どこ吹く風

旅のことを主に書く。

ロカッテリ小屋へ

2010年07月31日 06時39分25秒 | ドロミテ・チロル
7月8日(木)
8:00朝食9:00発ーリエンツLienz(買物)11:00ー11:35イタリア国境
ドロミテ入口のサン・カンディットSan Candido 11:45ーパッソ・アントニー12:30
ミズリーナ湖13:30-オーロンソ小屋14:00-ロカッテリー小屋16:30(走行距離155Km)

 ハイリゲンブルートのホテルの部屋からグロスグロックナーが見える。真っ青な空に白い雪山が突き出しているのが夜空になってもくっきりと浮かび上がっていた。傍らの金星も我らを祝福いているようだ。

 朝早起きして教会と山を撮ろうと思ったのにホテル玄関のドアが開かない。開いたのは従業員が働き始めた6時半になってから、リゾートの朝は遅いのかな。食事を済ませ出発する、今日はロカッテリー小屋までの予定。グロスグロッグナーの写真もたっぷり撮ったし満足してお別れできる。

 リエンツで買い物をする。途中美しい景色に出会ったら車窓観光だけでなく写真撮影下車をする。昨年取り損ねた山を撮ることができた。これぞドロミテだという姿の山も出てきて気持が高ぶる。ビールも買ったし軽食も準備した、あとは進むだけ。

 今年はドライチンネンのある山群をドビアンコの手前サン・カンディッドから入る。前方にも横にも突き立った岩山の山群が出てきた。たぶんトレチメはあの辺りだろう、と予想するのも楽しい。

 コルチナ・ダンベッツオを通らずミズリーナ湖へ向かう、正面に大きな岩山が見える、きっとあれがトレチメだ。いよいよオーロンソ小屋への登りが始まる。昨年ギヤチェンジで苦労したところだ、エンストも何回かした。ローギヤ―だけで上った記憶がある。
今年は不思議なことにセカンドギヤ―も使ったし、ほんの少々だがサードにも入れた。車が違うからなのか、腕前が上がったのか。

 オーロンソ小屋でロカッテリ小屋の予約を頼んだが電話がつながらない。予約なしで行くかどうか暫し考えた。満室ならラバレド小屋まで引き返す、そこもダメならオーロンソ小屋まで戻ることにする。その場合オーロンソ小屋は今現在は空き部屋があるが満室にならないという保証はない。考えた結果ロカッテリー小屋に泊まれるだろうと何の保証もないのに出発した。この時間なら往復4時間として最悪の場合でも対処できるだろうと。車もあるので麓へ下りれば宿は見つかるだろう。

 今回の旅で歩くのは初めてだが快調に進む。ラヴァレド尾根まで50分、今年は雪が残っている。ロカッテリー小屋が見えそこに至るルートがトラバース気味にあることに気付いた。ノーマルルートより上り下りが少ないので楽だろうとそのルートで行く。結果的に時間の節約にならず疲れる道であった。初めて歩くルートなのと高いところに取りけられているルートなので眺めが良いのが取り得か。

 ロカッテリ小屋に着くと相部屋なら空いているというので安心する。二段ベッドで12人の屋根裏部屋だ。リュックを置いてトレチメが暮れていく様を堪能した。
夕食の部屋を間違え、席を間違え三回目に所定の席に着く。メニューの話をしているが全く意味が分からない。困っているとニッポン人従業員に代わった。感じのよい若い女性である、「どうしてここに居るのですか?」と問うと”それに答えるにはキリンの一番搾りか越の寒梅が必要だ”とのことであった。
ロカッテリー小屋で泊まる予定の方はどちらかを持参してお土産にすると喜ばれることでしょう。ただし忙しく働いているのでゆっくり言葉を交わす時間は無いでしょう。(笑)

 食事は三種類の中から選ぶのでスープは彼女のお勧めのキノコスープにし、メインはサンにんバラバラに頼み味比べをした。こと食事に関しては昨年泊まったオーロンソ小屋とは比較にならないほど良い。予約すれば良い部屋が確保できるだろうから、眺める景色に食事、それにトレチメ一周するなら二日間に分けて歩くことになるので健脚でなくても楽に一周できる。良いこと尽くめの小屋です。
ただし本格的な山小屋なので有料シャワーも無いことは覚悟してください。

