雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十一回 幽霊の名誉

2014-06-20 | 長編小説
 中乗り新三(しんざ)こと、木曽生まれの新三郎は幽霊で、墓は江戸の町外れ経念寺にある。水戸藩士の次男、能見数馬の守護霊として憑いたのを皮切りに、捨て子の三太、後に佐貫家の養子となった佐貫三太郎へ、そしてその義弟佐貫鷹之助へ、現在は鷹之助の教え子、チビ三太の守護霊となり、江戸へ向う旅の途中である。

 やはり、新三郎が思った通り、三太と新平は庄野の宿で旅籠をとった。三太と新平が湯上りの体を投げ出して寛いでいると、隣部屋の話し声が聞こえてきた。耳を傾けてみると、罪のない十二歳の娘が、幽霊に殺されたのだそうである。
 新三郎が逸早く反応した。幽霊が人を殺したなどと、有り得ない噂が流れていることが居た堪れないのだ。
 新三郎は、三太に「ちょっと出かけてくる」と言い残して三太から離れていった。この話の情報を集めてくる為だ。

 話は、庄野の宿場を出て次の石薬師の宿場に向う途中に街道から逸れて北へ向かう道がある。この道を進むと田畑が広がり、大きな村がある。この村から更に北へ進んだはずれに、ぽつんと寂しげに建っている祠(ほこら)がある。村娘が月に一度この祠へ野花と餅と小さな竹筒に入った酒を持ってお参りにくる。祠の掃除をして、周りの草を毟り、お供え物を供え、拍手(かしわで)を二つ打つ。
 一昨日も、正午過ぎに村を出て、祠に向って歩いている娘を目撃した村人が居た。
   「おみっちゃん、お参りかい、気をつけて行きなよ」
   「はい、おじさん、精が出まますね」
 そんな挨拶を交わし、娘は北へ向かって歩いて行き、やがて姿が見えなくなった。娘の家では、夕刻になっても戻らぬ娘を心配し始めた。
 名主に相談し、村役人と村の若い衆が寄って、村外れの祠の周りを探したが、深夜になっても見つからなかった。
 夜が明け、再び捜しに出かけた村役人が見つけたのは、祠の前に横たわる変わり果てた娘の姿であった。この場所は、昨夜何度も探している。周りを徐々に広げて、相当広範囲に及び捜索をしたが、見つけることが出来ずに夜明けを待ったのであった。
   「畝八(うねはち)の祟(たた)りだろう」
 この祠は十年前に名主の娘に惚れた村の若者畝八が、娘と此処で逢引をしていた。その場を村人に見つかり村人が名主に告げ口をしたために飛んできた名主に畝八が殴り殺された場所である。名主の娘もまた、畝八に惚れており、十日の間泣き続けて、十一日目に、やはりこの場所で首を括り自害して畝八の後を追った。
 名主は我が娘に自害されて初めておのが罪に気付き、この場に祠を建てて二人の御霊(みたま)を鎮めんとしたのだった。
   「なっ、三太もおかしいと思うだろ」
 新三郎は話を続けた。
   「殺されたおみっちゃんは、畝八さんにはなにも悪いことをしていない」
 祠へお参りに行くのは、畝八の叔母である母が続けていたことを、昨年からおみつが受け継いだもので、畝八には 感謝こそされ恨みを受けるものではない。
   「自分達に分からないことが起きると、幽霊の祟りの所為にしたがる」

 人が死んで幽霊が体から離れるときは、恨みや憎しみは体に残してくる。そのような感情は、亡骸と共に朽ちて、土に返るものなのだ。離れた幽霊は、純真で清浄なものである。その幽霊が人を殺すことなど有り得ない。
   「新さん、幽霊でなくて、お化けかも知れまへんで」
 三太は、新さんが確かめに村へ行くと言い出しそうなのを察知して、予防線をはった積りであった。
   「三太は罪のない兄さんを殺されたのだから、罪のない娘を殺された家族の悔しさがよく分かるでしょう」
 新三郎に釘を刺されて、三太は行かないとは言えなくなった。問題は新平である。街道に残してもおけず、一人で次の石薬師まで行って、旅籠を取って待っておれとも言えない。それを察してか、新平も「行く」と言った。
   「怖いけど、新さんが護ってくれくから大丈夫」

