真冬の河川敷に張られたテントに、初老の親父がカップ酒とカップヤキソバを持って帰って来た。 「うーっ、寒い、寒い」
なにはともあれ石油ストーブに火を入れ、水の入った薬缶を乗せた。 冷え切った体を温めようと、ストーブの前にどっかと腰を下ろすと、どこからともなく「おじさん、おじさん」と呼ぶ声が聞こえた。
男はテントの中を見回すが、誰も居ない。
「どこで呼んでいるのかね」
「ボクはテントの中にいます」
やはり誰も居ない。 街のコロッケ屋さんで貰って来た排油を欠けた皿に入れ、木綿の太芯を乗せ、その片方の端を皿の縁から出して火を点けた。 ちょっと臭いが、ローソクの代用品だ。
「どこに居るのだ?出ておいで」
「ここです」
こえのする方へ灯かりを向けると、テントシートの上でミミズがくねっていた。
「えーっ!君はミミズかい?」
「そうです」
「それにしても、ミミズは冬の間は冬眠するのではなかったかい?」
「それはそうなのですが、このテントの中は暖かいもので」
「それで目が覚めたのだな」
「はい、それにおじさんがお粥とか味噌汁をこぼすもので、餌が豊富で」
「要件は何だ? お礼に竜宮城へ招待するとか」
「しません。昼間はいいのですが、真夜中は冷え込むので…」
「一晩中ストーブを焚けとでも?」
「いいえ、そこまで厚かましいことは言いません」
「じゃあ、なんだ」
「ワタシを抱いて寝てください」
「お、おまえ…」
「違いますよ。ワタシ男の子です」
「嘘つけ! ミミズは雌雄同体だろ。それにしても冷たそう」
「最初だけですよ。ふーっ、暖かい」
「こらこら、パンツの中に入るな」
「あっ、おじさん、先客のミミズがいますよ」
「やかましい!」
ミミズは、急に改まって、
「ボクには未来が見えます。えーと、この近くで…」
「何か起きるのかい?」
「はい、そこの川べりで、ならず者が二人喧嘩をします」
「それで?」
「一人が逃げて、もう一人が追いかけて逃げた男を刺し<ます」
「それは大変だ」
「刺された男が傷を押さえて、財布を落とし去って行きます」
「そしたら?」
「お礼に、その財布をおじさんにあげますよ」
「ばかばか、そんなのをのこのこ拾いに行ったら刺した犯人に間違われるよ」
「そうかなあ」
間もなく、その通りのことが起った。 丁度その時間、念の為におやじとミミズは近くのコンビニに避難していて、事件に巻き込まれなくて済んだ。 おやじは考えていた。 こいつは使えるぞ、と。
「夜が明けたら、お馬さんを見に連れていってやるよ」
夜が明けると、ミミズはおじさんの尻の下で押し潰されて’のし’のようになっていた。
(修正) (原稿用紙4枚)
なにはともあれ石油ストーブに火を入れ、水の入った薬缶を乗せた。 冷え切った体を温めようと、ストーブの前にどっかと腰を下ろすと、どこからともなく「おじさん、おじさん」と呼ぶ声が聞こえた。
男はテントの中を見回すが、誰も居ない。
「どこで呼んでいるのかね」
「ボクはテントの中にいます」
やはり誰も居ない。 街のコロッケ屋さんで貰って来た排油を欠けた皿に入れ、木綿の太芯を乗せ、その片方の端を皿の縁から出して火を点けた。 ちょっと臭いが、ローソクの代用品だ。
「どこに居るのだ?出ておいで」
「ここです」
こえのする方へ灯かりを向けると、テントシートの上でミミズがくねっていた。
「えーっ!君はミミズかい?」
「そうです」
「それにしても、ミミズは冬の間は冬眠するのではなかったかい?」
「それはそうなのですが、このテントの中は暖かいもので」
「それで目が覚めたのだな」
「はい、それにおじさんがお粥とか味噌汁をこぼすもので、餌が豊富で」
「要件は何だ? お礼に竜宮城へ招待するとか」
「しません。昼間はいいのですが、真夜中は冷え込むので…」
「一晩中ストーブを焚けとでも?」
「いいえ、そこまで厚かましいことは言いません」
「じゃあ、なんだ」
「ワタシを抱いて寝てください」
「お、おまえ…」
「違いますよ。ワタシ男の子です」
「嘘つけ! ミミズは雌雄同体だろ。それにしても冷たそう」
「最初だけですよ。ふーっ、暖かい」
「こらこら、パンツの中に入るな」
「あっ、おじさん、先客のミミズがいますよ」
「やかましい!」
ミミズは、急に改まって、
「ボクには未来が見えます。えーと、この近くで…」
「何か起きるのかい?」
「はい、そこの川べりで、ならず者が二人喧嘩をします」
「それで?」
「一人が逃げて、もう一人が追いかけて逃げた男を刺し<ます」
「それは大変だ」
「刺された男が傷を押さえて、財布を落とし去って行きます」
「そしたら?」
「お礼に、その財布をおじさんにあげますよ」
「ばかばか、そんなのをのこのこ拾いに行ったら刺した犯人に間違われるよ」
「そうかなあ」
間もなく、その通りのことが起った。 丁度その時間、念の為におやじとミミズは近くのコンビニに避難していて、事件に巻き込まれなくて済んだ。 おやじは考えていた。 こいつは使えるぞ、と。
「夜が明けたら、お馬さんを見に連れていってやるよ」
夜が明けると、ミミズはおじさんの尻の下で押し潰されて’のし’のようになっていた。
(修正) (原稿用紙4枚)