キカクブ日誌

今年のキーワードは「ジョーモン!」縄文遺跡や縄文博物館へ行きたい。

熊本城復興城主

2017年03月22日 | 熊本地震
帰省中、母の誕生祝いで街まで食事に出た。
ランチだったので、食後熊本城の様子を両親と見に行った。


作業の様子を説明するパネルがいたるところにありました。
こうやって説明してもらえると、理解が進むし、良いことだと思います。


崩れた石垣を整理して、番号を振って保管しているようです。


でも手つかずのところもまだまだ多い。


薬研堀のところ。
この空堀は父が若いころはソフトボールの練習会場だったらしい。
仕事の昼休みにやってきては同僚とソフトボールやってたんだとか。
写真手前にバッターボックスがあって、いま崩れてしまってる石垣越えをさせるのを目指してたんだとか。


巨木も崩れたままになっていました。


加藤神社前。
人を通すところはこのようにがっちりと補強しているようです。


石置場




立ち入り規制。
城彩苑の上のところ。行幸坂を望む。


復旧には20年かかると言われている熊本城。
20年なのかどうかは、やってみないと分からないのかもしれません。
東京にいる時は「崩れてしまっても熊本城が無くなったわけじゃないし」なんて思ってたのですが、やっぱり実際に足を運んでみて、いつも行けた場所があちこち立ち入り禁止になっているのを見ると、とても切なくなりました。
天守閣に近づけないのもとても寂しい。


「城彩苑」というお土産物を売ったりしている施設はオープンしていました。
行ったらすごい人気で、ごった返していました。



その中に「復興城主」の申し込みカウンターがありまそいた。
つまり熊本城の復興のための寄付の受付です。
これまでも平成の大改修などでも「一口城主」等と言って一般の寄付を募っていましたが、今回もそういうものです。
ここに寄付をすれば熊本城のために使われます。
早速、受付に行って「城主」になりました。


熊本城復興城主公式サイト


その話をFBで友人に伝えたら、台湾の友人も寄付したいと言ってくれて、代理で手続きしました。
ネットからも申し込めてクレジットカードで入金できるので便利です。
彼女はまだ熊本城に行ったことはないそうですが、天守閣に近づけるようになったらぜひ案内してあげたいと思います。



「城彩苑」で見かけた中国語の張り紙。
バオビン~かき氷のことですね。



城主になったあかしの城主手形。
熊本で色々の特典が受けられるらしいですが、熊本に次に帰るのはいつかな?
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10か月ぶりの帰省

2017年03月21日 | 熊本地震
昨年の5月に帰省して以来、10か月ぶりに熊本に帰りました。
阿蘇くまもと空港に父に迎えに来てもらい、健軍の実家にもどるのに、津森経由にしました。
津森は父が子供の頃に住んでいた土地で、なつかしいというのもあり、また、ここから帰ると木山を通ることになるので、地震後の益城町の様子も見られるということでこういうルートになったのでしょう。



父の子供時代の思い出話などをききつつ津森を通り、木山、安永、馬水、惣領、沼山津と地震の被害の大きかったところを通りました。




飛行機の窓からも確認できていたのですが、屋根の修繕が終わらず、ブルーシートを貼ったままになっている家屋が予想以上に多い。
県道の両脇、地震直後は崩れた家が立ち並んでいたところはかなりの割合で更地になっていた。







家の近所まできても状況はあまりかわらず。
壁が崩れた家が「危険」の張り紙もそのままにされていたり、隣の家も屋根にブルーシートをはったままだったし、更地もちらほら増え、取り壊しの工事をしている家もあったりと、地震後の復旧作業がゆっくりゆっくり進んでいるという状況だった。

業者さんの数が足りず、地震の直後から頼んでいてもなかなか順番が来ない。ということもあり、またもともと年寄りが多いので、家を空けて施設に入っていたりで家を手直しする人がいないということも多いようだ。

健軍商店街のアーケードも見に行った。
鉄筋コンクリート3階建てのスーパーが倒壊していた現場は、建て替えの工事に取り掛かっているようだった。アーケードは修復が終わり、きれいに塗装されていた。それでも更地もあり、廃業した店もあり。もともとシャッター商店街の様相だったので、復活は遠い道のりのように思える。




(地震直後の様子)


