雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十五回 七里の渡し

2014-06-29 | 長編小説
 渡し舟を降り、掏摸の女と別れて桑名の宿に向けて暫く歩くと、何処からともなくいい匂いがしてきた。歩く先に、「九里よりうまい十三里」と書いた幟旗が立っていた。
   「焼き芋の匂いやで」
   「食べたい、食べたい」
 初老の男が店先の大きな壷に針金で釣った甘藷を、吊り下げていた。
   「おっちゃん、十三里、二つおくれ」
   「いらっしゃい、今、大きいのが焼けたところです」
   「それ、二つでなんぼや?」
 男は焼けた芋を取り出すと、天秤秤で計った。
   「二つで、二十六文です」
 芋は、一つ一つ竹の皮で包んで持たせてくれた。
   「ほんなら、二十六文ここに置くで」
   「はい、毎度有難う、熱いから気をつけて食べなさいよ」
   「わいら、此処へ来るのは初めてや」

 歩きながら、「はふはふ」と頬張っていると、禿頭白髭の老人に呼び止められた。
   「これ、そこの子供たち、半分ずつわしに供えて行きなさい」
   「何や、偉そうに」
   「わしは武佐能海尊(むさのわだつみのみこと)と申す神である」
   「腹が空いているのか?」
   「そうじゃ、もう何日も水しか飲んでいない」
 それならそうと、食べ物をくれと言えばいいものを、供えろなんて威張ることはないではないかと、三太は半ばムカついていた。
   「わかった、こんな食べかけを神さんに供えるわけにはいかないら、もう一個買ってくるわ」
   「済まんのう、それとお茶と握り飯を二個…」
   「厚かましい神さんやなあ、ほな、頼んでみるわ」

 芋屋の男は人助けだと聞いて、特別に冷や飯に梅干を突っ込んで握ってくれた。只かと思いきや、値段も特別高くて、芋と握り飯と竹筒に入れたお茶とで、八十文もとられた。
   「あのおやじ、足元を見やがって」

 それでも、神の「武佐やん」が、喜んで食べたので、三太は「良いことをした」と自己満足していた。
   「武佐のおっちゃん、神さんがなんでこんな所で飢えているのや」
   「わしも、趣味で飢えていたのではないが、戻り道が分からなくて仕方なくうろついていた」
   「何処から来たのか思い出せば、そこから帰ればええやないか」
   「それがのう、天女が三保の松原で水浴びをしているところを、天上界から覗き見ていたのじゃが、身を乗り出し過ぎて海へ真っ逆さまに落ちたのじゃ」
   「えらい、すけべの神さんやなあ」
   「そう、尊敬しないでくれ」
   「尊敬してないわ」
   「あれから何年経ったのであろう、民家のゴミ箱をあさり、厨に忍び込んでは食べ物を盗み、今日まで下界で生きてきたのじゃ」
   「何や、野良猫みたいな神さんやなあ」
   「そんなに、尊敬されては尻がこそばゆい…」
   「してない」

 新三郎が、知恵を貸してくれた。
   「帰り道は、きっと淤能碁呂島(おのころじま)にある筈ですぜ」
 国生み伝説の島、今の淡路島である。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)が天浮橋(あめのうきはし)からこの島を造り、島へ降り立った二柱の神々は、此処に神殿を建て、結婚をして数々の神を生んだ。
 この島へ降り立ったのだから、この島に天上界へ戻る階段があるに違いない。人の目には見えずとも、神が見れば分かる筈だ。それは、自凝島神社(おのころじまじんじゃ)の何処かに違いない。新三郎は、そのように推理した。

   「そうか、よく教えてくれた、天上界へ戻れたら、お前に利益(りやく)を授けるであろう」
   「そんな気遣いは要らん、三保の松原で水浴びをした天女さんに逢ったら、ちょいちょい水浴びに降りてきてかと伝えてや、わいに声をかけてくれたら、羽衣の番ぐらいするから」
   「すけべ親分、涎が垂れています」
 新平が突っ込んだ。
   「そんなに尊敬しないでくれるか」
   「してない」

 三太は、大切に取っておいた小判を一枚、武佐爺に渡してやった。

 三太は、新三郎に語りかけた。
   「あのおやじさん、自分を神様やと思い込んでいるらしい、呆けがきているのかな?」
   「それが、そうでもないようですぜ」
   「どうして?」
   「心の中を探りに行ったが、跳ね返されてしまった」
   「へえーっ、ほんまもんの神さんか?」
   「そのようです」
   「神さんにしては、ドジな神さんやなあ」
   「ドジでもアホでも神さんは神さんです」
   「誰も、アホとは言っていません」
 そうか、あのおっさん、本物の神だったのかと、半ば呆れながらも心配をしている三太であった。
   「新さん、神さんでも死ぬことがあるのか?」
   「死にますよ、あの武佐能海尊の母君、伊弉冉尊は、火の神さん軻遇突智神(かぐつちのかみ)を生んだときに股間を火傷して、それがもとで死んだのですぜ」
   「わぁ、ドジっ」
 胎児は子宮のなかでは、袋の中で水に浮かんだ状態であるが、この袋が破れて赤ん坊が誕生する。火の神の場合は、袋が破れると同時に燃え上がり、母体の陰部を火傷させたものと思われる。
   「アホ、そんな解説要らんわい」


