雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十三回 強姦未遂

2014-06-23 | 長編小説
 三太と新平は、石薬師の宿場まで来た。どうも新平の元気がない。
   「親分、おいらもう駄目だ」
   「どうした、疲れたのか、それとも腹が痛いのか?」
   「さっき、金平糖を一つカリッと噛んだときに…」
   「どうしたんや、早く言わんかいな」
   「前歯がぐらぐらになった」
 何のことはない、乳歯が抜けかかっているのだ」
   「そんなもん、なにがダメや、当たり前のことやないか」
   「おいら、これからずっと歯抜けか?」
   「それはなあ、赤ん坊の歯が抜けて、大人の歯に生え変わるのや」
 三太は、もう何度か経験している。
   「もう、そこまで大人の歯が生えてきとるのや、早いこと自分で抜いてしまえ」
 鷹之助先生に教わったことの受け売りである。それにしても、新平は初めての生え変わりが遅い。自分は既に三本生え変わっているのに。

 新平は、人差し指でぐらぐらの歯を揺すぶってみたが痛くて抜けない。
   「よし、わいが抜いてやる」
   「嫌だ、恐い」
 そんならと、三太は腹に巻いた晒しを解き、その長辺を歯で噛んでシューッと裂いた。その先を歯で穴を開け新平に差し出した。
   「この穴に歯を引っ掛けろ」
   「それで、どうするのです?」 
   「わいが引っ張ってやる」
 新平は、しぶしぶ歯に晒しを引っ掛けた。
   「ほんなら、わいが走るで」
   「うん」
 三太は晒しの紐を肩に引っ掛けて、「せーの」の合図で走った。
   「こら、わいに付いて走ったらあかん、それも、わいに追いついとるやないか」
 紐は弛んだままで、二人並んで走っている。
   「わいら、駕籠舁きやないのやから、息を合わしてどうするのや」
   「こんなのは余計に恐い」

 新三郎が呆れている。男ならぐらぐらの歯くらい自分で抜けと言いたいのだ。   
   「新さん、なんとかしてやってえな」
   「仕方ないなあ、新平の魂を追い出してやるから、気を失っている間に三太が抜いてやりなさい」 
 気が付いた新平は、痛がりもせずにケロッとしている。

   「この抜けた歯、どうしょう?」
   「下の歯やから、上に向けて投げるのや」
   「上の歯なら?」
   「下へ投げるのや、投げるときに、鼠の歯に換えとくれ と唱えるのや」
   「嫌だ、あんな小さい針みたいに尖った歯に換えたくない」
   「あほ、鼠の歯みたいな丈夫な歯に換えとくれ ってことや」
   「ふーん」
 三太が歯の抜けたところを覗いてやったが、血が少し出ているだけで、抜けた歯のあとに白い物が見える。「それは大人の歯だ」三太は鷹之助の言葉を思い出していた。


 暫く歩くと、太鼓の音が聞こえてきた。
   「どこかで夏祭りをやっているみたい」
 太鼓の音に向けて更に歩くと、浴衣姿の人の行き来が増えてきた。
   「おっ、この石段の上や、微かに焼き玉蜀黍(とうもろこし)の匂いがする」
   「買ってたべましょうよ」
 石段を登りきったところで、子供の声で呼び止められた。
   「これっ、そこなる町人!」
   「チビのくせに、偉そうに何や」
   「私の乳母、萩島が居なくなった、その方たち、探して参れ」
 三太は「この糞ガキ、誰に命令しとるのや」と、いささかムカついた。
   「わいは、お前の家来やない」
   「済まぬが、私の乳母を捜してはくれぬか」
   「ちゃんと礼儀を心得ているのなら、最初からそう頼め」
   「済まなかった、許してくれ」
 もっと生意気に出てくるのかと思っていたら、意外としおらしいところがある。困っているようなので探してやることにした。
 どうやら武家、それもどこかの藩の若君かも知れぬ。「あーあ、また若様か」三太はうんざりしたようである。
 話を聞いてやると、伊勢の国は菰野(こもの)藩の五男だそうである。城から太鼓の音が聞こえ、いてもたってもいられなくて、二十歳の乳母を唆(そそのか)し、こっそり菰野城を抜けてきたらしい。
   「それで荻島さんは、何処へ行くと言ってこの場を離れたのですか?」
   「余が、あの良い匂いがする食べ物を食べたいと言ったもので、それを買い求めに行った」
   「そのまま、戻ってこないのですな?」
   「はい」
 三太は身形(みなり)ですぐに分かるだろうと安易に考えて探しに行ったが、萩島はどこにも居なかった。
   「おかしいなあ、若様を放っといて先に帰るわけはないし…」
 
   「新さん、どう思います?」
   「乳母は拐かされたかも知れませんぜ」
   「こんな人込みの中でだすか?」
   「犯人に、若様が怪我をされたと言われたら、疑いもせずに付いて行くでしょう」
   「目的は何やろか?」
   「若い女なら、悪戯目的かも知れない」
   「ふーん、悪戯って手込めにされることやろ、乳房をモミモミとか、股間に…」
   「親分、そんなに具体的に言わなくてもよろしい」