熊本を離れていると、こういう生の情報にはなかなか触れることがなく、ブルーシートなどはかなり減っているものと思い込んでいた。
反省。

同級生の家もちょうど解体が始まったと言っていた。
地震直後には被害が少なくて一部損壊程度だった友人の実家も、その後の余震で被害が大きくなり、再検査したら大規模半壊となったとか。まだ修理ができないので不安の中暮らしてるそうだ。

改めて天災の恐ろしさを感じた。



<<追記>>
津森を通りながら、父が話してたことのメモ。
祖父は「駐在さん」だったので、父たち家族は駐在所に住んでいて、それは津森小学校の近くにあった。今はもう建物もなく、【がけ崩れ危険地区】という看板が立っていた。去年の地震とは関係がなく、昭和54年と書かれていた。その駐在所から、学校まで竹馬に乗って行ったことがあったとか。家の縁側から竹馬に乗り、はだしのままで行ったとか。

途中、道が木山川に沿っていた。
津森神宮などもあるところ。
「木山の初市には、この道を木山まで歩いていったなぁ」とか。地図で見るとちょうど4キロの道のり。小学校低学年時代の思い出らしいので、結構遠かったですね。
木山の初市ってなんだろうと思ったら、今でもやってるそうですね。毎年3月に開催しているらしいです。




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北橫公路~省道台7線

2017年03月16日 | ☆旅行─台湾
北部横貫公路
全長約129.5kmの省道台7線の自動車道である。(Wiki)
日本時代(大正時代)に開いた山道を拡張したもののよう。


宜蘭市から昨日は鳩の澤温泉まで行って帰ってきました。
今日は、また途中まで同じ道をたどり、さらに山越えをして桃園市へ出て、台北から淡水まで向かいます。グーグルで調べると4時間半の行程。



ドライブの状況を写真でご紹介。
(写真は2日分が混ざっています)
どうということない景色ですが、台湾でドライブするのは珍しいことなので色々写真撮りました。この車には、カーナビを付けてる上に更にタブレットでグーグルのナビも使ってる。そして私にはよくわからないけど面白いデバイスを導入してた。それは、音声を認識するもので、話しかけると音楽を流したり、ラジオの局を探したり目的地までの距離を答えたり、歌を歌ったりするsiriみたいなもの。
ガジェット好きな友人なのでいろんなものを積んでいるみたい。



タブレットのグーグルマップ。
山道のくねくね感が伝わりますか?







台湾の桜は濃いピンク。

林業の発展とともに開かれて行った道路や鉄道。







(中国の範囲が広い!!これが中華民国の版図だ!)


途中まで「蘭陽渓」という川に沿って山を登って行きます。
この川がとても雄大。
水はそれほど流れていないのですが、河原に石が大量にあり、大きな谷をつくっています。
台風や大雨が降ると、流量が増えて上流から石がゴロンゴロン運ばれるんでしょうね。




その河原に何か整備してあるところが‥


拡大写真。
何だろう?
連れは西瓜畑と言ってましたが・・・。



山道はあちこち崩れています。
ここはまさに崩れたところをパワーショベルで修繕中。道をふさいでいる重機は器用に自分の身体を山の方へ移して我々を通してくれました。




途中、休憩。


標高の高いところにある池「明池」。
涼しいから景勝地として人気があるようです。
明池山荘というホテルもあります。
山歩きとかの拠点になりそうですね。






ここには薄いピンクの桜が咲いていました。








「不滅の栄光」
この道路を切り開いた人々をたたえる、石碑と案内板です。
この案内板にはにほん時代のことは書かれていなくて、「光復初期・・・」から説明がされています。この道路の工事のことは教科書にも書かれて、国民党政府の偉業としてしっかり教わったという話。
1950年代に人力で作った道のようですね。
大変だったろうなぁ。


農園もあります。
ここから山歩きで着るような道が作ってありました。



北橫公路の高いところは植生も違います。
針葉樹林が広がっています。



宜蘭県と桃園市の境目。







この山道の工事は大変だったでしょうね。

朝10時に宜蘭のホテルを出て、淡水駅に着いたのが午後4時を回っていました。
6時間のドライブとなりました。

写真はあまりありませんが、この道路を通ってて感心したのが自転車の多さです。
日曜だったせいか、自転車で山越えしている人が本当におおぜいいました。
100人は見たと思います。
台湾の自転車人気もすごいものですね。