昨日から天気に恵まれて雲ひとつないドロミテの山々は良かった。

写真はハイリゲンブルートから見えるグロスグロックナー山です。

グロスグロックナーへ

2010年07月30日 08時54分23秒 | ドロミテ・チロル
7月7日(水)
ホテル 8:55 ロープウェイ、第3展望台、ファイブフィンガー
ハルシュタット12:15ー15:50チェル・アム・ゼー(有料道路入口)ー14:15峠
17:26フランツ・ヨーゼフ・ヘーエ ー17:50ハイリゲンブルート (走行距離220Km)

 7時半からと割に遅い朝食をとり近くの展望台へ上る。ロープウェイは3本乗り継ぎとなっている。ガイドブックによれば第2展望台まで上がればよいとあるが、2ユーロの差額で3本目のロープウェイに乗れるので全線を買う。
登るにつれて湖が広がってきた、湖畔を走ってきたけど湖を実感しなかったので上からの眺め、谷間に入り組んだ湖のさまは山岳地帯特有の景色だ。直ぐ第二展望台へ向かうもガスってきた。気温は下がって冷たい。暫く晴れそうもないので第3のロープウェイに乗る、今度は高度を下げていく。第2展望台よりも第3が低いのはめずらしい。着いた所は荒涼とした荒地、岩の隙間にハイ松が生えているだけ。森林限界帯を超えていてハイ松しか生えていない。遠くにホテルが見える、冬場はスキー場になるのだろう。
この一帯の特注でもあるようだ、見渡す限り遠くの山もハイ松と岩だけである。これほど広域にハイ松が群生している景色も珍しい。

 折り返しの便で戻る。ガスは晴れかかったけれど、それでも2300mから上は厚い雲が垂れこめている。案内のカタログに載っているファイブフィンガーと呼ばれている地点まで歩く。崖っぷちから鉄骨製の橋が飛びだしている、それが5本の指のように出ている。下部は網目だし中にはガラス張りとなっているのもあるのでスリルがある。

ガスっ周囲の山々を見ることはできなかった。12時に下山する、9時半に上ってきたので2時間半の散歩でした。今回の山歩きの第一歩としては、まあこんなものでしょう。

 いよいよ本日のメインのグロスグロックナーへ向かう。このところルートファインディングに手間取っているのでルートの事前学習はしている。しかしある町を通り抜けるとき間違えたようで目的とする路線に乗れない。尋ねたりPOLIZAで聞いて結局アウトバーンに乗ったほうがよいということになった。
それからは順調の走らせる。グロスグロッグナー山岳道路の入り口までは一本道なので前の車を追いかければいい。去年よりも整備されてて走りやすくなっている、と思ったが1年で整備できるはずがない。あの時はレンタカーを借りて初めて外国で運転したときなので、きっと精神的な面で緊張していたのだろう。

 入り口で昨年と同じ間違いー入口の見逃しーをして結局ZelAmSeeの町を一周してきた。それからはただ単に走るだけ、しかし12Km を上りっぱなしだし、しかもサードギア―がようやくなのでエンジンの調子がおかしくなりそうだ。
峠の店に寄らずそのまま下りる。相変わらず山の上部はガスっている。フランツ・ヨーゼフ・ヘーエの道もところどころ記憶に残っている。

グロスグロッグナーが見えるところまで来るとはっきり見える。背面の西側は雲がわき立っているけど、こちら側東側の面は頂上まではっきり見えた。その山が目的とする山グロスグロッグナーなのかどうかを案内板で確認した。
これで東チロルの目的は果たせた。

来る道を手間取り時間を費やした分ずれてこの時間になり、晴れたのは怪我の功名だと笑った。晴れるなら朝日に照らされた山も見たいのでハイリンゲンブルートに宿を探すことにした。ここは宿泊費が高いと書かれていたがやはり高かった。

夕食にマスを頼んだ。30cmほどもあり味も上々、川魚をこのような料理で食べたのは初めてだ。ナイフとフォークで食べるのは一苦労した。お箸が欲しかった。
赤ワインをとったがライトボディで魚に合わせたのだろうか。

