どこ吹く風

旅のことを主に書く。

トイレ

2005年07月31日 08時03分07秒 | 旅-スイス
 スイスでの初めて夜は Luzern で泊った。翌朝ホテル付近を散歩して朝食をとり出発。駅に行き切符を買っているとき、突然便意を催した。新しく建てられた駅なので全体的にきれいで清潔感がある。案内板を探しながら足早に歩く。言葉は分からなくても絵文字とたまたまトイレという単語が英語に近いのでトイレまで行けた。
 
 ところがなんと有料なのだ。まるっきりお金を持っていないので妻が切符を買っている場所まで戻る。そしてまたトイレ目指して一目散と行きたいところだが、しりの穴を窄めての歩行なので、それほどのスピードは出ない。ようやくトイレに辿り着く。

 料金はCHF2(2スイスフラン)硬貨を機械に投入する仕組みだ。私が貰ったお金はCHF5だ。5フラン硬貨を持ってウロウロしていたら係員か掃除のオバチャンなのか、が両替してくれた。2フラン硬貨を投入しトイレに駆け込んだ。

 パンツは100円ショップで買った紙パンツなので若し漏れたら、穴が開くかヘタすれば溶けるのではないかと気が気でなかった。幸いその前に坐る事が出来てホッとした。落ち着いたら目をキョロキョロさせた、清潔できれいなトイレだ。
ただ便座がチョット高すぎる。どこの便器も高かった。家に戻ったときあまりの低さにすわり心地が悪かった。我が家のトイレはフツーの日本製にスノコまで敷いてあるので低くなっている。

この旅行中小銭を欠かすことは出来なかった。ただ男子の小便は無料、個室に入るのに金が必要ということだ。トイレのドア若しくは入口の投入口入れるので、決められた金額のコインが必要だ。場所によってCHF0.5、1、2と金額が違うのでこの3種類の硬貨は常に用意するように心がけた。
2フランは特別のようで、シャワールーム、化粧室を備えた大型の駅にしかなかった。

ある田舎の駅で妻が用をたして出てくると、年配のご婦人がドアが閉まる前にサ~ッと入ったそうだ。なるほどコレも知恵。また別の駅で1/2フラン硬貨が無くて出てきたら、ご婦人が後を追いかけてきて硬貨を渡してくれたこともあったのとの事。恐縮していた。

山上のロープウェイ駅でも同じ、くれぐれもコインの準備をお忘れなく!

便器の水を流す装置も違う。水タンクの蓋の端を押すのが多かった。足元のボタンを押す式も有ったような気がしたが、これは飛行機だったのかな。
汽車のトイレを使ったとき水を流すボタンが見つからないので、そのまま逃げたこともある。妻によると鏡の下の飲料水、手洗いとか並んでいるボタンを押すそうだ。幾つかボタンが並んでいた、文字も書かれていた、そうかな~と思いつつもこんな場所に・・・という気がしたので押さなかった。
後から入った方ゴメンナサイ。


写真説明
あいにくトイレを撮った写真が無いので
高原に響く爽やかなホルンの音をお届けします。

♪~ブ~  と低くなが~く流れていく
やはりここはスイスだった。
St.Moritz 郊外の Muotas Muragiで遭遇した一こまです。

BernerOberland

2005年07月30日 13時30分06秒 | 旅-スイス
 初めてのヨーロッパ、スイスの旅は、ベルナーオーバーランド、エンガディンそしてチェルマットの三つの地域を巡った。Grindelwald とかSt.MoritzとせずにBernerOberlandベルナーオーバーランドやEngadinエンガディンとしたのは、その方が広い地域を現すようなのでそのように書いた。特にEngadinはSt.MoritzやDiavorezzaで見たポスターやパンフレットに必ずというほど入っているので何の意味か気になった。後日その地方を示す言葉のようだと分かった。ローマ字表記はたんにスペルを覚える方策としてです、気にしないで下さい。
各々の地で3泊ずつしたのでゆったりした日程だった。

 Interlaken Ost からLauterbrunnenに向かう途中でチラッと見え隠れする雪をかぶった山に、ワクワクする心を抑えきれずにワ~とかキャ~とか声を上げっ放しだった。
さらにMurrenにはケーブルカーで登り電車に乗る。澄み切った空に空気、息を呑むような光景、スイスだ~!
目の前のアイガー・メンヒ・ユングフラウ、この三山の名前は知っていた、言い古された表現だが写真の通り並んでいる。(笑)
新たに教わったブライトホルン、この山も美しい、白く輝いている。

