どこ吹く風

旅のことを主に書く。

マニラへ

2005年08月23日 08時33分44秒 | 旅-マニラ
 フィリピン航空の沖縄便は、週4便でマニラ→那覇→福岡→マニラルートとその逆の、マニラ→福岡→那覇→マニラのルートである。
那覇からマニラへ行く場合直行便なら2時間弱で行けるが福岡経由の場合は3倍以上の回り道となる。ツアー料金が安い出発日は当然福岡経由となる、私たちもその便に乗った。13時発16時30分着、時差があるので1時間プラスの長時間フライトとなった。

 旅行社の説明では航空運賃とホテル代だけでホテルへの送迎は無しととのことだった。空港での諸手続きを終えて外に出て、TAXIを手配しようとしたら名前を書いた紙を持った人がいる。掲示板仲間に頼んで手配したTAXIは明日からだし・・・あやしい、しかし何故名前を知っているのかといぶかりながらも合図した。日本語でホテルまで送るという。金は要らない、企画している旅行社から連絡があった、必要なら明日からガイドをしても良いとのこと。フィリピンというお国柄だから送迎のある無しはチャント説明をしてもらいたかった。

 年配の方で日本語もまあまあ上手く歴史から地理文化まで一通りの説明をしている。明日からどうするかと聞くのでTAXIは手配済みだからケッコウですと断った。受け入れの現地旅行社としては送迎だけでは割に合わないだろう。
ホテルのチェックインまでしてくれた、那覇で前もって送迎の説明が無かったので最後まで素直に受け入れることが出来ずに落ち着かなかった。送迎は無いという説明だったのに、でも無事送ってもらったそTAXI料金も節約できたので良しとするか。

 途中のパサイ付近の風景は以前と変わらないように見えた、真っ暗になっていたせいもあるだろう。しかしビトクルスの交差点を過ぎた辺りから様相が一変した、色とりどりの華やかな街灯が立ち屋台が並び大勢の人が出歩いてる。人がウンザリするほど多いのは前もそうだったが服装や雰囲気が小奇麗になっている、以前とは大違いだ。ロハスブルバードが一変している。

 ホテルでの荷解きや休憩もそこそこに夕食へと出る。目指すはアリストクラート、フィリピン料理が揃っているし、値段も大衆料金だ。ボーイがTAXIを呼ぼうとするのを断りジプニー乗り場へ行く、ジプニーを見ればフィリピンということになるほど有名なジプニーに乗らない手は無い。それにリサール公園付近からマラテ近辺へ行く道路は一方通行なので迷う事も少ない。
 それにジプニーに乗れることを家族に自慢もしたい、ちょっと歩いてジプニーを止める、初乗りが5.5ペソになっていると書かれていたが、その料金で何処までいけるのかが分からないので30ペソを渡すと9ペソのおつりが来た。

 アリストクラートはマラテチャーチの前に在ったので降りる場所を間違うわけが無い、と思いつつもケッコウ長く感じ不安も出てきた、家族にはキョロキョロ景色を見るフリをして教会を探す。かつてのマビニの歓楽街はまるっきりなくなりあの頃を偲ばせるものは見当たらない。バイヤッド、パーランモと懐かしい言葉を聞いた、暫らくして教会前に来る、ついでに私もパーランモと小声を出しながら天井を指で弾いて降りた。教会付近は以前と変わらず静かだが、海側を見ると街灯に噴水その他もろもろかつての面影が無いほどの変わりよう。

 孫がいるのでクーラー無しの部屋を探して坐る。初めて来たときこじんまりと落ち着いた部屋でテーブルにはローソクがあった、そこで食事をした覚えがある、今日は大衆的な大部屋だ。
 シニガンにアドボの代表的なものをまず選びチャプスイ、ブラロ、BBQチキンにバグースと手当たり次第という感じで注文した当然サンミゲールも。
4名では多すぎるが少ない滞在期間にアレコレ味見するには残してもしょうがない程注文せざるを得ない。ゴメンなさい。

 チキンが美味しい、何故フィリピンのチキンは美味しいのか。味付けもさることながらチキンそのものが違うのだろう、淡白というより味が無いブロイラーのパサパサしたものとは違う。初めて食べるフィリピン料理にみんな満足した様子だ、腹いっぱいになった。あれだけ注文して一人当たり600円足らず、言うこと無し。

 フィリピンの初日はただ夕食をとっただけだったが胸はずむ。一日だった。

写真:アリストクラートのメニューです。