイタルを聴いて

2007年08月18日 20時45分28秒 | ピアノ
暑い暑い旅行から帰って、本日午後、田中知子さんという方のリサイタルに行ってまいりました。
この方、私の直接の知り合いではなく、ピアノサークルの友人を通じてお名前を知った方です。
高校までこちらで過ごされたあと、東京の音大に進学、大学院をへて、今は東京の方で、ソロや伴奏、またクラシックからミュージカル、シャンソンなどあらゆるジャンルで活躍されているとのことです。

会場はここのところしょちゅう行っている(ような気がする・・)某音大のホール。
ここはピアノもいいし、ホールもいいんですが、それを自在に操縦できるというか、弾きこなし使いこなせる弾き手は実は少ないような気がします。

プログラムは、
前半がモーツァルトのソナタが2曲(KV330の第1楽章とKV533-494)、ゲストのチェロ&ピアノ(フォーレの「エレジー」と、カサドの「スペイン古典様式によるソナタ」)、
後半がショパンの「前奏曲 作品28」
というすっきりとした構成。

最初KV330の第1楽章を聴いたとき、思いました・・今日このリサイタルを聴いたのは「当たり」と。
実は今日、アテにしていた家族がそれぞれ用があり、結局娘を託児に出さなければならなかったのですけど、チケット代をはるかに上回る託児代を払っても悔いのないひとときを過ごせそうな気がしました。
というのはですね、ほんとに自然に力みなくピアノが鳴る、音楽が流れる。
そしてなにより私がすばらしいと感じたのは、この方の生来のものと思われる「品」。
プログラムの合間合間でのトークによると、モーツァルトが大変お好きとのことでしたが、品と同時に、この方のモーツァルトには「馥郁たる香り」があります。
「音色」「音圧」という言葉を私よく使いますけど、「音香」とでもいいましょうか、以前ある指揮者さんが「森の中を歩いていて花が香ってくるような感じで」とある曲のあるフレーズを表現されたことがありますけど、まさにそういうものを実感いたしました。

ゲストのチェロ&ピアノもよく響き、表現も自在で、プロフィールからもステージでの経験が大変豊富なおふたりのようです。これからも機会があれば聴いてみたいと思います。

さて、後半のショパン。
私自身についての話で恐縮なのですが、24の前奏曲は1曲をのぞいて弾いてみたことがあります(もちろん人前で弾くレベルではありません・・)。
1番から順番にやったことでもあり、なんとなく24曲がそれなりのつながりと物語性をもっているような気がし、これを24曲通しで弾いてみたらどんな感じなのだろう・・とかねがね思っていたわけです。
本日のプログラムには演奏者自身による各曲のサブタイトル(イメージ)が24曲にわたって付けられており、これが一見して「なるほど」な感じで、さてどんな演奏なのだろう・・と楽しみにしておりました。
前半はそれぞれの曲の相互性が若干希薄な感じもしましたが、後半、特に第15曲目の「雨だれ(演奏者自身のタイトルによると『中世の街に雨は降る』)」からあとは、一気に終曲まで聴かせる構成力と集中力で、演奏者のただならぬ力量と明晰さを感じました。
16曲目とか24曲目などは大変激しい曲で、取り乱したように弾く奏者も少なくないのですけれど、「品を維持した中で、内容は音にこめる」というスタイル、大変感銘を受けました。
私自身が最近こういうスタイルにこだわっているせいもあるのですけど(あくまでもこだわってるだけです・・実現はおよそムリ)、こういうスタイルはやはり技術に余裕がないと難しい。それをこうして実現できる方には憧れますねえ、ほんと。

ちなみに田中さんという方、スタイルもいいし、ドレスの着こなしも髪型もきちんとされていて、さらに笑顔も大変チャーミングで、視覚的にもすばらしい。
アンコールの2曲目には、ピアニカとピアノのあわせワザという茶目っ気たっぷりのサービスも見せてくださいました。私もこのあわせワザを練習会でやったことありますけど、大変キツイです、息上がります。これを最後の最後にされるのはなかなかの体力ともお見受けいたしました。

暑いなか出かけたリサイタルではありましたが、水が流れるがことくに自然な演奏、香り高いモーツァルト、涼やかな姿勢のなかにこめられた熱いメッセージに、一陣の風を感じたようなひとときでした。


京都 その4

2007年08月17日 18時29分05秒 | 雑感
最終日、さすがに「仏像も寺もお腹いっぱい」と子どもが言うので、10時チェックアウトののちは付近をふらふらした。

