日伊文化交流会

サークル「日伊文化交流会」は板橋区で生まれ、東都生協登録サークルとしてイタリア好きの人たちが集まり楽しく活動しています

世界一自由で平和な国サンマリノ 600年戦争ゼロ その秘密にせまる(2017.10.22)@TBS「世界遺産」&「自由と平和を守りぬいた世界最古の共和国 サンマリノ共和国」より

2018年01月04日 | イタリア旅行・世界遺産
世界一自由で平和な国サンマリノ 600年戦争ゼロ その秘密にせまる(2017.10.22)@TBS「世界遺産」&「自由と平和を守りぬいた世界最古の共和国 サンマリノ共和国」より


TBSで日曜6時から放映中の番組「世界遺産」を録画して見ています♪ 10月22日(日)は 「サンマリノ歴史地区とティターノ山」でした とてもステキでしたので記録に残しておきました 新年のすがすがしい気分にぴったり♪:

イタリアの中にある小さな国サンマリノ(Serenissima Repubblica di San Marino)は 現存する世界最古の共和国です
険しい断崖を持つティターノ山にはシンボルとなった3つの塔。国を守る砦でした。

そして山の斜面には中世の街並みを残す旧市街。取材した5月は、イタリア各地を転戦する人気のクラシックカーレース「ミッレミリア(Mille Miglia)」が行われていました
世界中から観光客がやって来るサンマリノ
15世紀から600年戦争をしていない「世界一自由で平和な国」の魅力を紹介します


自由のシンボル 2人の元首


国の自由を守り 独裁者の誕生を防ぐためサンマリノでは「元首(執政/Capitani Reggenti)を2人 任期は半年」というユニークな政治を 800年間続けてきました

そして今年(2017年)4月には史上初 国家元首(執政)が2人とも女性になったのです
就任式や議会の様子などを紹介します 
元首が二人いる それがサンマリノの「自由」の秘密であり 元首とはいえ報酬はゼロとのこと 60名の議員の中から投票で選ばれます

人口3万人 世田谷区ほどの大きさの国のシンボルはティターノ山 その断崖ぎりぎりまで続く城壁に囲まれた部分が旧市街で 世界遺産となっています 

サンマリノの歴史地区とティターノ山」(2008年、文化遺産)は こちら

城壁をくぐると中世そのままの街に入り 坂と路地だらけで まるで迷路のようです (ローテンブルクとちょっと似ている場所がありますね) 

かつて議事堂としても使われた ヴァローニ宮に入りました 部屋の中にはなんと 13世紀以降の元首の名前が壁に刻まれているのです 独裁を防ぐために任期が半年なので 3000人もの元首が800年もの間 この国を治めてきたのです

元元首の住民は 元首だった時に2人でローマ法王から国のトップとしての心構えを教わったそうです 「国は苦しんでいる民衆に手を差し伸べなければならないと教わりました」との言葉

元首が2人 それはプブリコ宮の評議会の間にも描かれているある伝説から始まりました 
4世紀初め マリーノという名の石工がローマ皇帝によるキリスト教迫害を逃れてティターノ山に潜伏し キリスト教徒の共同体をつくったという伝説にちなんで「聖(サン)マリーノ」が国名となりました 
彼の最後の言葉が 「汝が他の人々より自由であることを望む」だったのです


自由と平和を守った石弓

サンマリノは城壁で囲まれた要塞都市です
断崖の山には敵の侵入を見張る3つの砦が築かれ 中世最強の武器といわれる石弓で 守りを固めました

鉄でできた鋭い矢は 中世最強の武器でした 見張り台から町を見下ろし 自由と平和を守った石弓です
今はスポーツとなった石弓 石弓大会のチャンピオンにその威力を見せてもらいました
中世の衣装を着て 20キロ近い石弓を城壁に乗せて 発射台に置き照準を合わせ 100メートル先の目標にも当てたとのこと!

また 国賓をもてなすスイーツは 手間がかかるのですがカッチャテッロ(Cacciatello)という卵を使ったドルチェ(良質のプリンみたいな)は 香りづけのレモンの皮 砂糖とミルク シナモン 卵と合わせて2時間焼き 粉砂糖をふって出来上がり♡  


600年 戦争をしていない国

プブリコ宮の中にはリンカーンの像があります サンマリノの名誉市民とのこと
彼の書簡にはこうありました: 貴国は小国ながら 最も尊敬すべき国のひとつです

サンマリノの武器は外交でした 1797年のナポレオンからの書簡が残っています 
小麦と大砲と領土を与えるとの申し出に サンマリノは領土は断りました 
領土の拡大は よけいな争いを招くと考えたからです こうして争いの種を徹底的に避けてきました...


