八咫烏の声

神社の行事、社務などの日記です。

第16回『薩摩国府(鹿児島県薩摩川内市)』

2013年10月25日 13時21分38秒 | 神職所感

今回も台風はぐいっと逸れてくれたようです。

こんにちは。禰宜です。

去る10月21日は枝光八幡宮の例大祭に助勤に行って参りました。

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総勢9人の神職による御奉仕。

当社からは宮司とK権禰宜、そして私が御奉仕いたしました。

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恙無く枝光八幡宮例大祭が斎行されました事、心よりお慶び申し上げます。

斎員・参列者の皆様お疲れ様でした。

さて、本日のブログは久方ぶりの『遠くに行きたい』。

丁度、先日郷里のほうへ帰省してまいりましたので、今回は其処を御紹介致しましょう。

私の郷里は鹿児島県の北部。いわゆる「北薩(ほくさつ)」とか「川薩(せんさつ)」等呼称される地方です。そんな北薩の中心都市が今回御紹介する薩摩川内市。

・・・「薩摩川内市」は「さつませんだいし」と読んでください。「さつまかわうちし」ではありません。

昔は単に川内市だったのですが、周辺の薩摩郡の町と合併したのでそんな名前になりました。人口約10万人。鹿児島県では4番目に人口の多い街で、面積は約70キロ平方メートルと県内最大です。

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川内市の玄関。川内駅。

因みに私が伊勢の大学時代、実家へ帰省する為に切符を購入しようと駅員さんに「伊勢市駅から川内駅までの切符を下さい!」と元気良くお願いしたところ・・・

『伊勢市駅→仙台駅』

・・・の切符を買わされた思い出があります。

本州の人の認識では「せんだい」は「仙台」だったようです・・・。

・・・・・・

そんな川内駅の駅前にはとある人物の銅像が建っております。

その人物とは、

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奈良時代の将軍・大伴家持(おおとものやかもち)です。

大伴家持は古代より朝廷の武を司ってきた名門・大伴氏の棟梁で、かの「海ゆかば」の作詞者としても知られます。実はこの家持、薩摩国の国司(薩摩守)として数年ほど薩摩に赴任していた経歴があるのです。

そして彼が執務を行った薩摩国の国府こそ現在の川内・・・薩摩川内市です。

あ、国府というのは旧国の首府の事です。「府中」とか「国分」とか呼ばれたりもします。

現代の地名でも国府の名残を持つ地名が数多く残っていますよね。例えば東京都府中市は武蔵国の国府ですし、山梨県甲府市は甲斐国の国府です。防府天満宮で有名な山口県防府市は周防国の国府、古来駿府と呼ばれた静岡県静岡市は駿河国の国府です。

いうなれば川内は薩府ですね。

しかしこの薩摩国司というポストは、薩摩国が都から遠い地にあり、朝廷の官人にはあまり人気が無い役職であったようで・・・家持が薩摩守に赴任したのも政争に敗れた末の左遷人事だったようです・・・。

家持自身も僻遠の地の国司へ左遷させられて悶々とした日々を送っていたのか、将軍であると同時に歌人としても名高い彼にしては薩摩での歌は一つも残っておりません。嗚呼・・・。

このように古代日本における薩摩国司という役職はあまり人気の無いポスト・・・というか左遷ポストに相当していたのですが、これは当時の薩摩国が未だ朝廷に服さない人々が多く存在する不安定な土地であったのも関係しているのでしょうね。

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こちらが薩摩国分寺跡です。

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国分寺は聖武天皇が各国に国家鎮護のために建立した寺院です。現在でも「国分寺」とかの地名が全国各地で見られますよね。なお、国分寺は正式名称としては「金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)」と言います。

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ふむふむ。

僻遠の地の国分寺であった為か・・・他国の国分寺と比べると小規模だったようですね。

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塔跡です。

当時はここに七重塔がそびえていたといいます。

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寺院の中核を成す建造物である金堂の跡です。

なお、薩摩国分寺の遺構はこうして発見・整備されていますが、薩摩国府の政庁跡は今もって発見されておりません。いつの日か発見される時まで、川内のどこかで眠っているのでしょうね・・・。

さてさて、次に御紹介するのが薩摩国一宮。

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旧国幣中社・新田神社です。

主祭神はニニギノミコト。

かつては八幡神を祀り、鎮西五所別宮の一つに数えられたため、新田八幡宮とか川内八幡宮とも呼ばれています。

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この新田神社は亀の形をした神亀山(しんきざん)という小高い山に鎮座し、山の3分の2が宮内庁が管轄する可愛山御陵(えのさんごりょう)となっています。

可愛山陵につきましては後日、宮司のブログで御紹介があると思われますので・・・今回は割愛(笑)

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大鳥居から長~~~い階段を登り切ると見えてくるのが新田神社勅使殿。

拝殿の前に勅使殿を置き、左右に長庁を設けるのは鹿児島県で良く見られる神社建築です。

霧島神宮や大隅一宮の鹿児島神宮、新田神社と同じく薩摩一宮である枚聞神社もこの形式です。

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鹿児島県内でも有数の神社の一つとして、お正月をはじめ多くの参拝者で賑わいます。

そして最後に御紹介するのが川内川。

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(国土交通省・川内川河川事務所HPより)

総延長約140キロ。

九州では筑後川に次ぐ規模を誇る河川で、古来より鹿児島の人々に水の恵を与えてきた川です。その恵みを受け河川流域には県下有数の穀倉地帯・伊佐平野や、国内最大の金鉱山である菱刈金山などがあります。

かつての薩摩国府・薩摩川内市。

鹿児島市内や霧島・指宿に比べると、あまり観光ガイドに載る事は少ない街ではありますが、見所満載の街です。どうぞ一度足を運ばれてみて下さいね。

禰宜