 宿で落ち着きロープウェイでBrig展望台まで登る。あいにくガス気味だが見つけた小さな雪渓に感激する。歩いて久しぶりの感触を楽しむ。雪渓を歩くのは卒業以来だろうから40年ぶりだろう。それもスイスアルプスで歩いているのだ、はしゃぎたくなるのも無理は無い。
人間幾つになっても感動感激するものだ、感動を失なうのは人間をやめるときだろう。

 ホテルはインターネットで予約してあった。が、チョットしたトラブルと言おうか行き違いがあった。英語で文章を書くほどの語学力が無いので娘に代筆してもらい予約した。同行の先輩方の部屋はあの三山が見える部屋で、私たちは通りに面したつまらない部屋。散歩に出ると玄関先に「空き部屋あり」の表示がされている。そこで山が見える部屋が空いているなら移して欲しいと頼んだ。

すると返事は、”貴方達が山側の部屋を希望すると連絡してきた。"とインターネットの予約文を見せられた。山側とは名山が見えるという意味だったのに・・・
通された部屋からは通りの向こうに丘が見えた、確かに山側である。名山は谷を越えて見えたのである。勘違い・行き違いだ。結局笑って交換に応じてくれたので夕日に朝日に映える山をベランダから眺めることが出来た。

カウベル

2005年07月28日 09時48分08秒 | 旅-スイス
 単線の線路をゴットンゴットン進んでいくと線路脇に牛の群れがおり、そのクビにはカウベルがカランカラ~ンとなっている。
ここはスイスだ、という実感がわいてきた。気持ちが高ぶってきた。

観光土産品のカウベルは見たことがある。しかし一頭一頭の首に付いているとは思わなかった。迷い牛を探すのに便利だから付けたのだろう。それに鐘の音がオオカミを驚かし近寄らせない為なのだろうか。
風情のある風景であった。

ただそういう場所は牛糞の臭いが漂っている。絵とか写真では香りまで描写することが出来ないので、美しい風景だけが凝縮されているのである。
牧場は広くどこでも牛糞が落ちているので、それに伴う臭いも全体に広がっている。気にしてもしょうがない。糞は高地で乾燥し寒いためか分解のスピードが遅いような感じを受けた。昨年の糞と思われるものが多数散らばっている。土地・牧草の栄養になるには時間が掛かるようだ。

 今まで牧草は勝手に生えて勝手に牛が食べる、と考えていた。しかし実際の牧草地を見ると、私の思い違いであろうと思うようになった。あちらこちらで牧草地に水撒きをしている。庭の水撒きに使う程度のものから、どこでも見かける畑用のスプリンクラー、果ては高圧のホースから凄い勢いで飛び出すものまで見た。牧草地は見事なほど管理されているのだ。日本の畑と変わらない、牧草地は畑なのだ。これが私の印象です。

11泊の短い滞在で特に勉強したわけでも、調べたわけでもないので推測です。
推測ついでにもう一つ。
スイスは協同組合、あるいは寄り合いが発達していると思う、村やの自治組織という意味での共同作業のことです。
その理由は、牧草地の管理や放牧は家族単位で出来るとは思えないからです。放牧を見ていても、私が行った6月末の頃は山の中腹に牛が居た。たぶん山の上の牧草が茂るまで待っているのだろう。

下のほうでは牧草の刈り入れをしていた。これは冬用に保存しておくのだろう、さらにシーズン中にもう一度若しくは二、三度刈り入れが出来るかもしれない。
牧草は大切な資源なのだ。がけ崩れ防止用の片屋根式のトンネル(側面が柱だけの。)の屋根も牧草が生えているのを見た。線路の肩それも3m巾の200m程度の土地も見ず掛けしていた。
機械が入らない急斜面は人力で刈り入れする光景はところどころで見かけた。
牧草の量が飼える牛を制限するので牧草の確保には苦労しているのだろう。

余談だが、 そういう環境のせいかハエが多い。Grindelwaltで食事に行ったレストランの中もハエがいっぱいいた。メニューを団扇代わりにしてハエを追っ払いながら食事をした。ところが観光客と思われるご婦人たちは気にもしないで、ハエを追っ払う様子が無い。よほど慣れているのだろう。
この次はハエ取り紙を持参しよう。

建築金物

2005年07月25日 06時48分07秒 | 旅-スイス
 この文章を建築関係の方に読んでもらいました。
返事は「知恵の輪の解説を読んでいるようだ。」でした。つまり読んでも理解できないということでしょう。
でも伝えたいと思い敢えてアップします。