 ハイリゲンブルートの入り口でインフォーメーションに寄ろうと車を止めたら、タイヤから青い煙が上がった。走行中にも油が焼けたような臭いががしていた。エンジンルームを見たが異常はない。タイヤのホイール付近から出ているけど、その個所及び原因は分からなかった。サイドブレーキの戻し損ねがあったのかな。

ブレーキテストをしたが異常は感じられず、宿も近かったのでそのままにした。
夕食はまた鱒が出た、湖が多いので養殖が盛んなのか。美味しい満足だ。

写真: 見渡す限り岩とハイ松、これほど広範囲のはい松を見るのは初めてだ。
(勝手にハイ松と呼んでいるけど、植物学的な表現ではありません。ハイ松に見えたという事です。)

ドナウ川遊覧

2010年07月29日 07時20分00秒 | ドロミテ・チロル
7月6日(火)
ホテル6:20ーメルクMelk7:47 8.25ドナウ下りークレムスKrems9:55
クレムス10:05-(折り返しにそのまま乗船)メルク12:45 
メルク12:55-A1 ルート145ーハルシュタッド17:00 (走行距離 303Km)

時差の影響なのか2時過ぎに目が覚める。PCをガチャガチャすると文句が出るだろうからダンスのイメージトレーニングで時間をつぶす。

 今日からいよいよレンタカーの旅が始まる。まずヴァッハ渓谷クルージング。ここへ車で行くためにレンタカーを1日早く借りたのだ。8:25発の船に乗るため6時半にチェックアウトした、支払いは前日済ませておいた。

昨日の轍を踏まないようにGoogleMapのルート図を見ながらの行く。突然大雨が降ってきた。土砂降りなので緊張を強いられる。やはり道に迷うけど今回はアウトバーンに乗ればいいので間違っても修正は効きやすい。気は楽だ。
アウトバーンを快調に走らせる、Merkへは標識に従い降りたが次の曲がり道を間違えたようだ、しかし田舎の小さな町だし遊覧船の乗り場は誰でも知っているだろう。それでも通りがかりの人に尋ね船着き場の近くまで来たが入口が分からない。幸いパトカーが止まっていたので聞くと、言葉の問題と勘違いでなかなか要領を得ない。するとお巡りさんは付いてこいとパトカーを走らせた、なんと道を曲がると直ぐに船が泊まっている。100mの先導でした。

遊覧
時間が早い所為か客が少なく3組10名で出港する、これで採算がとれるのかと他人ごとながら心配になる。ドナウ川の流れ速さは予想だにしなかった速さで、すれ違う船の早いこと見る見るうちに遠のいていく。河岸にはポツポツと集落があり、教会や館の跡が見える。それぞれに歴史がある、ドイツ語、英語それになんと日本語の説明が流れる。

渓谷というからもっと切り立った峡谷かと思ったらそうでもなかった。往来する船は多い、何百台もの車を積んだバージ船に貨物船それにクルーズ船も。クルーズ船は宿泊設備付きも多い。
ドナウの川下りはスイスの湖水遊覧とは景色が違い、切り立った崖が迫ってくるということはない。また急流下りとは当然違う。館や教会、集落を眺めながら歴史の説明を聞く。船は何ヶ所かに寄って乗客を乗せる、大勢の乗客がいて他人ごとながらホッとした。デッキではビールを飲む人がいる。私はドライバーなので泣く泣くケーキとコーヒーにした。
 1時間半の川下りはクルムスで終わった。私たちは車がメルクに置いてあるのでとんぼ返りするため下船せずそのまま座っていた。今度は川上りとなる、往復券を買うと復路は5ユーロアップなので汽車で戻るよりも安いだろう、時間がある人はこの方法がいい。川上りは2時間かかった。

 いよいよ山岳地帯へ出発だ、旅の主目的は山を見ることなので、いよいよだぞという気分になった。事前の調べによると2時間20分で行くことになっている。ただ当初の予定より船の時間が2時間半も早く乗れたので時間の余裕ができた。午後の時間を確保する為に朝早くからの行動となった。

 ハルシュタットへのアウトバーンに乗り口と降りる場所も調べてあったので迷わずに済むと考えていた。しかし町に入りる次の道路に乗るための道が見つからずさ迷う羽目になった。言葉が通じないので道を教わっても理解するまでには至らない。
考えていた以上に手間取り目的地に着いて宿を探したのは5時になっていた。雨が降るので気分も晴れない。見当をつけて飛び込み交渉したところ意外に安く朝食付きで一人39ユーロ、それに泊り客は10ユーロで夕食を提供するとのことだった、雨もちらついていたので宿のレストランで食事したがとても美味しかった。

