フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

4月29日(月) 晴れ

2013-04-30 01:20:34 | Weblog

  8時、起床。パン、ポテトサラダ、レタス、紅茶の朝食。

  11時半ごろ、家を出る。知り合いが出演する新交響楽団の演奏会を聴きに池袋の東京芸術劇場へ。息子からプレゼントされたネクタイを締めていく。

  腹ごしらえをするために神楽坂で途中下車。祝日の神楽坂は歩行者天国でいつもより人が多いが、「SKIPA」は普段とそれほど変わらない。「お仕事の帰りですか?」とのんちゃんが聞くので、「いいえ、これからコンサートを聴きに池袋に行くところです」と答えると、「コンサート、いいですね」とのんちゃん。「SKIPA」はGW中も普段通り木曜が休みである。宙太さんは次の街歩きは三軒茶屋へ行きたいと言う。三軒茶屋はご存知ですかと聞かれたので、一二度、芝居見物で行ったことがあるけれど、駅の周囲は再開発されたところと昔ながらのごちゃごちゃした感じのところが混在していて、面白い街だと思います、街歩きにはいいんじゃないかなと答える。

  チキンカレーと食後にチャイを注文し、30分ほど滞在。 

 

 

   会場には1時15分ごろ到着。入口前のスペースに人だかりが出来ていて、ジャズの演奏が行われていた。

  本日のプログラムは、R.シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」と「ばらの騎士」組曲、そしてベートーベンの交響曲「田園」である。受付でチケットを渡して指定席券を受け取る。3階席なので、オペラグラスを忘れたことを後悔する。

  新交響楽団の演奏を聴くのは初めてである。アマチュアのオーケストラであるということしか知らない。しかし、最初の曲「ドン・ファン」の出だしの音を聞いた瞬間、並みのアマチュアのオーケストラでないことはわかった。逡巡するところのまったくない、潔い、厚みのある音だった。

  今日の演奏の中では、「ばらの騎士」組曲が一番楽しめた。歌劇「ばらの騎士」で使われる曲の中からいくつかの場面を、ストーリーとはまったく関係なく、曲としての構成を考えて組み合わされた組曲で、GWの最中に聴くのに相応しい、華麗でメリハリのある演奏だった。ブラボー!

  メインの「田園」は誰もが知っている曲だが、演奏会で通して聴くのは私は初めてだった。管楽器が独奏的に吹かれるパートがところどころに出てくるが、どの奏者も実に安定していて、新交響楽団のレベルの高さを知った。

 

  終演は4時半ごろ。劇場前の広場では古本市をやっていたので、ちょっとのぞいて、4冊ほど購入。

  谷沢永一は歯切れのいい文章で知られるが、親友の開高健を論じて面白くないはずがない。

  堀江敏幸さんは大学の同僚だが、初期の作品は案外読んでいない。芥川賞受賞作の初版を購入。

  黒田恭一のエッセーをぱらぱら読んでいて驚いた。「直立猿人」というジャズの曲の話が出てきたからだ。つい昨日、「あるす」のご主人から昔、蒲田に「直立エンジン」という名前のジャズ喫茶があったという話を伺ったばかりだったからだ。私はそれがジャズの名曲の名前に由来するものであることを知らなかった。「エンジン」が「猿人」であることにも思い至らず、車だがバイクだかの「エンジン」が床の上に直立して置かれている図をイメージしていたのである。シュールレアリズムの作品のようではないか。

  精神科医の中沢正一の本は、単純にタイトルに他人事でないものを感じて購入した。悪いか!?

   蒲田に帰り着いたのが5時半。「グッディ」でコーヒーを飲みながら、木皿泉『昨日のカレー、明日のパン』を読む。この味わい深い小説(きっとTVドラマか映画になるだろう)も今日で読み終わる。もっと読んでいたいが、しかたがない。本には最初の頁があり、そして最後の頁があるのだ。どんなにゆっくりと読んでいても、いずれ最後の頁にたどり着く。

   一樹が子どもの頃(小学校高学年)のある雨の日のエピソードがいい。彼は雨の日が好きな少年だった。

   「傘をさして歩いていると、気持ちが落ち着く。自分の傘に雨粒がはねる音が美しく、そう思うのは、もしかして自分だけかもしれないと思った。しかし、傘の中に一人でいる、そのことを恥じる必要もない。自分の場所がはっきりとわかる雨の日が好きだった。
    いつものパン屋で、五枚切りを一食分買い、それを雨に濡らさないように注意深く歩いていると、突然、後ろからばしゃばしゃと水たまりをけちらす音が近づいてきて、おかっぱ頭の小学校低学年の女の子が、
    「入れてください」
    と傘の中に飛び込んできた。
    一樹が驚いていると、女の子も驚いた様子だった。傘の柄が婦人物だったので、女の人だと思い込んでいたのだろう。でもすぐ、人懐っこい顔でニッと笑ってみせた。よく見ると、その子は、子犬を抱いていた。女の子は、子犬が濡れないよう、不自然な形に体を傾け、一樹の歩調に合わせながら、一生懸命ついてくる。女の子の濡れた髪から、汗の匂いなのか、蒸気のような何かがむわっと傘の中に広がり一樹の顔にかかってくる。運動靴に雨水が入ったのか、歩くたびにキュッキュッと音がして、それが女の子の弾む息と同じリズムで、傘を持つ一樹にぴたりとついてくる。
    「この傘、いい音がするね」
    女の子が、一樹を見上げて、大人びた様子でそう言った。下からにらむような黒目がちの目で、
    「私のも、いい音なんだよ」
    と自慢した。女の子は、かすかにカレーの匂いがした。
    「今日のお昼、カレーだったの?」
    一樹が聞くと、女の子はへへっと笑って、
    「夕べのカレー」
    と歌うように言った。
    「その犬、何て名前?」
    一樹が尋ねると、
    「まだ決めていない」
    と、女の子は子犬を優しくなでた。
    「ふーん、そーなんだ」
    「お兄ちゃんが持っているのは、何て名前?」
    女の子は、一樹が大事そうに持っているパンを見て聞いた。一樹は、ちょっと考えて、
    「明日のパン」と答えた。女の子は、突然、
    「私、こっちだから」とスカートに子犬をくるむと、雨の中へ飛び出して行った。細い足がぴょんぴょんと、泥をけり上げて走ってゆく。急に女の子は立ち止まると、こちらを向いて、
    「パンって名前にしていい?」
    と大声で聞いた。
    「いい名前だと思うよ」
    一樹が叫ぶと、女の子は、また激しい雨をもろともせず走り抜けて行った。その後ろ姿を一樹は、呆然と見送った。何だったんだ、今のは。一瞬、自分も小さな子犬を抱き上げた、不思議な気持ちだった。
    この日の話は、誰にもしていない。していないが、その後もなぜかずっと心に残った。雨の中、水たまりをはねのけるように、地面をけっていた、あの小さな足は何だったんだろう。」(231-233頁)

  明日、新宿発午前10時の特急「あずさ」に乗って茅野へ行く。天気予報が正しければ向こうは雨だ。傘をもっていこう。私も、一樹同様、雨の日が好きである。今日はカレーを食べた。明日は蕎麦を食べるだろう。

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