意味が分からないでしょうが、スイスに出かけたら窓かドアのレバー錠を下横上に向けてから引いて下さい。
私が書いたことが分かるでしょう。
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 最初の夜、ホテルのベランダへ出るために親々ドアを開いた。バルコニーは小説や映画に出てくるものと同じ作りで、国旗をデザインした布を垂らすと似合うだろう。そこから通りを眺め、向かいの建物を見てヨーロッパに来た実感を味わった。

ドアのことだが、私の知識では左側のドアはフランス落しで固定されているのが当たり前である。
ところがロックを外すと両方のドアが開く。よく見るとレバーを回すと上下に鉄砲錠が飛び出して固定する。そして親ドア2ヶ所でロックされるようになっている。

初めて見た仕様に幾度もドアの開け閉めを繰り返した。一度の操作で両扉の開閉が出来るなんて素晴らしい。

 数日後山小屋風のホテルに泊った。二段ベットが4台とシングルベットが置かれている部屋だった。全てが新しく感じたので新築あるいは改装したのだろう。
通された部屋の窓には両開きのドアが二組取り付けられている。親ドア(右側のドア)の上部が手前(室内側)に傾いて換気用になっている。

 換気用になっている窓を閉めてレバーを横向きにした。(それまでは上向きになっていた。)すると窓は通常の窓のように開いた。もちろん両開きで。レバーを下向きにするとロックが掛かる。
 面白いので開け閉めを繰り返して、さらに窓枠に立って金具を見た。レバーを操作する事により兆番が外れて別の金具が連結されて、前に傾いたときのストッパーになる。レバーの向きによって爪が掛かったり外れたりする。

 このような兆番プラスαの役目をする金具は初めて見た。日本でも使える金具と思うが見たことが無い。何故だろう。

 またドアの作り方だが、ドア枠に戸当たりを三方回してドアはインセットで、ドア枠内に収まるようになっている。ところがスイスでは、さらにドアがドア枠にカブセとなっている。つまりドアが二段になっている。二段とは、ドア枠内に収まる部分とドア枠をカブセで覆う部分とである。
寒気を遮断する目的なのだろうか。

 スイスの風景で、赤や緑に塗装された鎧戸が開いている写真は見たことがあるでしょう。隣の家、背景の山ともマッチしてそれなりに風情がある。その鎧戸は結構な厚みがある、その戸を壁に開いた状態で固定する金具もあった。戸と壁との離れ具合や厚みが調整でき、その形もいろいろあった。また鎧戸の開き具合を調整し固定する金具もあり、考えられている。生活の必要性からそうなったのだろう。

 山を見に行ったのだが、建築金物や建具を見るタノシミもあった。
蛇足ながら防犯の面から見ると、ドアを換気用に傾けたままにしても侵入するには、一旦ドアを閉めてからレバーを操作せねばならないので、易々と侵入を許す事にはならないと思われる。

出発前のできごと

2005年07月22日 07時13分11秒 | 旅-スイス

友人が管理している大きなビルのフロア案内板の製作を依頼されていた。
40x55cmの小さな案内板です。取付に行った時フレームを固定するビスを忘れた。
幸い手持ちのビス数本あったので1本だけで仮止めした。

「後は自分がビス止めするでそのままで良いヨ。」と彼に言われた。
それに甘える形で戻った。しかし気になったのでビスを持って仕上げに行った。
チョットした手直しなので挨拶無しに下の階からフレームのビス止めを始めた。
上の階へ行ったところで彼にに会った。

”明日からチョット留守にするので今日中に終わらせに来た。"
「何処へ行くの?」
”アルプストレッキングへ。”
と話しているところに入居者のヤマト企業の支社長らしき人が話に割り込んできた。
「ふ~ん、北ア、南?」
”いや~ちょっとスイスアルプスまで。”

 旅行から帰り請求書を持って行った時の彼の話。
「先日のアルプス行きの話、あの時の支社長さんの顔がおかしかった。
薄汚い格好をした工事人が、事も無げにスイスアルプスへ行くと言うた時のあの人の顔は、何だコイツはと思っただろう。」
「日本アルプスならともかく、スイスだなんて。アハハハ・・」

薄汚いカッコウというが、カッコウ風采で人を見るナ・・・
というのは無理かナ。
現場へ行くときは、穴あきGパンにヨレヨレTシャツ、ペンキが付いている。汚れる場合もあるので汚れても惜しくない服装で行くことにしている。
どこから見てもアルプスを連想させるような雰囲気は無いもんナ。
カツー岳へヒージャー食べに行くのがお似合いって雰囲気しかないだろう。(笑)