それと、宜蘭側も桃園側もタイヤル族の集落が点在していて、それも興味深いものでした。
集落によってモニュメントがあったり、原住民文化のモチーフの飾りがあったり。
ゆっくり訪れてみたいですね。
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宜蘭東門観光夜市と幾米公園

2017年03月15日 | ☆旅行─台湾
鳩之澤温泉から戻ってきて、晩御飯を食べにホテルの向かいにある「宜蘭東門観光夜市」へ行きました。

昼間にも一度通って下見(?)しておきました。


昼間はまだどこも開いてない。


夜になったらここにも屋台がずらっと並ぶんでしょうね。


そして夜。


ガード下が夜市になっているので、雨でも営業できそうですね。




入口近くの葱油餅を早速食べます。






あと、これも屋台で試してみたかった「銀糸巻」。
でも見た目が知ってる「銀糸巻」となんだか違う。
超級安いけど。
油が良くないとこれは美味しくない。


そんなに食べ物の屋台は多くなかったので、結局夜市の中にあるステーキ屋さんへ入りました。
が、あまりおいしくなかった・・・。

でもとりあえずお腹いっぱいになったので、ジミー公園まで散歩。
宜蘭の駅前にあります。
ジミーさんのことはよく知らないので、「ふ~ん」という感じだったのが自分としても残念。
やはりこういうところは「あのジミーさんの世界が!」とかって盛り上がりたいですね。







宜蘭の駅舎もジミーさんとのコラボらしい。

※ジミーさんというのは、台湾の有名な絵本画家です。

帰りに、駅前のスーパーで果物や夜食を買ってホテルへ。
10時半くらいに就寝。


これスーパーで買った芋チップス。
なかなかおいしかった。



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鳩之沢温泉

2017年03月13日 | ☆旅行─台湾
今回の目的地はこの「鳩之澤温泉」。以前は「仁澤温泉」と言ったそう。
そのいわれは、日本時代に林業に携わる人たちが開いた温泉で、鳩が入ってたからこの名がついたとか?国民党時代になり「仁澤温泉」と改められたが、最近またもとの名前に戻されたのだとか。

山道をくねくねと登っていくと、山の中腹から白い煙のような湯気がもくもくと立ち上っている。あそこが目指す温泉らしい。周りに何もなく、ほんとに山の中の一軒湯であるようです。



到着すると、それなりに少し開けた平地があり、駐車場と幾つかの建物があった。湯けむりが上がっている場所が二箇所あった。大きな方が源泉なのだろう。建物群から少し離れた高いところにある。そこから湯を引っ張っていると思われるパイプもあった。







もう一つの湯けむりは、いくらか規模が小さい。温泉玉子作りの場所でした。
売店で玉子を買って、茹でるかごを借りました。借り賃は20元、別に200元のデポジットを預けます。







もくもくしてるところからは、ボコッボコッと暴力的なお湯が涌き出ています。
湯しぶきが当たると火傷の危険あり!













タマゴも食べたので、温泉に入りましょう。





ここには、水着を着てはいる「SPA区」と個室になってる「家庭湯」と、いわゆる男女別浴場の「裸湯」があります。
連れが当然「裸湯」!という姿勢だったので、有無を言わせず裸湯へ。
台湾らしいSPA区でもよかったんだけどなぁ。

裸湯へ行くと、入り口は施錠されていて、係りの人を呼んでチケットを見せて開けてもらわないといけませんでした。
もちろん、温泉のなかでの写真はありませんよ。
大きな露天風呂で、一応洗い場もありました。かんたんな石鹸シャンプーは備え付け有。ドライヤーもあり。コインロッカー有(お金は戻ってくるタイプ)

先客5~6人といったところでしょうか。

入ってみて、なぜこの温泉にわざわざやってきたのか、わかりました。
とにかく泉質が良い!
ぬるぬるしたお湯で、肌がつるつるになります。
1時間弱堪能して、外に出たらもう真っ暗になってました。


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KAVALAN WHISKY工場見学

2017年03月12日 | ☆旅行─台湾
昼食を食べた後は、太平山の方にある温泉を目指しますが、その前にちょっと寄り道。
ちょうど山への途中に「カヴァランウィスキー」の工場があるのです。
蒲田のバーの方から工場見学できますよ~と話を聞いていたので、ぜひ一度行ってみたいと思ってたのでした。工場の売店なら販売してるものの種類も多いでしょうから(空港免税店では4~5種類のものしかないし、サイズも選べませんので)できればいろいろ試せるミニボトルのが欲しいと思っていました。




見学コース。自由に歩いてよいようになっています。


ミネラルウォーターの工場も併設。


こちらはウィスキーのボトリング工場。


樽がいっぱい!


