読書な日々

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『恋するトマト』

2012年02月14日 | 映画
『恋するトマト』(大地康雄、2005年)

恋するトマト [DVD]
クリエーター情報なし
東映ビデオ
NHKBSで『恋するトマト』を観た。テレビで渋い脇役を演じている大地康雄が企画・脚本・製作総指揮・主演と一人で作ったような(そんなわけないけど)映画作品だ。原作は小檜山博という人の『スコール』(集英社刊)ということらしい。

前半は土浦が舞台になって、農家の跡取り問題、フィリピン女性によるジャパゆきさんなどの問題が描かれているが、こうした問題はそれほど目新しい問題ではない。この映画の面白いところはやはり主人公の正男がフィリピン女性と結婚するために彼女の両親のところへ出かけて行ってからの話だろう。

実はその女性の両親(この女とぐるになっていた)のためにもっていった200万円を騙し取られ、日本に帰るに帰れなくなり、ホームレスになったところを、マニラで日本向にジャパゆきさんを送り込んだり、日本からきた買春目的の旅行者たちにフィリピン女性を斡旋する会社の社長に拾われ、そこで働くようになる。それから1年後にたまたま人を送っていった帰りに土浦によく似た農村地帯(ラグーナ)での稲刈り作業中の家族のなかに、マニラのレストランで見てちょっと気に入っていた女性(クリスティナ)と遭遇し、刈り取り作業を手伝い、それがすむと、フィリピンでは高価なトマト栽培を教えることになる。そして二人は恋仲になり、正男は意を決して、裏稼業をやめて、彼女を連れて日本に戻って農業をやりなおしたいと思うようになるのだが…。

トマト栽培のために堆肥作りから始めて、畝を作り、苗を育て、支柱を立てて…という日本の農家なら当たり前にやっていることが、フィリピンでは全く知られていないようで、驚きをもって迎えられる。彼らにしたら、まるで魔法でもかけたみたいに、立派なトマトができる。

私には、あらゆる労働が社会的に認められることがどんなに重要なことかということを、この映画は問うているように思える。社会的に認められるということは、なにも国家から認定を受けるとかそういうことではなくて、見ず知らずの女性が認めてくれて、嫁に来てくれるということも含めての意味だ。それは3kと呼ばれるような労働だってそうだろうし、社会の見方からは評価のたかい仕事であってもそうだろう。人から認められる、それが今の日本の欠けている。収入が高いかどうか、マスコミへの露出があるかどうか、そういうことだけが評価の基準になっている日本社会への強烈な批判がこの映画には込められている。

前半の画一的な描き方に批判もあるようだが、日本映画によくあるだらだらした映像ではなくて、テンポよくストーリーが展開していくので、あっという間に映画の中に引き込まれる。富田靖子やルビー・モレノの演技もうまいから、ストーリーを何も知らないで見ていた私は、最初は富田靖子とうまくいくのかな、次はルビー・モレノとうまくいくのかなと思い込んだくらいに自然な造りになっていた。まさかこんな展開になるとは。

原作の『スコール』はこちら





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