 神社を囲む森がある。少し奥に普段、人が踏み入るべきでない聖地がある。若殿は新平に見張らせ、三太はそこに踏み入ってみようと思った。
 潅木や下草が生い茂る中、確かに人が分け入った形跡がある。さらに奥へ入ると、人の声が聞こえた。
   「若様には、危害を加えておりませぬか?」
   「お前が大人しくしていれば、危害は加えない」
   「わたくしは、どうなってもいい、若様は無事に城へお帰ししてください」
   「わった、わかった」
 男は三人居る。その内の一人が、女の着物を肌蹴ると、自分の褌を解き女に跨った。
   「わっ、やらし、昼間にあんなことしよる」
 三太は、思わず男達の前に飛び出した。
   「こら、待てい、スケベども」
 行き成り飛び出したので男達は驚いたが、子供と見ると安堵したのか、手が空いている二人の男に指図した。
   「あっちへ追い払え」
 そのとき、女に跨っていた男が横にすっ飛び、仰向けに大の字になり、みっともないものを、みっともない状態で曝け出して気を失った。みっともない状態のものは、見る見る普通のみっともないものに戻った。
 その様子を見ていた残りの二人は、恐ろしくなってのびた男を放り出して逃げていってしまった。
 三太は、のびている男の股間を枯れ葉で隠し、女に声を掛けた。
   「萩島さん、もう大丈夫だす」
 萩島は目を開けると、自分の乱れた姿よりも、若君の心配をした。
   「若様は? 若様はどこですか?」
   「大丈夫だす、わいの仲間が見張っています」
 安心したのか、三太に背を向けて、萩島は自分の着物の乱れを直した。
   「あなた様は?」
   「へえ、通りすがりの者だすが、若様に頼まれて、萩島さんを助けにきました」
   「かたじけのうございます」
   「若様の元へ案内します、わいに付いてきてください」

 三太は、今萩島が遭ったことは若君には言わないでおこうと萩島に提案した。
   「はい、ありがとうございます」

 若君は、萩島と三太の姿を見て、安心したようであった。
   「萩島、どこへ行っていた、心配したぞ」
   「申し訳ありません、道に迷ってしまいました」
   「無事でよかった、これ子供、世話になった」
 「お前も子供じゃ」と、言いかけたが、三太は言葉を呑んだ。関わり序に、この二人を菰野城の門前まで護ってやろうと思った。

   「ではここで、わいらは街道に戻ります」
   「どうぞ、お城にお立ち寄りくださいませ」
   「いやいや、それではご家来衆に不審がられます」
 何事もなかったように、こっそり戻りなさいと、二人に言い含めた。

 三太と新平には、不満が残った。焼き玉蜀黍の匂いだけ嗅いで食べ損ねたことだった。

 いつかのように馬が駆け寄ってきた。
   「また、わいらを追ってきたのか?」
   「そうみたいです、じろじろこっちを見ています」
 やはり話しかけてきた。
   「拙者は、菰野藩の与力、桂川一角と申す、我が藩の若様を助けて戴いたのはそなた達でござるか?」
   「助けたなんて大袈裟なものではありませんが」
   「いや、ことの次第は萩島殿から総て聞き申した」
   「そうでしたか、それで態々(わざわざ)わいらを…」
   「一言、礼をと追って参った、これはほんのお礼の品…」
   「いえいえ、お礼などとんでもないことだす」
 桂川一角は、懐から紙包みを取り出した。
   「荻島殿に頼まれ申した」
 祭りで売っていた焼き玉蜀黍だった。桂川は、早々に引き返した。

   「なんや、ケチやなあ」
 三太がぽつりと言った。
   「だけど嬉しい」
 三太も新平も、満更でもない様子であった。道脇の石に腰掛けて、生温いもろこしに齧り付いた。その所為もあったのだろうか、三太と新平は石薬師を通り越し、四日市の宿まで歩いた。
 
   「へーい、お二人さん、お泊りー」
 元気のいい客引き女に誘われて、宿を決めた。
   「これは珍しい、子供の二人旅ですかいなあ」
   「へえ、そうだす、部屋は一つで、布団も一つでええ」
   「はい、分かりました」
   「あっ、誤解したらあかんで、わいらは、いやらしい関係やないから…」
   「誰も、そんな関係だと思いますかいな」
   「念のために断りいれとかなあかんやろ」
   「そんな断り、入れんでもよろしい」
   「それから、女も呼ばなくてよろしい」
   「呼びません」
   「ああ、さよか」

 宿の窓から見える星空は澄んでいた。あの空のどこかに定吉兄ちゃんが居るのかなと思うと、無性に逢いたくなる三太であった。   
   「兄ちゃん、元気か?」
 死んだ者に元気かはないかと、ちょっと照れた。
   「わいらは守護霊の新さんが居るから心配ないで」
 星がひとつ流れたような気がした。
   「あっ、兄ちゃんが走った」
 兄、定吉の悔しさは、弟の胸にしっかり息づいている。
   「わいなあ、兄ちゃんの分も長生きをして、悪者を懲らしめてやる」

 江戸では、池田の亥之吉こと、福島屋亥之吉が、天秤棒を削り三太用に備えて待っていた。
   「ちゃんと一人で、江戸まで辿り着くのやろか、わいが迎えに行ってやらんとあかんのと違うやろか」
 気が揉める亥之吉であった。

  第十三回 強姦未遂(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

「チビ三太、ふざけ旅」リンク
「第一回 縞の合羽に三度笠」へ
「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

次シリーズ三太と亥之吉「第一回 小僧と太刀持ち」へ