入口と出口


ウィスキー工場はさすがに一番人気!


説明があります。


展示も充実。


樽の中はこのように焼いてあります(見えづらいですが)


スチールポットです。


たくさんありました。


このコーナー濃厚なウィスキーの香りが立ち込めてました。




こちらは売店。


「撮影はこちらで」の撮影スポットから。


買ってきたものたち。
ミニボトル6種セットを買いました。
これで好みの味を見定めてから、また買いに行こう♪



工場の情報
金車酒廠
住所:宜蘭縣員山鄉員山路2段 326 號
http://www.kavalanwhisky.com/
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「猫の耳」という食べ物

2017年03月11日 | ☆旅行─台湾
宜蘭についてまずお昼ご飯をたべます。
やって来たのは「猫耳」の店。

猫耳って話には聞いていたけど食べるのは初めて。
(あ、猫の耳の形ってだけですよ。念のため)




猫耳と魚団子の入った汁ビーフン。
40元。



「総合」には魚丸と猫耳がまざってるんですが・・・
猫耳一個だけだった。
魚丸も柔らかくておいしかったけど、「猫耳湯」にすればよかったな。
次にチャンスがあれば、またチャレンジしたいです。
美味しかった。



猫耳というのは求肥みたいな半透明の皮で餡(肉と野菜)を包んだ三角形のもの。
猫の耳に形が似ているところからの命名のようです。

でも実は一般に「貓耳」という食べ物はこれではないのです。
私が昔台湾の人に「食べてみて」と紹介されていたのもこれではありません。
もっと小さくて小麦粉で作ったいわゆるパスタのようなものです。

この宜蘭の店のは台湾でも珍しい貓耳のようですヨ。

信利號貓耳
+886 3 933 1702
台湾宜蘭市文昌路8號


この店の帰りにちょっと道を間違えたおかげで、もう一つの有名店「南塘水餃店」にも行くことができました。(ちょうど通りかかった)連れが「ここも有名な店ですよ」というので、猫耳ビーフン食べただけでまだお腹いっぱいじゃなかったので、ここで水餃子と酸辣湯をいただきます。




これでも酸辣湯は小30元ですよ。二人でシェアして食べました。


水餃子の皮は厚めで餡はキャベツ中心。酸辣湯も美味しい。
ここに、自動餃子包みマシンがありました。捏ねた麵と餡をいれると、どんどん餃子ができてくる。そのあとお店の人がちゃんと形を整えているようではありました。

満腹!


南塘水餃館
地址宜蘭市聖後街78號
電話03-9362091
營業時間11:00 ~ 21:00 (月曜公休)
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宜蘭市BOSSホテル(伯斯飯店)

2017年03月10日 |  └─台湾のホテル
台湾の友人が予約してくれたホテル。
宜蘭駅からも近く、東門夜市は目の前で便利です。

今回の宜蘭行きは、どこに泊まるとか、どんなルートで行くとか、全て台湾の友人(弟分)にお任せしました。気を使わないというのもあるし、頼りがいもあるやつだし。普段の旅行なら自分で何もかも調べて準備するのですが、たまにはこんな旅もいい。

先ず今夜の宿へ向かう。ホントは山の中にあるホテルに泊まりたかったけど満室だったらしい。それで宜蘭の街中のBOSSホテルにしたのだそう。
「電話で予約入れただけなので、ちゃんと泊まると、ホテルの人を安心させます」
こんなところ、妙に律儀。

行ってみると駅からも近く小ぢんまりした古めで小奇麗なホテルです。
道の向こうに観光夜市もある。







部屋は結構広い。
1人で寝るにはもったいないくらいの大きなベッド。





お風呂はバスタブとシャワーブースが別々。




茶器がカワイイ。
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陳昇2017春酒ライブ@西門大河岸

2017年03月09日 |  └─台湾でコンサート♪



(二階からの眺め)