 左ハンドル車の運転は1年ぶりである。Aバーンでメーターを見るとエンジンが4000回転となっている。おかしいと思ったらナンと3速で100Km出して走っている、どうりでエンジン音が高いと思った。5速に入れ直したら3000回転足らずで120Kmになった。困ったのはバックミラーを見るときどうしても左上に目がいくことだ。それにワイパーと方向指示器が我が家の車と逆になっているので、ワイパーが目の前を往復するのがしばしばあった。
身に付いたクセはアタマではなかなか直せません。

明日はハリリゲンブルートまで、2時間余の行程なので午前中はハルシュタッド近辺を散策するつもりだ。雲が低いが天気はどうなるか。

ウィーン

2010年07月28日 08時58分57秒 | ドロミテ・チロル
 地方から国外へ出るのは不便だ、関空(KIX)や成田(NRT)まで出て行かねばならない。それに前泊か後泊のどちらかを強いられる場合が多い。
幸い今回も同行する大阪在住の義妹宅にお世話になった。お酒・ビールは当然のことで肴が素晴らしい。いつもの事ながら心のこもった歓待に感謝します。 酒と肴に惹かれて台北経由や香港からヨーロッパへ向かうことがなかなか出来ないのです。

 2010年7月4日
関空 11:00-15:00 ヘルシンキ 17:15ー19:30 ウィーン
 7.5
シューンブルン宮殿ーマルクト市場昼食ーシュテファン大聖堂ーレンタカー営業所  

 昨年はウィーン、ザルツブルグにインスブルックに寄っているけど、街を一切観光しなかった。それで今年はせっかくウィーンに行くのだから少しは観光もしようという事になってシューンブルン宮殿を見学してきた。
この旅の一つの目的地グロスグロックナーの展望台がフランツ・ヨーゼフ・ヘーエという名前だった。そのヨーゼフ閣下もこの宮殿の住人だったことを知った。オーストリア帝国の栄光を一身に背負った皇帝陛下である。

 市内をあちらこちら廻らずに済むよう宮殿にたっぷり時間をかけた。各部屋を廻るだけで40分もかかるので、ツアー客は記念のモニュメントが建っている高台までは行けないだろう。私たちは2ユーロを払ってモニュメントの最上部、屋上まで上がった。

 教会の尖塔が見える、ヨーロッパの街や村には必ず教会があるので不思議ではない。大聖堂ならガイドブックに載っているし、市場が近いということで其処まで足を延ばすことにした。

 地下鉄に乗るも、昨日空港から市内に入る際24hチケットを買っていたので切符を買う煩わしさは無い。都市部の見学はこの2箇所だけとなった。これだけで充分です。目的は山、アルプスなのだから。

 ウィーンに泊まるのも、それも2泊するのはレンタカーを運転するが、時差ボケが心配なのでその調整を兼ねていた。幸い時差ボケの症状が無いので安心した。その安心を得るためのウィーン泊でした。

 宮殿の次は市場、王侯貴族と庶民と対比するのもおもしろい。カフェテラス形式の店が軒を連ねている。ウィーンの名物薄焼きトンカツも注文した。暑さの中での冷たいビールは格別だ。

 大聖堂を見てからレンタカーの受け取りに行った。営業所の周辺地図を準備していたので若干迷いながらも探して手続きを済ませた。さてホテルに帰るにはどういうルートをとればいいのか所員に聞くと、”二番目の通りを右に曲がり暫らく走ると西駅に出るので、そこで問い直しなさい。”とのことだった。

 それで借りたばかりの車を走らせたのだが西駅が見えてこない。ホテルの周辺地図は持っているものの其処へ繋ぐ道筋が分からない。たまたまコンパスがあったので何処向きに走っているかは分かる。大まかにいえば営業所から見てホテルは北西に位置するので、それこそ大雑把に西へ走っているので大丈夫、そのうち北に走ればナンとかなると走らせた。約1時間近く走って大きな駅の裏側に出た。西駅である、やはり大筋では間違っていないと妙な自身を持つ。