 更に暫く進むと、今度は中年の上方訛りの男が声をかけてきた。
   「坊たち、お父さんはどこにいますのや」
   「わいのお父っちゃんなら、わいの胸の中だす」
   「そうか、お父さんは亡くなったのか、それは悪いことを訊いてしまいました、堪忍してや」
   「いえ、構いません」
   「死んで大分経つのかな?」
   「へえ、かれこれ三十年…」
 男は「ん?」と、一瞬考えた。
   「大人を揶揄(からか)ったらドンならんな、坊、一体何歳や」
   「へえ、六歳でおます」
   「三十年前言うたら、お父さんもまだ産まれていないがな」
   「そうだす、わいは神の子だすから」
   「ほう、神の子なら、それらしいことが出来るのか?」
   「へえ、逆立ちしてうどんが食えます」
   「それだけか?」
   「団子が一度に五皿食べられます」
   「五皿分、全部口に入れるのか?」
   「わいの一度は、四半刻(30分)だす」
   「そんなもん、普通やないか」
   「わい、普通の神さんだす」
   「もうええわ」

 また暫く行くと、渡し場に着いた。桑名の宿から宮宿への「七里の渡し」である。
   「わあ、広い川ですね」
 新平は海を知らないが、三太は海の傍で育っているので匂いで分かる。
   「ここは海で、わいの育った上方の海に繋がっているのや」
   「海って、めちゃくちゃ広いのですね」
 新平は、広さに驚いて目を丸くしているが、三太は渡し賃を訊いて目を丸くした。
   「大人は二百七十文、子供は百三十五文やて」
 街道を逸れて、陸続きで行ける遠回り道もあるが、七里を甲板に寝そべったままで行けるのは魅力であった。
   
 子供がもう一人乗り合わせていた。三太達より一つか二つ年下のようである。船に乗るのは始めてらしく、「キャーキャー」騒いでいる。
   「煩いガキやなあ」
 船酔いをしないように、仰向けに寝転んで空を見ている三太と新平が迷惑そうにしていた。
   「あっ、はまった!」
 見知らぬ男が大きな声で叫んだ。船縁から波を掴もうとして、頭から落ちたらしい。大人達は騒ぐばかりで、助けに飛び込もうとしない。船頭も、船が沖へ流されるのを危惧してか、躊躇している。三太は後先も考えずに着物を脱ぐと海へ飛び込んだ。
 三太は海の傍で生まれ、潮風と遊んで育っている。海のことは弁えているのだ。手足をばたつかせてもがいている子供に辿り着くと、「クリン」と、とんぼ返りをして海に潜った。
 波間に沈みかけていた子供の頭が水面に浮かび上がった。三太が子供の両足を抱きかかえて水面に持ち上げたのだ。子供は恐怖のために手足をバタバタして暴れ、三太を困らせたが、やがて静かになった。新三郎が鎮めたことは三太にすぐに分かった。
 子供は三太の肩に掴まり、三太は易々と泳いで船に辿り着いた。船に引き上げられた子供はすぐに気がついたが、目を白黒させていた。やがて恐怖が甦り、大声で泣き出した。
 泣いたということは、肺の臓に水が入っていないということである。船客は手を叩いて三太が船に乗り込むのを迎えた。
   「有難う御座いました」
 子供の母親であろう、涙でグショグショの顔で、三太に礼を言った。
   「子供の命を救ってもらったのに、私にはお礼を差し上げる持ち合わせがありません」
   「そんなものは要りません、それより、子供から目を外したのはおっ母ちゃんの落度だす」
   「そうでした、大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
 母親は、三太と乗客全員と船頭にお詫びをした。乗客の商人らしい一人が、三太に声をかけた。
   「お見事、お見事、小さい子供さんなのに、泳ぎと言い、度胸と言い、大人顔負けでした」
   「いえ、それ程でもおまへん」
   「おや、上方のお人でしたか」
   「それよか、わいの褌がボトボトですねん、子供さんの着物と一緒に、帆綱に干させて貰っても宜しいですか?」
   「対岸に着くまで、帆は畳まないので、どうぞ干しなせえ」
 船頭の許可が下りた。褌を外して水を絞っていると、先程の商人が言った。
   「善いものを見せて戴き、国への良い土産話が出来ました」
   「善いものって、わいのちんちんだすか?」
   「違います、そんなもの土産話に出来ません、あなたの救出技と度胸の良さです」
 男は、懐から財布を出し、二両を三太に渡した。
   「ご褒美です」
   「えーっ、子供にこんなにくれるのですか?」
   「持っていて邪魔になる嵩ではありません、取って置きなさい」
   「有難う御座います、わい、さっき神様に一両あげてしまって、ちょっと心細かったところだす、遠慮せずに戴きます」
   「おや、それはまた善いことをなすったのですね。どうぞ、どうぞ、旅のお役に立ててください」
 三太は、先程の子供の母親に、こっそり一両分けてやった。「余裕がない」と、言っていたからだ。

 帆船は、一刻半で対岸に着いた。褌も、子供の着物も生乾きだった。

  第十五回 七里の渡し(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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