 村への道をテクテク歩きながら、三太は三太なりに事件のことを考えた。おみつには殺されなくてはならない理由が無い。あの日おみつは、お供え物の餅と竹筒に入った酒を下げて、鼻歌交じりで野花を摘んだに違いない。

 三太と新平は、出逢った村人に名主の屋敷の場所を訊き、訪ねて行った。
   「何処の子供かね」
 名主は、他所の村の子が道に迷って此処へ来たのだと思ったようだ。
   「わいは子供ですが、ただの子供やない」
   「ただの子やないなら、金を払ったら芸を見せる子供かね」
   「わいは、猿回しの猿やない」
   「何か目的があってこの村へ来たのか?」
   「へえ、さいです、おみっちゃん殺しのことで来ましたんや」
   「あの子は、幽霊に殺されたそうじゃが」
   「幽霊は、人殺しなんかしまへん」
   「そんなことはない、呪い殺されることもある」
   「それは、嘘っぱちです」
 三太は、新三郎から聞いた幽霊というものを、名主に話して聞かせた。
   「おみっちゃんは、誰かに殺されたのです」
   「そんなことが、他所者に分かるのか?」
   「わいは、幽霊と話が出来ます」
   「面白い冗談を言う子だ、聞いてあげよう、どの幽霊と話をしたのじゃ」
   「おみっちゃんは、あの世へ旅立った後でしたが、畝八さんと言う人の幽霊があの世から来てくれました」
   「ほう、畝八が恨みを抱いて戻ってきたのか?」
   「違います、畝八さんは、誰も恨んだり呪ったりしていません」
   「では、何のために出てきたのじゃ」
   「おみっちゃんを殺したのは、自分達ではないことを知って貰う為です」
   「自分達とは、あの世から来たのは一柱だけではないのか?」
   「別の女の幽霊と一緒に来てくれました」
   「さて、誰であろう」
   「お彩と言う人の幽霊です」
 名主は驚いた。お彩は十年前に死んだ我が娘である。三太のこの言葉で、名主は三太への疑いがすっかり消えて無くなった。
   「お彩は、畝八と一緒なのか? 幸せなのか?」
   「へえ、あの世で安らかに寄り添ってはります」
   「お彩は、今此処に来ておるのか?」
   「へえ、さっきまでここに居たのですが、お父さんの元気なお姿を見て、安心してあの世へ戻りました」
   「ああ、何故も少し早く言ってくれなかった、せめて一言謝りたかった」
   「名主さんのその気持ちは、名主さんが建てた祠で充分に届いています」
   「ありがとう、胸のつかえが少し取れたようだ」

 名主は若者を一人選ぶと、これからおみつが殺された場所を、幽霊と話が出来る子供を連れて調べに行くから、手の空いている者は一緒に行ってほしいと、村の家々を回って知らせて貰った。その若者に新三郎がこっそり憑いて行ったのだ。

 三太と新平は、名主の屋敷で出された金平糖をポリポリ食べながら待った。半刻(一時間)程待っていると十九人の村人達が集まってきた。
   「では祠まで行きましょうか」
 三太と新平は、名主と十九人の村人達と祠へ向った。村の家々を回ったおり、新三郎は既に怪しい男をつき止めていた。

   「おみっちゃんは、殺されて何処に隠されていたのだろう?」
   「おみっちゃんは、何故殺される羽目になったのか、銭など一切持っていなかったのに」
   「やはり、畝八の祟りだろうか?」
   「化け物の仕業かも知れん」
 村人達は、ボソボソと囁き合いながら祠に着いた。

