雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第九回 ろくろ首のお花

2014-06-11 | 長編小説
 お祭りでもなさそうなのに、神社の境内に見世物小屋が出ている。夜ともなれば男女連れの見物客で賑わうのだろうが、まだ日は高い。子供にねだられて付いてきたのであろう親子連れがチラホラ見えるばかりである。
 小屋には、大きな看板が高く上がり、ろくろ首の絵が極彩色で描かれている。人でも食ったのであろうか、口の周りにべっとりと血のりを付けた女が、髪を振り乱し、目を大きく見開き、爛々と異様な光を放っているように見える。
 首は大蛇のようにうねり、今にも見ている客のところまで伸びてくるようである。立ち止まって「ぽかん」と、口を開けて看板に見入っている三太の袖を、新平は「くいくい」と、引っ張った。
   「親分、行きましょう」
   「凄いなあ、怖いけど見ていきたい」
   「止めておきましょうよ、夜、厠へ行けなくなる」
   「厠くらい、わいが付いていってやる」
   「親分も行けなくなったら?」
   「そうか、そやなあ」
 三太も怖いのである。しかし、「怖いもの見たさ」で、三太の好奇心は恐怖に打ち勝った。
   「おいら、外で待ってる」
   「一緒やないとあかん、独りやと、わいも怖気(おじけ)づく」
 木戸賃、一人三十文。六十文払って中に入ると、暗くて何も見えなかった。暫くして目が慣れてくると、見世物の前に薄地の緞帳(どんちょう)が垂れ下がっていた。見物客が増えるのを待っているのか随分待たされて「ぽけっ」としていると、三味線の調弦が聞こえて、いきなり大太鼓が「どどん」と打ち鳴らされた。三太と新平は「びくっ」と身を縮め、不安が頂点に達した。
 ぱらっと緞帳が切り落されると、そこに看板と違い普通の女が一人三味線を抱えて座っていた。やおら男の声で口上がはじまった。

   「親は陸奥なる山中で、獣を殺す猟師なり、親の因果が子に報い、生まれついてのこの姿、可哀想なのはこの子でござい、さあ、見てやってください、聞いてやってください、お花ちゃんやーい」
   「あい、あーい」
 お花ちゃん、正面に正座して、三味線を弾き、歌いはじめる。歌う最中に太鼓が「ドロドロドロ」最初は小さく、段々に大きくなってくる。
   「はい、ただ今首が伸びます、よく見てやってください」
 太鼓が「どどん」と大きく鳴ると、胴体はそのままで、首だけが上に「するするする」と伸びた。
 三太と新平は、恐怖のあまり抱き合って見上げている。他の客は悲鳴をあげ、泣き出す子供も居た。

   「怖かったなあ、何か、後ろからお花ちゃんが付いてきてるように思える」
   「おいら、小便ちびった」
   「汚なっ、川へ洗いに行こう」
   「濡れたまま歩いていたら乾きます」
 
 近江の国、甲賀土山の宿場に着いた。ここから先は伊勢の国の鈴鹿峠に差し掛かる。子供の足ではかなりきついので、早い宿入りではあるが、子供達に無理をさせてはならないと新三郎の気遣いである。
   「ろくろ首のお花ちゃん、怖かったなァ」
   「おいら、見なければよかった」
 食事が済んで、二人は部屋に篭り、ひそひそ話していると、宿の女中が部屋に来た。
   「お客さん、床(とこ)を延べさせて貰います」
 女中が、昼間見たお花ちゃんに似ている。
   「この人、首のびるのと違うか」
   「まさか」
 女中が訝(いぶか)った。
   「お客さん、どうしました?」
 二人は、昼間見たろくろ首の話を女中にしてやった。
   「女中さん、怖くはないの?」
   「はい、一向に」
   「首が天井まで伸びるのやで」
   「はい、何ともありません」
   「何で怖くないのや?」
 女中は、声を潜めて、
   「他人に言ってはいけませんよ、実はあのお花ちゃんは、私なのです」
 三太と新平は、尻込みをして壁際まで行き抱き合った。その時、廊下から女中頭らしい人の声がした。
   「お花、床を取ったら早くもどりなさい」
 新平が、「うわっ」と、声を上げた。

 新三郎が、怯えた三太に呼びかけた。
   「嘘ですよ、名前が同じだけで、ろくろ首の女じゃありません」
   「なんだ、そうか、ああ怖わかった」
   「また、小便ちびった」
 三太は、新平の褌を脱がせ、風呂へ行って洗ってきた。
   「衣紋掛けにかけといたら、朝には乾いている」
 また、寝る前に二人でひそひそ話しをしていると、女中のお花がお茶を持ってきた。襖を開けると二人が両手で顔を隠している。お花は、小さい子供を怖がらせたことを後悔した。
   「お客さん、大丈夫ですか?」
   「あんな」
   「はい、どうしました」
   「わいらたち二人はな」
   「はい」
   「一つ目小僧や」
 お花は、「きゃーっ」と悲鳴をあげると、二人の顔も見ずに廊下へ飛び出し、階段をドドドドっとくだり、足を踏み外したらしく、「どすん」大きな音がして静かになった。後は、宿の女将の叱る声が響いていた。


 鈴鹿峠は急勾配なので、馬で越す人々が多かった。その馬子たちが歌うのが、鈴鹿馬子唄である。

     「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいのう土山 雨が降る」 

 坂は坂下宿のことで、ここでは晴れていたのに、急勾配の鈴鹿峠を上る頃には曇っている。あいのう(間もなく)土山に着く頃には、雨がドシャ降りになっていると言う、鈴鹿峠を挟んで西と東では天候が変ってしまうことを歌ったものである。
 