サンマリノは第二次大戦中も「中立」を守りました 屋根の上に 中立を意味する白い十字を描いて空爆を逃れたのです 
そして 人口の3倍以上の 10万人の避難民を受け入れました 
2011年に引き上げられた さびた電車 この電車は難民たちを救ったのです 朽ち果てたこの車両は 1944-45年に 実は病院として使われていたのです

彼らに食料を配給し 電車を病院にして 伝染病の治療も行いました
避難民の中には 後にイタリア映画の巨匠となる F.フェリーニの家族もいたのです その台帳も示されました 
彼の故郷はサンマリノ近くのリミニ(Limini)でした
鉄道で結ばれていましたが 空爆で線路は破壊されました 民家や教会に入りきらなかった難民を 鉄道のトンネルにもかくまったのです 
トンネルの壁には 難民の家族ごとに振り分けられた世帯番号が刻まれているのです...
国民への配給を減らし 難民たちにも毎日小麦を配ったのです

病院にもなったサンマリノの鉄道 小さな国サンマリノは こうして10万人もの命を 未来につないだのです...


「世界一自由で平和な国サンマリノ 600年戦争ゼロ その秘密にせまる
」の番組は こちら


サンマリノ共和国
は こちら
 
サンマリノ共和国の世界遺産 「サンマリノの歴史地区とティターノ山」は こちら

   *      *     *

自由と平和を守りぬいた世界最古の共和国 サンマリノ共和国 La Repubblica di Sanmarino」(ジュゼッペ・ロッシ著 日商データバンク(株)発行) より

この本は1987年に発行されたものを 先日の神田古本市で家族がたまたま見つけて買ってきました← 家族は私の欲しい本がわかるようです(笑)

この中にはこうあります:
「公用語はイタリア語だが 多くの観光客が訪れるため フランス語や英語 ドイツ語も話せる」
「国旗は 紋章には3つの山と塔が描かれ まわりの枝を結ぶリボンには「Ribertaas(自由)」と書かれている このリベルタスこと 国民が長い歴史の中で守り抜いてきたものである」

「サンマリノは 世界最古の共和国で 最新兵器で武装した軍隊も保有していません」(訳者あとがきより)

また かのチェーザレ・ボルジアのことにも触れられています 「もし幸運がボルジアの味方となっていたらイタリアの統一はおそらく350年は早く実現したであろう人物である。しかしボルジアの計画が失敗に終わったあとには ただ残虐さと犯罪行為のみが彼のせいだと歴史に記憶されたのである」(第5章抜粋) 

これはチェーザレの父 法王アレクサンドル六世(ロドリーゴ・ボルジア)死後に ボルジア家の不倶戴天の敵ユリウス二世(ジュリアーノ・デッラ・ロ―ヴェレ)に法王の座が移ったため チェーザレのイタリア統一の夢が破れたことを差している サンマリノもチェーザレの支配を短期間受けた 

「第二次世界大戦中 避難者の数はあふれる程だった あらゆる街角に避難者があふれ 特に安全と思われたのは リミニ~サンマリノ鉄道のトンネルだった 
多くはロマーニャ トスカニから ウンブリア、マルケ地方その他からである
スープは金を持っていない人に無料で配られることが多かった 9月には電気がとまり パン工場が止まった しかし市民の善意がおこり 古いかまどを持ち出して10万人の避難者がパンを得たのだ 慈善病院が多くの患者を収容し 修道院や鑑定 兵舎や教会 墓地の回廊さえも避難者たちのすみかとなった」

「市民の良心によってのみ この小さな国の人々の犠牲を評価することができる。かれらは不幸には差別などありえないことを知っていたからである。強大な力に対する小国の問いかけとして、軍隊を動員せず、慈善を行う道をとった。」(第8章抜粋)

このサンマリノ共和国から 多くのことを学びたいなと感じました...


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2 コメント

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あけましておめでとうございます。 (まっきい)
2018-01-06 14:38:49
以前にコメントさせていただいたものです。
昨年の10月に、イタリアに旅行をしました。(^_-)-☆
サンマリノ共和国にも行きました。記事を読んでいろいろ思い出しました。
石弓が国技とは現地で知りました。発射台を上から見下ろしましたよ。なかなか威力のあるものなのですね。当日は説明を聞いただけでした。
また、レストランでの食事は見晴らしの良い素晴らしいお店でしたが あの時の ドルチェが「カッチャッティロ」だったのですね。
美味しくって 食べ終わったときに「もう一個食べたい!!」なんて言ってしまいました。(笑)

イタリア語は最小限覚えていったのですが、サンマリノのジェラート屋さんで簡単な会話ができました。味を聞かれたので「モルト ボーノ!!」と答えて喜んでもらいました。
楽しい思い出ができました。
今年もよろしくお願いいたします (sole)
2018-01-06 19:44:09
あけましておめでとうございます 今年もよろしくお願いいたします
コメントありがとうございます なんとサンマリノ共和国に行ってらしたのですね!!
サンマリノ共和国にまで行かれる方はそう多くないかと思います
石弓はとても強力らしく テレビで見ただけですがすごい威力でしたね 
また 現在絶版の本も古本市で見つけてきてもらい 読んでまとめました
記事がお役に立てたようでとても嬉しいです 

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