注:カツー岳 勝山岳 
  山羊料理が有名地域。登山後山羊(ヒージャー)を食べると言うのが定番だった。

準備

2005年07月17日 16時28分25秒 | 旅-スイス
 まず持ち物、旅行だから着替えが必要だ。出来るだけ軽くするようにとの事なので頭を絞る。山へ行くときも最小限の衣類しか持って行かなかった。あの頃は下着を着替えず何日も穿きっ放しで過ごしたが、今ではそのような事は出来ない。私だけならそうするかもしれないけど妻は許さないだろう。

 子供たちの修学旅行のとき、着替えは取っておいたボロの下着を持たせて毎日捨てさせた妻である。今回もそうするのだろうと思ったら、100円ショップで紙の下着を見つけてきた。男性用5枚で100円、女性用もある3枚100円の高級品(?)もあるので両方持っていった。

 子供たちの修学旅行の下着の話を知人に話したら、事故に遭った時にはボロ下着では子供が可哀相なのでその人は新品を持たせる、とのことであった。
う~んそこまでは考えなかった。考えても我が家の方が合理的な判断だと思うので、旅行へ行くときのためにボロ下着は捨てない。外国あるいは観光地で捨てている。
紙の下着を見つけた今も併用ということになるだろう。

 持って言って良かった物、スリッパは役立った。ホテルそれもチョット立派なホテルにある簡易スリッパで充分だ。私が持参したスリッパには「台中飯店」と印刷されている。台湾へ言ったのは数年前だからその時に持ち帰ったものだろう。時期を待っていたように出てきた。妻はさほど・・・という感じであったが彼女の足元にある時間が多かった。飛行機の中にホテルと大活躍である。あそこと言うより外国のホテルは素足で歩く事は出来ないので重宝します。

 タオル、これも持っていったほうが良い。宿泊所のレベルによると思うけど。
パジャマに関しても、出された施設は一ヵ所も無かった。これもレベルに負うところが大であろうけど。

 必需品で忘れた物はサングラス、普段着用しないので忘れた。アルプスの雪に接したとき、あまりの白さに目が眩み明けていられない。ゴッグルかサングラスが欲しくなった。
 カメラはデジカメがあるのでパチパチ撮るつもりだった。しかし山を撮るには28mmのレンズが欲しい。まあこれは高嶺の花として諦めざるを得ない。でも今から買おうかなと思う人は望遠よりもワイドをお勧めします。28~135mmのズームレンズなら言うこと無しだが。

アルプスのHiジジイ

2005年07月08日 06時25分56秒 | 旅-スイス
スイスアルプスは写真、絵画、本の挿絵とそっくり!全く同じでした。
 当たり前と言えば当たり前ですが、ホントに写真そのまんまです。草花に覆われた尾根の向こうに岩山が見え、さらにその上その向こうに雪や氷河に覆われた山が聳える。この景色を見てワ~ッと感動の声を上げっ放し。内から湧き上がる興奮は将に”アルプスのHiジジイ”になった。

 この楽しい旅は2005年6月のことです。初めてのヨーロッパ旅行、スイスアルプス散策へ出かけた時のことです。。かつて学生時代に山岳部に所属し北アルプスにはよく出かけた。しかし卒業後はご無沙汰している。先輩がこのところ毎年のようにスイスへ出かけているので、その尻馬に乗っかって付いて行ったアルプス散策です。日程作りから現地での手配まですっかりお世話になりました。

 久しぶりの山、それも本場アルプスの見物および散策はとても楽しいものでした。センパイ! ありがとうございました。

 私には、仕事はもちろん市民運動・反戦平和活動・自然保護運動にと忙しく立ち回っている友人がいる。その彼を少しでも支えたいという気持ちがある。そこで彼が今時間を割くことが出来ない旅に出て楽しむというという部分を私が受け持つ、つまり分担するという意味を込めた旅でもあった。ストレス解消、遊びに没頭し、暑さを逃れての分不相応な避暑部分は私が受けつという共同の精神である。なんと麗しい友情なのか。書いていながらホロリではなくギャハハハ~と笑ってしまった。
友よ熱くなったら、その怒りを権力に向けよう! (笑)

 通常旅行記は日記風に日程順に書くのがフツーである。しかし私は感じたことを順不同で書きたい。