   「まず、おみっちゃんの死体を何処に隠していたかを調べてみます」
 三太は迷うことなく祠の後ろへ回った。祠の後ろには扉は無いが、ガタガタと触っているうちに、板が少し動いた。大人に代わって調べて貰うと、板がパカッと開いた。中は空洞で、おみつ一人ぐらいは入る。しかも、何やら箱が入っている。
 村人は箱を取り出し、開いてみると小判や小銭やらがぎっしり入っている。三太は新三郎に言われたままに、名主達に説明した。
   「今までに、村で盗難騒ぎが幾度かあった筈です」
 名主は思い当たる節があるらしい。この村ばかりではない。隣村でも、またその隣村でも盗難があり、盗人がこの村へ逃げ込むのを見たと言う証言もあった。その都度、名主は怒って、
   「うちの村には、盗人など居ない」と、突っぱねてきたのだ。
 三太は、説明した。
   「盗人は、この村に居ます」
 さらに続けた。
   「今、ここへ集まった人の中に居ます」
 村人達は、それぞれ顔を見回している。
   「その盗人が、祠の裏を開いているところを、おみっちゃんが目撃してしまったのです」

 おみつ殺しの動機がわかった。では、その盗人は誰なのか。村人達はそれぞれ戦々恐々としている。中で一人、平然としている男が居た。
   「誰なのだ、その男は?」
   「それは、畝八さんの幽霊が教えてくれました」
   「名を告げろ」
 そう言った男を三太は指さした。 
   「あんさんです」
   「証拠はあるのか」
   「証拠は、あんさんの心です」
   「わしの心など、誰にも分からんではないか」
   「それが分かるのです、あんさんは、おみっちゃんの他に、もう一人殺しとります」
 男は憤然として三太に襲いかかろうとしたが、既に男に憑いていた新三郎が一瞬男を失神させてその場に崩れさせたが、男は直ぐに立ち上がった。
   「このガキ、妖術を使うのか」
 男の声は、先程と違って、弱弱しくなっていた。
   「わしが誰を殺したというのだ」
   「へえ、畝八さんです」
 名主が驚いた。畝八を叩き殺したのは自分であるからだ。
   「何を出鱈目ぬかすか、この糞ガキめ」
   「なにが出鱈目や、畝八さんがはっきり教えてくれましたで」
 見るに見かねてか、名主が口を挟んだ。
   「畝八を殺したのは、このわしじゃ、大切な娘を傷物にされたと勘違いしてのう」
   「それが違うのです、名主さんにどつかれて気を失った畝八さんを介抱すると見せかけて、自分の膝に畝八さんの頭を乗せ、左手で頭の血を止めるふりをして、右掌で失神している畝八さんの鼻と口を塞いで殺したのです」
 名主は、十年前のことを思い出しているようであった。そう言えば、この男も名主の娘に惚れており、何度も娘に言い寄っては振られていた。娘のお彩が畝八と逢引をしていると告げ口にきたのも、この男だった。おみっちゃんが死んだのは、畝八の祟りだと言い出したのもまた、この男である。

   「わいは、畝八さんの幽霊と話して、このことを知りました」
 
 後のことは名主に任せて、三太と新平は村人たちと別れて街道へ戻っていった。
   「新さん、気が晴れましたか?」
   「へい、畝八さんがあの世から戻って来たと言うのも、お彩さんと一緒だったというのも嘘ですがね」
 長い道のりを歩き、真相を明かしてやったにも関わらず「ありがとう」の一言も貰えず、一文の礼金もなかった。

   「かまへん、かまへん、わいが金平糖をこっそり貰ってきた」
 三太は、ペロリと舌をだした。
   「おいらも」
 新平も、懐から紙包み出して見せた。

  第十一回 幽霊の名誉(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

「チビ三太、ふざけ旅」リンク
「第一回 縞の合羽に三度笠」へ
「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

次シリーズ三太と亥之吉「第一回 小僧と太刀持ち」へ