(一階席の様子)

春酒第二部はライブです。
宴会に参加した人には優先席取りの権利もあり、前の方で見ることができました。(たまたまラッキーなことに誰かが気を利かせて私の分までとっててくれました。ありがとう)



春酒でなくても、いつもライブはお酒をガンガン飲みながらやる陳昇さんですが、今回はあまりだらけたおしゃべりはなくて音楽中心でした。お酒はよく飲んでたけど。私もバーで台湾ビールを買ってきて飲みました。他の人たち、割と飲み物持ち込んでた。。ゆるすぎる・・・・。


今回はゲストが多かった印象。



最初はフィルチャン(張宇)。
この人は春酒の出席率高い。もしかして毎年来てるのかな??
相変わらず歌がうまく、オーラは少なめ。

次に趙詠華。
なぜコートを着てるんだろ??



それからギタリストにビヨンドの歌を歌わせた。
懐かしい「関心永遠在」もやった。

ボビーが「自分には大物になった弟子が金城武と劉若英の二人いるけど、これから出てくるのは三人目の弟子」と紹介したのが、なんとボビーの所属するロックレコードの段社長。この人若い頃歌手志望だったと聞いたことあるけど(で、才能足りず裏方に回ったとか)年取ってやはり昔の夢を追いかけたくなったのかしら?三曲歌いました。プレスリーの「愛さずにいられない」と台湾語の「思慕的人」そして長渕の「乾杯」の北京語カバー。



さすが歌手を目指していただけあって歌うまい。でも歌詞がボロボロで「普段所属歌手たちにお客さんはお金払ってるんだぞ!」と小言言ってるのに…と笑いを取ってました。

そして後半に阿VONが真面目に「この方をお呼びできるのは大変に光栄なことです」と紹介した文夏先生が登場しました。一日前にインドネシアから帰ってきたばかりと伺ってたけれど、全く疲れも見せない歌いっぷり。ほんとに90歳なのかしら??



この文夏先生がステージに上がって歌っているときに、陳昇がまた変なことを初めました。ギタリストの前に置いてる譜面、譜面台、歌本のファイルをボンボン舞台袖に投げ始めたんです。「こんなもの使うな!暗譜してないのか?!」と言わんばかり。しまいにはiPad(最近バンドマンたちはiPadに楽譜入れてるらしい)までほおり投げようとするのでハラハラしてしょうがなかった(流石にこれは投げなかったけど)

あとで聞いた話によるとやはり「文夏先生のこの曲(媽媽請你也保重)は国歌みたいなものなのに楽譜がいるのか?!」と投げていたらしい。

ギタリストたちが苦り切ってたのが気の毒だった。その後ステージスタッフが素早く散らばった楽譜を拾い集めて復旧してたけど。こういうところがあるからボビーは怖いと言うか、一筋縄で行かないというか。

ライブは三部構成で終わったのがちょうど12時でした。おつかれさま〜。
帰り道は、やはり近くに宿をとったという香港の楽と一緒にてくてく歩いて帰りました。


これ、その夜のベストショットだと思う。
いい顔してるね。ベースのイーウェンちゃんも。
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春酒!台湾の宴会

2017年03月08日 | ☆旅行─台湾


春酒。という毎年陳昇(ボビー・チェン)が開催している宴会付きコンサートに行ってきました。場所は、これも恒例の西門町にある紅楼(日本時代のレンガ造りの建物です)今回は日本から参加したのは私だけ。会場について知り合いのいる席を探します。今回は香港の人たちと一緒の席に座りました。左隣はジョニさん、右隣は上海から一人で来たという男の子、初めまして。10人の円卓で知らない人は二人だけだった。これなら楽勝です。

香港のファン仲間とは付き合いが長いし、香港に訪ねていったこともあるしで 緊張しない関係。ジョニさんはひところよく日本に来てて、よく会ってたんだけど、ここのところ来日仕事は少ないらしい。最近はサムホイ(許冠傑)のコンサートツアーを主催してるとか。すごいっ、チケット回してほしいっ。

