雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十四回 舟の上の奇遇

2014-06-26 | 長編小説
   「淡路島、通う千鳥の、恋の辻占ーっ」

 女の子の声がする。
   「何や、何や、辻占売りは色町の辻で夜と決まったものや、まだ朝やないか」
   「親分、そんないやらしいことはよく知っていますね」
   「ほっとけ」

 辻占(つじうら)とは、男女連れを相手のお御籤(みくじ)のようなものである。
   「お兄さん、恋占いはどうです? 辻占十文です」
   「あほらし、わいはまだ子供や、何を占うちゅうのや」
   「それなら、旅人さんの知恵籤もあります」
   「そんなん、聞いたこともないわ」
   「例えば、ひとつき十文で食べる方法がみくじに書いてあります」
   「へー、たった十文でか?」
   「はい、その他、旅籠賃二百文を一文も払わずに食べて寝泊りする方法というのもあります」
   「あかん、どうせ夜明け前に屋根を伝ってトンヅラしろと言うのやろ」
   「そんなことさせたら、お牢にいれられます」
   「そうか、ほんなら買ってみようか、なんぼや」
   「はい、十二文です」
 新平は、ひとつき十文で食べる方法が知りたいらしい。
   「ほら、二十四文払うで」

 買っていきなり御神籤を開こうとしたら、辻占売りが叫んだ。
   「旅籠で、ゆっくりと読んでくださいな」
   「わいら気が短いのや、ここで開けるで」
 新平は字が読めないので、三太が読んでやった。
   「ひとつき十文で食べる方法…、 トコロテンを食べるべし」
   「なんや、一ヶ月のひとつきと違うのか」
   「わいのは、旅籠賃二百文を一文も払わずに泊まる方法…、 小粒(一朱金)で払うべし」
 三太は怒った。
   「何やこれ、インチキやないか」
 辻占売りは平然としている。
   「何も嘘を書いている訳ではありません、トコロテンは一突き十文ですし」
   「あほらし、二十四文、溝に捨てたようなものや」
   「それなら、大人の女を泣かす方法っていうのもありますよ」
   「どうせ、頭をどつけとか書いてあるのやろ」
   「そんなことさせたら、お牢に入れられます」
   「またか、ほんなら、悲しい身の上話を聞かせろとか」
   「他人の身の上話で貰い泣きをする人なんか少ないでしょう」
   「そやなあ、わい年増女を泣かせてみたい、それ買うわ」
   「親分、わいも何か買う」
   「ほかに、叱られずに、嫌がられずに、乳を揉む方法なんてのがあります」
 新平が、素っ頓狂な声をあげた。
   「親分に、ぴったりだ」
   「ほっとけ、わいをスケベみたいに言うな」
   「そんな、スケベでないようなことを言わないでください」
   「お前なー、どつくぞ、しまいには」
   「逃げ足は、おいらのほうが速い」

   「どうせ牛の乳を揉めとか、鼠を捕まえて乳を揉めとか書いてあるのやろ」   
   「そんなことをしたら、牛飼いのおじさんに叱られるし、鼠も怒って噛みつきます」
   「そやなあ、人間の乳なのやな」
   「はい、それはもう」
   「ほんなら、それも買うわ」
   「有難う御座います、二十四文です」

   「女を泣かす方法…、 煙で燻すべし、 どついたろか」
   「叱られずに、嫌がられずに、乳を揉む方法…、 自分の乳を揉むべし」
 三太怒り心頭。
   「何も、嘘を書いているわけではありません、あんたさんが変な想像をしただけです」
   「殺してやる」
   「親分、まあまあ落ち着いて…」
 新平が三太を羽交い絞めにして宥めた。


 四日市の宿場を離れると、大川の渡しに差し掛かった。
   「泳いで渡ろか」
   「無理です、渡し舟に乗りましょう」
 二人が相談していると、
   「舟が出るぞー」
 考えている間もなく、二人は駆け込んだ。
   「おっちゃん、渡し賃、なんぼや」
   「大人は十文、子供は五文だ」
 東海道は、本当に渡し場が多い。その都度、十文から五十文の渡し賃を払わなければならない。大きな川でも、ちゃんと橋が架かっているところもあるというのに。ひとつは、川越し人足や船頭の生活を保護する意味もあって、強いて橋を架けないということもあるのかも知れない。


 先に乗った女の乗客が、川に向って「南無阿弥陀仏」と、手を合わせている。
   「おばちゃん、どうしたんや?」
   「ああ、いやいや何でもありゃしません」
   「何か訳がおますのやろ?」
   「へえ、ちょっとだけ」
   「聞いてあげます、辛いことがおましたのやろ」
   「若い頃に、この川で遊んでいた八歳になる倅が折からの鉄砲水に流されて溺れ死にました」
   「わあ、そんなことが有ったのですか、それはちょっとだけやないで」
   「それで、この川を渡るときは野花を流して、念仏を唱えております」
 見れば、小さな花束を持っている。舟が川の真ん中辺りに差し掛かると、女は花束を投げた。
   