 そこでホテル所在地のオッタクリングへの行きかたを聞いて走らせた。ほどなく標識にOttakring という文字が出てきた。あと一息、電車の軌道がある、ホテルの前を通っている路線なら良いけど・・・・
あちらでUターン、ここは一区画グルッと周って元の道に戻って進路方向調整をして、なんとかホテルまで辿り着きました。

図らずもウィーン市内を車窓観光しました。(笑)

写真はホテルの窓からの風景

ぶら~りのんびり気ままな旅

2010年07月27日 09時36分36秒 | ドロミテ・チロル
 7月3日に家を出て22日に帰ってきました。今回は20日間に及ぶ長旅でした。
早速メモを元に纏めようと思うも、仕事や雑事に追われて今日ようやく日程と費用を把握することができました。キチッとした資料ではないけど、旅を思い出す資料としては充分なのでブログに記録及び感想を書いていこうと思います。

 今回は「ぶら~りのんびりゆったり気ままな旅」でいこうと考えていたものの、朝5時半から行動開始の日もあり、また泊まる場所を毎日変えたので休まる時間がとれなかった。結果的にはスケジュールを予め作らず前日決めるという気ままな旅はできた。しかしのんびりの部分が欠けた点は否めない。
はるばる来たのだから”元を取らなきゃあ”とばかりに又も動き廻ってしまった。

 美しい風景を眺めながら二三日その場に滞在して楽しむのもいいけど、ここも見たいあそこへも行きたいと動き回るのも一つのスタイル、じっとしておれない性分である。もう少し年をとれば落ち着いてのんびりした旅もできるでしょう。

 さて今回は現地で17泊した、これまでで一番長い。しかしウィーンからグロスグロックナーまで、ドロミテ、チロルそれにスイスとそれぞれが違う風景になっているので変化を楽しむうちに旅が終わった。

 これからメモを元に楽しかった記憶を呼び起こしながらより詳しい記録を書いていきたい。20日分の写真が1件のフォルダーに収まっているので開けるがタイヘン。整理してから貼り付けます。

明日出発です

2010年07月02日 10時09分58秒 | ドロミテ・チロル
 気がつくとドロミテ・チロルへの出発は明日です。何事でも尻に火が付くまで動きが鈍い私でも動かざるを得なくなりました。

このひと月ドロミテ・チロルのことを検索し検証した。あまりにも多大な時間を掛けたので食傷気味となり、ブログにメモする気も失せるほどだった。付け刃とはいえ頭の中にあの地域のことを突っ込んであるので状況判断が必要になったとき上手く引き出せることができたらいいけど・・・

 移動はGoogleマップのコース案内をプリントアウトした。
去年ははガソリンスタンドで買った1:200.000の地図を頼りに動ごき、知識もそれほどなかったので、ロータリーのど真ん中で一時停車してコース確認するという不手際もあったが今回はそういう轍を踏まずに済ませたいものだ。

 先日妻に「スイスパスは注文したの?」と聞かれた。国内で買うと1ユーロ110円になっているのに未だ130数円換算なのでどうしようかと迷ったので注文していない。今となってはもう間に合わない。スイスパスを売っている駅まで現金払いをしても、為替レートの差額でオツリがくるでしょう。

 さあ準備に取り掛かろう、必要な品々特にインターネットで手配したものがプリントアウトされているか、漏れがないかなどをまず確認しよう。
航空チケット(那覇ー伊丹の往復とフィンランド航空)、ウィーンのホテル、レンタカーの予約表およびウィーン営業所の地図、返却地のインスブルック営業所の地図も。
最低限これさえあればどうにかなる。移動コースは1日分ずつ印刷してある。万全とはいえないまでも及第点はとれるだろう。

 先ほど参議院選挙の期日前投票も済ませた。比例は喜納昌吉、地方区は辺野古の基地新設阻止行動のリーダー格である山城博冶さんを推している。

 投票に行く車の中で妻が言うには「自分達は日程を知らない、知っているのはアナタだけ」と笑っていた。言われてみればそうだなー。でも
”計画を立てても現地に行けば、あそこに行きたい此処も廻りたいなどと言い出すに決まっている、前の日の夜決めましょう。”と答えておいた。

 とにかく明日からの話なので出発前の準備に力を入れよう。