大先輩のFさんから宿題を与えられている。それはかつて古式泳法の水連場として使われていた白川の淵のことである。以前、僕自身興味があったので、天神淵、八幡淵、傘淵については現地にも行ってこのブログ上にリポートした。今回、Fさんはそれ以外に「小淵」というのがあったと聞いていると仰る。「小淵」は初耳だったが、たしかにその名が見える文献もあるようだ。ネット検索や図書館に出向いて調べてみたが全然手がかりが見出せない。さらには国土省の白川出張所や熊本市の歴史文書資料室にも問い合わせてみたが、いずれも「小淵」についての資料が見つからないという返事だった。
今日ふと思いついて、以前、天神淵を調べに訪れたことのある渡鹿の菅原神社に行ってみた。間がいいことに宮司さんの奥様が境内におられたのでおたずねしてみた。奥様も聞いたことがないと仰る。しばらく淵談義に話が弾んだが、奥様が突然思い出したように「渡鹿堰の大井手取水口辺りが深みになっていたのでは…」と仰った。大井手取水口は現在、コンクリートの構築物になっているが、昔はおそらく全然違う姿だったと思われる。今日は確認するまでには至らなかったが、何となく答えが見えてきたような満足感で帰路についた。

渡鹿菅原神社・水分(みくまり)神社

天神淵があった辺り

渡鹿堰と大井手取水口
今日ふと思いついて、以前、天神淵を調べに訪れたことのある渡鹿の菅原神社に行ってみた。間がいいことに宮司さんの奥様が境内におられたのでおたずねしてみた。奥様も聞いたことがないと仰る。しばらく淵談義に話が弾んだが、奥様が突然思い出したように「渡鹿堰の大井手取水口辺りが深みになっていたのでは…」と仰った。大井手取水口は現在、コンクリートの構築物になっているが、昔はおそらく全然違う姿だったと思われる。今日は確認するまでには至らなかったが、何となく答えが見えてきたような満足感で帰路についた。

渡鹿菅原神社・水分(みくまり)神社

天神淵があった辺り

渡鹿堰と大井手取水口