錦市場にも立ち寄ったのだけれど、漬物、とくに糠漬けの匂いがゴメンナサイで、たいして行かないうちに方向転換。
・・私は糠漬け臭い女ではないということか(汗)?・・

高島屋にも実に18年ぶりに行ったし、楽器店ものぞいた。
楽器店にはモンポウのピアノ譜がたくさんあったことと、ムソルグスキーのソナタ(4手だったような気がする)があったのが珍しかった。

昼すぎには京都の親戚と食事をし(子どもが2歳と4歳)、その後少しデパート内で遊んだ。
夏休みで「友達禁断症状」が出ていた娘は、なによりも楽しかったようで、初対面にもかかわらず大騒ぎ。最後は「○ちゃんのうちに泊まりたい」と駄々をこね、半ベソ半ギレで親としては大変困った事態と相成った(泣)。

というわけで、今帰りの新幹線。
それにしても京都駅の巨大な構造と空間にはびっくり!
私にはコンセプトがよくわかりませんが・・(逃)

京都 その3つづき

2007年08月17日 18時28分41秒 | 雑感
さて、娘をカクホしたのが20:00。
「大」の字の点火が20:00。
もとの場所に戻って見るのは無理とあきらめていたのだが、これがそうでもなくて、10分後に「妙・法」がつき、さらにその5分後(つまり20:15)に「舟形」と「左大文字」がつくころには、みなぞろぞろと左へ移動するので、点火の瞬間にこだわるのでなければ、そう苦労することなく見ることができた。あの場所取りフィーバーはなんだったんだ?

最後20:20に「鳥居形」がつくと、そそくさとバイキング会場に向かう人もいたので、結構ぐるぐる回りながらゆっくり見られたし、写真も撮れた。
遠くからツアーなどで訪れている人は、ひととおり見ることが目的のようだったが、地元の人は、すべての文字を見る機会はまずないらしく、「○の字は初めてみた」とか、「今日は○の字がよく燃えてる」それぞれの感想を言っておられた。

ただやはり暑さやなんやらで、高齢の方が倒れてしまったり、具合の悪い人が出たり、いろいろアクシデントはあった。

娘は「今日のは『犬』『好』(犬好き)ではなかったね」と言っていたが、それはちょっと前の子ども向けアニメで、大文字の『大』と『妙』をパロッた番組があって、それをミョーに記憶していたためと思われる(笑)。

かなり気合いの要る送り火見学だった。

京都 その3

2007年08月17日 07時56分09秒 | 雑感
7時半からしばらくの間、娘と前から2列目くらいにちゃんと並んでいたのだが、そのうち娘が「狭い」とか「暑い」とかいってチョロチョロ動き始め、そうこうしてるうちに姿が見えなくなった。
少し離れたところにいた主人(端の方に良いポジションがあったのでそちらにいた)のところと、行ったり来たりしていたので、そちらかなと思いメール打ったら、
「こちらにはいません」
・・・ゲッ・・・

8時の点火を前に、人がどっと増え、こんな中でどうやって探すんだ?!と思ったとき「迷子のお知らせ」が。少し本名と違う名前だったが(ハンドルネームではなく、たぶん発音とか聞き取りの問題だと思う)、まぎれもなく娘と思われ・・。
慌てて回収に向かったが、点火寸前でみな前へ突進中。そこを逆行するわけなので、みなさんわざとじゃないのたろうが、現象としては殴る蹴るされました(泣)。それでも私は移動できただけマシで、主人の方はまったく身動きとれなかったらしい。


娘はやはり主人のところに行こうとしたらしく、でもどんどん人が増えてきてわからなくなり、また戻ろうにもどうにもならず、オロオロしているところを係に見つけられ、アナウンスをかけられたらしい。
本人によると「迷子になったわけではなく、お父さんの場所がただわからなくなった」だけだそうで、また「勝手に場所を離れたわけでもなく、人が増えてどこにいるかわからなくなっただけ」なんだそうだ。
・・・そーゆーのを迷子っていうんじゃあ・・!

そういえば、息子も3歳くらいのとき、デパートで「お母さんがいなくなったので呼んでください」と店員さんに頼み、この時はあたかも私が迷子のような放送がかかった。しかものこのこ迎えに行った私に「どこ行ってたの?」とのたまわったものだった。

(つづく)

京都 その2

2007年08月17日 00時01分46秒 | 雑感
16日、朝10時頃に金閣寺到着。
まだそう人も多くなく、見学も写真も楽勝。何を考えてこんなピカピカの建物を作ったのか、といつも思うのだが、仏像でも建築物でも最初は極彩色のものが結構あったことを考えると、「昔のもの=渋い」とは言えないなあと思う。当たり前のことだけれど。


次に、竜安寺に移動。徒歩で20数分。
あとからきくところによると、本日京都は39℃とかだったらしく、竜安寺に到着したころには、家族みな茹で上がってたというか干上がっていたというか、特に息子は石庭を前に正座したまま動かず。
暑くて頭がヤられたのか、瞑想でもしているのか傍目には判断しかねる姿だった。