あまりにリラックスしすぎて、主役の陳昇と話もしなかったし、2ショット写真も撮らなかったよ。しまった。何やってるんだ!<自分。

でも、それなりに積極的に楽しみました。

まず、年末のコンサートで目が釘付けになった男前のキーボード奏者がいたので、知り合いに頼んで、2ショット写真撮らせて貰った。(オバサンだな〜やってることが)

隣に座ってた上海の男の子とも交流。彼は遠くから見てるとヤンチャな感じがしてたのだけど、話してみるとはにかむところもあって可愛い。でも台湾人の雰囲気とはやっぱり違うな〜。ファン歴6年って言ってました。コンサートに来るようになって2年なんだそう。「大陸のファンは熱情だよね〜」って話をした。やっぱり大陸では陳昇に会えないから、こういう機会に弾けちゃうんだと言ってた。

彼が「陳昇の奥さんだ!」と席を立っていったので、私も後を追ってボビーの奥さんに挨拶。

その後、文香さんがちょうど私の横を通ったので、まず挨拶。「コンニチワ」と文香さん。文夏さんも来てるというので、ご挨拶しに行く。文夏さんの隣に陳昇が座って話してたんだけど、私が来たのを見て「YOKOここに座って文夏先生とお話しろ」と席を立っていってしまった〜あら〜〜。
私は文夏先生の隣に座ってそれから日本語で色々インタビュー。貴重なお話を伺えました。(このお話はまた後日シェアします)

同じテーブルに、ボビーの奥さん、歌手のフィル・チャン(張宇)ご夫妻もいて、フィル・チャンにもご挨拶。「前に三個好男人のときにお目にかかった日本人です」と自己紹介したら「知ってますよ」との返事。ほんとに?!覚えてるのかな〜??2ショットをお願いして、カメラを渡したのが彼の奥さんで有名な作詞家の十一郎さんだった…不覚。どおりで見たことある顔だと思ったんだよね。

文香さんに「先月東京で撮った写真もらってないよ」と言われたのでその場でLINEの交換(!!)。普段使わないから難しかった。無事写真送れました。文香さんからはスタンプがガンガン届いた。使い慣れてらっしゃるご様子。

最近は台湾でもほとんどお酒飲まないようにしてるけど、この宴会ではワインにウイスキーに、とたくさんいただきました。新年会だからね。


みんな料理が来るたび写真に忙しい。


基本は赤ワイン。


そうそう、こういう円卓(バンドォっていう)の宴会料理食べる機会何度も有った割に、お作法とか無頓着でした。でも、今回気が付いたことがありました。こういう席では、1人分の食器としてあらかじめ、皿、お椀、箸、コップが一組用意されているのですが、周りの皆(香港人、台湾人、上海人ともに)は皿の上にお椀を置いて、すべての料理をお椀にとって食べ、骨とか貝殻をお皿にのせてる…。私はというと、汁物はお椀に、固形のものはお皿にのせて並行して食べてた。上の写真でも確認できますね。



このことに突然気がついたので、周りの人に「もしかしてそれが正式な食べ方なの?」と聞くと、「そういうわけでもないんだけど、この料理ならそうするなぁ。もっと大きな料理、例えば蟹とかなら皿の方に取ることもあるけどね。料理に寄るかな」とのこと。

キャー恥ずかしい。と騒いでいたら気にしないで大丈夫と慰められた。

これは、あれですね、習慣の問題ですね。
汁物と固形のものを分けないんだな、中華の人たちは。汁物だろうと、揚げ物だろうと、おこわだろうと、出てきた順番にお椀にとって食べ、食べ終わってから次の料理を食べるわけだね。

次からは私もそうしよう~。
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ホステルの親切なスタッフ

2017年03月07日 |  └─台湾のホテル
今回の宿は「ネクスト台北西門町」というホステル。
リピートです。ここは私の台湾でのホステルデビューとなったところ。ここの印象が良かったので以降もっぱらホステル泊になったのでした。今回西門町でのイベント参加が目的なのでこ再訪を決めました。

