雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のミリ・フィクション「ミミズの予言」

2014-06-16 | ミリ・フィクション
真冬の河川敷に張られたテントに、初老の親父がカップ酒とカップヤキソバを持って帰って来た。    「うーっ、寒い、寒い」
 なにはともあれ石油ストーブに火を入れ、水の入った薬缶を乗せた。 冷え切った体を温めようと、ストーブの前にどっかと腰を下ろすと、どこからともなく「おじさん、おじさん」と呼ぶ声が聞こえた。 
 男はテントの中を見回すが、誰も居ない。 
   「どこで呼んでいるのかね」
   「ボクはテントの中にいます」
 やはり誰も居ない。 街のコロッケ屋さんで貰って来た排油を欠けた皿に入れ、木綿の太芯を乗せ、その片方の端を皿の縁から出して火を点けた。 ちょっと臭いが、ローソクの代用品だ。
   「どこに居るのだ?出ておいで」
   「ここです」
 こえのする方へ灯かりを向けると、テントシートの上でミミズがくねっていた。 
   「えーっ!君はミミズかい?」
   「そうです」
   「それにしても、ミミズは冬の間は冬眠するのではなかったかい?」
   「それはそうなのですが、このテントの中は暖かいもので」
   「それで目が覚めたのだな」
   「はい、それにおじさんがお粥とか味噌汁をこぼすもので、餌が豊富で」
   「要件は何だ? お礼に竜宮城へ招待するとか」
   「しません。昼間はいいのですが、真夜中は冷え込むので…」
   「一晩中ストーブを焚けとでも?」
   「いいえ、そこまで厚かましいことは言いません」
   「じゃあ、なんだ」
   「ワタシを抱いて寝てください」
   「お、おまえ…」
   「違いますよ。ワタシ男の子です」
   「嘘つけ! ミミズは雌雄同体だろ。それにしても冷たそう」
   「最初だけですよ。ふーっ、暖かい」
   「こらこら、パンツの中に入るな」
   「あっ、おじさん、先客のミミズがいますよ」
   「やかましい!」
 ミミズは、急に改まって、
   「ボクには未来が見えます。えーと、この近くで…」
   「何か起きるのかい?」
   「はい、そこの川べりで、ならず者が二人喧嘩をします」
   「それで?」
   「一人が逃げて、もう一人が追いかけて逃げた男を刺し<ます」
   「それは大変だ」
   「刺された男が傷を押さえて、財布を落とし去って行きます」
   「そしたら?」
   「お礼に、その財布をおじさんにあげますよ」
   「ばかばか、そんなのをのこのこ拾いに行ったら刺した犯人に間違われるよ」
   「そうかなあ」
 
 間もなく、その通りのことが起った。 丁度その時間、念の為におやじとミミズは近くのコンビニに避難していて、事件に巻き込まれなくて済んだ。 おやじは考えていた。 こいつは使えるぞ、と。
   「夜が明けたら、お馬さんを見に連れていってやるよ」
  
 夜が明けると、ミミズはおじさんの尻の下で押し潰されて’のし’のようになっていた。


  (修正)  (原稿用紙4枚)