近くのレストランで昼食がてらしばらく休み、仁和寺をちらっとみて嵐電で移動。
嵐山に行くことも考えたのだけど、時間と子どもらの状態から、北野天満宮へ。いちおう受験生もいることだし。

最後にバスで銀閣寺に行く。
人もセミも多いし、暑さもピークでトドメの汗をかいた。
ただここを見ているとまた茶道を再開しようかな、という気にちょっとなった。


いったん宿に帰ったあとまた出掛けた。
午後7時半現在、某ホテルの屋上で大文字五山送り火が始まるのを待ってます。

はるか頭上のVIPルームには、舞妓さんに囲まれた方々のシルエットが・・。ああ涼しそう。

京都 その1

2007年08月15日 22時16分12秒 | 雑感
2時過ぎに京都に移動。

三条の宿にいったん入り、4時くらいに清水寺へ。
ここへは過去何回か来ているけども、「音羽の滝」に紫外線滅菌装置が備えてあり、柄杓をそこから出し入れするのは初めてだったように思う。
・・とは言っても前回来たのは、18年前なのだが(爆)・・。

さて写真は、清水寺から少し下ったところにある土産物屋で買った八ッ橋。
ラムネ味と塩味。
まだ食べる勇気出ません・・なら買うなよって話ですね。

奈良 その2

2007年08月15日 14時46分31秒 | 雑感
朝9時半くらいに東大寺に向かう。

「ここから東大寺」というところから、大仏殿までが遠い遠い。午前中とはいえ、すでに猛暑。ご尊顔を拝したときはありがたさが身にしみました。


水分がなかなか補給できなかったこともあり、「このままでは熱中症だ」というわけで、奈良国立博物館に飛び込み。涼しいところでじっくり拝する仏像はよりありがたいです。
ここの解説はわかりやすく、かつ筆者の愛情も感じられて、つい読みふけってしまった。なかでもある明王についての解説、「節度ある怒りを表した顔」というくだりにはなぜかシビレました。

当たり前のことではあるのだが、仏像は奈良・平安初期・平安後期・鎌倉で表現に違いがあり、たとえ同じ仏を題材に彫っているにしても、浅く上品に彫られたものと、深くダイナミックに彫られたものとでは、伝わるものがまるで違う。音楽でもそうなのだけれど、やはり時代における様式というものは正しくおさえておく必要があると思うことだった。

奈良の最後は興福寺国宝館。
有名な阿修羅像を見ながら思った・・・阿修羅は三面六臂だ。「八面六臂」という言葉があるけれど、普通に考えると、八面ならば十六臂。あとの十臂はどうしたのだろう?大活躍、大忙しのニュアンスにしては、もひとつな気がするが・・・。
ほかにも、「五重塔に花火が燃え移ったらどうするんだろ」とか、「国立博物館の仏像が地震で倒れたらどうするんだろ」とかバチあたりなことばかり言っては、家族に怒られました。



奈良 その1

2007年08月14日 23時18分56秒 | 雑感
10時半くらいの新幹線でまず京都に向かい、近鉄に乗り換えて奈良は西ノ京へ。
西ノ京駅からすぐの薬師寺へ行ったが、どうも初めて来たような気がする。

私はこういう建築物や仏像に格別の興味があるわけではないのだが、聖観音菩薩像、薬師三尊像には説明しがたい何かを感じた。こんなことを考えたのは初めてなのだが、これらの像を作った過去の人のことが知りたくて気になって仕方なかった。とてもフツウの人物であったとは思えない。

次は少し歩いて唐招提寺へ。
金堂は現在解体作業中で、プレハブに包まれていた。ついでに鑑真和上像は福岡出張中。
とくに庭が作ってあるというわけでもないのだけど、緑が多く、また境内の起伏のせいもあって、独特な雰囲気の落ち着いたお寺だった。

西ノ京から奈良に戻り、猿沢池に接する宿に着いた。
外見は渋い和風だが、中はモダンと古風がうまく調和している感じで、風呂も食事も相当よかった。
夜は、宿からすぐの興福寺からずっと歩いて、「なら燈火会(とうかえ)」を楽しんだ。
これは猿沢池から興福寺、東大寺、そして春日大社にいたる広範囲に、白いカップに入ったロウソクが見渡す限り灯されるというもので、ダイナミックかつ幻想的だ。
なかなかの人出であったけれど、8時半まで興福寺の内部にも入れたし、仏像を夜見るなんてなかなかできない経験なので、それなりに印象的だった。

帰ってからは、宿で五重の塔を見ながら再びお風呂。

来てみると意外に(?)楽しい。