チェックイン時、二回目ということで、説明は省略してもらったのですが、担当してくれたスタッフがすごく親切でした。部屋まで荷物運んでくれるし、朝ごはんの場所を説明してくれて、聞きもしないのに周辺のおすすめ飲食店を色々教えてくれました。(朝ごはんつきなのに、外で朝ごはんを食べるならここがおすすめというのも教えてくれました)何より驚いたのは、私の名前をすぐに覚えてくれて、出かけるときやチェックアウトの時、「ヨーコさん、オハヨウゴザイマス」「傘持ってますか?」「ヨーコさん、いってらっしゃい」とか声かけてくれたことです。すごい〜。

こんな親切なスタッフを揃えて、以前はつかなかった朝ごはんも付いて、以前は有料だったコーヒーも無料になり、それで一泊600元2000円くらい。私には関係ないけど、喫煙スペース(共用ベランダ)があるのも珍しいホステル。

残念ながら、朝ごはんは食べに行くことができませんでした。台北駅前のネクスト台北と同じく、近所にある「台北日記」というホテルの朝ごはんが食べられるんだと思います。台北駅前は同じ建物内にあって便利でしたが、西門町は建物が違うのもあり、体調の問題もあって行かなかった。3泊分もあったのに、もったいなかった。たぶん豪華な朝ごはんだと思われます。

このホステル、前に来たときはそれほど感じなかったのだけど、韓国人御用達状態になってるみたい。「留言ポストイット」見てもハングルで埋まってる。同室の子たちもラウンジの子たちもほとんど韓国人の女の子だった。最近、韓国人の女の子って海外旅行先でよく目に入る、目立つからかな?台湾も旅行先として人気なのかもね。(最近韓国人の女の子を狙った卑劣な犯罪が台湾で発生してたので、影響がなければいいけど)












初めて泊まった時の記事

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タクシー内での会話

2017年03月06日 | ☆旅行─台湾
台北に到着して駅から宿まで間近い距離だけどタクシーに乗りました。
タクシーの会話はお決まりの、

「どこからきたんですか?」
「仕事?観光?」
「何日いるんですか?」
「どこに行く予定ですか?」


から始まり、それに答えていると、

「中国語上手ですね」(当然のお世辞)
「どこで勉強しましたか?」


ここまでが、毎度おなじみだいたいのの定型文です。だから答える方も慣れたもんです。今回はそこからお天気の話に発展。私が「ここ数日台北寒かったみたいですね?」と振ると、

「今日は、温かいですよ。台北の春の天気は『ホームーシン』と言うんです。」

ホームーシン
なんだろ??と、分からないでいたら、運転手さんが色々言葉を尽くして説明してくれました。ホームーシンは、漢字で書くと「後母心」。継母の心ということらしい。変わりやすいってことを表してるんだそうな。なんか前にも聞いたことあるかも。そして、「端午節までは冬服をしまいこんではいけない」とも言われています。という話。

勉強になるな〜。


そのあと、私が行く予定といった大平山の話になり、寒いですよ。雪が降るかもしれませんよ。とか、一泊で行くといったら、それじゃあ時間が足りないですよ。とか、「ポンポンチャー」がありますよ。とか、色々話してくれました。ポンポンチャーつてなんだろう??
後でこれは「トロッコ」と判明。




桃園MRTの台北駅からタクシーに乗ると、運転手の名前を書いた紙を渡してくれます。レシートも出た。これ初めて見たかも。1.2キロ、たったの85元の距離でしたが、なかなかよい中国語の勉強になりました。


※帰国して調べてみたら、「後母心」のこと、このブログに書いていました。2013年の記事「最大の中文クラス」すっかり忘れてる‥‥

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祝!桃園空港MRT開業

2017年03月05日 | ☆旅行─台湾


ついに台湾のメイン空港である桃園空港(昔は蒋介石国際空港って言ってた)と台北市内が鉄道で結ばれました!!先月は本数限定で無料開放してたらしいですが、今月からは正式開業で半額で乗れました。(桃園空港→台北駅は160元

これまでバスかタクシーしかなくて、渋滞で時間が読めなかったりしたので、鉄道の開通は本当に喜ばしい。
台北駅まで35分くらいで到着できます。

新しい駅は、構内広々。
悠遊カード(スイカみたいなもの)で乗れます。券売機のところにすごく並んでたので、スカイライナーみたいに指定席なのかも?と思って(全然調べていなかった)係の人(オープンしたばかりなので大勢いる)に聞くと、カードならそのまま乗れるとのこと。