 三太と新平は、この土山から鈴鹿峠を越えて、坂下宿へ行くのだが、やはり奮発して、馬の背で越えることにした。馬子は二人に蓑(みの)を着せ、二人一緒に馬に乗せて雨の土山を出発した。

     「土山降る降る 鈴鹿も雨で あいのう坂下雨になる」

 まさか、こんな風には歌わないが、二人は運わるく、雨の峠越えになってしまった。
   「お兄ちゃん、歌うまいなあ」
   「そうか、有難う」
   「山から木霊が返ってきて、ええ声や」
   「鈴鹿峠の馬子は、これを歌えないともぐりだといわれるからね」
   「わいの兄ちゃんも、歌上手かったのや」
   「亡くなられたのかい?」
   「うん」
   「ところで、お客さんたち、二人で旅をしているのかい?」
   「うん、江戸まで行くのや」
   「偉いじゃないか、街道は悪い馬子も雲助も居るから、気を付けなさいよ」
   「うん、兄ちゃんは悪者違うか?」
   「わしは大丈夫だ、子供の二人旅だと、只でのせてやりたいところだが、病気のおっ母の薬代が要るので、そうはいかんのだ」
   「おおきに、その気持ち嬉しいわ」

 若い馬子は、再び歌いだした。  

    「手綱(たづな)片手の 浮雲ぐらし 馬の鼻唄 通り雨」

 峠を上り下りして、坂下宿で料金を払った。その直後、上りの客がついて、若い馬子は、嬉しそうに三太たちに手を振った。峠は馬の背でらくちんだったので、まだまだ歩ける。関宿を通過して、亀山まで歩いた。

 三太と新平が歩いていると、侍が寄ってきた。
   「これ子供、二人で何処へ行くのだ」
   「へえ、江戸です」
   「どこから来た?」
   「へえ、上方です」
 侍は不審に思ったらしく、「こちらへ来なさい」と、道脇の空き地に連れて行った。
   「通行手形はもっておるか?」
   「へえ、背中の荷物の中に先生が入れてくれました」
 侍は、三太の通行手形を見ていたが、その行き先の福島屋亥之吉に心当たりがあるようであった。
   「福島屋亥之吉と言えば、あの池田の亥之吉殿であるな」
   「へい、その師匠のもとへ行って、天秤棒術の弟子になります」
   「そうか、亥之吉殿は天秤棒術の弟子をとるのか」
   「へい、お許しを戴きました」
 侍は、亥之吉と亀山城の関わりを話してくれた。元はと言えば、亀山藩の藩士が、幼子の些細な無礼を咎め、手討ちにしようとしたところを亥之吉が止めたのであった。
 町人の身分ながら、亀山城主と目通りし、「藩領の庶民は、藩の宝物であろう、その将来は宝物になる年端もいかぬ子供の命を、些細なことで無礼討ちにするなど、許してはならないことだ」と苦言を呈した。
   「亥之吉殿の度胸の良さもさることながら、それを聞き入れた我が殿の度量の大きさに、拙者は感動したもので御座った」
 侍は、当時の亥之吉を思い浮かべていた。
   「三太は、良き者を師匠に選んだな」
   「はい、早く師匠を越えてみせます」
   「そうか、ところでそちらの者は、通行手形を持っておるか?」
   「草津で逢ったばかりなので、まだ持っていません」
   「それは困った、この先通行手形が無いと、関所を通れないぞ」
   「どうすればよれしおまっしゃろか」
   「草津へ戻って、役所で発行してもらうのだ」
   「そんなー、折角ここまで来たのに」
 侍は、暫く考えていたが、この小さな二人を後戻りさせるのも可哀想と、何とかしてやろうと思った。
   「亥之吉殿の知り合いとのこと、この際、我亀山藩で特別に発行してやろう」
   「おおきに、有難うさんです」
   「とりあえず、拙者、山中鉄之進が身元引受人になってつかわす」
   「では、草津へ戻らずとも良いのですか?」
   「そうじゃ、藩で発行した手形は、武士用の手形である、これを関所で不審がられてはいけないので、我が藩主に一筆添えていただこう、池田の亥之吉殿の弟子と聞けば、殿も快く引き受けてくれよう」

 勿体無くも畏くも、新平は亀山藩主のお墨を戴き、三太と共に江戸へ行けることになった。ちょっと偉くなったように思う新平である。

 これは、池田の亥之吉の徳であろう。三太は、これから我が師と仰ぐべく人の、偉大さを感じた。肥桶の天秤棒が、とてつもなく立派な武具に思えてきたのだ。


   「坊ちゃんたち、いまお侍に見送られ亀山城から出てこられましたな」
 町人らしき白髪の老人が、三太に声をかけてきた。 
   「その通りである」
   「もしや、どこかのお大名の若様では?」
   「しーっ、それを言ってはならぬ、内密に願うぞ」
   「やはりそうでしたか、町人は仮の姿ですね」
   「いや、仮ではない、余は町人であるぞ」
   「はいはい、ではそうしておきましょう」
 老人は引き下がったが、目が鋭くキラッと光ったのを新三郎が見逃さなかった。

   「あの男は、三太の冗談を冗談と捉えなかったようですぜ」
   「余計なことを言ってしまった」
   「拐わかされるかも知れませんぜ」
 また、厄介なことが起きねば良いがと、新三郎は魂が引き締まる思いであった。

  第九回 ろくろ首のお花(終)-次回に続く- (原稿用紙15枚)

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