 新三郎が呼びかけてきた。
   「三太、気を付けなさい、この女巾着切りですぜ」
   「えーっ、ほんなら倅の話は嘘かいな」
   「嘘も嘘、その息子も掏摸(すリ)だったようです」
   「悪いおばちゃんやなあ」
   「それも。只の巾着切りやない、掏摸の元締めです」
   「ひやーっ、油断も隙もないなあ」
   「あっ、向こう隣の男に目を付けた」
 この女、立ち上がろうとして、よろけて男の背中に倒れ掛かった。
   「ああ、済まんことをしました、お兄さん堪忍してくださいよ」
   「いいよ、いいよ、こんなところで立ち上がったら、若い男でもよろけます」
 男の右側から、女の左手は男の背中に、右手は男の懐に差し込んだ。
   「あっ、やりよった!」
 新三郎が三太に囁いた。
   「あっしが女を眠らせるから、今掏った財布を取り出して、男の足元へ落としなさい」
   「へえ、わかった」

 女は、「かくん」と、気を失った。その隙に、三太は新三郎に言われた通り、女の懐から財布を取り出し、男の足元へ財布を落とした。
   「あっ、おっちゃん、財布落としましたで」
   「あっ、ほんまや、坊、おおきに、まだ江戸まで遠いのに、途方にくれるところやった」
   「おっちゃんも、上方の人か?」
   「そやそや、坊も上方らしいな」
   「うん、東海道は掏摸が多いから、注意しいや」
   「へえ、おおきにありがとさん」

 掏摸の女の気がついた。三太は女に摺り寄ると、小声で言った。
   「おばちゃん、掏摸やろ、それも掏摸の元締めや」
   「えっ、どうして分かった?」
   「わい、人の心が読めるのや」
   「おお恐い、悪いことは出来ませんね」
   「そやで、それに子供が八歳の時に死んだちゅうのも嘘や」
   「よく分かるのですね、御見逸れしました」
   「それから、わいの懐を狙ってもあかんで」
   「はいはい、決して狙いません」
 だが、女が育てていた子供と、八歳の時に別れたのは本当だった。
   「その子、今は何処に居るの?」
   「一度訪ねて来てくれて、水戸で医者をやっていると言っていました」
   「掏摸なんかしとらんと、水戸へ行って一緒に暮らせばええのに」
   「私の本当の子供ではなくて、姉の子供で私の甥っ子です」
   「いつかまた逢えるやろ」
   「逢えるまでに、この首と胴が別れ別れになっていることでしょう」
   「ほんなら、掏摸みたいなもの止めんかいな」
   「それが、そうも行かないのです」   
 遊里で女郎をやるには歳を取り過ぎたし、旅籠の仲居にはなかなか雇ってもらえない。
   「これでも、元は武家の娘だったのですよ」
 姉は信濃の国の上田藩士の家に嫁いだが、姦通の噂を立てられ、四歳の子供を残して夫に手討ちにされたそうである。
   「その子の名は、何て言うのです」
   「佐貫三太郎と言います」
   「わっ、わいその人知っとります、わいの先生、佐貫鷹之助の兄上だす」
   「まっ、何と奇遇、鷹之助さまのお父上はなんと仰います?」
   「亡くなられたときに一度聞いたのやが、たしか佐貫慶次郎でした」
 女は、わっと泣き出した。
   「慶次郎は、私の義兄です、亡くなっていたのですか」
   「はい、昨年だす」
   「三太郎は、信濃へ帰っていたのですね、もう幾つになったのかしら」
   「二十歳を出たばかりですよ」
   「嘘、私が育てた三太郎は、三十歳を超えたはずです」
   「おかしいだすなあ」
   「何だか、話が合っているようで、食い違っているようで」
 新三郎が助け舟を出した。
   「水戸の緒方梅庵先生のもとの名は、佐貫三太郎で、三十歳くらいです」
 
   「そうか、分かった、おばちゃんの言う佐貫三太郎は、水戸の緒方梅庵先生だす、わいが言っている佐貫三太郎は、その名を貰った養子だす」
   「そうだったのですか、佐貫鷹之助さんは、慶次郎兄さんの後添えの子供でしょうね」
   「先生は母上の名を小夜と言っていました」
   「えっ、中岡慎衛門殿の妹の小夜さんですか?」
   「そこまでは知りまへんのや」
   「私の幼友達の小夜さんに違いありません、ああ、逢いたいなあ、お元気でしょうね」

 女は掏摸の足を洗って、何時の日か水戸へ緒方梅庵に逢いに行くと言った。出来得るならば、信濃の国へ戻って小夜と共に慶次郎の墓へ参りたい。渡し舟の上で、この子に逢ったのも、姉の引き合わせかも知れない。あの日、四歳の三太郎を預けるためにやって来た、佐貫慶次郎の顔を思い出した。あれは、姦通の濡れ衣を着せられて、江戸へ出奔した中岡慎衛門を、疑いが晴れたので連れ戻すためにやって来たのであった。
 
   「そう、義兄さんは死んだの」
 女は、「ふうー」と、溜息をついた。実の姉を手討ちにされた恨みと、一時は惚れたこともある義兄への懐かしさが絡み合って胸に痞えていた毛玉を吐き出したような気持ちであったろう。

  第十四回 舟の上の奇遇(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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