ホームへ。
ここの駅は始発ではなく、行き先が2つあるので注意が必要です。「台北駅」行きに乗ります。

到着した車両は、荷物おきのスペースがある他は普通の地下鉄。ぎりぎり席を確保しました。立ってる人も結構いました。





車窓に広がる景色が新鮮。
桃園の近くの田んぼには水がはられてたけどまだ田植えはされてなかった(翌日行った東海岸の宜蘭では田植えが済んでた)




台北駅が終点。
この駅も広い。
今日はタクシーで移動しよう。
タクシー乗り場は改札から近く、係の人がいて運転手の名前が書かれた伝票みたいなのを切って渡してくれます。
並ばずにすんなり乗れました。

桃園空港がぐんと便利に近くなりました。



写真は帰りに乗ったときのもの。
空港に向かうときは注意が必要です。私は1タミで降りるのに、ぼーっとしてて降り損ねそうになった。ホームに書いてある駅名が小さくて目が悪いので見えないのですね。危なかった。皆さんご注意を。
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向島の寮(半七捕物帳)

2017年03月05日 |   └─半七捕物帳
森沢 幸 (ナレーション)

あらすじ
「土蔵の中には大きな蛇が祀まつってあるんだそうで……。それに三度の食物を供える。それには男の肌を知らない生娘きむすめでなければいけない…」。雇われた生娘が土蔵で見たのは…。幕末の江戸を舞台に、人情に篤いがクールな知性派、岡っ引きの半七親分が大活躍!


ネタバレします


これは完全にホームズだ!!
ブナ屋敷だ。

話は面白いけど、設定にちょっと無理があるかなー。
寮番夫婦は自分たちだけで手が足りないなら、お蛇様のお供えのご飯の世話は自分たちで賄って、その他の母屋や庭の掃除とか、そういう仕事に女中さんを使えばよかったでしょう。そうすれば発覚しなかったのに。
田舎者を馬鹿にしすぎでは?

向島の寮と言えば宮部みゆきの時代小説にも登場します。
宮部みゆきが、半七ファンだからかな、あるいは寮といえば向島だったのか?


半七で学ぶ江戸文化
・この時代、田舎者の娘でも読み書き普通にできる。彼女の書いた手紙が事件解決の端緒。


 →青空文庫「向島の寮」へ
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勘平の死(半七捕物帳)

2017年03月04日 |   └─半七捕物帳
朗読:藤田かおる

あらすじ
衆人が見守る舞台上での殺人事件!半七親分が酔っ払いを熱演する目的は?江戸のホームズ、半七親分の活躍を朗読で楽しもう。
素人芝居「忠臣蔵」の勘平を演じる大店の息子が、本番の真っ最中に殺された!
半狂乱の実の母に頼まれて捜査に乗り出した半七は、自らも店先で大芝居を打ち、犯人を炙り出す――。
幕末の江戸を舞台に、人情にゃ篤いがクールな知性派、半七親分が大活躍!


以下、微妙にネタバレします。

素人芝居
すり替わる凶器
舞台上の死の臨場感
事件の動機は、陳腐と言えば陳腐ですが、半七の人情味あふれる解決法に感心します。

この解決法、今の価値観だとちょっと首をひねるところもありますが、江戸までさかのぼらずとも、松本清張の作品などでもこういう処理の仕方を良しとする価値観は受け継がれていたと思います。(ゼロの焦点とか)

半七に事件の調査を依頼に来る人物にひねりがきいてて、この人情話がもりあがります。
「依頼人」の存在は、シャーロックホームズでは、割合に必須条件ですが、半七捕物帳では、あまり依頼人というのは登場しませんので新鮮でした。ここかお上の十手を預かる半七と、私立の諮問探偵であるホームズとの違いですね。

「だが、旦那、このことは無論内分にいたしますが、江戸中にたった一人、正直に云って聞かせなけりゃあならない者がございますから、それだけは最初からお断わり申して置きます」
こういう物の言い方、ホームズにも共通しますね。ホームズはもうちょっと皮肉が利いてるか。


半七で学ぶ江戸文化
・磔の処刑の仕方が事細かく描写されていて怖かった。
 腋のほうから何度も槍を刺して絶命させるのですね。ブルブル・・・。

 → 青空文庫「勘平の死」へ
コメント
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