徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

加藤清正と二匹のきつね

2017-01-25 18:16:27 | 歴史
 加藤清正が近江長浜にいた頃というから、羽柴秀吉に小姓として仕えていた十代前半の話だが、侍同士の喧嘩の仲裁に入った清正の見事な振舞いに、二匹の兄弟きつねが、きっと将来天下に名を馳せるお方だと見込んだ。以来、二匹のきつねは霊狐として清正を守護することになった。清正が24歳の時、秀吉から肥後北半国十九万五千石を与えられ、肥後国に入るが、その時、二匹のきつねも一緒にやって来て花岡山に住みついた。やがて清正の熊本城築城が始まり、自ら陣頭指揮をして花岡山から石を切り出していたが、八枚石と呼ばれる所だけがどうしても採れなかった。不思議に思いながら、清正が八枚石に腰を下ろし、まどろんでいると二匹のきつねが姿を現した。きつねは清正を慕って長浜からついて来たことや、八枚石が築城には向かない石であることを語って姿を消した。清正はたいそう喜び、兄のきつねは「清藤大明神」として花岡山に、弟のきつねは「緋依大明神」として茶臼山に祀ったと伝えられている。
※右の写真は滋賀県長浜市の豊国神社に立つ加藤清正像



花岡山に残る、石切り出しの陣頭指揮を執った加藤清正の腰掛石